特集 2020年6月10日

廃飛行場の滑走路を空からながめて見ると……

滑走路の跡地を空からながめてみました

飛行機が飛び立ったり、着陸したりするためには、長くてまっすぐな「滑走路」が必要になる。
滑走路のスケールはかなりデカいうえに、まっすぐなので、例えば空港が廃港となっても、滑走路の跡地は何らかの形で残っていることが多い。
そんな、廃空港の滑走路跡を、インターネットを使って鑑賞してみたい。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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あっためていたネタを先にやられたので、一緒に鑑賞してもらう

先日、デイリーポータルZで公開された谷頭さんの「滑走路は戦う」という大変面白い記事をみて、自分も廃空港の滑走路をグーグルマップにコレクションしていたことを思い出した。

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滑走路は戦う 面白いのでよんでください。

谷頭さんの記事の主旨は、現在使われている空港の滑走路を中心に、グーグルマップで鑑賞する。というものだったが、ぼくは、すでに廃止された空港の滑走路跡地をひとつずつまとめていた。

マイマップにまとめてみたのでみてほしい。

すでに廃止された空港や飛行場の滑走路を、上空からみて形がぼんやりでもわかるもの、あるいは、過去の航空写真を見ると飛行場があったことがわかる……という場所を集めてマッピングしてみた。もちろん、これが全てではないことは申し添えておきたい。

以前から、記事のネタで使おうかとおもい、マッピングしていたものだったけれど、せっかく谷頭さんの記事が公開されたので、このさい、みんなで鑑賞してみることにした。

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zoom取材もすっかり慣れました。

西村:というわけで、谷頭さんにネタを先にやられてしまったので、ボツにするまえにみんなで鑑賞して、ネタを成仏させてください……。ただ、滑走路に関しては空から見て「おもしろい」って思うだけだったので、全く詳しくないです……。

谷頭:それは、僕もそうです。

西村:適宜、書籍やネットで調べたことと合わせながら、ぼくがおもしろいな、と思った所をみてきたいと思います。

林:いいねーと、いうだけの滑走路鑑賞会ですね。

心眼を開いて滑走路を見る 

 西村:まずは鳥取です。鳥取市にある空港。

古賀:あ、はい見えますね。コナン空港。

林:コナン空港……。

西村:鳥取砂丘コナン空港ですね……。

古賀:盛りすぎですね〜。

西村:そう、盛りすぎちゃったんですけど、それはそれとして、空港のちょっと右下あたり。家が細長く並んでる所みえますよね。 

林:あー、はいはい!

西村:これ、滑走路の跡なんですね。

古賀:えー、なるほどー。

谷頭:あー、見えてきた!

西村:見えてきました? で、ほぼ同じ場所を昔の地図でみるとこちらですね。

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鳥取市営飛行場。1961-1969(地理院地図)

古賀:あー、すごい、ぴったんこじゃないですか!

林:これ、滑走路右側の飛び出してるところとかいいですね、周りに比べるとすごく不自然ですもんね。。

古賀:ローソンのあるへんですね。

西村:そうなんですよ。これ、もともと滑走路だったところと、周囲の道路の角度が違ってて、おもしろいんですよ。

古賀:なるほど。

西村:この飛行場ですが 1942年に福田軽飛行機という会社が試験滑走路を作ったのが最初で、そのあと、日産輸送機が継承して陸軍の飛行場になって、終戦後はいろいろあって、最終的に鳥取市営の飛行場となった……という経緯みたいです。

倉吉市にあった秘匿飛行場 

西村:あと、本当に申し訳ないんですが……ぼくのふるさとの鳥取県倉吉市にも飛行場があったということがわかりまして……そこ見てもいいですか。

古賀:どうぞどうぞ。

西村:このへんですね。

西村:真ん中あたりにまっすぐな道路ありますけどこれが高城飛行場という飛行場だったみたいです。

古賀:真っ直ぐな道路はわかりますね「倉吉赤崎中山線」って書いてありますけど。

西村:今は農道みたいになってますけど、昔の写真みてください。

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高城飛行場跡。1974-1978(地理院地図)

西村:道路の両脇の農地だけきっちり直線で区切られていているのに、その周りの農地はごちゃごちゃ入りくんでるの、わかります?

