神社祭式には決まりがある
神社の祭式作法には決まりごとがある。
祭典の大小を問わず、神事のなかでの神職の体の動かし方はすべて決まっていると言っていい。
例えば、拝という敬礼作法では90度の角度で腰を折ることになっている。
このような角度の他にも、動き始めるときは左右どちらの足を出すか、座るときはどちらの膝をつくかなど、一挙一動に定めがある。
神の御前で祭事に臨む神職に自分勝手な表現はゆるされず、絶対祭式ミスらないマシーンになりきる必要があるのだ。もちろん、心はこめるとして。
神職資格取得のための養成所では、完全に規定通りの動きができるよう指導を受ける。
講師の先生を前にして半端な角度で頭を下げようもんなら「そんな作法はない!」と怒号が飛ぶ。養成所には旧財閥系企業で管理職まで務めた同期もいたが、等しくめちゃくちゃ怒られていた。
「置笏(ちしゃく)」について
本題に入ろう。
とある作法を間違って行うと笏が飛んでいく、という講師の注意は本当のことだったのか。もちろん笏を飛ばすという作法はない。
とある作法というのは「置笏(ちしゃく)」である。手に持っている笏を右ひざのそばに置く作法のことだ。
置笏は何のために行うのか。
笏を持ったままでは片手が塞がって拍手を打つことができないので、笏を一時的に地面に置くというシチュエーションが祭式にあるのだ。
そのときの動きを置笏といい、これをミスると笏が飛ぶという。
巷で囁かれる置笏の危険性について
置笏をどのように間違うと笏が飛ぶのか。
まずは教科書どおりの作法を見ていこう。
これが置笏の動き方だが、最後がポイント。笏は袴の下に差し入れなければならない。
教科書にもわざわざ「笏を右膝の傍に置く際には、装束の袖、又は袴の上に置かぬこと」と注意が書かれている。
どうやら、笏を装束の袖に入れ込んでしまったとき、笏発射のリスクがあるらしいのだ。
これが、巷で囁かれる置笏の恐ろしさである。
地域の要職が数多く参列する厳かな式典のなか、笏がふいに飛んでいったら一体どうなるのだろう。礼の角度が違うだけで怒られる業界で。
実際に笏を飛ばしたことはないのだが、全国の仲間に聞いてみるとそういう指導を受けたことを覚えている人が多く、なかには実際に飛ばした経験を持つ人もいた。
ぴゅって飛んでいくのか!やってみるしかない。
笏は飛ぶのか
勇気を出して職場の後輩を誘い、笏が飛ぶかどうか試すことになった。どんな誘いなのか。飲み会も嫌がられる時代によく頷いてくれた。
早速やろうぞ。
ふたりで何度も試したが笏は飛ばなかった。そりゃあ、飛ばないなら飛ばないほうがいいのだけど。
やろうと思えば、わざと飛ばすこともできる。
拍手の際、手を大げさに高く上げれば笏は飛ぶ。ただ、拍手の手の位置は胸の前あたりと決まっている。通常、ここまで上げることはないのだ。
撮れ高を意識してか後輩が思い切りのいい作法で笏を飛ばしてくれたが、「普通はそんな手の上げ方せんやろ!」と注意しておいた。
養成所で教わった通りに動けば笏が飛ぶことはないのだ。17時過ぎ、静まり返った境内、当たり前のことを確認し合った。
ロケットのように景気よく笏が飛んでいくものだと思っていた。終始、ふたりとも半笑いだった。気まずかった。
ただ、焦って急いで手を高く上げれば、笏が飛ぶ可能性はあるのだ。
ちゃんとやれば飛ばない。ちゃんとやらなければ飛ぶかもしれない。この海のように深い知見を胸に、今後も置笏の危険性を注視していきたい。

