再開するのを待っています
残念ながら昨今の情勢をかんがみて、大塚国際美術館も2020年3月時点でしばらく休館中らしい。
でもセラミックアーカイブはこれから数千年経っても同じ姿で鑑賞することができるだろう。いろいろなことが落ち着いたら、僕はまたゆっくり見に行こうと思っています。
徳島に「大塚国際美術館」という美術館がある。
この美術館は僕たちが知っている名画がほぼ全部あるといっていい。
どういうことなのか、説明します。
大塚国際美術館は徳島県鳴門市にある大塚製薬が運営する美術館である。紅白歌合戦で米津玄師がここから中継をしたのを見た人も多いのではないか。実は僕もその時にこの美術館を知った。
大塚国際美術館は主に世界の名画の陶板複製画をしている。いま(なんだ複製か)と思った人は現地に行って実際に展示物を見て打ちのめされてほしい。僕が実際そうだったからだ。
今日はそのすごさをほんのちょっとだけ紹介したい。
美術館は山をくりぬいて作られており、展示フロアは地下3階、地上2階におよぶ。国立新美術館ができるまで国内最大だったというからどれだけすごいかわかるだろう。
もう一度言うが一企業が作った美術館である。ちなみにくりぬいた山は景観を維持するため、建物を作ったあとにまた埋めなおしたらしい。いちいちスケールがでかい。
館内はていねいに案内表示がされているので迷うことはないと思う(逆に言うと案内表示がないとぜったいに迷う)。
まず最初に見られるのはバチカンにあるシスティーナ礼拝堂である。
いま聞き違いじゃないかと思った人のためにもう一度言う、最初に見られる展示物は「システィーナ礼拝堂」である。
システィーナ礼拝堂はミケランジェロやボッティチェリなど、絵画に詳しくない僕らでも知っているような画家たちが、壁や天井にみっしりと絵を描いたことで有名なのだけれど、ここにはそれが原寸大で丸ごと展示されているのだ。
この時点で「そういうことか」と思うだろう。そうなのだ、この美術館は本気なのだ。
大塚国際美術館では絵画や美術品をすべて原寸で複製している。写真で伝わるか不安なのだけれど、クオリティの高さも半端ない。
展示物はすべて「セラミックアーカイブ」という方法で作られている。つまり陶板による複製である。
現地で実物を撮影、調査し、権利関係をクリアしたものを日本で制作。制作は職人さんが画家の筆のタッチまで忠実に再現している。しかもセラミックは劣化が少ないため、数千年の保存にも耐えられるらしい。
陶板によるレプリカと聞くと、写真や模写よりも大雑把なものを想像しないだろうか。この分野に素人である僕はそう思っていた。
しかし実際に作品を見ると、これは実物と比べて見分けがつくかどうかのレベルである。作品はオリジナルを所蔵する美術館や、作家の子孫がひとつひとつ検品して許可を出しているらしい。
この美術館にはそういう気の遠くなるような作業を経て制作された名画のセラミックアーカイブが1000点以上展示されているのだ。ほとんど狂気の沙汰である。
僕は旅行に行った先に有名な美術館があれば行く、くらいのにわか美術ファンである。
多くの美術館には中心的な展示物がいくつかあって、その作品の周りはだいたい混み合っており、遠くから背伸びをして「あ、あの絵教科書で見たことある!」と確認するのがやっとだったりする。
もちろんそれもすごく貴重な体験であり、その場所でその作品を見る、ということ自体が作品と自分とのつながりを深めるのだと思っている。
しかし、この大塚国際美術館に来ると別の価値観が芽生えると思う。だって今までそうやってせっせと見てきた作品が、ここには全部あるのだ。
セラミックアーカイブにはオリジナルにはない良さもある。それは丈夫だから触れる、という点だ。
セラミックアーカイブは絵画だけではない。たとえば土器なんかもこの手法で複製されていて、実際に触れてみて感触を確かめることができる。
この美術館では古代ギリシャ、キリスト教美術、ルネッサンス、バロック、近代、現代まで、各時代の作品がフロアごとに系統立てて展示されている。
それぞれの作品には詳しい説明書きがあり、すべてを見てまわろうとすると、どれだけ時間があっても足りないだろう。
面白いのは絵画だけではない。下の作品はなんだかわかるだろうか。
答えは巨大な容器である。立体を展開して展示してあるのだ。
壺みたいな立体の物は一方向から見ただけでは全体を把握することができない。そこでわざわざ平面に展開してレプリカにしてあるのだ。
トルコのカッパドキアという場所にある教会には、学生の頃に行ったことがある。それも教会丸ごと再現されていてあの時見た記憶がフラッシュバックした。
有名な絵画を間近で見られるのもいい。たとえば誰もが知るレオナルドダヴィンチのモナリザも見放題である。
モナリザはルーブル美術館で実物を見たことがあるんだけど、その時はこんな感じだった。
しかし大塚国際美術館なら目の前で見られる。
さらにこの美術館ならではの見せ方だなと思ったのが、ダビンチの「最後の晩餐」である。
この絵は劣化しやすい技法で描かれているらしく、これまでに長い年月をかけて何度も修復作業が行われてきた。
この美術館では修復前後の姿が両方見られる。
この美術館には一般的な美術好きが教科書やパンフレットなんかで見たことのある絵が、ほぼ全部あると言っていい。
他にも僕たちレベルが思い浮かべる有名な絵画はほぼすべてあると思っていい。
同じ絵でも教科書や写真集で見るのと、美術館で見るのとでは感じ方がまったく違う。知識と体験の違い、とでも言おうか。
この美術館で見るセラミックアーカイブは、間違いなく体験だと思う。
絵をじっくり鑑賞すると、いままで気づかなかったことに気づくことがある。例えばこのブリューゲルが描いた「ネーデルランドのことわざ」という絵、実物はベルリンの国立美術館にある。
ベルリンの美術館には行ったことはないのだけれど、きっとここまで近くでじっくりと時間をかけて見られることはないんじゃないだろうか。
この絵、よく見るとすごく面白いのだ。
同じブリューゲルの「バベルの塔」も、よく見ると塔を作っている人たちがものすごく生き生きと描かれていることがわかる。
セラミックアーカイブは風雨にも強い。この特性を生かしてモネの睡蓮の絵は青空の下に展示されている。
睡蓮はフランスの美術館で見たのだけれど、確かに実物はその迫力に吸い込まれそうになったのを覚えている。
しかし徳島の青空の下で見る睡蓮は、展示方法としてしっくりきすぎていて、これが正解なんじゃないかとすら思えた。
大塚国際美術館、僕は都合で半日しかいられなかったのだけれど、じっくり見るには1日必要だと思う。うそ、3日はほしい。
どうせレプリカだろう、なんていう先入観は捨てて、一度体験してみてほしい。怖いくらいに素晴らしいので。
残念ながら昨今の情勢をかんがみて、大塚国際美術館も2020年3月時点でしばらく休館中らしい。
でもセラミックアーカイブはこれから数千年経っても同じ姿で鑑賞することができるだろう。いろいろなことが落ち着いたら、僕はまたゆっくり見に行こうと思っています。
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