特集 2018年8月28日

神が憑依したシャーマンに捕まると死ぬ 岡山、真夜中の護法祭

深夜の境内を神様が憑依したシャーマンが走り回る。なお、捕まると3年以内に死ぬ。
深夜の境内を神様が憑依したシャーマンが走り回る。なお、捕まると3年以内に死ぬ。
かつては卑弥呼がそうであった様に、神を自分に憑依させるシャーマンが日本にも存在していた。しかし平成も終わろうかというこの時代においてシャーマンは極めて珍しい存在だ。

そんな中、貴重な一つが岡山県美咲町の山奥でお盆の深夜に行われる祭りだ。

神様(の化身のカラス)が乗り移ったシャーマンが「お遊び」と称して深夜のお寺の境内を走り回る。もし不浄の者がいれば追いかけ、捕まると3年以内に死ぬと言い伝えられているのだ。

ネットでは「リアル鬼ごっこ」や「走る死亡フラグ」などと言われ、全国的にも異色の奇祭「護法祭」へ命がけで行ってきた。
1984年生まれ岡山のど田舎在住。技術的な事を探求するのが趣味。お皿を作って売っていたりもする。思い付いた事はやってみないと気がすまない性格。(動画インタビュー)

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気が重い

その祭りが行われるのは8月14日から15日にかけての深夜だ。お盆にも関わらずこの日も仕事だった。しかしそんな些細な事はどうでもいいくらい、この一週間ずっと気が重かったのだ。

以前から興味はあったものの、なかなか決心がつかなかった。しかし一週間前に「ちょっと見て来ようと思う」と宣言した。もう引き返せない。

護法祭へ行く事が決まってから、「嫌だなぁ、怖いなぁ」と連呼していた。稲川淳二さん並にたくさん言った気がする。

まず僕なんか追いかけられたら多分すぐに捕まると思う。50メートルも走れる自信はない。それに確実に不浄の側の人間である。純然たる死への恐怖だ。
とにかく気が重い。
とにかく気が重い。
その日の仕事を済ませ、岡山市内から目的地の美咲町の二上山 両山寺へ向かう。車でおよそ1時間半の道のりだ。
位置はこのへん。
位置はこのへん。
目的地に近づくにつれ、周囲はどんどん暗くなり交通量も減っていく。
目的地に近づくにつれ、周囲はどんどん暗くなり交通量も減っていく。
心細さと恐怖が混ざっている。そんな気持ちを紛らわせようと陽気な音楽をかけるが、音楽が途切れると途端にしんと静まり返り、あたりに充満していた虫の声が流れ込む。
西日本豪雨の影響かこんな看板も。心細さに拍車がかかる。
西日本豪雨の影響かこんな看板も。心細さに拍車がかかる。
ヘッドライトへ向かってダイヴしてくる虫はさながら雪の様だ。
会場は山の上なので途中からどんどん登る。目的地は近いはずだが車も人もいない。
会場は山の上なので途中からどんどん登る。目的地は近いはずだが車も人もいない。
本当に祭りがあるのかと心配になってきた。道幅が狭く対向車が来たらすれ違えるかと心配していたが、その心配は杞憂だった。対向車なんて来なかった。

暗闇から短いライトセーバーみたいなやつを持った警備員さんが現れ「両山寺の?」と短く聞かれ、「はい」と答えたら道のわきに車を止める様に促された。

警備員さんがいて安心したが、なんと僕の車でわずかに3台目だった。

そこから先へは歩きで登っていく。

会場には到着したものの

山道を歩いていると山の上からお囃子が聞こえる。
山道を歩いていると山の上からお囃子が聞こえる。
会場が近い。僕が車を止めた場所より上にも車が止まっていて地元の人と、そうでない人では止める場所が違う様だ。
5分ほど歩くと会場に到着した。時刻は20時半くらい。
5分ほど歩くと会場に到着した。時刻は20時半くらい。
ちゃんと人がいたので少し安心する。見渡す限り真っ暗な山奥にこの周辺だけポツンと明るい。周辺にコンビニはおろか人家もなさそうだ。参加者はたぶん山の麓から車で集まっていると思う。
それほど広くない広場で盆踊りが行われていた。
それほど広くない広場で盆踊りが行われていた。
しかし、想像していたのとは雰囲気が全く違う。地元の人が楽しむ盆踊りという感じ。並々ならぬ覚悟で来たので少し拍子抜けしてしまった。

