特集 2018年5月25日

尻尾にあんこが入っていないたい焼きを求めて

尻尾にあんこが入っていない「がっかりたい焼き」。見つからなかったので自分で作りました。
尻尾にあんこが入っていない「がっかりたい焼き」。見つからなかったので自分で作りました。
「尻尾まであんこたっぷり!」はもう死語なのだろうか。全然聞かなくなった。

子供の頃見聞きした、たい焼き屋さんのアピールと言えばこれだった。そしてたいてい尻尾にあんこは入っていなかった。がっかりだった。

もはやたい焼き界は尻尾にあんを入れることを諦めたのか。人々があんこをそれほど求めなくなったのか。

などと思っていたら、びっくり。「尻尾まであんこたっぷり!」は常識になっていたのである。つまり、もはやわざわざ言うまでもない、ということだ。

こうなったら尻尾まであんこが入っていない「がっかりたい焼き」は自分で作るしかない。今回はそういう話です。
もっぱら工場とか団地とかジャンクションを愛でています。著書に「工場萌え」「団地の見究」「ジャンクション」など。(動画インタビュー

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「食べある記」やってみたかった

「食わず好き」という用語を提唱したい。「食わず嫌い」ではなくて。

ぼくはたい焼きが好きだが、年にひとつ食べるかどうか、というぐらいだ。それはほんとうに好きなのか、と言われると思うが、好きなのだ。でもあまり食べない。

こういう類いの「好き」が多くの人に存在するのではないか。しょっちゅう食べること=好きの条件、ではないと思う。

なんだかいきなりめんどくさい小理屈で始まってしまったが、お話ししたいのはたい焼きの尻尾である。
久しぶりのたい焼き。実にたい焼きらしいフォルム。
久しぶりのたい焼き。実にたい焼きらしいフォルム。
子供の頃は、たい焼きのチェーン店なんてなかったように思う。少なくとも実家の近所にはなかった。

しかしいまや街中にちょくちょくある。しかもいくつかの系列が。一方でこれだけ目にするようになったものの「尻尾まであんこたっぷり!」の文字は見ない。

どういうことなのか、と思って今回いくつかのたい焼き屋を巡った、という話からはじまります。
上のたい焼きのお手本のような形をした一匹も、そういうチェーン店で買った。
上のたい焼きのお手本のような形をした一匹も、そういうチェーン店で買った。
いつも工場とか団地などばかりを追いかけて記事にしているぼく。人生で一度ぐらい「食べある記」をしたためてみたいと思っていた。今回は絶好の機会だ。そういうえば「食べある"記"」の言い回しも最近見ない。

まずは一匹目のたい焼きは、関東関西で手広く店舗展開しているたい焼き屋さんのもの。上の写真はその神田西口店。

注目すべきは「電線を礼賛する」で紹介したS字にしなを作る電柱の脇にあることだ。このかっこいい電柱のそばで売ってるたい焼きならばさぞかしおいしいに違いない。というか、結局電柱の話になってるぞ。難しいな「食べある記」。
そして問題の尻尾。えいと割ってみたら、なんと。すごくぎっしり!
そして問題の尻尾。えいと割ってみたら、なんと。すごくぎっしり!
で、おもむろに問題の尻尾からかぶりついてみた。これがびっくり。あんがたっぷり。ちょっと頑張りすぎなんじゃないかというぐらい尻尾まであんがぎっしりだ。

老舗はがっかりさせてくれるか

たぶんぼくのこのびっくりは、ちゃんとたい焼きをたくさん食べている人からしたら「何を今さら」ってなものだろう。おはずかしい。

ともあれ昨今の「尻尾まであんこたっぷりの常識化」を確かめた様子を順にご覧いただこう。

次はチェーン店ではない店だ。
老舗の名店と名高い店にも尻尾を確かめに行きました。
老舗の名店と名高い店にも尻尾を確かめに行きました。
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行ったのは平日でしたが、ずっと行列が途切れることはありませんでした。すごい人気。
行ったのは平日でしたが、ずっと行列が途切れることはありませんでした。すごい人気。
老舗の風格を感じるざっくばらんなフォルム。
老舗の風格を感じるざっくばらんなフォルム。
都内には何か所か「たい焼きの名店」と呼ばれる店がある。ここはそのひとつ。さすが名店ということで、行列が途切れることがない人気っぷり。

店頭でせっせと焼いているたい焼き職人さんの手際を見ていて「これは期待できるぞ!」とわくわくした。もちろんこの期待とは「尻尾にあんこが入っていないのでは」という期待である。そう、この時点で、ぼくはどうやら子供の頃に食べた「がっかりたい焼き」を求めているのだ、と気づいた。
あにはからんや、尻尾まであんこたっぷり!
あにはからんや、尻尾まであんこたっぷり!
次から次へと手慣れた感じで仕上げていく職人の手つきからは「尻尾まであんこを回そう」という気遣いは感じられなかった。そしてこのバリの処理もしていないワイルドな鯛姿。てっきりこれは望み通りの「あんこレス尻尾」にお目にかかれると思っていたら、この通り、あんこたっぷり。

