特集 2020年1月14日

絶滅危惧種? 「ご当地公衆電話」を巡る

各地に残る、ご当地色あふれる公衆電話を巡った

最近では、もうほとんど使う機会のない公衆電話。人が集まるところにあって、誰もが知っている身近な存在であったがゆえに、かつてはご当地色を反映した「ご当地公衆電話」が全国各地で作られていた。

今となっては話題に挙がることも少ないそれらを、いくつか巡ってきたので紹介したい。

1983年徳島県生まれ。大阪在住。エアコン配管観察家、特殊コレクタ。日常的すぎて誰も気にしないようなコトについて考えたり、誰も目を向けないようなモノを集めたりします。(動画インタビュー)

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消えゆく公衆電話

携帯電話がなかった頃、外出先から電話をかけるには公衆電話を使うしかなかった。あの独特な折り戸を開けて電話ボックスに収まり、積み上げた10円玉を投入しながら電話をかける。次に並んでいる人からのプレッシャーもあった。

しかしそんな日常も、90年代後半ごろから急速に姿を消していった。
 

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公衆電話の設置数は、この通り右肩下がり(平成11年版 通信白書、平成15年版 情報通信白書、令和元年版 情報通信白書を元に作成)

設置数のピークは1990年で、当時は全国に約83.3万台あったという。それが特に2000年代に入ってから急激に数を減らし、2018年の時点でわずか15.5万台に。あれよあれよという間に1/5以下である。

理由はいわずもがな、携帯電話の普及である。公衆電話は災害時の通信手段ともなるので、今後も設置数がゼロになることはない。ただ上昇に転じることもきっとないだろう。
 

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何かあったときのためにと、テレホンカードとICテレホンカードを財布に忍ばせているのだけど、かれこれ20年くらい使う機会がない。ICテレカの方は、使える公衆電話自体が先に消滅してしまった……(2005年に全廃)

そんな、ただでさえ日の当たらなくなった公衆電話界において、人々の記憶からスッポリ抜け落ちてしまっている文化がある――それが「ご当地公衆電話」である。

「ご当地公衆電話」という文化

ご当地公衆電話、そういうのがあったのだ。言葉で説明するより見てもらった方が早い。

まずは、ご当地公衆電話界における西の重鎮(と勝手に思っている)、滋賀県・信楽にある「タヌキ公衆電話」を見に行ってみた。
 

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焼き物の里・信楽にやってきた。駅ではさっそく「信楽タヌキ」がお出迎え
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タクシーもタヌキである。気を抜くと化かされそうな予感がただよう
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そんなタヌキだらけの駅前に鎮座ましますのが、高さ5メートルはあろうかという「タヌキ公衆電話」だ
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ただの置物ではなくて、れっきとした公衆電話である。訪れたのが12月だったため、クリスマスの衣装を身にまとっていた。「タヌキデラックス」といった感じの風貌

信楽には「タヌキ」という強烈なシンボルがある。このような場合は一点突破で、とりあえず何でもタヌキにしてしまいがちである。タクシーもタヌキ、店の玄関にもタヌキ、神社にもタヌキ……。

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その流れから、公衆電話もタヌキなのだ

時代である。いまだと「よし、公衆電話をタヌキにしよう!」という流れにはならないに違いない。当時は、駅前にあって、公共性が高くて、みんなが知っているアレ、といえば一番に挙がるのが公衆電話だったのだろう。

まだ公衆電話に存在感があった頃の、そんな一時代の文化の片鱗。それが「ご当地公衆電話」なのである。

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公衆電話にとっては受難の時代だが、このタヌキには末永く信楽の街を見守っていてほしい

こういう「ご当地公衆電話」は、信楽に限らず全国各地にある。ただ、どれくらいあるか? と聞かれると、ハッキリしたことは分からない。なにせ公衆電話の全盛期は1990年頃。その頃はインターネットも一般的ではなかったので、当時の情報がほとんど存在しないのだ。

おまけに、インターネットの普及と反比例するように公衆電話は衰退していっているので、ネット上で話題になることもあまりない。まさに、人々の記憶から忘れ去られるための条件を満たした不遇の存在、言ってみれば「ネットの死角」なのである。

