ゴマを料理に使う機会は今までほとんどなかったのだが、こうして食べてみると、煎りたてのゴマはとてもうまい。なんだかゴマを見直してしまった。
市販品のゴマと栽培したものの違いは正直わからないので、わざわざ育てる必要はないような気もするが、きっと来年も育てると思う。
今度は畑で育てて、面倒くさがらずに完熟したサヤだけを日々収穫して、最高のゴマを手に入れてみようと思う。
ある日、サッポロ一番しおラーメンを食べていたら、調味料と一緒についているゴマの存在が気になった。
ゴマって、なんだっけ。
きっとなにかの種なんだろうなというのはわかる。ではどんな植物の、どんな実の種なのかと言われると、身近な食材なのにまったくのハテナ。
今後、ゴマを食べる度に気になるのも気持ち悪いので、ゴマを育てて確認することにした。
ゴマの種ってその辺で売っているものなのかなと首をひねりつつ近所のホームセンターにいってみると、あっさりと見つかった。
その名も金胡麻。白でもなく、黒でもなく、金である。かっこいい。
そして種の入ったパッケージをみて、ゴマの種はゴマであるという、ある意味当たり前のことに気が付く。
説明書きを読むと、60センチのうねを作れとか、20センチの株間にするとか書かれているので、狭い場所で育てるようなものではないようだが、じっくりと観察したいのでベランダのプランターで育ててみることにした。
大量に収穫しようと思わなければ、プランターでもきっとどうにかなるだろう。成長の過程が観察できて、ちょっと試食できればOKだ。
もし実がうまくならなかったら、最悪この種を試食してやる。
ベランダに置いたゴマを植えたプランター、洗濯物を干す時に水をやっていると、そのうち芽がでてくれた。
去年から使い回しの土なので、なにか別な植物の芽という可能性も捨てきれないが、ゴマだと信じて育てていこう。
ゴマの芽はスクスクと育っている。それに混ざって去年ここに植えていたバジルも勝手に生えてきた。期せずして寄せ植えだ。
蒔いていないバジルが生えてくるということは、これが蒔いたゴマであるという確証が持てない。
そこでゴマであることを確認するために、葉っぱをちょっと食べてみることにした。もしこれがゴマであれば、その葉っぱはエゴマに近い味がするのではという方程式である。
腹ペコな青虫になった気分で食べてみたところ、うーん、エゴマと遠からず近からず。そんなにまずくはないが、わざわざ食べないかなという味。キムチや天麩羅にしたらおいしいかも。
ちょっと調べてみたところ、ゴマがシソ目ゴマ科で、エゴマがシソ目シソ科とそんなに近くない親戚なので、この遠からず近からずという味は、ある意味正解のような気がする。
なんてモグモグやっていたのだが、よく見ればつぼみのようなものができているではないか。
そうか、ゴマが種であるならば、それが入った実がなる訳で、その前に花が咲くのは当然か。
ゴマの花、まったく想像ができないぞ。これはなかなか楽しみだ。
気が付けばゴマの花が咲いていた。咲きたては黄緑色で、しっかり開くとラッパ型の淡いピンクになるようだ。
これは予想外のかわいらしさ。萌えという言葉がよく似合う花だ。ゴマなのに。
小学生が授業で育てる植物といえばアサガオとかヒマワリが定番だが、このゴマとかカンピョウとかサフランとか、食べ物としては知っているけれど、その姿をよく知らないものを育てればいいのにな。
7月に入ると、花が咲いていた場所にラグビーボール形の実がなっていた。
おおお、これがゴマの実なのか。実というよりもサヤと呼ぶべきか。
ゴマの大きさから察すると、菜の花やエンドウマメのサヤみたいに種が一列で並んでいるのではなく、オクラのように複数列で入っているのだろう。
もう誰も覚えちゃいないだろうけど、今年の夏はものすごい猛暑だった。
毎日せっせと水をあげてはいるが、ゴマもすっかりバテ気味である。
それでもサヤはどんどんと成長して、青いパパイヤを思わせる膨らみっぷりである。
さて残された問題は、これをどのタイミングで収穫すると、あのゴマになるのかということだ。
サヤごと食べる野菜なら今が収穫時期だろうけれど、必要なのは完熟した種。とりあえず、もう少し様子を見てみようか。
旅行で3日ほど家を空けていたら、収獲を前にしたゴマがすっかり萎れてしまった。
特にサヤが一番大きくなっていた出世頭の枯れっぷりがひどい。わー、これは私の大失態である。せっかくここまで育てたのに。
ごめんよーと枯れたそいつを手に取ったところで、ワーッと声をあげてしまった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴマができている!
