エチオピア産コーヒーの味が紅茶に似ている理由
そんなコーヒーエピソードを教えてくれた人物は、大阪・天王寺の、1974年創業(執筆時で45周年)になる純喫茶『ルプラ』二代目店主の西峯(にしみね)さん。
私と地元も世代も近く、おもしろい活動をしている(後述)と思って個人的な興味が湧いてコンタクトをとって会ってみた。すると、コーヒーを軸に世界の話がぞくぞくと飛び出すではないか。これはおもしろい!と思って、急遽、取材させていただくことになったのです。
“コーヒー・ロード”をたどると歴史が見える
なぜわざわざ!? 確かに味は、古い感じがしますけど……。
というのも。当時、インドからイギリスへの貿易ルートはアフリカ大陸を大回りするしかなかった。そのため2~3ヶ月かけて運んでいたのですが、すると必然的にモンスーンを受けながら天日干しされた状態になるので、到着する頃にはこの色になっていたんですね。
うん、うん。
しかし、船は帆船から蒸気船へと変わり、スエズ運河も開通したことで、航海日数は大幅に短縮されたことにより黄金のコーヒーは歴史から姿を消した。それが今「オリエンタルでミステリーでノスタルジー」と謳われ、逆に価値が生まれて再現されているという訳です。
ルプラ二代目店長西峯さんの”寄り添う”コーヒー
ここで歴史や世界からいったん離れて、西峯さんについて聞きたい。そもそも興味を持ったきっかけは、発信している情報から「喫茶店らしかぬユニークなことをしてる」と思ったからだ。それはたとえば、お店でコーヒーを淹れるばかりでなく、焙煎や淹れ方について教える出張教室をしていたり、リヤカーを引っ張ってフリーマーケットで出張カフェを行っているとか。
そして、『純喫茶ルプラ』は創業してからそろそろ半世紀。しかし西峯さんは36歳とお店よりも年が若い。ということは、自分ではじめたお店ではなさそうだ。
僕は二代目で、2011年、ちょうど東日本大震災の一週間後くらいに父が亡くなり家業を継いだんです。
なるほど……。では、それまではルプラで働かれていたんですか?
いえ、とある結婚式場で副料理長をしていて、「いつかは継ぐのかなー」とゆるく考えていたんですが、急な展開ではありました。ただ、料理は問題なくてもコーヒーのことが分からない。そこで勉強しようと思って、大手カフェチェーンやメーカーもふくめてセミナーを見て回ったんですが、言うことがバラバラだったんですね。
料理だとどのジャンルでも基本は同じなんです。「食材が生臭くならないようにあらかじめ熱した鍋に入れましょう」、みたく。ただコーヒーについては、「挽きたてがいい」とか「2~3ヶ月熟成させてから」とか……それぞれの主張がバラバラで。そもそも、コーヒーって挽目を1メモリずらしただけで味が変わる。でも、そういったことはセミナーでは教えられず、どこも「こういう(決まった)やり方でいいんだ」という感じでした。
なんでだろう、理由は想像つきます?
それから、ひょんなことから奈良最古のカフェの店主と仲良くなり、コーヒーに対する姿勢や考え方を学んだという。この焙煎機はその方を通じて譲ってもらったという、国内でたった五台しかないという90歳の焙煎機。
コーヒー屋としての西峯さんの原体験を聞いているうちに、こだわりの一端が分かった気がした。話によると、コーヒーの世界では「あの人が淹れたから美味しいのだ」という職人的ともアーティスト的ともいえる意識が強く、「バリスタの大会で優勝して名を上げたら焙煎作業に集中したり焙煎機の開発に携わる」というキャリアパスを思い描く人も多いらしい。
そんな背景もあってコーヒーの淹れ方については門外不出のブラックボックス化していることもあり、教え合うことは少ない(むしろ、その「淹れ方」の条件をデータ化してセットできる焙煎機もありそのデータが売買されているくらい)。一方でレシピ本が数多く出たりと「教え合う」ということが当たり前の料理人の世界から来た西峯さんにとっては、その文化が衝撃的だったようだ。
もちろん、コーヒーに関わる人にもあらゆる人がいて、考え方もさまざまであることは言うまでもない。が、西峯さんは、「これだけ多くの要素によって味が変わるのなら、相手の味覚や状況によって好みの味を探る、つまり”寄り添う”淹れ方を常に意識している」という。
コーヒーの嗜み方と付き合い方から見る世界
訪日観光客が増えた昨今、口コミでも評判ということもあって、純喫茶ルプラにはいろんな国籍の人がやってくる。「韓国人の団体さんがよく来るなぁ」と思っていたら、どうもコーヒーをテーマとしたツアー先に組み込まれていた、なんてこともあったらしい。また、焙煎教室をやっていることもあり、「自分もカフェを開きたい」という人の相談に乗ることも多く、ちょうど今は「済州島(朝鮮半島南西にある火山島、リゾートとしても知られる)で開きたい」という韓国人の方もいるという。
これだけで韓国にコーヒーブームが起こっているということがよく分かる。
各地でコーヒーの好みに違いってあったりしますか?
