水辺を好む
学校や職場等で失敗したり、恋人と上手くいかなかったり、人は常に落ち込むリスクと共に生きている。落ち込んだ時、人は「自分は一人だ」と思ってしまう。
人は落ち込みます
落ち込んだ時、誰かが応援してくれればと思う。ただそんな人もいないから落ち込んでいるのだ。この広い世界に応援してくれる人が誰もいない、自分は一人だとなってしまい、風に吹かれ海や川に出かける。
落ち込むと水辺に行きます
失恋したら海を見に行くように、失敗したら川に小石を投げに行くように、人は落ち込むと水辺に出かける。そこで自分は一人だ、と再認識して落ち込んだ理由を忘れるように務める。しかし、違うのだ。常にあなたを応援している人がいるのだ。
あなたを応援する人がいます!
川にもいます!
あなたが落ち込んで川に出かけたとする。せせらぎが聞こえる。この世界で一人なんだ、誰も応援なんてしてくれないんだ、と思いながら川の流れを見ることになるだろう。あるいは小石を川に投げるかもしれない。
本当にあなたは一人ですか?
あなたは一人ではない。見つけて欲しいのだ。気づいていないだけ。あなたを応援してくれる人がいるのだ。たとえば、上記の画像。なんの変哲もない景色に見えるかもしれない。でも、違うのだ。応援してくれている人がいる。
この辺です!
見えてきましたね!
そうです、応援しています!
気づけただろうか。落ち込み、自分は一人だと思い込んでいるから見つけることができなかっただけで、世界にはあなたを応援してくれている人がいるのだ。全力で応援している。あなたに「がんばれ!」と声援を送っているのだ。
全力で応援しています!
池にもいます!
もちろんそれは川だけではない。池にだって応援してくれている人はいる。落ち込むと水辺を求めるDNAのどこかに、上記のような応援してくれる人がいるかもと刷り込まれているのではないだろうか。
その証拠に池にもいます!
目を凝らして欲しい。落ち込んでいる時ほどこの素晴らしい世界に目を向けて欲しい。自分が一人でないことに気がつくはずだ。それは遠くかもしれない。でも、あなたを応援している気持ちは変わらないのだ。
目を凝らしましょう!
見えてきましたね!
応援しています!
池にもいたでしょ、応援してくれている人が。力の限り応援してくれている。迷いなくあなたに向けて声援を送っているのだ。世界は広くて見つけるのは大変かもしれない。しかし、いるのだ。あなたは一人ではないのだ。
力の限り応援しています!
海にもいます!
落ち込んだ時の王道は海だろう。人は落ち込むと水辺を求め、さらに広さを求めるのかもしれない。もはや一人でいたいのかもしれない。海は広く誰かがいるとは思えない。一人という環境を求め「海」なのかもしれない。
一人を求めての海かもしれない
ただそんな時ほど、実は切に誰かを求めているのではないだろうか。誰かに応援されたいと思っている。「母なる海ならもしかして」、という可能性を感じて行くのだ。間違った選択ではない。海にもキチンといます。あなたを応援する人が。
あなたは一人じゃない
応援している人が、
必ず、
いるのです!
遠い、確かに遠い。しかし、目を凝らしてみれば確かにあなたを精一杯に応援しているのがわかる。近くには応援してくれている人がいないのかもしれない。ただどこかには、必ず応援してくれている人がいるのだ。
遠くても必ずいるのです!
青い鳥
遠くに目を凝らせば、自分を応援してくれている人がいることが分かったと思う。そう、あなたは一人ではないのだ。遠くからでもあなたを応援してくれている。常に遠くを見ていればいいのだ。
遠くに、
いない、、、
時は、、、
近くにいます!
大切なのは常に遠くにいるわけではないということ。見落としがちだけれど、近くにもあなたを応援してくれている人はいるのだ。それを知って欲しい。青い鳥と同じ。遠くばかりではない。近くにもいる。つまり、あなたは常に一人ではないのです。
常にあなたを応援します!!!
あなたは一人ではない!
この記事から自分は一人ではないということが学べたのではないだろうか。みんなあなたの仲間なのだ。あなたを応援しているのだ。遠くにも近くにもそのような人はいる。そういうことなのだ。大丈夫、私が一番、そういうことってどういうこと? って思っているから。