ケーキ界のキャビア
今や手ごろな値段で買えるようになったバウムクーヘンだが、20世紀前半はキャビア並の高級品だったそうで、一切れの値段が裁縫師の1週間分の賃金と同じぐらいの時代もあったらしい。大富豪でもない限り食べれないようなぜいたく品だったのだ。
昔と比べたら安くなったとは言え、今でも高級なケーキであることには変わりはない。
子供の頃から誕生日にバウムクーヘンを買ってもらっていた義理の母の家庭では、特別なケーキを6人家族で分けれるように薄く切っていたのかもしれない。
生地を重ねることで木の年輪のようなデザインが出来上がる、バウムクーヘン。発祥の地はドイツだが、日本でも人気のケーキだ。
日本では扇型に切られたものをよく見る気がするが、ドイツでは決まった切り方があるらしい。ベルリンの老舗バウムクーヘン屋さんで切り方を聞いてきた。
ドイツ菓子の代表ともいえる、バウムクーヘン。「バウム」は木、クーヘンは「ケーキ」という名前からも分かるように、木の年輪のような模様がトレードマークだ。
19世紀後半のバウムクーヘン文化の中心地はベルリンだったそうだが、その後はドイツ国内にどんどん広まっていった。
そして1909年にカール・ユーハイムによって日本にも上陸したバウムクーヘンは、今や日本の定番スイーツとなった。
ドイツではバウムクーヘンは昔ながらの伝統的なケーキという立ち位置だが、日本のバウムクーヘン文化はキラキラしていて毎度そのギャップに驚かされる。
とにかく世界的に有名なバウムクーヘンだが、ドイツでは高級なお菓子であるため、誕生日やクリスマスなどの特別なイベントでもないとなかなかお目にかかれない。ドイツ人でもバウムクーヘンを食べたことがない人も少なくないそうだ。
例えば、私のドイツ人の夫のお母さんの誕生日ケーキは、毎年バウムクーヘンのホールと決まっている。
義母がいつも選ぶのは砂糖がけされた、昔ながらのシンプルなバウムクーヘン。このコーティングは甘さ以外にも乾燥を防止する役割も果たしているのだそう。
これを切り分けていくのだが、義理の母のバウムクーヘンの切り方が不思議なのだ。
私だったら直感的に普通のケーキみたいに垂直に切ってしまいそうだが、義理の母は次々と均等な薄さのスライスを切っていく。
昔から不思議に思っていた切り方だが、ふと思い立ってSNSでアンケートをとってみたところ、数人が「これが正しい切り方だよ、年輪がちゃんと見えるでしょ」と教えてくれた。
よし。今までの過ちを悔い改めるために、ベルリンのバウムクーヘン屋さんにちゃんとした切り方を聞きに行こう。
まずは義理の母が毎年誕生日にバウムクーヘンを注文している、「ラビーン」というバウムクーヘン屋さんへ向かう。
145年の歴史を誇るラビーンは、かつてポツダムの宮廷御用達であった老舗のバウムクーヘン屋さんだ。ここでも直火で一層一層焼かれているのだそう。
とバウムクーヘンのディスプレイを見ていると、すでに切ってあるものが売っていた。
このすでに切ってあるお手本用のバウムクーヘンと、500グラムのホールを持ってレジへ向かう。そのタイミングでケーキ屋さんのお姉さんにホールの切り方を聞いてみた。
やはり伝統的な切り方は輪っかのスライスやそぎ切りだったが、お姉さんは思ったほどシビアじゃなかった。
まあ、ドイツでもチョコのかかった小さな扇型のバウムクーヘンも売っているし、全くの間違いという訳ではないみたいだ。
何事もセカンドオピニオンが重要だ。念のために、もう一件行ってみよう。
次に訪れたのは、同じくベルリンにある老舗「ブーフヴァルト」だ。1852年創業のブーフヴァルトも、ラビーンと同じくかつては王室御用達であったケーキ屋さんだ。
ここは何度か来たことがあるのだが、カフェが人気でいつも長蛇の列ができている。この日も例外なく混んでいたので、持ち帰り用のケーキだけを買うことにした。
持ち帰り用のバウムクーヘンを注文しながら、お姉さんに切り方を聞いてみた。
なるほど、ブーフヴァルトでは完全な輪っかではなく、半分に切ってからスライスするのか。その方が切りやすいからかな。
年輪が見える方向に切るのは同じだけど、お店によって少しずつ違いがあるようだ。
さて、これで切り方のノウハウを得たことだし、実際に切ってみよう。
ラビーンで買ったホールのバウムクーヘンを使って色々切り方を練習してみることにした。
まずはこれを義理の母式に輪っかにスライスしてみよう。
これは思ったより難しい。 お義母さんのように薄いスライスはそう簡単には切れない。
なにしろどでかいホールを買ってしまったので、食べるのを手伝ってもらうために3人の助っ人を呼んだ。ついでにみんなにも切ってもらおう。
みんなにもやってもらったが、途中で切れたり、厚さが均等にならなかったり、なかなか難しいものである。
あとバウムクーヘンを抑えながらでないとうまく切れないことも分かった。今回は切りながら手で触ってしまったが、お客さんに出す場合はフォークなどで抑えた方がいいかもしれない。
では出来上がったバウムのスライスたちを食べてみよう。
日本のバウムクーヘンは長いこと食べていないので比較しにくいのだが、ドイツのバウムクーヘンは中身がギュッと詰まっていて、フワフワしていない気がする。
スポンジケーキよりはパウンドケーキの食感に近いので、いっぺんにたくさん頬張ると水分が必要になる感じだ。
その点、薄い輪っかだと水分が持ってかれないので食べやすいという利点があることが分かった。
もう少し食べ応えがあってもいいなと思う人は、厚めの輪っかを切ればいいのかもしれない。
ついでにそぎ切りにもチャレンジしてみよう。
完全な輪っかに切るときと比べて、均等な厚さに切るプレッシャーもないので簡単だ。 大きさも好きなように調整できるのもいい。
切り方一つで味わいかたが変わることが分かった。
正しい切り方、間違った切り方、というよりはそれぞれのケーキの特徴や好みによって切り方を変えて楽しめるのだ。
そういう意味ではフワッとした日本風のバウムクーヘンは厚めの扇型が合ってるのかもしれない。
バウムクーヘンをホールで買うこと自体が少ないと思うが、いつか手に入れたら色んな切り方で食べ比べてみるのも楽しいと思う。
今や手ごろな値段で買えるようになったバウムクーヘンだが、20世紀前半はキャビア並の高級品だったそうで、一切れの値段が裁縫師の1週間分の賃金と同じぐらいの時代もあったらしい。大富豪でもない限り食べれないようなぜいたく品だったのだ。
昔と比べたら安くなったとは言え、今でも高級なケーキであることには変わりはない。
子供の頃から誕生日にバウムクーヘンを買ってもらっていた義理の母の家庭では、特別なケーキを6人家族で分けれるように薄く切っていたのかもしれない。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |