ベトナムに来たらバインミーだけは食べてくれ
まずはバインミーの写真をお見せしておきたい。
おいしそ~。
バインミーの断面はベトナム屈指のフォトジェニックぶりだと思ってます。
やさしい味のベトナム料理は、日本人の舌に合いやすいと思う。
その中でもクセがなく、どの店でもそこそこ美味しいものがこのバインミーだ。6年前にベトナムへ遊びに来た兄と当時の話をすると、「バインミーっての美味しかったな~」とよく名前が挙がる。逆にそれ以外の話題が出ないので「また来てくれれば良いところ案内できるのに…」と思うが、それはともかく、めちゃんこ絶品なのだ。
有名店だけど、ホーチミンなら「Banh Mi Huynh Hoa」がオススメ。 ただ、ここは150円以上する。それでも安いけど。
そんな激安激旨バインミーを、あえて100倍以上の価格でつくったよ!という話。ベトナムの食べ物の物価は日本のおよそ1/5といったところ、バインミーの位置付けも踏まえると、日本人の感覚としては「5.5万円のおにぎり」のようなもの。こんな贅沢ある?しかし、この1/5という感覚こそが後々この話の肝になる。
それでは、人生最高額の食事に出掛ける。
古びた市場の中に突如あらわるオシャレレストラン
お店の場所を地図で見たとき、「なんでここに?」と思った。
日本語で無理やり呼ぶと、トンタットダム市場(Cho Ton That Dam)。
ホーチミン市内で最高層のビル「ビテクスコ・フィナンシャルタワー」の足元に佇む古びた雰囲気の市場、見た目と違わず「オールド・マーケット」と呼ばれている。大きな屋根の下にすべてが収まる市場と違ってエリアで分かれておらず、肉も野菜も衣服も日用雑貨も、通りの両脇に漫然と並ぶため、全体がちょっと生臭い。
多くの大きな市場はこのように立派な屋根があるが、ここにはない。
お店の名前は「anan」、ベトナム語で「食べる・食べる」という意味。
これまで何度も通ったことがあるが、この場所は100ドルという高級料理を出すお店があるようには思えない。が、この後に登場するシェフの話から、強い理由があってここを選んだことが分かる。
駐車場は二軒隣の小学校の中庭とのこと。 ベトナムの、こういう自由さが好き。
中庭には生徒のお絵かき作品が展示。 キャンパスがアオザイの形という点に、お国柄を感じる。
100ドルバインミーは世界三大珍味が集う一皿だった
お店に入り、予約していた旨を伝える。
もうちょっと近づいた写真(店内写真撮ってなかったのです)。
おぉ!いいもんあるぞ、昔のホーチミン市(サイゴン)の地図だ。
およそ10分後…
お、なんか…芳しい香りが…来た!来た来た!
こ!
これか~!!
これが、100ドル!11,000円相当の!バインミー。サイズ的に、ひとくち200円相当ってところか。0.5くちでバインミー一個分か~。いや、貧乏臭い計算はやめておこう。
こちらが「anan」のシェフ兼代表、ピーター・フランクリンさん。
事前にあまり調べずポケーッとしながら来たけれど、ここでシェフのピーターさんに説明してもらい、高額の根拠が判明した。このバインミー、フォアグラ、トリュフ、キャビア、つまり世界三大珍味を使っているらしい。正確には、バインミー以外にベトナム産さつまいもを使ったフレンチフライが付いており、そのソースとして黒トリュフ入りマヨネーズとキャビアが出て来る。あとイタリア産ワインも。なるほど、通りで100ドルもする訳だよ~。
フォアグラ先生!
トリュフ先生!
キャビア先生!
それにしても、そもそもだ、どうしてこれほどの高級バインミーをつくったのだろう。これが聞いてみると、めちゃくちゃ感銘を受ける話だったのだ。
教えてください、ピーターさん!