ありますね、たとえば香港の方は薄味が好みです。以前香港からお客さんが来られたことがあって、それを知っていたので狙って薄く出したんですが「まだ濃い」という感じで、最終的に四回淹れたことがあります。
四回も!(笑)
口コミサイトで「四回も淹れてくれたいい店だ」って評価してくれたみたいです(笑)。
そりゃあそうだ。いい店ですよ。ほかの国にも、好みの味覚、また飲み方の特徴ってありますか?
韓国は味が濃くてアレンジ好き
まず韓国では、もともとの食文化の影響を受けてかコーヒーの味も濃いものが好まれますね。
先日旅行に行ったんですが、食べた限りだと料理の味は確かにどれも濃かったです。
あとはとにかくアレンジが好き、そこにかけては異様といえるほどの興味を持ってると感じます。
ほーー、たとえばどんなアレンジが?
今は廃れているかもしれないですが、たとえば、ロックグラスに濃いめのコーヒーとかちわり氷を入れて、ウィスキーのように時間をかけてちびちびと飲むとか。あと、コーヒーの上に綿あめを浮かせて、湯気で溶かして砂糖を落としていくというスタイルもありますね。
あ! それベトナムのカフェで見たことがあって、調べると元ネタは韓国だったことがありました。
インドネシアのおしゃべり文化とちびちびコーヒー
ノンクロン文化について知りたい方はこちらの記事(『インドネシアと武部洋子』後編:ロックとわたし)をお読みください。
フィンランドは天才が決定づけた味に沿う
ちなみにフィンランドでは一日4~5杯という世界トップクラスでコーヒーが飲まれる国で、その理由のひとつには「あまり社交的ではないから会話のツールとしてコーヒーを飲む」という話もあるようです(参考)。おぉー、まさしく飲み方に国民性があらわれている……。
ベトナムコーヒーはフランス文化と流通規制
また、ベトナムでは、かなりおおざっぱに言えば、北部はお茶で南部はコーヒーと地域色があります。コーヒーはほぼ間違いなく、旧宗主国であったフランスの影響。あとこれは個人的な仮説なんですが、フランスからの独立のあとに南部はアメリカの影響を強く受けつづけた(からコーヒー文化が強い)と言えるかもしれません。
そして、いわゆるベトナムコーヒーは苦味が強いロブスタ種に練乳を入れるスタイルが定番ですが、「配給時代で流通が規制されており生乳の入手がむずかしかったため、保存の効く練乳が使われるようになった」という話をベトナム人の友人から聞いたこともあります。
韓国の味覚がスペシャルティコーヒーを牽引?
最後に、よく聞くようになったサードウェイブについて西峯さんから興味深い話が聞けた。
コーヒーというフォーマットで文化が見える
そんな、世界のコーヒーのお話でした。
最後に少し話に出たように、日本では「香り高い」ことが良いコーヒーの条件ともされていましたが、それが実は日本の中だけの話だったとは衝撃。その国や地域で良いとされる基準から、歴史が分かり、世界の味覚や文化までも見えてくる。世界中の嗜好品というフォーマットだからこそ、価値観の違いが見えておもしろかった。