ガイドさんの案内で第二海堡を歩く
第二海堡に上陸したツアーの参加者は、三つのグループに分けられた。各組にガイドさんが付き、その案内で島内を巡る。
また参加者には一人にひとつガイドさんの声が聞こえるイヤホン付きの受信機が配られる。これがあると少し離れた位置にいても解説を聞き逃すことがないので、大変ありがたい。
だって、上陸直後から魅力的な光景ばかりであり、常にうろちょろ右往左往してしまうんだもの。
我々のグループは、まずは桟橋から続く階段を上り、島の西側へと向かった。かつて砲台が並んでいた海堡の上部からは、三浦半島から東京のスカイツリーまで、東京湾を広く見渡すことができる。
この防波堤は第二海堡で一番最初に築かれた遺構だそうだ。まず初めに高波を防ぐための防波堤を築き、続いて船を付けるための桟橋を作り、それから海底に石材を沈めて海堡の基礎を造成したという流れである。
もっとも、初代は灯竿(とうかん)と呼ばれる木の柱の上に灯火を据えただけのシンプルな航路標識であったという。現在の灯台は4代目で、船体などに使われるFRP(繊維強化プラスチック)で築かれた立派なものだ。
さて、灯台も良いものであるが、海堡ならではの遺構に目を移そう。かつて島の上部に並んでいた砲台の跡である。
現在は土で埋まっているが、かつてはここにドーム状の天井を持つ砲塔があり、加納(カノン)砲が配備されていた。一列に並んだ砲台は地下の通路で繋がっており、地上に出ることなく行き来ができたのだ。非常に堅牢な要塞であったことがうかがえる。
現在は土が流出しておりコンクリートが剥き出しになっているものの、本来の砲塔はその大部分が地下にあり、地上に出ているのは砲身のある射撃室の部分だけであった。
上記写真のコンクリート表面をよく見ると、上部は滑らかなのに途中からザラザラと粗くなっているのが分かるだろうか。そこから下は、当初は土に埋まっていた部分なのである。
役目を終えて長きに渡る時間が経ち、波風による影響を受けて本来の姿からはかなり変化したものの、それがかえって廃墟然とした詫びさびを生みだし、味のある雰囲気を醸しているように思う。