1.サボりの思い出
ズル休みといえば、中学生時代に塾をサボるときには固定電話の線をこっそり引き抜いて家を出ていた。もし塾から電話があっても繋がらないというわけだ。
それからは外で時間を潰さなければならないので、冬の寒い時期は本屋によく通った。ある寒い夜、店主が軍手をプレゼントしてくれたことをいまでも覚えている。緑色の軍手だった。鮮烈な真緑だった。
2.体温計の表示を摩擦熱でごまかすと熱っぽくなる
温度計の表示温度をごまかすのはズル休みのテクとして鉄板だが、僕は電話線を引き抜く派なのでやったことがない。この機会に試しておこう。
どうしても撮影のタイミングが見つからず、神社の関係者が集まる厳かな会場でこっそり試すことにした。群衆の中にあって密かに体温計を熱くする背徳感たるや。
数十秒こするだけで40.2℃を偽装できた。
測定終了の音は鳴っていないので、このまま放置すると温度が下がったりエラーが出たりするのかもしれないが、チラっと人に見せるくらいの猶予はあるだろう。
それと、もうひとつ重要なことが分かった。
40℃が表示された体温計を見ていると、本当に熱があるような気がしてくるのだ。意識がポワポワする。頬も心なしか赤らんできた。
実際に体温を計ると熱はぜんぜんない。思い込みが激しいのだろうか。たい焼きにズル休みをさせるという無理めな企画に体が耐えきれなかったのだろうか。
いやしかし、体温計の表示はすぐ40℃にできるし、思い込みで顔色が変わるし、これほどまでにズル休みのポテンシャルがあるとは思わなかった。
もしも人生をやり直せるなら、今度は正当な方法でズル休みしたい。
3.たい焼きを38℃にするのは時間がかかる
もう一度やることを言おう。
体温計が38℃を示してさえいれば人間は学校をサボれる。人間だけが特別扱いなのは変な話で、天地万物は同じ条件でサボる権利があるなので、たい焼きを38℃にしてズル休みさせてあげたい。
そういうわけで、冷凍のたい焼きをチンします。
温めた直後のたい焼きの体温をはかると80℃くらいだった。そこから、みるみるうちに温度が下がっていく。ここ一月のビットコインくらいみるみる下がる。
きっと40℃もすぐだろう。
すぐに40℃まで下がっていくと思いきや、意外と持ちこたえている。
今までたい焼きが学校をサボっているところを見たことがなかったが、それは偶然ではなく、やはり実際に真面目で辛抱強いのだろう。
褒められもせず、苦にもされず。泣けてきた。
ところで、わたしは勤め人なので8時半から働き始めなければならない。
職場までは車で10分くらいかかる。いま8時15分を過ぎた。もう待てない。でもたい焼きをサボらせてあげたい気持ちはほんとうだ。どうだ。どうしよう。遅刻はできない。ああ!
待ちきれず、平らげてしまった。おれたちには違う道もあったろうに。帰ってきてからまたやろう。
4.38℃のたい焼きは面白い
仕事を終えて帰宅し、もう一度たい焼きをチンして38℃になるまでゆっくり待った。
80℃から38℃まで30分くらいかかった。
たい焼きの体温が38℃を示しているので、彼は気分・体調・冠婚葬祭の有無を問わず、学校をズル休みをする権利が与えられた。
わたしはわたしの基準しか持たないので、たい焼きだってズル休みができることを喜んでいると確信している。
たい焼きがズル休みできて、本当によかった。
現実問題、たい焼きがサボろうがサボるまいが食べるしかない。
38℃のたい焼きはどんな味がするのだろうか。
38℃のたい焼きは熱くも冷たくもぬるくもなく、甘さの前に面白さがきた。この温度の食べ物は体験したことがないかもしれない。初めてすぎて何にも例えられない。飲み込むまでずっとおもしろい。
もちろんアンコは甘くて美味しいし、食べているのがたい焼きであることは分かっているのだが、押し寄せる違和感の果てに脳がショートして笑いしか出てこないのだ。