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赤色で囲った部分は農地が整地されているものの、その周辺は、農地が区画整理されていない。1974-1978(地理院地図)

西村:心眼でもってみると、今はない滑走路が見えてくる。だんだんおもしろくなってきませんか。

林:おもしろいですね。

西村:こんな田舎に突然飛行場があったというのも不思議なはなしですが、秘匿飛行場のひとつだそうです。

古賀:ひとく? というのはどういうことですか?

西村:太平洋戦争末期に、本土決戦に備えて軍が秘密裏に作った飛行場ですね。もう、そのころになると、都市にある大きな飛行場はみんな空襲を受けて破壊されているので、日本各地にこういった秘匿飛行場を作ったみたいですね。おそらく、秘匿というぐらいなので、詳しい資料は残ってないんじゃないかな……。

古賀:なるほど。

西村:もっとも米軍にはバレてたみたいで、偵察機で撮影された高城飛行場が写っている写真がアメリカの国立公文書館でみつかってますね。(「丸見えだった「秘匿飛行場」戦争末期、米軍が倉吉空撮」朝日新聞2019/08/14

馬毛島の飛行場?

西村:いきなり心の目を養わないとわからないようなわかりにくいところを紹介してしまいましたけれど、次はわかりやすいです。鹿児島県の種子島の横に馬毛島(まげじま)という無人島があるんですが、そこです。  

古賀:え、なんですかこれ、島? え、かっこいい。

林:谷頭くん、こういう滑走路のつくりなんて言うんだっけ?

谷頭:えーと、これは……インターセクション型滑走路ってやつですね。敷地が限られているところに、滑走路を2本設けたい場合はこういう形になりますね。

西村:島だから、敷地が限られていると……実はですね、この滑走路なんですけど、これから建設予定のものなんです。

古賀:え、跡じゃなくて?

西村:跡じゃないんです。馬毛島はもともと有人島だったんですが、水源確保が難しかったりして、1980年に最後の住人が島を出ていってからは無人島なんです。日本で二番目に面積の大きい無人島です。

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住民がいたころの馬毛島。1974-1978(地理院地図)

古賀:(有人島のころの馬毛島は)ちゃんと畑とかが見えますね。

西村:で、無人島になってから後、平和相互銀行(現・三井住友銀行)が用地を買収して、レジャー施設を計画するも頓挫、そのあと、石油備蓄基地が計画されるもこれも頓挫。

古賀:あれあれ?

西村:そのあと、自衛隊のレーダー基地を建設する計画が持ち上がるんですが、それに絡んで汚職事件(馬毛島事件)が発生しそれも頓挫。そうこうするうちに、乱脈経営が祟って平和相互銀行が住友銀行に吸収合併されてしまって、島が宙ぶらりんになるんですね。

古賀:ほう。

西村:のちに、建設会社が島を買い取るんですが、日本版スペースシャトルの発射基地建設計画が持ち上がるも進まず、核廃棄物の中間貯蔵施設の建設計画も進まず、米軍基地計画も地元の反対があり進まず……。

古賀:おぉ、呪われてるな〜。

西村:で、2010年ごろから米軍の訓練施設を作る話が進んでいて、去年の11月にやっと防衛省が地権者から馬毛島を買うという話がまとまったということですね。

林:なんでみんなここでいろいろやろうとするんでしょうかね。

古賀:種子島に近いから?

