昼間は田舎町の市場を散策する
この日は中国旅行の折り返しというタイミングで、南西の内陸部にある貴州省に滞在していた。緯度でいうと沖縄くらい南だが、標高が高いのでそこまで暑くはない。
日本人などまったく見かけないローカルな街で、6日に一度開かれるという市場を見学。ミャオ族という少数民族が多く住む地域で、現実なのにバーチャルな空間と感じるくらい異世界だった。
貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州にやってきた。定期市の開催日でとても賑やか。
唐辛子屋の店頭では焙煎した唐辛子を電動臼でガタンガタンと粉砕していた。
まったく使い道のわからない木の皮や葉を売る少数民族のおばあちゃん。
川縁には持参した食材を調理してくれる店がある。
市場で買い集めた食材を渡して、俺達の考えた貴州最強牛丼を作ってもらった。
とても愉快な旅でした。
そんな情報量の多い一日を締めくくったのが、同行していた編集者の(といっても別に取材旅行ではない)神吉さんに誘われて訪れたバーだった。
これが実におもしろかったのである。
大都会のバーで飲む
この日の宿は貴州省の省都である貴陽市という人口600万人超の大都市だった。昼間の田舎町とのギャップがすごいなと思いつつ、酒好きの神吉さんが気になっているバーへと向かう。
前に「いまさら麻辣湯(マーラータン)入門」という記事でお世話になった、中国料理に詳しい佐藤貴子さんと旦那の青さんも一緒である。
バーは薄暗い一方通行の坂道、雲岩区にある市东巷という古い路地にあった。
神吉さんのアンテナに引っかかった「CIRCLE 27」という店は、一見するとここが中国とは思えない雰囲気のお洒落なバー。カウンター奥の壁に並んだボトルの中に「白州」や「山崎」を見つけて、なぜかちょっと安心する。 ちょうどお店が空いたタイミングだったので、カウンターに横並びで座らせていただいた。
こういう店でなにを頼んだらいいのかまったくわからず、かといってウイスキーやビールじゃもったいないなとマゴマゴしていたら、店の方が印刷会社の紙見本みたいに束ねられたかっこいいメニュー表を渡してくれた。
「DUET:二重奏」や「LOVESICK:最相思」のように漢字と英語で書かれたドリンク名に加えて、使われている材料が書かれていて大変わかりやすい。だがそれでもなにを頼んだらいいのか決まらなかったので、「神吉さんが気になるやつで、グラスが小さくないやつ」を頼んでもらった。
メニューがまたかっこいいんだ。
モバイルバッテリーのコードが外れていることも気づかないくらい真剣にバーテンダーの方とコミュニケーションをとる神吉さん。
チャーム(お通し)はカリカリに揚げた豆腐。定番のナッツ類を避けつつ、ここが中国であることの主張と意味を込めたナイスチョイス。すごく好きな味と歯ごたえだった。
私が知らないミクソロジストの世界
しばらくして出ていたのは、細長い円柱状に入った黄緑色に輝く謎の液体。ちょうど照明が当たる場所に置かれたそれは、アイドルのライブ会場で振られるサイリウムのように輝いていた。
もはや宇宙人が飲んでいそうだなと思いながら飲んでみると、これが滅法うまいのだ。南国のリゾート地を感じさせてくれる晴れやかな飲み心地。残暑が残る8月末の貴陽の気候にぴったりだ。
なにを飲んでいるのかわからないけどおいしい。
中国語が話せる佐藤さん経由で作り方を聞いたところ、ウォッカと哈密瓜(ハミウリ:ラグビーボール型のメロンのような果物)をミキシングして濾したものにココナッツとピスタチオを漬けたラムを加え、パンダンリーフ(東南アジアでよく使われるハーブ)の香りをまとわせたそうだ。
3回くらい聞き直したけれど間違っているかもしれない。神吉さん曰く、ピニャ・コラーダ風カクテルとのこと。静かにわかった振りをした。
カウンターには複数のフィルターが並んでいた。カクテルはお酒やシロップをシャカシャカ混ぜ合わせたものくらいの認識だったが(映画でトム・クルーズがそうしていたように)、この店はかなり違うようだ。
中国の蒸留酒が気になる神吉さんは、白酒(バイジュウ)を使ったチョコレートのカクテルをオーダー。白酒とは中国でよく飲まれている透明な蒸留酒(材料は様々)で、アルコール度数の標準が53度という強烈な酒である。 チョコレートと白酒の組み合わせってどうなんだ。
そっと出された逆円錐形で足の長いグラスはチョコレートプリンのようなかわいい見た目。飲んだ神吉さんが「おいっしい!」と目を丸くしている。
「ちょっと飲んでみて」と目で訴えられたので一口いただくと、チョコレートの艶のある香りと味が不思議と白酒に調和していた。度数は明らかに強いのだが飲みやすい。
