ここから急な展開で恐縮だが、ミミイカは食用にもなるらしいので、せっかくの機会なので茹でて食べてみた。塩水ではなく真水で茹でたためか、ちょっと水っぽい感じが強く、ホタルイカのようなプリっとした触感にはならなかった。濃いめの塩水で茹でるか、醤油味の煮つけにすればよかったか。
食材としてはわざわざ採って食べなくてもいいかなという感じではあるのだが、それを知れたことが収穫だ。食べる食べないはともかくとして、今度こそはちゃんと自力で捕まえたいターゲットである。
ちょっと変わった生き物が大好きな友人から、ミミイカという小さなイカを採りにいかないかと誘われた。
小さなイカといえば、ホタルイカとヒイカは以前に狙って捕まえたことがあるけれど、ミミイカ採りは未体験。前に地引網でたまたま捕まえたことはあるけれど、あれって狙って採れるものだったのか。
それは行かない訳にはいかないだろう。
案内をしてくれた友人によると、東京近郊でミミイカをよく見るのは12月から2月くらいの寒い時期。この日は2月下旬なので今シーズンはもうラストチャンスだろう。
探す時間は夜で、大きく潮が引いているときがベスト。場所は岩場と隣接したような砂浜が探しやすいとのこと。ただし時期も場所もあくまで彼の経験則なので、地域が変われば違うかも。
ミミイカは北海道から九州まで幅広く分布しており、ホタルイカみたいに食用として流通する程メジャーではないが、食べる地域もあるようだ。
満月に近い月夜にやってきたのは関東某所の海。無風で最高のミミイカ日和だ。ウェーダーと呼ばれる腰まである長靴を履き、磯に挟まれた小さな入り江の砂浜にざぶざぶと入る。
「ミミイカがいれば、すぐにわかります。うっすら紫色をしていて、ふわふわと泳いでいるんで」
事前にこのような説明を聞いたのだが、前に捕まえた経験のあるホタルイカのイメージが強すぎて(透き通った体で水中をヒョイヒョイと泳いでいる)、ちゃんと理解できていなかったことを後で知ることとなる。
まるで風の谷のナウシカに出てくる巨神兵のように、強力なライトで海面を照らしながら歩く友人の後をついていく。
「ライトが明るいと見えやすいのはもちろんですが、この光でミミイカの方から寄ってきます」
モクズガニ、マイタケ、ヘボ(クロスズメバチ)、タカラガイなど、今までに多くの人から変わった動植物の採り方を教えてもらってきた。そして今日はミミイカ採り。こういう秘密基地への招待みたいな体験は、何歳になっても最高にワクワクする。
状況さえよければミミイカはすぐに見つかるらしいのだが、前日に吹いた風の影響か、訪れた浜は潮の濁りがかなりきつく、ミミイカらしき姿がなかなか見つからない。
1匹でもいいからこの手で捕まえたい。そしてじっくりと観察し、その味を確認してみたい。見つけるまでは帰らないくらいの気持ちだが、現実問題として潮が引いている時間は短い。
いつも以上に目力を込めて海面を凝視しながら歩いていると、私の網が届く範囲に白い何かが泳いでいるのが見えた。
これは本命のミミイカか!って思いたいけれど、そのシルエットは明らかに魚っぽい。違うとわかってはいるけれど、もしかしたら泳ぐときにシュッとするイカなのかもと、とりあえずその進行方向から網をかぶせて捕獲を試みる。
持ち上げた網の中に入っていたのは、ミミイカではなく小さなフグだった。これはあれか、ホタルイカ採りのデジャブーかと一人で小さく笑ってしまった(以前まったく同じ流れがあった)。
この場所はやっぱり潮が濁りすぎだねということで、案内役の友人が風向きを考慮した上で、別のポイントへとちょっと移動。
ここなら大丈夫でしょうと来た場所は、先ほどよりもだいぶ砂の目が粗く、簡単には舞い上がらないこともあり、普通のライトでも海底がはっきりと見えるほどに澄んでいた。
ここで集中して探せば、きっとミミイカが見つけられるはず。だが目の前を泳ぐ生き物をいちいち捕まえてしまい、なかなか集中できなかったりする。
だってヒョロヒョロと泳ぐ姿に網を伸ばせば、なんと生きたシラウオらしき魚をゲットできるんですよ。
埼玉県の平野部でフナやザリガニをすくって育ってきたので、こういった海の生き物は図鑑でしか見られない憧れの存在だ。
やっぱり夜の海は楽しすぎる。子供の頃の私をここに連れてきてやりたい。
そんな感じでがんばりつつも様々な生き物に気を許していると、ちょっと離れていた場所で探していた友人の呼ぶ声が聞こえた。どうやら本命を見つけたようだ。
バシャバシャとうるさく水しぶきをあげながら駆け寄ると(イメージは南国のビーチを走るグラビアアイドル)、彼の持つバケツの中に見慣れぬ黒い生き物が、ヒレをパタパタさせてプカプカとホバリングをしていた。
「この出目金みたいな生物はなんですか?」と聞いたところ、「なにいってんの、これがミミイカでしょ」との答えが返ってきた。
えーー、なんかイメージと違う!ペンフレンドとの待ち合わせか。
いやいや、これはイカじゃないでしょうと手ですくおうとすると、空を飛ぶゾウのダンボのようにパタパタと耳で泳ぎだし、丸めていた足を伸ばして見せてくれた。
真っ黒かと思いきや、よくみればうっすらと紫がかった鮮やかな色をしている。こいつが海中でどんな風に泳いでいるのだろう。
「ほら、そこにもいる!」
私が夢中で観察していると、友人が自慢の強力なライトで海底まで照らした場所を指さした。
おおお、これか!
