ちなみに今回、最終的に完成するのはこれ。
突破口は、お客さんの「自己表現」
2016年の会場の入口付近。
僕は会場を徘徊しながら、何かヒントになるものが無いか。どういうモノが売れているのか観察していた。
当然のことだが、デザイン性が素晴らしいモノが売れている。考えるまでも無い事だ。しかし一方で、よく観察すると必ずしもそうでもないことにも気がつく。
その時にある仮説を立てた。
出展者さんは個性を表現するのは当たり前だが、お客さんも他人と被らない少量生産のハンドメイド品を身に付けて個性を表現したいと考えている側面があると思ったのだ。
ハンドメイドよりマニュファクチャードの方が(一般的には)安くて品質も良いはずなのに、あえてハンドメイド品を買うのはその為ではないだろうか。だからハンドメイドが人気になるのだと思う。
よく考えてみるとネット上ではSNSなど表現する場はたくさんあるが、現実世界では表現の場は限られている。
というわけで「個性の表現を助けるアイテム」を作るが僕のテーマになった。
「何をしてもよい」はボール投げに似ている
次のデザフェスに向け、今年に入り本格的に何を作るか考えはじめていた。
「個性の表現を助けるアイテム」という事は決まったが、それ以外は決まっていない。何をしても、作っても良い。しかし「何をしても良い」というのもまた難しいのだ。
仕事や勉強なら、目標や期限、他にももっと細かく決まっているかも知れないし、スポーツやゲームでもルールは決まっている。いわば頑張る方向が決まっている。
「何しても良い」という状況はあまり無いだろう。
ちょっと概念的な話になってしまうが、「何を作っても良い」というのは「ボール投げ」に似ていると思う。
自分で目標を決めてそこへ向かってボールを投げる。目標は自由に決められて360度どこに向かって投げても良い。
もちろん自分の腕力以上の距離へはボールが届かない。例えるなら僕が自力でビルを作ろうとしても出来ないのと同じだ。
無理なく狙える目標を決めなければならない。
そして目標を決めたとしても、ボールが狙った場所に飛ぶとは限らない。つまり目標を具現化する技術も必要だ。
狙った場所から少しくらいズレても良い場合もあれば、全然違う方向に飛んで行き大失敗したり、思ってもいない方向に飛んだボールが実は大正解だったりする事もあるのだ。
ただ、目標を決めずに力いっぱいボールを投げる手法はあまりうまく行かないようだ。
マトリックスLEDという魅惑のアイテム
そこで、以前から気になっていた『マトリックスLED』を使うのはどうだろうと思いついた。
僕がボールを投げる目標にはこれを使う。
電子工作をする人にはお馴染みの「マトリックスLED」という。
マトリックスLEDには8×8=64個のLED(発光ダイオード)がマトリックス状(格子状)に配置されている。全部いっぺんに光らせても良いし、個別に光らせても良い。なんだったら光らせなくても良い。
しかし実はこのマトリックスLED、モニターとして使うには解像度が低いし、かといって手軽な電子工作では64個のLEDはかなり多い。(手軽な電子工作では発光ダイオードを1個か2個チカチカさせる位がおおいので。)
何かに使えそうで使いにくい「帯に短したすきに長し」を地で行く憎めないヤツだ。
それでも多くの電子工作愛好家がこのマトリックスLEDで何か作れないかと苦心してしまうのは「光る」という永遠の魅力にとりつかれてしまうからだろう。
僕も例外ではなく、何に使うわけでもないマトリックスLEDを無駄にたくさん持っていた。付け加えるなら特に青色は最高だ。
スマホから書換えできる光るバッジ
このマトリックスLEDを使い、スマホアプリから自由に書換えできるバッジ(ブローチ)を作るというのはどうだろう。自由に個性を表現できる。
ちょっと戦略的な話を付け加えると、デザフェスの会場には本当にたくさんのデザイナーさんが集まっている。だからある程度はその場で目立たなければ、そもそも勝負の土俵に立てないのだ。
光れば当然目立つし、電子工作とかプログラミングの類いであれば、僕の得意分野なのでボールが届く範囲である。
バッジとスマホアプリの連携をどうするか
さてこのバッジの実現のためには、バッジとスマホアプリの連携が必要不可欠だ。つまりスマホアプリからバッジへデータを送り、バッジの光を書換えなければならない。
どうやってバッジにデータを送るか
普通に考えたらWi-FiとかBluetoothで連携することになるだろう。例えば僕のデジカメはWi-Fiでスマホからシャッターが押せるし、Bluetoothで音楽が聞けるイヤホンもある。
しかしBluetoothやWi-Fiを使おうとすると、どうしてもバッジの値段が割高になってしまう。感覚的にはバッジ値段は3000円台には抑えないと厳しいと思う。
狙う場所が決まったボール投げには「お金」という障害物が現れた。
こういう変り種の方法も以前は使えた。
安い書換え方法としては、少し前ならイヤホンを差す穴(イヤホンジャック)にバッジを差してスマホからは音としてデータを送ることも出来たかも知れない。しかしiPhone6を最後にイヤホンジャックは姿を消している。
採用したのはこういう方法だ。
そこで僕が選択した方法はスマホ画面を白と黒に点滅させ、明るさセンサーで白か黒か、つまり明るいか暗いかを読み取るという方法だ。
iPhoneがこの先いくら進化しても画面までは無くならないだろう。
試作品を作ってみる
と、理論的には可能な気がするが、果たして実現可能だろうか。試作品を作ってみることにした。
スマホアプリで8×8マスに絵を描く。
以前アプリを作った事があったのでそのプログラムを流用した。
アプリからバッジへデータを送る。左側のごちゃごちゃしているのがバッジのつもり。
2本の赤い線の先に付いているのが明るさセンサーで、スマホ画面が白と黒に点滅しているのを読み取る。
読み取った。
簡単に書いているが、ここまで来るのにおよそ1ヶ月かかっているし、読み取り精度は3~4回に1回成功するかどうかとう感じだ。まだまだ実用に耐えるレベルではないが、明るさセンサーで画面を読み取るのも不可能ではないと分かった。
あと重要なポイントを挙げると、明るさセンサーを使う方法は全体的にバッジをコンパクトにできそうだ。
プリント基板を作ってもらう
それはバッジと言うにはあまりにも大きすぎた。
実際に商品にするためにはもっとコンパクトにしたい。それに売るとなればプリント基板を作ることになる。
プリント基板とはこういうやつだ。
プリント基板は、細かい配線が樹脂製の板の上に張りめぐらせている。
プリント基板を作るのはなかなか難しいので、設計図を送るとプリント基板を作ってくれる中国のサービスを利用する事にした。
本当は少し高いくらいなら日本のプリント基板サービスが良いかったのだが、値段を聞いてビックリした。なんと中国の約10倍だった。素直に中国の方にお願いしよう。
ちょうどその頃が今年の3月頃だったが中国の春節明けの繁忙期と重なり完成まで3週間くらいかかってしまう。でもみんなでしっかり休むというのは良いことだ。
3週間後、完成して送られてきたプリント基板の試作品が出来あがり。量産前のテスト版だ。
プリント基板というと緑色のイメージだが、白色にした。
これはお客さんの個性の表現をなるべく邪魔したくなかったからだ。同じ理由で必要最低限以外の印字もしていない。
あと今回作るバッジの名前は「Hicarix Badge(ヒカリックスバッジ)」とした。「光る」と「マトリックス」を元にしているが、一番重要なのは名前がほとんど意味をなさないという事だ。
名前からは「光るのかな?」くらいしか分からず、これもお客さんの表現を邪魔しないという事につながっている。
プリント基板に部品を載せる
部品をハンダ付けしていく。
裏面にはボタン電池ホルダーも付ける。
そしてこれが重要な役割を果たす明るさセンサー。
最後にマトリックスLEDをパカッとはめて
ハンダで留めると完成だ。
しかし結局この光るバッジ第一弾は動かなかった。僕が送った設計図に根本的なミスがあったのだ。
