こうして二年に渡ってヤマクラゲの謎に挑み、心からの「へー」を得ることができた。次はもっと茎を太くして、ヤマクラゲらしいヤマクラゲを作ってみたいが、そんなにヤマクラゲにこだわってどうするんだという気もする。
それでも、もしまた育てる機会があったら(そんなの自分次第だが)、今度は市販の味にとらわれることなく、ステムレタスの魅力を生かした料理を考えてみたいと思う。甘辛く煮てカンピョウにしてみようかな。
酒のつまみなんかでたまに出てくる珍味のヤマクラゲ、その原材料をご存じだろうか。
山のクラゲというくらいなので、海を漂うクラゲとは別の食材だ。かといって木に生えるキノコのキクラゲとも違う。
ヤマクラゲの正体は、なんと「レタスの茎」らしいのだ。そんなバカなということで、種から育てて確かめてみた。
ヤマクラゲをご存じない方、ちょっとピンとこない方もいると思うので、まずはヤマクラゲの説明をしよう。
居酒屋の突き出しとして、あるいはお弁当の漬物として、たまに見かける味の濃い食べ物だ。ヤマクラゲというだけあって、中華料理の前菜にでてくる半透明のクラゲに似て、歯ごたえがよくコリコリしている。
その名前は知らなくとも、一度くらいは見たこと、食べたことがないだろうか。ただザーサイやアーモンドのように、その正体をよく知らないままに食べている人が多いのでは。かく言う私もその一人だ。
ヤマクラゲの原材料名を確認すると、これには『山くらげ(中国)』と書かれていた。
そりゃまあそうなんだけれど、山くらげってなんなんだよという話である。
以前、植物に詳しい人からヤマクラゲがレタスの仲間の茎だと聞いて驚いたのだが、こうして改めて食べてもまったくピンとこない。
レタスの要素が無さ過ぎる。茎ワカメの親せきとか、コンニャクを加工したものといわれた方が納得できるだろう。
カンピョウをみてユウガオが想像できないように、味付け前のヤマクラゲを乾物屋で探しても、たぶんその正体は見えてこないだろう。
普段ほとんど食べる機会のないものをわざわざ育てるのもどうかと思うのだが、その真相を探るべく種を取り寄せてみたところ、パッケージには『ステムレタス』と書かれていた。
なるほど、ヤマクラゲは確かにレタスの仲間のようだ。レタスクラブならぬレタスクラゲである。
種の袋に写っている、祈祷師が振る謎のフサフサした棒、あるいはダスキンの新商品みたいなものがヤマクラゲの正体らしい。
私が知っているレタスとまったく違う形で、ズドンと伸びた茎が立派だ。この部分が珍味のヤマクラゲになろうのだろう。
以下、調理されたヤマクラゲとわかりやすく分けるために、この植物をステムレタスと呼ぶ。レタスの仲間であるところが驚きのポイントなので。
この種を植えたのは五月下旬。本来はもう少し早く、四月中に取り掛かるはずだったのだが、実はヤマクラゲチャレンジは二年目。昨年は苗を虫に食われて失敗し、今年は余った種を使いまわしたら発芽せずで、慌てて新しい種を取り寄せたのである。
順調にいけば2~3か月で葉っぱが収穫できるらしいが、さてどうなるか。すでに「買った方が安い」状態ではあるが、私が欲しいのは食材ではなく経験だ。今度こそ無事に育ってほしい。
また栽培に失敗したら、「ヤマクラゲを一袋食べきるための100のレシピ」という記事を書いてやる。
種を撒いてから一か月、ベランダに置かれた育苗ポットでステムレタスは3センチほどに育ったのだが、まだレタスっぽさもヤマクラゲっぽさもない。
種が飛んできて雑草が生えちゃったかなと、不安になる普通っぽさだ。
さらに半月が経ち、今年は害虫の被害にあうこともなく、どうにか畑に植えても大丈夫な大きさまで成長。
まだ茎は存在せず、地面から長い葉っぱがニョキっと伸びている。ここからどう成長するのだろう。
7月下旬、ステムレタスは虫に食われることなく成長しているが、これが順調なのかがわからなない。
種の袋には「草丈30cm位で茎が3~4cm太った頃、中~下の葉をかきとる」と書かれているが、茎が全然太っていないのだ。育ち方を間違えたロメインレタスみたいである。
太ってくれないのは栄養不足だろうか、あるいは長梅雨の影響か。今から肥料をあげてもなあと半ばあきらめ気味に放置していたら、8月になってようやく茎が伸び始めて、下旬になると皮が硬くなってきた。
もう少し太ってほしかったが、これ以上待つと枯れだす恐れがあるので、このタイミングで収穫してしまおう。