そして、ほとんどの人がお互い顔見知りのようで「よう」「おう」と立ち話が始まる。僕は場違いな気がして居た堪れなくなり、会場の端に邪魔にならないよう佇んでいた。
広場では盆踊りに続いて和太鼓のパフォーマンスが始まる。
広場では盆踊りに続いて和太鼓のパフォーマンスが始まる。
この頃、やっと会場の雰囲気にも慣れてきて、色々と見て回ることにした。
ものすごく大きな杉の木。
ものすごく大きな杉の木。
和太鼓が行われている広場から道を挟んで石段があり、その上がお寺の境内になっている。その境内には大きな杉の木があり、お寺の歴史を感じさせる。
お寺の本堂。
お寺の本堂。
本堂の両側には謎の竹の束がくくり付けられている。この時は何か分からなかったが、この竹の束はこの後の祭りで使う。
広場には地元の人がやっている唯一の屋台があり、食べ物や飲み物が売られている。
広場には地元の人がやっている唯一の屋台があり、食べ物や飲み物が売られている。
あまりお腹は空いてなかったが、特にする事もないので食事にする。
暗くてよく見えないが、ホルモンうどん(500円)を買った。
暗くてよく見えないが、ホルモンうどん(500円)を買った。
ホルモンうどんとは、焼肉のホルモンとうどんを味噌ベースのソースでまとめている。この周辺地域の名物料理だ。ホルモンのこってりとした味がうどんとよく合う。ほんのりとまだ温かみが残るホルモンうどんを平らげた。美味しい。

食事を終えると再びうろうろしたり、会場の隅でスマホをいじったりしながら時間が過ぎるのを待つ。車に戻って仮眠を取っている人もいるみたいだ。

祭りの開始が近い事を知らせる法螺貝

時間が経つにつれ地元以外の見物人も少しずつ増えてきた。
時間が経つにつれ地元以外の見物人も少しずつ増えてきた。
21時半ごろになり、境内にどこからともなく数人の修験者(山伏)がゾロゾロと現れる。
21時半ごろになり、境内にどこからともなく数人の修験者(山伏)がゾロゾロと現れる。
お経?を読み上げるとプォーと一斉に法螺貝を吹く。
お経?を読み上げるとプォーと一斉に法螺貝を吹く。
スピーカーで「イチバンガイが鳴らされました」というアナウンスがある。

イチバンガイとは何なのかについての説明はないが、会場の人は分かっている様だ。この時を含めて法螺貝が1時間~30分間隔で3度鳴らされた。それぞれ「壱番螺(いちばんがい)」、「弐番螺(にばんがい)」、「参番螺(さんばんがい)」と呼ばれ、祭りの開始が近づいている事を知らせる様だ。


法螺貝が吹かれるたび、ただの地域の盆踊りだった会場の雰囲気が、一段また一段と緊張感が高まる。

スピーカーではこのほか、この祭りが鎌倉時代から続いている事や、今年で743回目にあたる事などの歴史を紹介したり、決して「お遊び」の邪魔をしてはいけない事、撮影時にフラッシュを焚いてはいけない事などの注意事項も繰り返し放送していた。

その注意事項は「気を付けましょう」という軽い感じではない。真に迫る感じだ。もし注意事項に反したら本気でヤバい事になるのだろうとひしひしと感じられた。

中でもフラッシュを焚くのは神様の怒りをかうので危険なのだそう。ロックオンされて死ぬやつだ…と察して念入りにカメラのフラッシュを焚かない設定を確認した。

人々が神様を迎えに行く

最後の法螺貝(三番螺)が鳴らされたのが23時頃。お揃いの黒い衣装を纏った人々がお寺の本堂に集まる。
最後の法螺貝(三番螺)が鳴らされたのが23時頃。お揃いの黒い衣装を纏った人々がお寺の本堂に集まる。
本堂に集まった人々は恐らく地元の人たちで、このお寺の檀家さんではないだろうか。大人も子供もいる。