徳島にある「うみがめ公衆電話」

もっと「ご当地公衆電話」に光を当てねばなるまい。そんな使命感におそわれて、数少ない情報(主に個人ブログの旅行記に登場する)をもとに、現存するものをいくつか探し出した。

そのなかで、信楽のタヌキ公衆電話に匹敵する力作を徳島に発見。実物を見に行ってきた。
 

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徳島県の南東部・日和佐にある、ウミガメの産卵が見られる大浜海岸。NHK連続テレビ小説「ウェルかめ」の舞台にもなった場所である。奇遇にも朝ドラつながり
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そんな海岸の目と鼻の先に、「うみがめ公衆電話」はあった
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高さは2.5メートルほど。サイズこそタヌキに及ばないが、造形には力が入っている

元日の昼間に、大浜海岸まで足を運んだ。徳島市内から車で1.5時間ほどの距離である。併設する「うみがめ博物館」が開いていたため、予想以上に観光客が多い。みんな美しい海岸にみとれて写真を撮っている。しかし、うみがめ公衆電話の周りには誰もいない。なぜだ。

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こんなにつぶらな瞳をしているというのに。道路に背を向けて立つという、シャイなスタイルである
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長きに渡り、ここから海岸を見つめ続けている
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電話ボックスの中もデコレーションされていた

思うに、現代の子どもたちにとっては、公衆電話自体がレアな存在である。なので、そんなレアなもの(公衆電話)に、さらなるレア(ご当地色)を掛け合わせたご当地公衆電話は、ハイコンテクストすぎて良さが伝わりづらいのかもしれない。

文化は長年の積み重ねのうえに成り立つものだ。なので前提となる存在が忘れられていくと、だんだん後世の人には理解できないモノへと変貌していく。ご当地公衆電話は、そんなウネリのまっただ中にあるような気がした。

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大阪にある「ご当地公衆電話」を巡る

「タヌキ」や「うみがめ」は、ご当地公衆電話の中でもかなり大がかりな部類である。一般的には、電話ボックスをチョコッと改造したような小ぶりなモノが多数を占めている。

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さらなる公衆電話を求めて、大阪にある「住吉大社」にやってきた。参拝客数が大阪一の神社である
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屋台でにぎわう参道の脇に、ちょこんと設置されているのを発見。神社への溶け込み度が高くて、見つけるのに苦労した
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どのへんがご当地かというと、屋根が住吉大社の建築様式「住吉造」なのだ。このシンプルかつ最適な造形、ザ・ご当地である
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全然関係ないけど、帰り道と同列に扱われてるおみくじの存在が面白かった
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お次は、大阪の南部にある岸和田市役所。大きな木の下にあるのは
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「だんじり」の屋根部分を頭に乗せた公衆電話ボックス
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本当にちょっとしたご当地色である
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大阪最後は、大阪環状線・芦原橋駅前の公衆電話
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太鼓の産地ということで、電話ボックスの頭にはそのまんま太鼓が乗っていた
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電話ボックスは、ドアが自動で開くという見たことなかったタイプである。折り戸がギッコンバッタンするので、普通の自動ドアにはない良さがあった
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芦原橋周辺は、他にも太鼓モチーフのものが多かった。バス停も太鼓だし
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待合椅子も太鼓である

こういうのは、由緒正しき「ご当地もの」という感じがする。ご当地色を出す対象がたまたま(時代の流れもあって)公衆電話だったというだけで、芦原橋のバス停みたいに、他にも作ろうと思えば何だって作ることができる。

今後、ご当地公衆電話の数が増えていくことはないだろう。じゃあ、今の時代に合った「ご当地なんとか」って、いったい何だろうか? そう考えたとき、あれが真っ先に思い浮かんだ。

時代は「公衆電話」から「郵便ポスト」へ

ちょっと話は逸れるのだけど、現代における「ご当地公衆電話」の代わりとなるもの、それは間違いなく「ご当地郵便ポスト」である。

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岡山駅前にある、挑発的な顔をした「桃太郎ポスト」や
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愛媛県今治にある「しまなみ海道ポスト」のように、頭にご当地ものを乗せた郵便ポストが全国各地で見られる。このタイプを筆者は「ポス像」と呼んでいる
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広島県竹原にある「かぐや姫ポスト」みたいな大型造形物もあれば、
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京都府宇治駅前の「茶壺型ポスト」のように、ポスト自体を変形させるパターンも多い

