最初、ボンは観光客向けの町ではないと書いた。しかし、気づいてみればあれこれ見て回って、お土産にはどっさりグミを買い込み、最高に楽しい時間を過ごした。博物館、グミ、いずれか一つにでも興味のある人は、ぜひ訪れてみるとよいだろう。
なお購入したグミは、帰国後1ヶ月ほどで消費してしまった。
先日、ドイツのボンという町を訪問した。
ボンと言えば、かのグミで有名なHARIBOが創業した町であり、HARIBOのアウトレットショップがある。
「グミが安く買えるなら儲けもの」くらいの軽い気持ちで覗いてみたのだが、予想を超える充実した内容だったのでレポートする。
フランクフルト発、デュッセルドルフ行きの長距離バスを途中下車して、ボンに到着した。
車中で、日本人と一緒に仕事をしたことがあるというパレスチナ人のおじさんと知り合ったのだが、私がボンで下車しようとすると
「おいおい、デュッセルドルフはまだ先だよ」
と言って引き止めようとしてきた。
観光客なら当然、ボンはスルーするものと思っていたようだ。
「いや、ここが目的地なんです」
と言う私。おじさんは一瞬「え、なんで?」という顔をした後、連れの女性との会話に戻っていった。
冷戦華やかなりし頃、ボンは西ドイツの首都だった。
大都市フランクフルトからさして離れていないこの町が選ばれた理由は、ずばり町の規模が小さいから。一時的とは言え大都市に遷都してしまうと、将来復興したベルリンに首都を再び戻すのが困難になると考えられたのだそうだ。ちなみに、上の写真の像(人の頭の方)は、西ドイツ初代首相のコンラート・アデナウアーである。
なるほど。言われてみれば、日本の永田町と似た少しよそよそしい雰囲気の町だ。たしかに観光客向けではないかもしれない。
なかなかグミの話にならなくて恐縮だが、ここで寄り道して博物館の話をさせていただきたい。
もともとボンにきたのは、この博物館を見学するためだったのだ。ドイツ3大自然史博物館に数えられるだけあって、展示の内容も、博物館の建物自体も、見事としか言いようがない。
余談だが、コインロッカーを使うために紙幣を両替したい旨をフロントスタッフに伝えると、
「後で返してくれたらいいよ」
と言って、2ユーロコインを貸してくれた。
なんておおらかで、人間ができた人たちなのだろう。私がトレジャーハントの途中で立ち寄った旅人なら、自分の浅はかな夢を放棄してこの土地で堅実な定住を決意するに違いない。
素晴らしい展示を堪能した。これが見られただけでもボンまでやってきた価値があったというものだ。
いよいよ本題だ。
HARIBOファンおよびグミ・ジャンキーのみなさま、お待たせしました。
そもそもHARIBOという名前がどうやって生まれたかというと、ハンス・リーゲル(Hans Riegel)氏がボン(Bonn)で創業したからなのだが、ともかくこのなんの変哲もない住宅地のどこかにグミの聖地があるわけである。
お店を探して住宅街をとぼとぼ歩いていると、HARIBOの黄色いクマを見つけた。目に入った瞬間、「飛び出し坊やかな?」と思ったのだが、看板ではなくステッカーがトレーラーに貼られているだけだった。あるいは、トレーラーの持ち主はこの位置にステッカーを貼って駐車しておけば、飛び出し坊やとして機能することを見越していたのかもしれない(ドイツでは多くの住民が家の前の路上に車を駐車している)とまれ、目的地が近づいてきていることは間違いないようだ。
予想通り、10分もたたないうちに目的地に到着。
HARIBOベア(『HARIBOの黄色いクマ』は長いので、以下このように呼称する)5体のタテカンがお出迎えしてくれるので、100m先からでもその存在がわかった。
ついに聖地にやってきたのだ!
少し前までは工場見学もやっていたそうなのだが、現在は衛生上の理由で取りやめになったとか。悔やまれる。
入店してすぐに気づいたのだが、このアウトレットは単なるグミが安く買える店ではない。HARIBOにとっての記念碑的なものが展示してあって、それがまた見ていて面白いのだ。
HARIBOは、これと決めた相手をグミにしてしまうようだ。
私はこういう物を見ると、すかさず
「悪い魔法使いに捕まって、魔法でグミに変えられたんだ......」
などとアテレコをして遊ぶのだが、この場合は
「HARIBOに気に入られて、工場でグミにしてもらったんだ......」
というのが適当だろう。私もグミにされてみたいものだ。
それはそうと、すぐそばの壁にかけられた大画面テレビではHARIBOのテレビCMをエンドレスで上映している。つまり、HARIBOの宣伝文句である
HARIBO macht Kinder froh und Erwachsene ebenso.