バーテンダーを見つめて「You are Mixologist !」と神吉さん。ミクソロジストとは、伝統的なカクテルの枠にとらわれずに独創的なドリンク(ミクソロジーカクテル)を生み出す専門家のことだそうだ。液体の調合師とも。
佐藤さんにはナッツのフレーバーを移したココナッツリキュールを泡立てて、パイナップルドリンクの上に注いだビール風のカクテルをクリエイト。ガスバーナーで炙ったドライパイナップルが添えられており、見た目も味も楽しい一杯だ。
青さんがノンアルコールドリンクを頼むと、俯き気味の目線でシェイカーを鮮やかに振り、巨峰に似たブドウを使って満足感のある一杯を演出。
人気ラーメン店のチャーシューのように炙られるパイナップル。
左はブドウのノンアルカクテル、右はココナッツとパイナップルのビール風カクテル。
「これはもうバーテンダーじゃなくてミクソロジストの仕事なの!」と熱く語る神吉さん。
ミクソロジーを理解するためのワークショップ
オリジナリティ溢れるドリンクに感心しまくっていると、材料の一部を手品の種明かしのように試飲させてくれた。
神吉さんのカクテルに使ったという透明な液体は、白酒に白胡麻とホワイトチョコレートを効かせたもの。白酒・白胡麻・白チョコという組み合わせ。茶色いチョコレートだけでは実現できない奥行きの正体に驚く。
エナジードリンクみたいな黄色い液体は佐藤さんのカクテルに使用したココナッツリキュールに複数のナッツを漬けたもの。方向性の違う複数の香りが絶妙に絡み合っている。
我々は今、ものすごく贅沢な体験型ワークショップをしているのだと気づいてサワサワと鳥肌が立った。
これが単体でもうまいのだ。
言葉の問題で意思疎通が多少もどかしくとも会話ははずみ、神吉さんが「ウイスキー以外で日本のお酒を使うことはありますか?」と尋ねれば、カウンターの奥から取り出されたのは「菊正宗 上撰」の一升瓶。これには「灘の酒じゃないですか!」「渋い!」「わかってる!」と全員が大喜び。昆布を漬けてカクテルに使ったりするそうだ。
ちなみに中国では看板などに「正宗」と書く店が多く、その意味は「本場の」とか「伝統的な」なので、菊正宗という名の日本酒が選ばれたのかもしれない。
まさかの菊正宗の一升瓶!
これも試飲をさせてくれて「まさか中国のバーで日本酒を飲むことになるとは」と不思議な気分に。
ならばと今度は神吉さんが、日本から持参してきた「あさぎりの花」という球磨焼酎のボトルをプレゼント。この人は中国旅行中、ずっとなんらかの日本の酒を持ち歩いていた。
するとそのお返しなのか、丸い壺に入った紹興酒のような醸造酒に日本の梅干しに漬けたもの、さらに貴州で作られている日本酒と似た製法のお酒にジャスミンの香りを移したものを試飲させていただく。 酒好き同士による国境を越えた熱いラリーのご相伴にあずかる幸運な夜。
紹興酒のようなお酒に日本の梅干しをつけるなど、自由な発想が本当におもしろい。
揺れ幅の広い一日に乾杯。
こちらのバーテンダー(ミクソロジスト)さんは日本を訪れたことがあり、神吉さんも知っている銀座の有名なオーセンティックバーなどで飲んだそう。
そもそも旅行中に「日本人だから」という理由で居心地の悪い思いをしたことは一度もなかったが、この場所はお店の方が日本の酒文化に対するリスペクトと好意があり、神吉さんにも中国のバーを学ぼうとする姿勢があったため、その相乗効果で特に温かい空間だった。
「とても楽しかったです。日本に帰ったらここを宣伝します!」とスマホの翻訳アプリで伝えて、ふわふわした頭で店を出た。
行けるものならまた行きたい
正直なところ、神吉さんから誘われたときに「せっかくの中国なのにバーですか?そこの串焼き屋にしましょうよ」とちょっと思ったのだが、この土地だからこその一杯が味わえるとても素敵な空間だった。
ただ今回の試飲などは、あくまで神吉さんと店側との交流から生まれたものなので、同じサービスは期待しないでください。
ということで中国旅行の余談みたいな話でしたが、本編については11/8(日)の文学フリマ東京(南3-4ホール か-33 玉置標本)にて、同人誌を頒布予定です。通販などもするので買ってください。濃い旅でした。
バーはこのお店です!
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編集部からのみどころ
登場するのはココナツ、パイナップル、ブドウなど馴染みのある素材ですが、味の想像がまったくつきません。
貴州省だけでも馴染みがないのに、さらに想像の上を行く店のことを知ることができて満足じゃよ。(林)