もやもやが残る結果となった地蔵峠
全区間を歩き通すことができた青崩峠とは異なり、地蔵峠は北側の一端をちょこっと見ることができただけで、南側に至っては未開通区間に辿り着くことすらできなかった。文字通り「見に行った」だけで終わってしまったが、まぁ、致し方ない。
気になるのは通行止めゲートから先の車道部分が私有地なのか公有地なのかということである。ハッキリさせたかったので国土交通省のサイトから問い合わせてみたのだが、現時点ではまだ回答は来ていない。
南アルプスの西側を通る谷に沿って、南北にひたすら続く道路が存在する。長野県上田市から静岡県浜松市を結ぶ、国道152号線の一部である。
この区間を地図で見てみると、途中で二箇所ほど分断されているのが分かるだろう。秘境と名高い遠山郷の北端にあたる「地蔵峠」と、南端にあたる「青崩峠」はいまだ車道が通っていない未開通区間であり、どちらも林道で迂回する必要がある。
私はそのうちの「青崩峠」を2014年に訪れており、当時の現状をレポートさせて頂いた。→「国道152号線の未開通区間を歩いた」
その時には訪れることができなかったもうひとつの未開通区間「地蔵峠」もずっと気になっていたのだが、先日ついに見に行くことができたので、その様子をお伝えしたい。
南アルプスに沿って続く国道152号線はとてもシンプルな道筋だ。接続する他の道路も少ないことから、地図上ではとてもよく目立つ。未開通区間の「青崩峠」と「地蔵峠」は、その経路の中ほどやや南寄りに位置している。
以前に青崩峠を訪れた時には南側の浜松市からアクセスしたのだが、今回は北側の茅野市側から地蔵峠を訪れることにした。その途中には「杖突峠」と「分抗峠」の二つの峠が立ちはだかっており、なかなかに手ごわそうな道のりだ。
なんとも不思議な雰囲気のオブジェであるが、これは一体何なのだろうか。この辺りには人家などはなく、カーブの途中にこれがポツンと置かれているのだ。
よく山道には不法投棄防止のため小さな鳥居が設置されていたりするが、これもその類だろうか。確かにこのオブジェの周囲に不法投棄などしようものなら、祟られそうな感じである。
さて、国道152号線に話を戻そう。実をいうと、私は過去にも杖突峠までは上ったことがある(杖突峠の近くに良いキャンプ場があるのだ)。その時はワインディングが連続する道幅の狭い山道という印象だったのだが、改めて訪れてみると、記憶よりもキチンと整備された道路であった。
杖突峠までは結構な距離を上ったので、その先はさぞ長い下り坂になるのだろうと想像していたのだが、意外にも下りは傾斜が緩やかかつ距離もそれほどなく、すぐに谷間の平地となった。
どうやら杖突峠の伊那市側は茅野市側よりも標高がずっと高い、高原地帯のようである。
浜松市から国道152号線を北上した時は、山に入った途端に天竜川沿いの切り立った峡谷になった。なので北側も険しい山道が続いているのだろうと思っていたのだが、意外にもこの辺りは開けた土地が続いており集落も多い。
なかなかの快走路を気分良く進んでいくと、やがて高遠に到着した。桜で有名な高遠城が存在する、歴史のある町だ。
高遠を出てからも国道152号線は川沿いの谷間を行くのだが、これまでとは道の風景が明らかに変化した。白い砂利が堆積した川が、谷間いっぱいに広がりだしたのである。
何を隠そう、この国道152号線は日本を横断する超巨大断層「中央構造線」に沿って続いている。というか、この谷間の成り立ちからして、断層の活動によって岩盤がバキバキに砕かれた破砕帯が川に浸食されてできたものなのだ。
故に、この谷筋の山々は中央構造線によって砕かれた細かい石でできている。それが崩れて川へと流れ込み、このような砂利が広がる風景を作り出したのだろう。そしてこの脆くて崩れやすい破砕帯の存在こそが、道路やトンネルの造成を困難にしている理由のようだ。少なくとも、青崩峠はそんな感じであった。
その次の瞬間には「カンッ!」とガードレールに何かが当たり、そして崖下へと転がっていくような音。おそらく落石だったのだろう。寒さ対策でグローブをはめていたから良かったものの、素手だったら打撲や裂傷になっていたかもしれない。
脆くて崩れやすい、中央構造線に連なる山々の恐ろしさを垣間見た瞬間であった。いやはや、当たったのが顔や首筋などの露出した部分じゃなくて本当に良かった。
茅野市から二つ目の峠も無事乗り越え、大鹿村に辿り着くことができた。私が目指している地蔵峠は、この大鹿村と飯田市上村地区との境に位置している。いよいよ来るところまで来たという感じだ。さぁ、張り切って大鹿村も駆け抜けようじゃないか。
分抗峠からの国道152号線は、これまでの山道よりも道幅が狭く、やや荒れていた。私はカブなのでまだマシだが、自動車だと離合が困難な場所も少なくない。もっとも、この道路を走る車がどのくらいいるのかは知らないが(この辺りで車とすれ違うことは一度もなかった)。
気になったので立ち寄ってみたのだが、これがなかなかに面白い。中央構造線について知識としては知っているものの、あまりに長大すぎて、具体的な存在として捉えることができていなかった。しかし、こうして実際に自分の目で見られる露頭を前にすると、なるほど、確かに断層であると分かるものだ。
よーし、露頭見学で休憩もできたことだし、引き続き国道152号線を南下するとしよう。……と再出発したその矢先、道路工事の片側交互通行信号に止められた。
このような交通量の少ない狭路であっても、国道ということでキチンと維持管理がなされているものである。万が一、主要な道路が通れなくなった時の抜け道など、保険的な存在の道としてこれからも維持されていくのだろう。