そうか、ゴマはサヤが成長しきると自動的に枯れて、そのサヤの中から成熟したゴマの種が飛び出るシステムなのか。
こういう姿を目の当たりにして、ようやくゴマというのが種であるという事実を実感できる。
種がこぼれないよう慎重にサヤを収獲。ぷっくりと膨らんだ良質のゴマだ。当たり前だが種として蒔いたゴマとそっくりである。世代交代しても変化なし。
早速だがサヤから取り出したばかりのゴマを試食してみよう。
うーん、とったそのままだと、なにを食べてるのかよくわからないな。湿気ったピーナツのカスみたいで、特に美味しいという感じではない。
味はよくわからないが、何度も噛んでいると口の中にうっすらと藁のような香りが広がってきた。おや、ゴマってもう少しポジティブな香ばしさがあったはずなのだが。
そうか、ゴマは煎らないとダメか。そうだそうだということで、フライパンで優しく乾煎りをする。
ゴマがパチリと一はぜしたところで火を止めて、火傷しない程度に冷めたところで食べてみると、これがクルミみたいに油っ気があってうまいんだ。これぞゴマ油の原料である。
香ばしいとはこういうことだと、小さなゴマ粒が訴えてくる。煎りたてのゴマはもはや香ばしさ界の第一人者、トップランナーだ。
収獲したての煎りゴマ、とてもうまいのだが量がやっぱり問題だ。あの小さなプランターで育てるには限界があり、試食程度ならいいけれど、料理に使うとなると全然足りない。最初は試食できればいいかなと思っていたのだが、うまいとなると話は別だ。
そこで数日後、家庭菜園をやっている畑へと足を運んだ。そう、種が余っていたので、こっちにも少し遅れて蒔いておいたのだ。
さすがは大地に根付いた畑育ちのゴマだけあって、周囲の雑草にも負けず本来のスペック通りである1メートルまで伸びていた。
世話は野菜の収穫ついでに草をちょっと抜いた程度の無農薬ほったらかし栽培だったが、なかなか育てやすい植物だ。
さて問題は収穫のタイミングだ。8月の後半ともなると、最初に実った下の方にあるサヤは茶色く成熟し、今にも種であるゴマがこぼれそうになっている(もうこぼれているのもある)。だが後からできたサヤはまだ成長の途中という、ふぞろいのゴマ粒たち。
これ、どのタイミングで収穫するのが正解なんだろう。オクラみたいに食べ頃のやつを一つずつとるのがベストなのだろうが、さすがにそれは大変か。
あー、どうしよう。あちらを立てればこちらが立たず。こういうときこそ、収獲するベストのタイミングを人工知能にゆだねたいのだが。
台風が近づいていることだし、とりあえず成長の早い株を収穫し、残りは後日とも思ったが、とりはじめたら勢いがついて、全部一気に刈ってしまった。
畑からとってきたゴマは、ベランダにブルーシートを敷いて広げ、雨が降りそうになったら袋に詰めるというのを繰り返す。なかなかの面倒くささである。
どれくらい干したらいいものかわからなかったが、二十日もすれば茶色くカラッカラとなった。
そろそろいいだろうと、持ち上げて逆さにしたり、袋の上からパンパンと叩いたりして、サヤの中のゴマを落として集めていく。
なんというか、いかにも昔の農作業っていう感じのアナログ仕事で、これがなかなか気持ち良い。
こうして袋の底には、黄金色に輝く大量のゴマが集められた。最初に蒔いたゴマの100倍、いや1000倍くらいになっている。そう考えると大儲けである。なんだかゴマが砂金に見えてきた。
だが本当に大変なのはここからだった。ご覧の通り、そりゃもうゴミがすごいのだ。
こういうときはやっぱりザルが便利だろう。ゴマより目の細かいザルに入れて小さなゴミを落とし、続けて目の粗いザルで掬い上げて大きなゴミを落とす。
こうしてボールの中にはゴマ粒大のものだけになったのだが、ゴマ粒大のものってゴマだけじゃないんですね。
だいたい90%はゴマなのだが、残りの10%はサヤや葉っぱのカス。どうみてもゴミで、この状態ではちょっと食べることができない。
こうして残ってしまったゴミは、風で飛ばせないかとウチワで仰いでみたが、まったくびくともしなかった。ゴミが軽いといっても、そこまで軽くはないようだ。
ならば次の手だ。水に入れると分離できるのではと、ちょっと試しに水没させてみた。
たしかにゴミを取り除けそうだが、そこに残るのは濡れた胡麻。また乾かすのが大変だし、一気に発芽してしまいそうなのでこれは断念。
じゃあやっぱり手作業が一番なのかとピンセットでの分別を試してみたところ、近いところで目のピントが合わないことに気が付いた。老眼のはじまりである。これがハズキルーペの広告記事だったら、ここで武井咲さんの登場だ。
こうしてチマチマ集めているものが、ダイヤの原石などではなく、一袋100円とかで売っているゴマだと思うと、俺の今やっている作業は時給いくらなんだと計算してしまう。それはもう切なさがすごい。世の中のゴマってもっと高くていいよ。
えーい、やってられるか。こんちくしょう。
やっぱり手作業による分別っていうのは限界がある。これまでの実験で一番可能性があるのは風力だろうか。ウチワよりも強い風が吹けば、ゴミを飛ばすことができるのではと思い直し、玄関まで扇風機を引っ張ってきた。
