まずは杉玉についてあれこれ
古いものを好物としている私は、かつての宿場などといった、古い町並みを見に行くことも多い。古い町並みには造り酒屋が欠かせないもので、そして造り酒屋には杉玉が欠かせない。
私はどうも、この杉玉に惹かれる性質があるらしく、出かけた先々で杉玉を見つけては、妙に嬉しくなって思わず写真に収めてしまう。これがなかなか、絵になるのだ。
そもそも、なぜ造り酒屋には杉玉がぶら下がっているかというと、これはすなわち、今年の新酒ができたという合図である。
造り酒屋(酒を自ら醸造して販売するお店)では、酒を搾ると緑色の杉玉を軒先に掲げ、新酒ができたという事を知らせるのだ。杉玉は時間の経過と共に枯れ、徐々に茶色くなっていく。この杉玉の色合いで、酒の熟成具合を知らせるである。
ゆえに、杉玉は造り酒屋の看板代わりでもある。
杉玉の歴史は相当に古く、そのルーツは神話の時代にまで遡るという。もっとも、昔の杉玉は今のような形ではなく、ただ単に杉の葉を束ねただけのものであったそうだが。それが時間を経るに従い、現在の玉のような形に変化していったらしい。
しかしこう改めて杉玉を眺めてみても、杉玉というものは謎が多い。もし杉玉という名前が付いてなければ、杉でできているとは分からない外見だと思うし、ましてやその作り方など、皆目見当も付かない。
杉玉がどのように作られるのか、それを知る意味でも杉玉作りを体験してみたい。いや、杉玉を好むものとして、体験しなければならないのだ。そんな意味不明の義務感に衝き動かされて、私は智頭へと向かった。
杉玉を作りに、杉の町智頭へ
智頭はちょうど鳥取県と岡山県の県境に位置する盆地にあり、昔から林業の盛んな町である。特に杉が有名で、何でもその植林は江戸時代から行われているのだとか。
また、智頭は鳥取と姫路を結ぶ智頭往来と、岡山から津山を経由して智頭に至る備前街道が交わる交通の要所でもあり、かつては宿場町としても栄えていた。
さて、今回の杉玉作りだが、その名もズバリ「杉玉工房」という教室にお世話になることになった。杉玉作りは予約制なので、あらかじめ電話で予約を済ませておいたのだが、その際に少々気になることを言われたのを思い出す。
私が体験教室の希望日を告げると、杉玉工房さんは「その日は"のうりん"のイベントに参加する事になっているんですよ」と言った。それを聞いて、最初は断られるのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。その"のうりん"のイベントに来て、そこで飛び込みで杉玉作りに参加してほしいという。
私は杉玉を作ることができるなら何でも良いですとその条件で申し込んだのだが、しかし良く考えたら、私はその"のうりん"というものを知らない。"のうりん"とは……"農林"か?果たしてそのイベントとはこれ如何に。この謎をほったらかしたまま、私は現地に来てしまったのだ。
"のうりん"というものがさっぱり分からない私は、とりあえず杉玉工房さんの工房へと足を運んでみた。しかし、やはりそこには人の気配はなく、軒先には立派な杉玉と、どーも君がたたずむのみ。
う~ん、やはり今日の杉玉作りは電話で言われた通り、この工房ではなくて"のうりん"という場所でやるようだ。ちなみに電話では、"のうりん"は駅から徒歩10分ぐらいですから、とも言っていた。
私は携帯電話で智頭の地図(だじゃれじゃないよ)を開き、この付近一帯を眺めてみる。すると、おぉ、どうやらそれらしきものがあるではないか。その名も「智頭農林高校」。確かに学校ならばイベントとかをやることもあるだろう。よし、行ってみよう。
目指すべき智頭農林高校は、旧宿場町の外れに位置している。そこへ行くには必然的に古い町並みを通ることになるのだが、思った以上に古い建物が多く、風情がある。
特に目を引くのは、やはり杉玉だ。造り酒屋のみならず、普通の民家にも杉玉が吊るされ、町並みのアクセントとなっていた。さすがは杉の町。町興しに杉玉を活用しているのだろう。
さて、町並みを抜けると幾分広い道路に出た。その奥には学校らしき建物が見えるが、どうやらそれが智頭農林高校らしい。そこには行きかう車をさばく警備員の姿、そして多数の歩行者の姿。おぉ、なんかイベントをやっているっぽい雰囲気だぞ。当たりだったか?
学園祭で杉玉を作る
それは要するに、智頭農林高校の学園祭だった。高校生に混じって農林業の業者さんも出展しており、交流会といった側面もあるようだが、しかしまぁ、ノリは極めて学園祭的である。
普通の学園祭との違いは、年齢層の高い面々が少々多く見られるというぐらいだろうか。客の年代も中年から高年者まで幅広い。おかげで私のような不審者が入っても、目だって浮くことはなかった。
一瞬、女子高校生と目が合った際、「なんでこいつが入ってきてるの?」というような顔をされたような気がしたが、きっとそれは私の気のせいであろう。女子高生に対して、常に後ろめたく感じているが故の被害妄想に違いない。
それにしても、杉玉工房さんがいる"のうりん"というのは本当にこの農林祭でよろしいのだろうか。その疑問も案内図を見てあっという間に吹き飛んだ。会場のほぼ中央、そこにはしっかり杉玉工房という名前が記載されていたのだ。
やはり"のうりん"というのは農林祭のことで間違いはなかった。ほっと胸をなでおろし、早速、そのブースへと行ってみる。
先日電話した者ですと伝えると、まるでモリゾーのような杉葉に囲まれたおじさんたち、もとい杉玉作りの先生方は、こちらへどうぞと座布団を敷いてくれ、我々の座る席をこしらえてくれた。よかった、どうやら話はきちんと通じていたようだ。
座って腰を落ち着けると、まずこのブースの周囲を覆う杉の香りに驚かされた。雨に塗れた森の匂いをさらに何倍にも濃縮したような、強い杉ヤニの香りが一面に漂っているのだ。だが私はこの匂い、嫌いじゃぁない。
杉の香りを嗅いで、なんだか気分も高まってきた。さぁ、いよいよ杉玉作りだ。