いやはや、村の中心部とはいえ実に静かなところである。ここで昼ご飯を調達しようと考えていたのだが、残念ながらスーパーの類が見当たらなかった。以前、青崩峠と共に訪れた遠野郷は文句なしの秘境であったが、大鹿村も負けていないようである。
一応、手持ちの食料がまだ残っていたので買い物は諦め、ガソリンスタンドでカブにだけ給油し、地蔵峠が待ち受けている山へと向かうことにした。
断層の活動にともなう摩擦や圧力、熱など、様々な条件で岩の性質が変化し、異なる色の断層ができたのだという。全体的に見るとやはり中央構造線の左側は赤っぽく、右側は黒っぽい。先ほどの北川露頭と同じ構成であるが、むしろこちらの方が幅が広い分、より分かりやすい印象を受けた。
うーん、やはり断層は良いものだ。素晴らしい断層を見ることができて気力がみなぎった私は、地蔵峠に向かう最後の山道へとカブを走らせた。道幅は相変わらず狭いものの、キチンと整備の手が入っているようで状態は悪くない。
茅野市を出発してから約4時間、ようやく地蔵峠に辿り着いた。この峠から南側の約2キロメートルの範囲がいまだに道路が作られていない未開通区間である。
とはいえ、地蔵峠で道路がプッツリ途切れているワケではなく、車道は東側にカーブしてその先へと続いている。しかしこの道路は未開通区間を迂回する蛇洞(じゃぼら)林道であり、国道152号線ではないので注意が必要だ。
では国道152号線の道筋はどこへ続いているのかというと、地蔵峠から谷底へと真っ直ぐ下っているのである。……が、国土地理院の地図には点線の山道として示されているものの、実際に現地を訪れてみても、パッと見ではその位置が分からない。
このお地蔵さんの裏側にも山道が続いているのだが、これは南側の谷へと下る道ではなく、尾根に沿って西側の鬼面山へと向かう登山道のようである。
再び地蔵峠に戻って周囲の様子をしばらく調べているうちに、ようやく国道152号線のルートが理解できた。
これ、山道だよな……? 獣道とかじゃないよな……? 少々不安になりながらも、とりあえずその道筋を辿ってみる。――と、その少し先で、まさかの光景が私の目に飛び込んできた。
これには本当に驚かされた。このうっすらとしか見えない山道が、まぎれもなく国道152号線の未開通区間だったのである。この標識を誰が設置したのかは知らないが(さすがに国交省とかではないだろう)、なかなか粋なことをするものだ。
よーし、正しいルートであると確信が持てたので、このままこの道筋を辿るとしよう。……と、意気込んだのも束の間、その先では無情な現実が待ち受けていた。
うーむ、先ほどまではうっすら見えていた道筋も、落石や落ち葉に埋もれているのか全く見えなくなってしまった。これはもう道ではなく斜面である。どうやら山道としては管理されていないようだ。
もうひとつ国道152号線の未開通区間である青崩峠はしっかり整備されており、登山経験がたいしてない私でも問題なく歩き通すことができた。
地蔵峠もそのような山道を期待していたのだが、これは、ちょっと、想定外だ。さすがにこのコンディションの山道を下るのは私にとっては荷が重い。万が一、迷って崖にでも落ちてしまったらと考えると危険すぎる。
それならば、逆に反対側から上るのはどうだろう。地蔵峠の場所は分かっているし、上りならば下りほど危なくはないだろう。よし、それなら行けそうな感じがする。
……というワケで、私は地蔵峠から蛇洞林道を通り、未開通区間の南側へと向かったのであった。
蛇洞林道をひたすら下り、地蔵峠の麓にあたる飯田市上村地区にやってきた。国道152号線は蛇洞林道との分岐点から川に沿って北へと続いており、その突き当りが未開通区間の南端である。
場所が場所なだけに誰もいないかと思いきや、川沿いに立派なオートキャンプ場があり、管理人と思わしきおじいさんが草刈りをしていた。またいくつかの車道が分岐しており、その先には民家もあるようだ。
凄い所に住んでるもんだなぁと感心しながら進んでいくと、やがてて通行止のゲートに行きついた。
それでは、ここからは徒歩で未開通区間を目指すとしよう。路肩にカブを停めてゲートをくぐろうとしたその時、ひとつの立て看板が私の目に留まった。
この看板によると、「この一帯は私有地なので入ったらダメですよ。見つけたらどんな理由であろうとすぐに警察に通報しますよ。監視カメラもあるかんね」とのことである。
「この一帯」という言葉が曖昧すぎて、周囲の山の事だけを指しているのか、あるいは道路も含めた辺り一帯なのかは分からない。ただ、ゲートを通る人に対して警告するかのように立っているので、道路自体も立ち入り禁止と解釈するのが自然だろうか。
……だが、いくら通行止めの区間とはいえ、国道152号線として既に築かれている道路が私有地のままということがありえるのだろうか。道路というものは公有地にしてから建設するのではないだろうか。疑問は尽きないが、この先の道路が公有地であるという確証が持てない以上、進むことはできない。
全区間を歩き通すことができた青崩峠とは異なり、地蔵峠は北側の一端をちょこっと見ることができただけで、南側に至っては未開通区間に辿り着くことすらできなかった。文字通り「見に行った」だけで終わってしまったが、まぁ、致し方ない。
気になるのは通行止めゲートから先の車道部分が私有地なのか公有地なのかということである。ハッキリさせたかったので国土交通省のサイトから問い合わせてみたのだが、現時点ではまだ回答は来ていない。
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