HOW TO 杉玉作り
まず始めに、杉玉の作り方をざっくりと教わった。
杉玉の芯となるのは針金でできた球で、切り揃えた杉の葉をその芯に挿し込んでいく、というのが基本。ある程度挿したら今度は杉を刈り込んで形を整え、そしてまた挿し込んでいく、という作業の繰り返しだ。
ほう、それだけか。それならシンプルで分かりやすく、不器用な自分にもできそうな簡単そうな作業だな――そう思った。この時は、愚かにも。
それにしても、杉玉に芯が入っていたとは。言われてみれば、あぁそうなんだと確かに納得できるが、知らなければ芯が入っているなどなかなか気づくものではない。
ちなみにこの芯、今でこそ針金で作られているものの、昔は葛(かずら)や竹などで作られていたそうだ。杉玉はこの芯が非常に重要なのだそうで、芯がしっかりしていないと形が歪んだり、最悪の場合は杉玉自体が崩れてしまったりするらしい。
今の芯の形になるまでは相当な試行錯誤があったらしく、「本当は企業秘密なんだけど、でも見せちゃうんだよ」と先生は言っていた。ちょっとやそっとじゃ真似できるものではない、ということなのだろう。
説明が終わると、先生は既に4分の3くらいできている杉玉を私に渡した。今回はこの状態からスタートし、杉玉を作っていくとのことだ。
なぜ最初からではなく、作業途中の状態から作り始めるのかというと、それは単純に、杉玉作りは時間がかかるからだ。普通では、一つの杉玉を仕上げるのに二日はかかるらしい。
さすがに二日丸々杉玉作りに費やすという訳にもいかないので、体験教室では先生がある程度作ってくれておいたものを仕上げる、というのがその内容となっている。
さぁ、作業開始だ。とりあえず教えられた通り、開いているマスに杉の葉を挿していってみるが、これが簡単そうでなかなか難しい。いや、なかなかじゃなくて凄く難しい。
それに、思ったより杉のヤニが凄い。松ヤニというのはよく聞くが、杉もこれほどヤニが出るとは。最初素手でやろうとしたが、あまりにベタベタするのでしょうがなくゴム手袋をはめた。
杉葉もただ挿せば良いというわけではなく、それぞれの根元をかみ合わせるようにしなければ後で抜けてしまう。マス一列を均一に、されどしっかり杉葉を詰めていかねばならない。
そもそも、杉葉を束ねるところから難しい。どの葉を使えば良いのかがいまいち分からないのだ。先生などは、その辺に落ちているものから良いものを拾い上げてすぐさま束にするが、私にはそもそもどれが良いものなのかが分からない。
とりあえず、それらしいようにマスを一列仕上げ、それを先生に見てもらったのだが……
先生は私の挿した杉葉を見るなり「こりゃ抜けるけん」と言って、引っこ抜いてしまった。そしてその杉を私に見せて「力任せに詰め込んどるので、根元が折れとるやろ」とも続けた。
なるほど、確かにしっかり詰めようとしてぐいぐい押し込んだため、杉葉の根元は潰れてしまっていた。それに、しっかり挿したつもりであったのに、杉葉は噛んでおらず、挿し込みも甘い。だからちょっと引っ張っただけで抜けてしまったのだ。これでは、杉玉として吊るした際に、バラバラになってしまう。
とりあえず全てやり直して、再び先生に見てもらう……が、しかしそれもまた、スポンと抜かれてしまった。スポンスポンと気前良く抜けていく杉葉に、私はもう笑うしかない。……難しい。難しいぞ、杉玉作り。
先生はというと、さすがはプロ。当たり前だが、まさに職人技というべき手さばきで、テキパキと杉葉を挿していく。
それがあまりに見事な出来栄えで、ちょっと自信が無くなってくる。先生に「一人前になるには何年くらいかかるものなんですか」と聞いてみたら、先生は「いやぁ、俺は最初からうまかったっけんねぇ」と言って笑った。
……さらに自信を喪失する。
2度の失敗の後、ようやく先生はOKを出してくれた。3度目の正直とは良く言ったものだ。2度あることは3度ある、にならずに本当に良かった。
次は、今挿した杉葉をハサミでカットして形を整える工程だ。カットは杉葉を挿す作業に比べたら楽なもので、チョキチョキとやるのも楽しい。割とスムーズに事は進んだ……と思ったが、やはりそれでも先生のものとは仕上がり具合に截然たる差があって、やはりそううまくいくものではないことを実感。
ちょっと切なくなったので一時休憩。出店で高校生の作ったヤキソバを買って、昼ごはんとした。
さて、引き続き杉玉作りだ。とは言え、結局は先ほどの作業とほぼ同じ内容なのでその辺は割愛しておこう。
ちなみに、最後の辺りは手が入る隙間が小さくなっていき、難易度が極端に上がる。それに対して悪戦苦闘、なかなかうまくいかない私に業を煮やしたのか、先生が積極的に手伝ってくれた。……っていうか、ほとんどやってくれた。
先生のあまりの手際の良さに、私はただ感服するのみ。
すっかり先生任せになってしまって恐縮の極みな私の杉玉作りであるが、刈り込みだけは私でもなんとかできる作業なので、やらせてもらう。
ま、まぁ、後でもう一度刈り込むことになるので、今の段階ではこのくらいいびつでも問題は無い。問題は無い……はず。私はただ、自分の手先の不器用さを呪うのみ。
そんな私の苦悩を知ってか知らずか、先生は刈り込んだ私の杉玉を手に取ると、まだ隙間のあるスカスカな部分にハサミを突き刺し、穴をこじ開けてそこに追加の杉葉を次々とねじ込んだ。そうして杉玉はより頑丈に、より形良くなっていくのだ。
さて、密度を増した杉玉は、いよいよ仕上げの工程、最後の刈り込みに入る。まず先生が、散髪屋のようにジョキジョキとハサミを入れ、適切な長さに切り揃えてくれる。それをなぞるように、杉玉全体を滑らかにしていくのは私の仕事だ。
いやはや、こうして何とか完成までこぎつけることができた。95%くらいは先生の力であるようにも思えるが、多分それは気のせいだ。そういうことにしておこう。
色々勉強になって、楽しかった
杉玉作りはなかなか満ち足りた時間であった。前々から疑問に思っていた杉玉の謎を解明できたし、かわいらしい杉玉も手に入った。
製作にかかった時間は4時間ぐらいであったが、多分それは私のスケジュールを考慮してくれたことによるものだと思う。もっと時間が取れる場合は、さらに密度の高い杉玉を作ることができたのだろう。なお、造り酒屋から受注して作るプロ仕様の杉玉は比べ物にならないほどの時間をかけるそうで、そちらはなんと納品まで1年待ちだそうだ。
ちなみに作った杉玉は、現在玄関に吊るしている。これが杉の良い香りを漂わせてくれて、良い感じ。まだ青々としているので、しばらくは天然の芳香剤として使うことができそうだ。
取材協力:智頭宿・杉玉工房