海底よりちょっとだけ上の場所で、ふわふわと漂っている姿が照らし出されていた。そうか、海中のミミイカってこういう感じで泳いでいるのか。
そういえば、うっすら紫色をしていて、ふわふわと泳いでいると教わっていたが、確かにその言葉通りだ。ただし透明に近い紫だと思ったら実際はほぼ黒の紫で、泳いでいるというか沈んだ状態でふわふわしている。
「もっと海面に近いところをふわふわしている時もありますよ。砂に潜っているイカなので、歩いた後を振りかえるとびっくりして出てきてたりします」
これがミミイカか。想像と違いすぎて、もしかしたらこれまでに見逃していたかも。やっぱり実物を知るっていうのは大事だな。
水中で泳ぐミミイカ。どことなく古式泳法っぽさがあるね。
泳いでいるというか、ギリギリ流されないで踏ん張っているという感じがかわいい。
基本的には砂の中にいるためか、泳ぐのはあまり得意ではなさそうだ。あと200万年くらいしたら、進化の過程で泳げなくなりそうなほど。
友人が発見したミミイカを網ですくわせていただいたのだが、これがまた驚きの連続だった。
まず黒に近い紫に見えたイカは、よくみるとブラックオパールのような輝きを放っているのだ。ホタルイカのように発光するという訳ではないのだが、それでも驚きの美しさ。
この写真よりも実物はもっと鮮やかに輝いており、この場にいないと見られない万華鏡のように変わる美しさに感動してしまう。
もし「おれ、宇宙から来たんっすよ」と言われたら、やっぱりそうですよねーと納得するしかない得体の知れなさだ。
網の中を泳ぐミミイカ。ほら耳で泳いでいる。
この鮮やかなイカを網越しに刺激すると、イカらしい透明感のある質感に一瞬で変わった。これこそが私のイメージしていたミミイカの色だ。
あの色は暗い海に合わせた擬態だったのだろうか。
そして動き方が意外だった。胴体部分をアグレッシブに伸び縮みさせながら移動する様は、まるでイイダコである。
君は本当にイカなのかい。
ほらほら、動きが実にタコっぽい。
この砂浜にミミイカは間違いなくいる。そして水中のミミイカの様子もはっきりとイメージできた。
あとはもう1匹でいいから自分の目で見つけて、この網ですくえれば100点満点の一日となったのだが、ミミイカ経験豊富な友人が3匹目を見つけたところで、いきなり風が強くなり、天気予報にはなかったみぞれ混じりの冷たい雨まで降ってきてしまった。
水面が波打ってしまえばミミイカ探しはもう無理である。きっと砂に潜ってしまっただろう。それでもしばらく粘ったのだが、今日も明日も平日なので、いつまでも付き合わせる訳にもいかない。
呼吸するミミイカ。
ターゲットがこの場にいるはずなのに見つけられないモヤモヤが募る結果となったが、それでも生きたミミイカの姿を見られたので来てよかった。富山のホタルイカ採りも楽しいが、この場所でのミミイカ探しも輝かしい魅力に満ちていた。
その存在を前から知ってはいたけれど、本当の姿をまるで知らなかった。身近な場所にも、探せばこんな不思議な生き物がいるんだなと改めて思った夜だった。
ここから急な展開で恐縮だが、ミミイカは食用にもなるらしいので、せっかくの機会なので茹でて食べてみた。塩水ではなく真水で茹でたためか、ちょっと水っぽい感じが強く、ホタルイカのようなプリっとした触感にはならなかった。濃いめの塩水で茹でるか、醤油味の煮つけにすればよかったか。
食材としてはわざわざ採って食べなくてもいいかなという感じではあるのだが、それを知れたことが収穫だ。食べる食べないはともかくとして、今度こそはちゃんと自力で捕まえたいターゲットである。
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