やられた。さすが老舗である。
そして店内にあったアールのついたガラスがすごくすてきだった。
そして店内にあったアールのついたガラスがすごくすてきだった。

秋葉原ならがっかりさせてくれるのでは

次は再びチェーン店系たい焼き屋さん。首都圏に展開しているお店だ。
秋葉原店に行きました。外国人観光客で賑わっていた。
秋葉原店に行きました。外国人観光客で賑わっていた。
目鼻立ちのはっきりした顔。
目鼻立ちのはっきりした顔。
そしてこれも尻尾まであんこたっぷり!
そしてこれも尻尾まであんこたっぷり!

この店こそは「がっかりたい焼き」であろうと期待していた。看板の気の抜けたイラストに、尻尾まで気を回していないのでは、という気がしたのだ。

厚ぼったい生地の感触も期待をそそった。前出2つの生地が薄手でサクッとした「手が込んでます風」だったのに比べると、いかにもチェーン店っぽい。ホットケーキに似ている。このファンシーな感じはがっかり系を期待させる。

ところがどっこい、ご覧の通り尻尾まであんこたっぷり。見くびっていた。心の中で謝った。
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「食べある記」を忘れてた

この秋葉原の段階で「どうやら最近のたい焼きはみんな「尻尾まであんこたっぷり」なのでは、と思い始めた。「がっかり系」でないことにがっかりする、という高度ながっかり感情が胸を去来する。

いま気がついたが「食べある記」などと称したが、味について何も語っていない。これはいかん。せっかくなので書いておこう。

最初のものはあんこに特徴があった。甘さ控えめで水分少なめ。あまり良くない表現だが「ぱさぱさ」だった。でもぼくはこのあんこ好き。いわゆるスナック感覚のたい焼きだ。

2つめの老舗のものに関しては、今回巡ったすべてのたい焼きを食べ終わってからその特徴に気がついた。あんこが甘かったのである。

なんとなく老舗のものほど甘さ控えめの大人の味なのでは、と思っていたがここのが最もどっしりして甘かった。

おそらくこの老舗以外のたい焼き屋たちが、時代に合わせて甘さ控えめにした結果、昔ながらの味が最も甘いものになった、ということではないかと思う。どうだろうか。

そして3つめは、とにかく生地が厚い。イタリア人がアメリカ風ピザ生地を食べたときに感じるであろう違和感がある。厚ぼったい。はじめてつけ麺を食べたときの衝撃を思い出した。

おなかにたまるという意味では、実用的なたい焼きだ。秋葉原に観光に来た方々にありがたいたい焼きである。

だってもともとあんこって内臓の比喩じゃないのか

「がっかり系」を諦めきれず、次は新橋のたい焼き屋へ。
この店は都内に4店舗展開している。ここはその本店。
この店は都内に4店舗展開している。ここはその本店。
面構えは秋葉原のものにそっくり。おそらく型が同じ。
面構えは秋葉原のものにそっくり。おそらく型が同じ。
そして生地だけぽろっととれるぐらいのあんこぎっしり具合。
そして生地だけぽろっととれるぐらいのあんこぎっしり具合。

尻尾にかぶりつくと、「噛むと肉汁が飛び出す」といった感じであんこが飛び出す。小籠包か、というぐらいの尻尾まであんこたっぷり具合。

ここ新橋で確信した。現代のたい焼きはしっぽまであんがぎっしりなのだ。おかしくないか。あんこって内蔵の比喩ではないのか。尻尾にはいってるのは違うだろう。そうじゃないのか。

羽根付きにはじめて納得


もはやがっかり系は諦めつつあるが、もうひとつぐらい行っておこう。

今回たい焼き屋巡りをして興味深く思ったのは、「そういえばあそこにたい焼き屋あったよな」って自分が覚えていたこと。

冒頭にも書いたように、ほとんどたい焼きを買っていないにもかかわらず、ふだん街を歩いて、視界の端にたい焼き屋を捉え記憶していたようなのだ。

下のお店もそういうもののひとつだった。もちろん買ったのは今回が初めてだ。
ちょっと変わったたい焼きを出す、都内5カ所にあるお店の本店。
ちょっと変わったたい焼きを出す、都内5カ所にあるお店の本店。
炭素凍結されたハン・ソロを彷彿とさせる。
炭素凍結されたハン・ソロを彷彿とさせる。
ご覧の通りここのものは「羽根付き」を売りにしている。餃子や生理用品では聞いたことがあるが、たい焼きに羽根が付くとは。
尻尾エリアをはみ出すぐらいのあんこたっぷりっぷり。
尻尾エリアをはみ出すぐらいのあんこたっぷりっぷり。