こういったポストは、少なくとも20年前には存在していた。そして「ご当地公衆電話」と違うのは、今もなお数が増え続けているということだ。

つい先日、当サイトの別記事にゆるキャラ「ずーしーほっきー」の真新しいポス像が載っていて、本題とは関係ないところで一人興奮していた。
 

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イカ広場でパウダースノー蹴ろう ~新幹線の駅にひとり置き去り~」より

1. 駅前など人が集まる場所にあって、2. 公共性が高くて、3. みんなが知っているもの。30年前、それは公衆電話だった。でもどんどん存在感を薄めていき、代わりに白羽の矢が立ったのが郵便ポストだったというわけである。

「ご当地公衆電話」と「ご当地郵便ポスト」は、間違いなく地続きの文化である。ポストについては、今後また別の記事で詳しく触れたい。

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まだまだある「ご当地公衆電話」を巡る

閑話休題。大阪に続いて神戸にもいくつかあることが分かったので、巡ってきた。

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神戸の中華街「南京町」にあると聞いてやって来たものの、人が多すぎてまともに撮影できず……
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これは公衆電話待ちの行列……であるはずもなく。人波の向こうにあるのが中華風の「ご当地公衆電話」である
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街に溶け込みすぎて、もはや誰も公衆電話の存在に目が向いてないようであった
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南京町のすぐ近く、NTT西日本兵庫支店のそばにあった電話ボックス
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はっきりした由来が分からなかったのだけど、この部分の形が日本初の公衆電話に似ている
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オシャレ感があって、不思議と神戸の街に溶け込むデザインである
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元町駅から三宮駅へ行く途中にも、似たようなのを一体発見した
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ところ変わって、こちらは京都の宇治。京阪宇治駅前にある電話ボックスに、
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平等院鳳凰堂モチーフの屋根が乗っていた。夕日に映える鳳凰が美しい

「ご当地公衆電話」を探し歩くモチベーション

近畿周辺だけでこれだけ見つかったということは、広く全国に現存している可能性が高い。探し歩いてコレクションするのも一興であるが、でもこういうのって「全貌が不明」ゆえの難しさがあるのだ。

べつに親玉のNTTが仕切っているわけでもなく、各地域で観光目的にやられていることなので、全体像が把握しづらい。これは途中で紹介した「ご当地郵便ポスト」についても同様である。

悪魔の証明ではないけれど、ある程度見つけた時点で「他にはもうない」ことを証明するが非常に難しいのだ。それゆえ、どこまで集めても終わりが見えないという、コレクターにとっては悩ましい問題に直面してしまうのである(もちろん、それが燃えるという人もいる)。

なので、個人的には「観光に行った先で偶然見つけて小躍りする」という集め方が一番しっくりくる。
 

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こちらは鳥取県境港「水木しげるロード」にあった、鬼太郎の家型の公衆電話
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北海道室蘭の「チキウ岬(地球岬)」には、地球をかたどった公衆電話があった

世の中には「ご当地公衆電話」というものが存在する。さらに公衆電話の減少とともに、だんだんレア度が増してきている。

その事実を知っているだけで、旅先での楽しみがひとつ増える。そういう集め方がいいんじゃないかと思うのだ。なので広く情報を求めたりせず、これからもひっそりと観察を続けていきたい。


特にご当地ではない「変わり公衆電話」

本文で紹介した神戸のもそうだけど、「ご当地もの」かどうか判別が難しい公衆電話も多い。

例えば滋賀県のJR南草津駅前にあったこれは、おそらく単なるデザインに凝った公衆電話ボックスであろう。
 

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見慣れないデザインだが、ご当地性は感じられない
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京阪守口市駅前にあるのも、未来的でカッコいいけどたぶんご当地ではない

多様性という観点からも、公衆電話は観察しがいがある対象物だなと気付かされたのであった。

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