( HARIBOは子供達を幸せにする。そして大人も)
がひっきりなしに耳に入ってくるのだ。そう、グミは、子供達だけに向けて作られているものではなかったのである。実際、店内を楽しそうに歩き回っているのはほとんどが大人である。
展示は存分に堪能した。私も彼らの仲間に入れてもらうことにしよう。
色とりどりのグミが並んでいる。
そのほとんどは、初めて目にするものだから味がわからない。
一通り味を知っている者は、自分のお気に入りのグミを選んでザラザラと袋に詰めていく。しかし私のように無知な新参者は、色とネーミングでグミの味を予想しながら右往左往するしかないのだ。まるで、世界中の珍しい植物が花を開かせる温室に迷い込んだミツバチのようではないか。
この時は今ひとつピンとこなかったのだが、ドイツ滞在が進むにつれて、この『100gあたり0.59ユーロ(≒70円)』という値段は破格も破格、通常の流通価格と比べるとありえないくらいの叩き売りであるということがわかった。
参考までに、以下の写真を見ていただきたい。
これは、ケルン空港の売店の同じような量り売り(ただし、選べるグミの種類はずっと少ない)の値段である。500gまでは100gあたり1.99ユーロ(≒240円)、それ以上は100gあたり1.49ユーロ(≒180円)。
買う量にもよるが、およそ3倍である。
同じ額の金を持っていくと、アウトレットなら3倍の量のグミを手に入れられるんである。3倍幸せになれるんである。
もっとも、一度アウトレットで買うと次から小売価格で買うのはアホらしくなるから、手持ちのグミを食べきってしまった後に苦しむ羽目になるのかもしれないが。
安いだけではない。日本では見たことがない、グミの常識を超えるグミのごく一部を紹介しよう。
各々の容器にはグミがみっちりと詰まっていて、それがまたレンガのようにびっしりと積まれている。まさにグミの壁だ。さすがドイツ人、『ヘンゼルとグレーテル』のお話を生み出した国民だけのことはあるというものだ。
これ一つで3kgですよ、3kg。1日100gずつ食べても1ヶ月かかる計算。
日本まで持って帰ることを考えるとどうしても小さめの袋で少しずつ、いろいろな種類を買うことになるのだが、車で買いに来たと思しき現地人の中には、この3kgの箱を3つも4つもカートに載せている猛者もいた。
きっと、そういう人は家で呼吸するようにグミを食べ続けているにちがいないのだ。いいなあ。ここまで切実に、外国の町に住みたいと思ったのは初めてだ。
グミだけでなく、有象無象のHARIBOグッズも売られている。
その多くは子供が使うことを想定したもののように思われるのだが、中には大人の使用に十分耐えるようなものもあって、熱狂的なHARIBOファンはこういうもので日用品を統一したりするのかと感心したりもした。
全部を紹介するのは大変だから、それらの中からお土産にもらって嬉しそうなものを5つピックアップして順位をつけてみよう。
タオルを使わない人間はいない。
デザインも、さりげなくロゴとキャラクターが入っているだけなので、どこでどう使っても恥ずかしくないだろう。無難すぎて面白みにかけるのが難点。
こちらも、現代人の多くにとっては必需品と言える品物。蓄電容量を控えるのを忘れたが、カタログスペックは可もなく不可もない感じだったような。黒いモバイルバッテリーにステッカーを貼っただけに見えるだろうが、その通りである。あと、付属のケーブルが短い。
かわいいHARIBOベアのピンバッジ。ロゴが入っていないので、HARIBOベアを知っている人にだけわかる玄人向けの一品。
頭がシリコンでできていて、ワンタッチで菓子を出し入れできる容器。グミでもスナックでも猫のおやつでもなんでも入れられる万能容器。余談だが、筆者はこの容器にそっくりな色形の昆虫捕獲器を見たことがある。
栄えある1位はこれ!思わず口に入れてしまいそうなキラキラした質感が最高にかわいい!
筆者もたまらず購入した。グミと同じカラーバリエーションがあるので、好きなグミと同じ色を選べるのもありがたいと思った。
あれも欲しい、これも食べて見たい、と逡巡すること小1時間、たくさん買ったつもりでいたけれど、レジで精算すると金額にして30ユーロにも満たなかった。おそるべし、アウトレット。
それにもまして驚いたのは、レジの横に自由に食べても良いグミが置かれていたことだ。これでは、盗人に追い銭ではないか、大丈夫なのか、HARIBO!?
この格好で町を歩くと、たまに通行人が振り向いてこちらを見てくる。電車に乗ろうとした時に、乗車口近くに立っていた人が
「Oh, HARIBO」
と呟いたのも、私は聞き逃さなかった。
みんな、HARIBOが大好きなのだ。
最初、ボンは観光客向けの町ではないと書いた。しかし、気づいてみればあれこれ見て回って、お土産にはどっさりグミを買い込み、最高に楽しい時間を過ごした。博物館、グミ、いずれか一つにでも興味のある人は、ぜひ訪れてみるとよいだろう。
なお購入したグミは、帰国後1ヶ月ほどで消費してしまった。
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