見物人は当然入れないので本堂の周りで見守る。暗くて正確には分からないが、見物人だけで200人~300人くらいはいると思う。最初と比べると凄く人が増えた。
本堂に集まった人々はその後、列になって山のほうへゆっくり歩きはじめた。
本堂に集まった人々はその後、列になって山のほうへゆっくり歩きはじめた。
この時、一行はそれぞれ「プォー、プォー」と法螺貝を吹いたり、「ドン、ドン、ドン」と太鼓を叩たり、儀式で使うのであろう道具を持ったりしている。さらに「ばらおーん、さらおーん」という呪文を唱える。

行列の人数は正確には分からないが100人くらいの大人数だ。

これまでのほんわかとした盆踊りとは全く違う何かが始まった。何もかもが現実離れしていて、ものすごく貴重なものを見ていると分かる。
一行は山の上にある神社へ向かうらしい。
一行は山の上にある神社へ向かうらしい。
集合した場所はお寺なのでこの祭りは神仏融合している。

神社ではこの日のために数日間厳しい修行を積んだシャーマン・護法実(ごほうざね)が待っていて一行が迎えに行く。神社は山の上にあるようで、法螺貝と太鼓と呪文の声はどんどん遠くなり、上のほうから聞こえてくる。

また、護法実ことを地元の人は「ゴーサマ」と呼んでいた。護法実はお寺と祭りの保存会の協議によって決められる一般の人だ。

再び太鼓と法螺貝の呪文の音が近づいてきて、出発から20分ほどすると行列が戻ってきた。
その列の中ほどにいて両脇を抱えられた白装束の男性が護法実だ。
その列の中ほどにいて両脇を抱えられた白装束の男性が護法実だ。
護法実の姿を見つけた見物人はざわつく。2人で抱えられているにも関わらず、足取りがおぼつかないようでフラフラしている。両脇の男性も支えるのに必死な様子。僕の直前で大きく体勢を崩して危うくぶつかりそうになって怖かった。

厳しい修行の結果フラフラしているのかと思ったが、すでに神様の兆候がでているかららしい。

神様を護法実に憑依させる

護法実が本堂に入ると照明が落とされ、あたりは真っ暗に。
護法実が本堂に入ると照明が落とされ、あたりは真っ暗に。
見物人は外から固唾を呑んで見守る。

そして本堂からはシャンシャンという錫杖と法螺貝の音、怒号に近い呪文の声が聞こえ始めた。

この時、本堂の中では神様(=護法善神)を護法実に憑依させる儀式を行っている(と近くにいた地元のおばちゃんに教えてもらった)。僕の位置からは見えないが本堂の正面からなら見えるらしい。護法実のまわりを子供たちが呪文を唱えながらぐるぐる回るそうだ。

この儀式は20分くらいかかったが、独特の緊張感に包まれ不思議と長く感じなかった。
一方、境内では先ほど本堂の両側にあった竹の束が倒され、火が点けられる。
一方、境内では先ほど本堂の両側にあった竹の束が倒され、火が点けられる。
竹の束の中には藁が詰めてあった。強い風が吹き始め、火事にならないか心配になるくらいよく燃える。

神様のお遊びが始まる

0時半ごろ。本堂の中から聴こえていた法螺貝と太鼓と呪文が一層激しくなると、急に拍手に変わり数人が本堂から飛び出してきた。見物人からは歓声があがる。

僕の場所からは見えなかったが神様の憑依が完了したようだ。神様のお遊び(ご法楽)が始まった。

神様に心ゆくまでお遊びいただき、五穀豊穣、天下泰平を願う。
護法実は最初に盆踊りをしていた下の広場へ向かったらしい。
護法実は最初に盆踊りをしていた下の広場へ向かったらしい。
護法実が走る時は一緒に数人が付き従う。お付の人は「ぎゃてー」「ぎゃてー」という呪文を唱え、手拍子をしたり錫杖を振ったりしているので暗闇の中でもどの辺にいるのか分かる。しかし目を凝らしても姿は見えない。