西村:どうなんでしょう。まさにさっきもいいましたけど、呪われているというか。いずれにせよ、このインターセクション型の滑走路が十字架にみえてきますね。

転用されているインターセクション型

西村:さて、次。旭市ですね。

林:旭市の滑走路跡いいですよね。

西村:いいんですよー。これですね。

古賀:これ完全に残ってるってことなんですね。

林:完全なバツなんですね。

西村:そうなんですよ、バッテン、インターセクション型の飛行場跡って、西宮の鳴尾飛行場跡や福岡の雁の巣飛行場とか、いくつかあるんですけど、こんなにきれいに形がいまでものこっているのは、ちょっとめずらしいかもしれないです。

古賀:跡地は工場になってるってことなんですね。

西村:そうですね。

林:ゼンショーの工場がある。これってすき家かな。

西村:関東一円のすき家の牛丼がここから出荷されているかもしれないですね。(未確認です)ちなみに過去の写真こちらです。

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海軍香取航空基地跡。1961-1969(地理院地図)

西村:右上の方が欠けちゃっててて、今はメガソーラー発電所になってますけども。一部の滑走路は日清紡ブレーキの自動車テストコースになってますね。

西村:もともとここは旧日本海軍の海軍香取航空基地で、神風特攻隊もこの飛行場から飛び立ったということだそうです。

林:ふるい写真を引きで見ると、ここを攻撃してくれといわんばかりのバツ印ですね。

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こんなに離れていてもバツ印がわかる。1961-1969(地理院地図)

道東の飛行場跡地にみる滑走路の使われ方

西村:次なんですが、北海道の道東に滑走路跡がいろいろある場所があって、いくつかみてみましょう。まずはこれです。  

西村:旧日本海軍の川北飛行場です。戦争末期に急造された飛行場なんですけど、実際には使われることがなかったそうです。今はソーラーパネルが敷き詰められていて、太陽光発電所になってますね。

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川北飛行場。1961-1969(地理院地図)

谷頭:滑走路跡がソーラー発電所になっている例ってけっこうありますね。枕崎空港の跡地もソーラーパネルが敷きつめられてますね。

西村:あと、もうひとつ、根室の方にある飛行場跡。これも旧海軍の飛行場跡地です。

西村:ここも、滑走路の横にメガソーラーありますけれども。

古賀:え、なんだろうこれ?

林:ビニールハウス?

西村:(ネットを調べる)えーと、どうやらこれは地元の漁師さんが漁網を干している場所になっているみたいですね。上空から見ると分かりづらいですね。

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牧の内(牧ノ内)旧海軍根室第二飛行場跡。1947(国土地理院)

西村:あと、心の目を開いて見ると滑走路が見えてくる系のやつがいくつかあるんですけど、こちらです。美幌に軍の飛行場がなんこかあって、美幌第三飛行場というところです。

林:じゃがいも街道。

西村:じゃがいも街道。の両側にちょっと農地が斜めに切れている所見えませんか?

古賀:ん?

西村:これちょっと古い地図で見てみるとよくわかるんですが。これみてください。真ん中あたりに農地が斜めに切れているように見える場所あるんです。

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旧海軍美幌第三飛行場滑走路跡。1974-1978(地理院地図)

谷頭:わかります、だまし絵みたいだ。

林:ほんとだ!

古賀:(農地の模様が)ずれてるってことですよね。

西村:そうです。ここが滑走路だったんですね。

林:じゃがいも街道の右側にも、畑の色がうっすら変わってるところが見えるんですよ。

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赤い矢印のあたりに色の変わり目が見える。旧海軍美幌第三飛行場滑走路跡。1974-1978(地理院地図)

古賀:じゃがいも街道の両側に浮き出すものがみえますよね。

林:そうそう。

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旧海軍美幌第三飛行場滑走路跡。1947(国土地理院)

西村:よく見ると、滑走路だけじゃなくて、誘導路(飛行機が地上を走行するために設けられた通路)の跡もうっすら道として残ってるんですね。

古賀:ほんとだ。

林:じゃがいも街道は、滑走路の上下に昔もありますね。

西村:ありますね。おそらく、じゃがいも街道の方が先にあったんでしょうね。で、戦争中に軍が飛行場をその上に急造したんでしょう。

林:そうか、滑走路の向きは風向きとかで決めるから、道路とは微妙にずれるんですね。なるほど。

西村:あともうひとつ、これは昔の写真を先にみて下さい。美幌航空基地です。

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美幌航空基地。1947米軍撮影(提供:国土地理院)