試しに葉っぱを食べてみると、レタスの10倍、いや100倍くらい苦かった。生で葉っぱを食べるには、明らかに収穫時期を逃した感じである。そりゃ虫もつかない訳だ。
こうなると不安は募る一方だが、茎はまだ大丈夫なのだろうか。なにからなにまで正解なのかわからない食べ物である。
帰宅後、収穫したステムレタスをよく洗いつつ、葉っぱは全部落としてしまう。こういうとき、ウサギかニワトリでも飼っていればと思ってしまう。
棒状になったら明らかに硬い茎の皮をピーラーで剥き、食べられそうな部分だけにする。そして食べやすい太さに揃えるために、繊維に沿って縦に割っておく。食材の加工というよりは、カゴ細工でもしているみたいだ。
ヤマクラゲは乾物を戻して味付けしたものっぽい気がするので、下処理したステムレタスの茎を干物用の網に入れ、生まれ故郷ともいえるベランダで干す。
そう、ここで彼らは芽吹いたのだ。だから何だという話だが。
三日もするとしっかり乾いたのだが、本当にこれでいいのだろうかと、この実験を始めてから何度目かの疑問が湧いてくる。
ヤマクラゲというか、色こそ違うが網戸を止めるギザギザしたゴムチューブみたいだ。
自分で干しておいてなんなのだが、今度は水に一晩漬けて戻してみる。干したり戻したり忙しいが、乾物とはそういうものだ。
水分を吸って柔らかくなったものの、育ちすぎのステムレタスは加熱しないと美味しくなさそうなので、今度は酢を少々入れたお湯で10分ほど茹でてみる。
これでグズグズに煮崩れちゃったらどうしよう。なんといってもレタスだからなあ。
火を通しても煮崩れる気配はまったくなし。喜ばしいことだが繊維が硬すぎるかもと不安にもなる。
これでステムレタスから味付け前のプレーンなヤマクラゲができた訳だ。この段階で味見をしてみると、ザックリとした心地よい食感で、風味はフキが近いかな。
でもあれだ、一番近いのは加熱調理したレタスの硬い部分の味だ。チャーハンとかラーメンに入れたレタスを思い出させる味。それでいて市販のヤマクラゲから味を全部抜くとこうなるんだろうなと想像させてくれる。
どうやら私が歩んできた道は、目的地から大きく外れてはいないようだ。
さあ最後の仕上げである。しっかりと濃い味をつけて、市販のヤマクラゲに近づけてやろう。わざわざ手作りしておいて市販品が目標っていうのもおかしな話ではあるのだが。
あの味にするヒントは、パッケージに書かれた原材料名だ。たん白加水分解物とか発酵酸味料とか家にないものは諦めて、醤油、砂糖、ラー油、白ごま、塩、酢、ごま油、唐辛子を各適量。これを刻んだステムレタスの茎と混ぜて、冷蔵庫で二晩寝かせたら完成のはず。
見事な琥珀色に仕上がった自家製ヤマクラゲを食べてみると、ネパール料理のアチャール(漬け物)を思わせる味がした。我が家では作らない他所の家の家庭の味といった、馴染みはないのに懐かしくも優しい味だ。
勘で作った部分が多いが、これはなかなかうまい。残念ながらクラゲっぽさは皆無だが、レタスにクラゲを求める方が悪いのだ。でも市販品はちゃんとクラゲ感があるんだよな。
味の差は調味料の問題として、やっぱり気になるのは食感の違いである。
市販品はヘニャっとしつつも歯ごたえがあって、そこがクラゲらしさにつながっているが、手作りはヘニャの要素がなく、全体がパリっとしていて、知らなければダイコンだと思うかも。切り干しダイコンのハリハリ漬けってこんなかんじじゃなかったっけ。
それでも、やっぱり二つのヤマクラゲはどこか似ている部分がちゃんとある。もしかしたらそもそものヤマクラゲは、今回作ったような食べ物だったのかもしれない。それが企業努力でクラゲに似せていった結果、ここまで進化したのでは。
この食感の差が、収穫のタイミングなのか、育ち方なのか、あるいは加工方法なのか、謎はまだまだ残るけれど、とりあえあずヤマクラゲの材料がレタスの仲間の茎であることは納得できた。それで十分だ。
こうして二年に渡ってヤマクラゲの謎に挑み、心からの「へー」を得ることができた。次はもっと茎を太くして、ヤマクラゲらしいヤマクラゲを作ってみたいが、そんなにヤマクラゲにこだわってどうするんだという気もする。
それでも、もしまた育てる機会があったら(そんなの自分次第だが)、今度は市販の味にとらわれることなく、ステムレタスの魅力を生かした料理を考えてみたいと思う。甘辛く煮てカンピョウにしてみようかな。
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