フェリーのにおいが好き
石油のにおい?排気?潮のにおい?詳しくは知らないけどフェリーのにおいが好きだ。
実家にいたころ、父親が高所恐怖症で飛行機に乗れなかったので、旅行に行くときはもっぱらフェリーに乗って移動していた。そのときの楽しかった記憶と船のにおいが紐づいているのかもしれない。
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子どものころ以来船旅には縁がないので、そのぶん船に対するイメージは汚れることなくポジティブなまま頭に残っている。重油の匂いは自分にとってのふるさとと言っていいかもしれない。
船にはしばらく乗っていないけれど、ちょうど1年前に船の匂いを嗅いだ。人を送る用事があったのだ。
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とある日、仕事の帰りにヒッチハイカーを見かけて、宮崎から熊本まで連れて行くことにした。マクロでは他人の不幸が気にならないがミクロでは気になるのだ。視界に入る人間はすべて幸福でいなければならない。
1時間半ほど車を走らせたところで阿蘇に着いたが目当ての宿が開いておらず、きびすを返して彼を自宅に連れて帰った。
たしか7歳くらいの年の差があった気がするが、彼が「仲良くなるために敬語やめていいすか?」というので、その通りにしたら効果テキメン、あっという間に親友みたいな関係性になっておかしかった。
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そんな彼と別れたのが大分県の港だったのだ。そのときに客船を久しぶりに見た。別府-大阪間を結ぶ船だ。どこからか、やはり燃料のようなにおいがしていた。
船のにおいに結びつく楽しい記憶がまたひとつ増えた。そう思った。打率10割でハッピー。いいよね、フェリーのにおい。
終わってる休日、港に行く
時間を現在に戻そう。今日は月に8回ある公休日のうちの一日。たまたまおじいちゃんの誕生日なのでプレゼントを渡しにいく用事があり、デイリーの撮影をする必要もあって、家事も溜まっている。
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なのに、何もしないまま、気づいたら16時まで寝ていた。午後4時。寝癖をなおすのが億劫でだらだらしていたらそんな時間になっていた。おお、君は、終わってる休日じゃないか!
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こんな日にはいっそ船のにおいでも嗅ぎにいこうか。気分もアガるだろうしさ。
調べてみると19時過ぎに大分から神戸行きの船が出るようだ。家から港までは車で2時間くらいだからギリギリ間に合う。
よっしゃ、船のにおいを嗅ぎにいこう!ダメな日を少しでもマシな一日に!出発!
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岡城阯、朝倉文夫記念館、熊野磨崖仏。目に入ってくるすべての観光地情報を無視する。
ちなみに岡城阯は滝廉太郎が『荒城の月』を作曲するにあたり着想を得たとされるスポットで、朝倉文夫は東洋のロダンとも呼ばれる彫塑家で代表作は「墓守」、熊野磨崖仏は平安時代の作と言われる国内最大級の磨崖仏で約8mの高さがある。
調べてみたら全部気になるな。
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でも今回は船のにおいの話だ。夜の港についた。
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別府港についた。でも船がない。一般向けの駐車場は封鎖されている。人もいない。おかしい。
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改めてインターネットで船の情報を調べてみると、大分↔大阪の船は別府港から、大分↔神戸の船は大分港から出ているらしい。目当ての船は神戸に行くやつだから大分港発で、今いるのは別府港にいるから、ええと、港を間違えてますね。
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幸い別府港から大分港までは車で15分くらい。まだ間に合うぞ!
大分港と別府港の位置関係
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なんとか間に合ったけど四の五の言う暇はない!なぜならあと4,5分で出港するから!
フェリーのにおいを嗅ぐ
それでは、自分、フェリー嗅がせていただきます。
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あれ、あんまり、においが分からないかもしれない。匂いを嗅ぐだけで煮物料理の味付けを完璧に調整できる自慢の嗅覚をもってしても捉えきれない。無だ。自分の車の芳香剤で鼻がイカれてしまったのか。いったい何しにきたんだ。
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戸惑っているうちに船は遠ざかっていく。
船が遠ざかると途端に潮のにおいを強く感じるようになった。ガラッと明確ににおいが変化した。ということは、それまでちゃんと船のにおいがしていたということだろうか。気が付かなかっただけで。
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それでも諦めずに嗅ぎ続けていると…きた!!!
潮風にのって海の方から燃料っぽいにおいがやってきた。これこれ!科学っぽくて生理的には拒否したくなるはずのにおいなのに、なぜか夢中になってしまうアンビバレントな刺激が脳に届く。
蘇る、船内のビュッフェでポテトを山ほど食べたあのときの幸せな記憶。
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風向きの関係か、フェリーっぽいにおいがしたりしなかったりする。すぐ近くを車が通っていくので排気ガスと混ざって何がなんだかわからなくなるけど、目的を果たせて満足した。
休日、勝ち取ったり。
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