大きなボールにゴマを入れ、それを天かすをとるやつで掬い上げて、扇風機の風に当てながらサラサラと落としていくというのを繰り返す。これでどうだ。
この精製方法が見事にハマり、軽いゴミや未成熟だったゴマは吹き飛ばされて、油の詰まった良質のゴマだけがボールに落ちていった。今までの苦労があっただけに、この効率的な作業は快感だ。
産業革命、大成功である。
よしこれでもう食べられるぞと思ったのだが、よーくみるとまだ少しゴミがある。
ゴマとほぼ同じ大きさで、その比重も同じ黒い塊。これはあれか、ゴマについていたイモムシの落し物だな。
ゴマを食べて育っているイモムシの落し物なので、これも広義の意味では黒ゴマと呼んでも差し支えないのではと思いつつも、やっぱり気になるので手作業で取り除く。
ゴミの混ざった状態からゴマだけを集める苦労に比べたら、僅かに残ったゴミを取り除く作業は全然楽勝だ。シラスの中からエビやカニを探すようなものである。
あとは許容範囲の問題ということで、適当なところで終了とする。もしこれが商品として売られていたが、ゴマのカスをごまかすなと言いたくなるが、生産者としてはもう勘弁だ。
ゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴミゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴマゴミゴマゴマゴマゴマゴマゴマクソゴマゴマゴマ。こんな感じ。
よく食品に小さなゴミや虫が入っていたと回収騒ぎになるけれど、こうして作る側に立ってみると、それくらい仕方ないよねと優しくなれる気がする。
こうして長きに渡ったゴマの分別作業を終え、ようやく食べる時が来た。
プランターで育てた時とは収獲した量が圧倒的に違う。収獲してからの苦労もけた外れだったが、とにかくこれでしばらくはうまいゴマが食べ放題だ。
ゴマを食べるといえば、やっぱりサッポロ一番しおラーメンだろうか。前からゴマの量をマシマシにして食べてみたいと思っていたのだ。
サッポロ一番のゴマは「切り胡麻」だ。その形状を再現すべく、香ばしく煎ったゴマを軽く擦っておく。切り胡麻というくらいなので、包丁の刃で刻むのが正解だったかな。
小鍋に500ccのお湯を沸かし、麺を茹でて粉末スープを溶かす。
そして丼に移したら、通常の10倍くらいのゴマをドーンだ!どうだ!なにがだ!
伸びる前にとさっそく食べると、これがものすごく贅沢をしている気分になれる味なのだ。
なんていっても10倍である。好きなゴマが10倍だ。きっとサッポロ一番の開発者は、原価とかを無視できるならこれくらいゴマを入れたかったのではというくらいにうまい。ラーメン自体がうますぎてゴマ本来の味がよくわからないのが欠点か。
なんだったらもっとゴマが多くても全然いける。いっそ公式にゴママックス版しおラーメンを出して欲しい。食べる側がゴマを勝手に足せばいいんだけど。たぶんゴマ20円分くらいで夢が叶う。
せっかくなのでゴマ料理のド定番である、ホウレン草のゴマ和えも作ってみた。ゴマ和えを作るなんて、人生初ではなかろうか。
もちろんゴマは通常のレシピよりもたっぷり。もはやゴマは料理の引き立て役なんかじゃない。ゴマの味を引き立たせて、いかにたっぷりと食べるかが勝負なのだ。
少し甘めに仕上げたゴマ和えは、ホウレン草と一緒になって塊で口の中に入ってくるゴマが素晴らしい。これぞゴマの団体競技。
もはやこのホウレン草とゴマの関係は、子持ち昆布における昆布と数の子の関係だ。ゴマを楽しむためにホウレン草がつなぎ役として存在している。
このゴマだったらスウィーツにもいけるのではと、そのままの勢いでバニラアイスにも掛けてみた。
これもまたうまかった。煎りたての香りがバニラアイスとよく合う。ナッツ類が入ったアイスはあるが、ゴマだとより和な感じに仕上がってくれる。ここに黒蜜やメイプルシロップをかけてもいいね。
ただ皿にくっついたバニラバーを剥がそうとした衝撃で、大量にゴマが飛び散ったので、できればバニラバーでない方が好ましい。おそらくベストは雪見大福かな。
この煎りたてのゴマが気に入って、しばらくは出かける先にも持ち歩くようになった。
おもむろに煎りゴマセットを取り出すと、ちょっと面倒臭い人のオーラが出てしまうが、そんなデメリットを差し引いても、やっぱり煎りたてはおいしい。
なんだか新しい味覚の扉が開いた気分である。ゴマだけに。
ゴマを料理に使う機会は今までほとんどなかったのだが、こうして食べてみると、煎りたてのゴマはとてもうまい。なんだかゴマを見直してしまった。
市販品のゴマと栽培したものの違いは正直わからないので、わざわざ育てる必要はないような気もするが、きっと来年も育てると思う。
今度は畑で育てて、面倒くさがらずに完熟したサヤだけを日々収穫して、最高のゴマを手に入れてみようと思う。
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