一方、本堂からはずっと読経が聞こえている。スピーカーで拡声されているのか、真っ暗な山の中に響き、あたりは異様な雰囲気だ。人々は緊迫感に包まれながら待っている。あまりに現実離れした光景だ。

そして遠かった「ぎゃてー、ぎゃてー」と手拍子が近づいてくると、周りの見物人の間にも緊張がはしる。護法実は不浄の者を見つけると追いかけ、捕まれば3年以内に死ぬと言われているからだ。
き、き、来たーーー!紙でできた帽子(紙手)を被っているのが護法実だ。
き、き、来たーーー!紙でできた帽子(紙手)を被っているのが護法実だ。
先ほどの白装束から黒い服に変わり、紙で出来た帽子を被っている。その異様な姿もあいまって存在感が他の人間とはまるで違う。カメラやスマホを構えている人もいるが、全員が護法実を見ている。

護法実は思っていたより若く、そしてすごく背が高い。
うわぁー。
うわぁー。
見物人がたくさん立っている場所にも容赦なく突っ込んできて遊ばれるので、自分達のいる方へ向かってくると皆大慌てで身を翻す。決してお遊びの邪魔をしてはいけないのだ。

境内と下の広場を何度も行き来し縦横無尽に駆け回り、急に方向を変えることもある。
似たような構図が続くが、フラッシュが焚けないのでこの火の周りだけが辛うじて撮影できる。
似たような構図が続くが、フラッシュが焚けないのでこの火の周りだけが辛うじて撮影できる。
この時、護法実は人としての意識は無く、神様の意のままに動いているのだとか。

護法実には神様の化身のカラスが憑依しているので、護法実は幽霊の手の形を左右に広げたカラスの様な仕草をすることがある。それがまた暗闇の異様な雰囲気の中では不気味だ。
時々座って休憩する。ここぞとばかりにカメラを持った見物人が集まる。
時々座って休憩する。ここぞとばかりにカメラを持った見物人が集まる。
護法実は直接腰掛けず、お付の人に抱っこされる様に座る。直接座ると神の憑きが落ちてしまうのだとか。

チキンな僕は物陰に隠れてシャッターチャンスを狙っていたが、見失っていた護法実がカラスの動きをしながら一直線に向かって来たときは本当に恐ろしかった。咄嗟の事で動けなかったが直前で方向が変わったので捕まらずに済んだ。
深夜1時過ぎて本堂に入りお遊び終了。見物人からは拍手が巻き起こる。
深夜1時過ぎて本堂に入りお遊び終了。見物人からは拍手が巻き起こる。
今年捕まった人は多分いなかったと思う。
最後に神様を神社に送りに再び行列が行く。それを見物人が見送る。
最後に神様を神社に送りに再び行列が行く。それを見物人が見送る。
アナウンスで護法祭が終了した事が伝えられると人々は帰路に着き始め、僕も会場を後にした。

いやぁ、凄かった。

本当に凄いお祭りだった。岡山の山奥で毎年こんなに凄いお祭りが行われているとは知らなかった。「他に類を見ない奇祭」という触れ込みは全くその通りだと思う。

参加する前は嫌だったが参加してよかった。年に一度、お盆の深夜にしかやらないし、交通の便も悪いので参加は難しいが機会があればぜひその独特の雰囲気を肌で感じて欲しい。僕もまた参加したい。

お札とDVDを買った

お祭りの会場ではお札(1000円)とDVD(2000円)が売られていたので買った。

お札にはカラスが描かれている。

このDVDは特に見応えがあって想像以上に良かった。僕の場所からは見えなかった儀式の様子や、護法実の修行の内容、祭りの準備の様子などが収録されていた。

DVDを見て驚いたのは儀式の内容は事細かく全て定められていた事だ。護法実が身を清める時に身体に水を掛ける回数や、お遊びの最中に燃やした竹の束の太さや縄の本数まで。紙手の紙の枚数はうるう年とそれ以外の年で異なるそうだ。

正直、ここまで手間が掛かっているとは思わなかった。

現代までこのお祭りを守り伝えている方々は本当に大変な苦労だと思う。伝統を守り伝えるというのは想像以上に大変だ。
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