西村:V字型の滑走路と、誘導路がしっかり見えますよね。

古賀:わかります。

林:昔の誘導路がよくわからないんですけど、こんなに細いんですね。今はわりと広い道をタキシング(飛行機が地上を走行すること)してますけど。

西村:おそらくなんですけど、むかしの戦闘機は、今の旅客機と比べるとそんなに大きいものじゃなかったと思うので、これぐらい細い道でも良かったのかなとおもいます。

西村:あと、ついでに気になったのは、昔の飛行場の誘導路をみると、のこぎりの刃みたいなのがボコボコついてるのがみえるんですが、これってもしかすると、飛行機(戦闘機)が1機ずつ停められるようになっていたのかな? と思いました。あるいは誘導灯がついているのか。どっちなんでしょう? 調べてもよくわからないですね。

西村:で、話が飛んでしまいましたが、むかしの滑走路をよく見た上で現在の状態をみてください。

西村:どうですか?

谷頭:おー!

古賀:けっこう森になった。でも、Vがうかんでいる。うわー、でもよくこんなこんもりした緑が……これ何年ぐらいでこうなったんだろう?

西村:50年、60年ぐらいかけてこれなんでしょうね。

林:今ここ行ったら、森の中にアスファルトとかコンクリートのかけらが残ってますかね。

西村:あー、なるほど。あるかもしれないですね。ただ、ここ自衛隊の駐屯地なんですよね。入れるかどうかわからないですけど。

林:ロヂャースの床みると、ボウリング場だったのがわかるみたいに。

西村:ちっちゃい三角が書いてあるやつですね。

八角形の飛行場 

西村:あと、ちょっと気になっているのが、福岡にある旧陸軍岡山飛行場跡です。ひとまず、現代の地図をみてください。

古賀:はい。これが現代ですね。

西村:で、昔の写真をみてください。

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旧陸軍岡山飛行場跡1947(提供:国土地理院)

西村:真ん中にうすい八角形の形みえませんか?

古賀:見えます!

西村:これが飛行場だったらしいんですよ。

古賀:え、どこにとまってもいいってこと?

西村:滑走路がたぶん真ん中に十字になるように設置されたみたいなんですが、写真だとちゃんと写ってないんですよね。それはそれとしてなんですが、この八角形の外周、いまでも残ってるんです。もういっかい現代の地図みてください。

古賀:あー、ほんとだ!

林:残ってるわ、この貝のふたみたいなところも残ってますね。帆立貝型古墳みたいですね。

古賀:八角形の道は地図的にはかなり道迷いしそうですね。

西村:あと、九州の旧軍飛行場といえば大刀洗の飛行場が有名なんですが。

西村:これ、昔の滑走路の写真と比べると、おもしろいです。

林:誘導路も残ってますね。あ、昔の滑走路の幅のままで家が立ち並んでますね。

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大刀洗飛行場跡。赤で囲った部分が元々滑走路だった場所。2007(地理院地図)

西村:滑走路って、めちゃめちゃ地盤改良して固く作るんで、地盤がしっかりしてるから建物たてやすんじゃないですか? 完全に憶測ですけども。

自然の中に浮き出る直線

飛行場は、滑走路が異様にでかく、一度作ってしまうと、廃港になったとしてもその形のまま残るケースが非常に多いことがわかった。
また、跡地の利用についても、農地になったと思えば、住宅地になったり、自動車のテストコース、などがあり、最近のブームは太陽光発電であることもわかった。

あとから建物が建てられたり開発されたりして、跡形もない状態になっていたとしても、滑走路の名残が、区画や道路、農地の色の濃さの違いとして、どこかに残っているのを見つけたときは、川で砂金をすくい上げたような嬉しさがある。

世の中がもうすこし落ち着いたら、廃港めぐりにでかけたくなった。

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