プログラムのバグならすぐに修正できる。しかし、こういう機器にバグがあった場合、修正するためには何週間も時間がかかり、お金もかかってしまうのだ。
そしてこの試作品はバッジといいながらまだ安全ピンがない。
それらの問題が解決されたのはそれから2つ後のバージョンからだ。
安全ピンも他の電子パーツと同様にハンダ付けしている。
こうして大まかには出来上がったが、より精度良く読み取るためのパラメーターやプログラムの処理の調整をしたり、アプリの操作性の改良を重ねたりすることになる。見た目に変化はほとんどない。
リサーチしたら雲行きが怪しく
ある程度形になった所で、地元の岡山で「こういう物を3000円台で売ろうと考えているんだけどどうかな?」という事を色々な人に聞いてリサーチすることにした。
本当はもっと早くから聞いてみたかったが、動く実物を目の前に見せないと反応を得るのは難しい。
良い反応を得られればモチベーションにもなるし、何より安心感が得られる。ここまでの努力が全くの無駄かもしれないという不安はここまで常につきまとってきた。
しかし聞いてみた結果「これは面白いね!!」と言ってくれた人もいたが、否定的な意見がすごく多く、
「たぶん何かには使えると思う」
「500円でもいらない」
「売れないと思う」
「高い」
と散々なものだった。僕も「誰が何と言おうと自分の仮説に間違いはない」と思っていた反面、あまりに評判が悪かったのでだんだんと不安になってしまう。
ボロクソに言われると腹も立ってくるので、途中からあまり人の意見を聞かない様にした。
隙間が気になる
基板とマトリックスLEDの間には隙間がある
バッジが完成に近づいてくるとブラッシュアップをして行く事になる。問題はプリント基板とマトリックスLEDの隙間だ。この隙間から中の電子パーツが丸見えになっている。
個性の表現を邪魔しないように、余計なノイズになりえる情報は遮断したい。
この隙間にはめ込む様なカバーを作らなければならない。
こういうパーツを作りたい。
3Dプリンタという手もあるが、量産なので射出成型をしてみることにした。
この記事でも紹介したものだ。プラスチック製品を作りたくてつい買ってしまったのだ。
CNCフライス盤でアルミ板を削り出す。手作業では難しい精密な部品を削り出すことができる。これも以前つい購入してしまったもの。
アルミの金型を作った。
金型を絞め。
手押しの射出成型機で溶けたプラスチックを押し込んでみる。
こんな感じになったが、どうもうまく充填しない。
これは色々試行錯誤したが、残念ながら力及ばず納得できる品質のものを作る事が出来なかった。最終的にはプロにお願いする事にした。
プロにお願いするとあっけなく完成。
こうやってプリント基板とマトリックスLEDの間に挟み、
ピッタリと閉じた。さすがプロだ。お金はかかったが後悔はしていない。
バッジが完成
そんなこんなでプリント基板はバージョンアップを繰り返し(古→新)
最終バージョンが完成した。
スマートフォンアプリもAndroid用とiPhone用が完成。
デザフェスの日までにアプリの審査が通るか心配していたが、それも問題なかった。
あとアプリの目玉機能として、
文字を入力すると表示できるようにもした。
平仮名やカタカナは問題なく読めるが、画数の多い漢字は潰れて読みにくい。
怒涛の組み立て
あとは同じ事を繰り返すだけである。プリント基板を作ってくれた中国のサービスはパーツのハンダ付けもやってくれるというので、ハンダ付けのうちお願いできる所は代わりにやって貰う事にした。
デザフェスは8月4日だったが、7月14日にプリント基板が届いた。
パーツの半分はハンダ付けされた状態で届く、それ以降のパーツは自分で組み立てなければならない。
こちらがマトリックスLED。赤と青の2種類ある。
これが明るさセンサー。
これが隙間用のカバー。
そしてスイッチ。
ボタン電池のホルダー。
最後は底値で買ったボタン電池。
これらをとにかく組み立てる。最初の頃は1日でせいぜい20個くらいしか組み立てられなかったが、だんだん慣れてくると1日で50個くらい組み立てられるようになった。ヘロヘロになるくらい大変だった。
