愛したいのか恐れているのか
件の6周年特集で、私は「磯部駅」周辺を探索してくることになっていた。事前にその周辺をグーグルマップで確認し、ネタになりそうな情報を集めた。
主たるネタとしては、
・温泉マーク発祥の地だ
・愛妻の町だ
・舌切り雀伝説発祥の地だ
など健康的なものばかりで、その中に「磯部せんべい」も含まれている。
東京から新幹線を使えば1時間半、わりとすぐにたどり着く温泉地だ。手軽。しかし失礼を承知で言えば、地味な温泉地である。まあ、ひなびた、とも言い換えられるだろう。
ただ、情報によると、そんな地味でひなびたこの町に、およそ20件ものせんべい屋さんがあるという。
はっきり言って、「磯部せんべいめぐり」にそんなに熱意があったわけじゃない。いわば普通の “鉱泉せんべい” 、温泉水を使って焼いたせんべいだ。食べたことはある。うまくて興奮の果てに「ひゃっほう!」とか「むふー」とか声が上がるかといえば、そういうものでもない。
でも軽い歯ざわりがあとをひく、何枚食べても飽きない味でもある(と言うより、食べたら止まらない感じ)。それならば、大きくないこの町でしかも20件、ならちょちょいっとまわって来て、せんべい比べでもすれば1本記事が書ける。うはうは。なんて考えていた。
宿に荷物を置き、鼻歌交じりで出掛けてみた。
うん、あるある。温泉街の中心地だけでなく、ちょっと離れて国道に近い集落にも数件集まっていたりする。あとでざっと買い漁りに行こう。
わらしべ長者か
のんきに歩き回っていたら、またあったよせんべい屋。今度はどんな店かなと通り過ぎながら覗こうとしたとき、店の前に座って通りを眺めていたオヤジが、私に近づいてきた。
「これ、あげる」
渡されたのは、袋に5~6枚も入った磯部せんべいだ。ん?
通り過ぎる前は、店先で焼いてる旦那のお父さんか誰かかと思っていた。つまりご隠居だ。ご隠居が、店先で暇をもてあましているんだと思った。
そのご隠居が、お店の売り物を、通行人に渡していいんだろうか。と、いぶかしく思うほどの量だった。味見程度、という感じではない。証拠に、それつまみながら宿に帰ったら腹いっぱいになっていた。
もしかしてあれは、食べきらなかったせんべいを単にあげたかった、普通の客なんじゃないか、などと釈然としないまま、また他の店にたどりつく。
ここでは何となくクリーム入りのせんべいを、5枚×2種類買った。だが、「これ、どうぞー」とお店のお姉さんに持たされたのは、ビニール袋いっぱいの、割れせん。割れた磯部せんべいだ。
すでに、タダでもらった分だけで自分へのお土産はもう十分な量である。こ、これはいったい…。