羽根付き餃子が珍重される昨今の風潮には疑問を感じていた。もんじゃ焼きのカリカリ部分にも、ご飯のおこげにもまったく興味がわかないぼくにとって、羽根のありがたみはさっぱり理解できなかった。なんか奥歯に詰まるし。

だからこの羽根付きたい焼きに対しても冷ややかな態度で臨んだ。

しかし、尻尾を割ってみておどろいた。そうか、このための羽根付きだったのか、と。

写真をごらんいただくとわかるように、もはや尻尾部分をはみ出して羽根エリアにまであんこが及んでいる。あんこたっぷりにもほどがある。

つまり、羽根というマージンを得ることによって、心ゆくまで尻尾の先まで、なんなら超えた部分にまであんこを詰めることができるのだ。現代たい焼きの行き着いた姿といえるだろう。すばらしい。
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頼みの綱、コンビニ

すばらしいが、やはりがっかりたい焼きに会いたい。

そう思いながら顔を上げると、そこにコンビニが見えた。そうだ、コンビニのたい焼きならぼくをがっかりさせてくれるのではないか。
もちもち生地という白いたい焼きがあった。
もちもち生地という白いたい焼きがあった。
高まる期待。

開封する前にひとつ気がついたのは、ここまで買ったたい焼きの写真を撮るに当たって、無意識にお頭を右にしていたこと。この白いたい焼きは左にして包装されている。

考えてみれば食事に出されるリアル魚は頭を左にして皿に置くのが作法だ。ぼくの取り方は逆だった。1975年に発表された「およげ!たいやきくん」の絵も左を向いている。しまった。

なぜぼくは逆にして撮ったのか。スーパーマリオをはじめ、ほとんどの横スクロールのゲームでキャラは右を向いていることなどが影響したのかもしれない。あるいは今回の主役は尻尾だったから逆になったのか。

この問題はじっくり考えたいが長くなるのでいまはやめておこう。
お頭を右にしてみたら、こっちの面はのっぺらぼうだった。
お頭を右にしてみたら、こっちの面はのっぺらぼうだった。
上の写真でもう結論が見えている。白いたい焼きはまるで深海魚のように体が透けていて、あんこが見えちゃっている。かつて乙幡さんがチャレンジしたあんこの可視化が実現している。
そしてこれも尻尾まであんこたっぷり。
そしてこれも尻尾まであんこたっぷり。

わかった。もういい。作る。

こうなったらがっかりたい焼きは自分で作りしかない。都内にはほかにも名店と呼ばれる店はあるが、もはやこれまでだ。コンビニのたい焼きまでもが尻尾まであんこたっぷりとあっては。
ということで買った。
ということで買った。
調べたところ、たい焼き用プレートが付属しているホットサンドメーカーがあったので、購入した。
生地は失敗しないよう、ホットケーキミックスを利用する。
生地は失敗しないよう、ホットケーキミックスを利用する。
尻尾にあんこを入れないように細心の注意を払う。
尻尾にあんこを入れないように細心の注意を払う。
できあがり。
できあがり。
尻尾にあんこが入ってない! がっかり! うれしい!
尻尾にあんこが入ってない! がっかり! うれしい!
自分で作らねば、尻尾まであんこが入っていないがっかりたい焼きを食べることができない時代に、ぼくらは生きているのだ。

形而上尻尾まであんこたっぷり

それにしても、一日にこんなにたくさんのたい焼きを食べたのははじめてだ。たい焼きは好きだが、さすがにもういい、という気分。体の中があんこだらけだ。ぼくに尻尾があったら、尻尾まであんこたっぷりになっているだろう。

などと思っていたら、衝撃のたい焼きを見つけた。
日本橋に店を構えるお菓子屋さん。
日本橋に店を構えるお菓子屋さん。
店の名物「天下鯛へい」。
店の名物「天下鯛へい」。
なんと尻尾それ自体がない! nullだ。
なんと尻尾それ自体がない! nullだ。
すみずみまであんこたっぷりなのだが。
すみずみまであんこたっぷりなのだが。
このように尻尾それ自体が存在しないたい焼きの場合、それは「がっかりたい焼き」と呼んでいいのだろうか。

こんな形而上な事態に着地するとは思わなかった。

向いてないな、食べある記。

あと、結局「食べある記」をまっとうできなかった。向いてないな、食べある記。
「天下鯛へい」には、頭から尻尾までそろった尾頭付きが縁起物とされた、という由来説明があった。いやいや、ないじゃん、尻尾。
「天下鯛へい」には、頭から尻尾までそろった尾頭付きが縁起物とされた、という由来説明があった。いやいや、ないじゃん、尻尾。

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大田区民ホールアプリコ小ホールにて(→地図
入場無料
詳しくは→こちら
チラシの顔写真は香港のすごい団地で撮ったものを使いました。
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