完成品を箱詰めした所。全部でだいたい200個入っている。
ボタン電池が重かったので予想以上に重くなってしまった。たぶん箱全体で4キロはある。
4キロで末端価格にして60万円だ(感極まって唐突に金額をばらしました)。
デザフェスの当日
そして不安と重い荷物を抱えながら、当日は朝の4時に起きて出発。
夏だから早朝でも明るい。
完成までに半年かかり、自分で言うのもなんだが、かなり苦労したし結構お金もかかってしまった。その半年間の成果がついに結実する。
新幹線の自由席の車窓から。朝日が差込み運命の1日が始まった事を告げる。
このように行きは新幹線だが、帰りの切符は買っていない。今日泊まるホテルも予約していない。
もし売れなければ、4キロの不良在庫を抱えてネットカフェに泊まり、高速バスで戻ってくるからだ。でももしすごく売れたら帰りはグリーン車になるかもしれない。
そんな「誰にも見向きもされないかも知れない」不安と、もちろん「たくさん売れるかも知れない」期待とで、現地に向かっている間ずーっと心臓がドキドキしていた。
会場のビックサイトのすぐ近くの「りんかい線」に乗っている時なんて、心臓がバクバクしてこのまま死ぬんじゃないか、AEDはちゃんと有るのか?と心配していた。
ビックサイトよ、私は帰って来た。
そしてこの小さな長机が運命を決する場だ。広い会場の奥の方。場所でかなりお客さんの数が変わってくるので不安がよぎる。
本当にこの半年間、このバッジを作る事に全神経を注いできた。この半年の苦しみや悲しみはこのスペースで表現しきれるだろうか。
…と思ったが、商品は1種類(2パターン)だけなので殺風景なくらい広かった。
机にはバッジの光が見えやすいように黒い布を敷き、リュックにつける活用イメージも展示している。
このためだけにめちゃくちゃ安いリュックをネットで買って持ってきていた。しかし一回ファスナーを開け閉めしたら壊れた。
そして、僕のエプロンは地元特産のデニム地のエプロンだが、デニムのエプロンは暑いし運ぶのは重いのでこういう場には正直お勧めできない。
結果はどうだったのか
11時になると開場になり、お客さんが入ってきた。
結果的には、序盤にカップルがお買い上げ頂いた後、夕方にお客さんがまばらになるまでずーっとコンスタントに売れ続けた。
これまで散々「高い」と言われ続けてきたので、僕が営業トークで「ちょっと高いですが…」と言ったら、
「え?でも3000円ですよね?」
と言われ、東京と地方の意識差を痛感した。アメリカや香港から来た外国人にも売れ、僕の拙い英語が通じてよかった。
「通販はしていないんですか」とも何回も聞かれた。
しかし、僕はあまり居ない方が良かったみたいだった。風体が怪しいのか僕がいるとお客さんが寄って来ない。僕がトイレに行っている間にブースに人だかりが出来ていた。
それから、なるべく席を外すようにした。
後で、ツイッターをエゴサーチしているとこのバッジを「すっごい楽しい」とか「もっと買っておけば良かった」みたいに言ってくれた人もいて、大好評と言っても良いのでは無いだろうか。
過去の参加の時は全然売れなかったので今回は嬉しかった。売れなくても楽しいが、売れると格別だ。
グリーン車は無理だったが、ちゃんと足伸ばして眠れたし新幹線で帰れた。
最終的には新幹線とホテル代とデザフェスのショバ代を計算するとほとんど利益はなかったのだが、まあでも良いのだ。お祭りなのだから。
そして僕が岡山から来たと言うとみなさん西日本豪雨が大丈夫だったか心配してくれた。近所には浸かった所があったのだが、うちはなんとか大丈夫だった。
1ヶ月ほど経ってから、僕のリサーチで好意的に言ってくれた人と会う機会があった。その人は開口一番、
「売れたらしいですね」
と言ってきた。
僕はてっきりSNSに僕が書いたのを見たのかと思ったが、その人は知り合いが、偶然、僕のブースの近くで出店していたらしい。
近くの光るバッジのブースに人だかりが出来ていたという話になり、詳しく聞くと僕だったそうだ。