東京は03だけとは限らない
地方出身者からすると東京といえば「03」だと思っていたんですが、地図を見ると「03」って都心部だけなんですね。
そうなんです。23区と狛江だけです。
なぜ狛江が!
狛江が入っているのは電話線を世田谷から引っ張ってたとかいろいろと事情があるみたいですが、こうして番号を地図上に並べてみるとストーリーというか謎が生まれるのは面白いですよね。
今の僕の家は茅ヶ崎で「0467」なんですが、地図を見ると「0466」に阻まれて飛び地みたいになっていました。それもこの地図を見て初めて知りましたよ。
「0467」は不思議なところでして、どちらも藤沢電話局なんですが、藤沢の人口が多いということで後に藤沢市だけ「0466」という別の番号で独立した結果、周囲に「0467」が残ったという謎のパターンのようです。
それ、住んでいると実情と合致していてすごくよくわかりますよ。あの辺りだと藤沢だけがぴょこんと特化して都会ですもん。
どうも市外局番が違うだけで、局的には市内扱いみたいなんですけどね。
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番号には時代背景も反映されている
今和泉さんのブログに書いてあった沖縄の市外局番の話も面白かったです。
沖縄は全国的に市外局番が制定された1960年代よりも後に返還されているので、当時余っていた宮崎の番号が割り振られたようです。
返還前の沖縄ではどんな番号を使っていたんですか。
気になって前に沖縄に行った時に図書館に行って当時の新聞広告を調べてきたんですが、沖縄本島では6〜7桁の番号が使われてたようですね。石垣、宮古といった離島では自動じゃなくて、電話局にかけて、交換士につないでもらうパターンだったみたいです。
今和泉さんの行動力が半端ない。
解像度が低くて申し訳ないんですが、右下に番号が書かれています。
ちょうど沖縄の激動の時代に全国の電話番号が変わったんですね。
そうなんです。もう電話も車も普及していて、人々がわりと自由に経済活動を始めた後だったので、変更するにはいろいろと苦労があったと思いますよ。電話番号以外にも、沖縄ではすでに車利用者がめっちゃいる状態で車道の進行方向を右側通行から左側通行に変えたりとか、大胆なことやっていますからね。
それ、前に沖縄に住んでた頃に大家のおばあちゃんから聞いたことがあります。ある日突然車の走る方向が変わったんだ、って。
1978年に変わったらしいので、50代くらい以上の人は記憶にあるでしょうね。私は路線バスも好きなんですが、進行方向が変わるとドアが逆になるのでそのままだと乗り降りができなくなるんですよ。
そういえばそうですね。道の真ん中で降りるわけにはいかないですから。どうしたんですか?窓から出た?
これ、担当者だったらめっちゃ悩みますよね。どうしたらいいんだ、と。
どうしたんですか。
そのタイミングで全部新しい車に買い替えたんです。
なるほど、でもそれしかないですね。
でも想像するとすごいたいへんですよね。7月30日から左側通行に変わるんですが、7月29日のバス運行が終わってから運転したことのない新車に乗り換えるわけですから。
現場の苦労を想像すると逃げ出したくなりますね。
そのタイミングで全車を新しくしたので、その後しばらく新車を投入できなかったんです。だから最近まで古い型の「730車」っていう車両が残っていました。今はさすがに営業運転していないと思いますけど2000年代前半まではふつうに走っていたみたいですよ。
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多摩が周囲ににじみ出している
市外局番っていうのは基本的には県境で区切られているんでしょうか。
県境にぴったり一致しない場合もありますね。たとえば「042」は東京都の23区民以外にはわりとなじみのある番号だと思うんですが、これは神奈川と埼玉と山梨にもはみ出しています。
地図を見ると「042」は主に多摩ですね。
そうです、多摩地区は総じて「042」なんですが、山梨県の丹波山村と小菅村は多摩川の源流で奥多摩との結びつきが強くて、山梨の番号ではなく奥多摩の番号に入っています。
行政区分よりも文化的背景が反映されているんですね。
そうですね、人のつながりと地形のつながりを反映しています。まあ結局どこの電話局から引っ張るのがやりやすいか、っていう話なんですけどね。
町田と相模原も同じく「042」ですね。多摩がにじみ出てきている。
それでいて相模原市内でも相模湖と藤野は八王子と一緒だったりと、複雑な事情も読み取れます。
非常にマーブルな地域を「042」がまとめて上書きした感じなんでしょうね。