食の観点からベトナムへのイメージを変える
ピーターさんはアメリカ人だが、生まれはベトナム。いわゆる越僑(えっきょう)と呼ばれる存在だ。ベトナム戦争はベトナムvsアメリカと捉えられることが多いものの、前提として現在のベトナムが北の社会主義と南の資本主義に二分された戦い。北が勝利して社会主義一色に染まることを嫌い、終戦前後におもに南に住む300万人近いひとびとが国を出たといわれる。
早く食べたいけど、その前にモデル撮影会ばりにシャッターを切ります。
ピーターさん自身についてはあえて聞かなかったが、年代的にその時代の流れの中にいたのだろう。で、もともと国を出られるほどの資金(商才)やガッツがあった人は、ベトナムを離れてもなお成功し、新たな市場としてのベトナムの魅力や、あるいは郷土心を理由に再び戻ってきた。それによってさらに発展を遂げた国が今のベトナム。以上の話を踏まえた上で、ピーターさんに話を聞く。
撮影係も兼ねて友人のYouTuberユニットに来てもらった。
ヒカキン!(イメージ)
私「どうしてこんな高級バインミーをつくったんですか?」
ピーターさん「まず、(外国において)日本のラーメンはなぜ高いと思いますか?」
私「え、ラーメンですか??…うーん、食材が手に入りづらいとか…??」
ピーターさん「いえ、そうじゃないのです。理由は料理の国の文化、つまりラーメンなら日本に対する価値から来ている、と私は考えています。私は香港でもお店を経営していますが、そこにおいてもラーメンの価格は高い。それはラーメンを味わうとともに、日本の文化も味わうことに対して価値を見出されているからです」
食べた。感想はのちほど。
私「言われてみれば確かに、料理に対して食材の入手難度や労力で価格は決まらない気がしますね。日本だとフレンチやイタリアンが高いイメージだけど、理由はフレンチやイタリアンだからとしか言いようがない気がする。ベトナムや香港などの外国における日本食もまた、そういう位置付けにあるという訳ですか」
ピーターさん「はい。一方でベトナム料理は、ときに日本食以上に手間もお金も掛かります。だけど、同じ価格で出すと、お客さまからは『ベトナム料理なのになぜこんなに高いのか』という不満が起こるんですね。それは、ベトナム料理、ひいてはベトナムという国の文化が安く見られてしまっていることだと感じていました」
ベトナム産さつまいものフレンチフライ、素材もなるべくベトナムのものを使用。
ピーターさん「しかしながら、当もベトナム人自身もまたそれを認めてしまっていると思います。ベトナムが、外国人から見下されることなく、またベトナム人自身が自虐に走ることもない、その文化全体のイメージを変える一歩目として、あえて庶民的なベトナム料理を高級料理として生まれ変わらせようと考えたのです」
私「そこでバインミーを選んだと」
ピーターさん「そう。バインミー=安い、という訳ではなく、安いものもある一方で高いものもあるよと。そのイメージによって上書きしたくて、この100ドルのバインミーをつくりました」
ピーターさんの話を聞いていて、私も友人も感動していた。最初に100ドルのバインミーと聞いたときに、道楽だったり、パフォーマンスだと思わなかった訳じゃない。いや、後者はあるにはあるのだろうけど、そのさらに根本の部分には、このような明確な意志があったとは。
美味しいものは、
人を、
笑顔にしてくれる。
なお、このシリーズは三部作で考えているそうで、第二弾は米粉麺のフォー。12時間かけてとったダシに、牛肉の団子、スジ、タン、モモ、カルビ、ハラミ、ヒレ、7種類の肉を贅沢に使い、トリュフの入ったソースが出るらしい。トリュフ好きだな。そのあとは、ロブスターを使った生春巻きを考えているとのこと。どちらも現在でいえば、「安いベトナム料理」の代表格だ。
なお、100ドルの料理を出しているからといって、「anan」の料理はすべてが高い訳じゃない。6品のコースでもリーズナブルなものなら2500円以下と良心的。それもまた、ベトナム料理をベースにしつつも、まったく違う切り口で仕上げられたものとなっている。その内容は、ベトナムを知る人ほど驚くはずだ。
バインセオ(米粉の惣菜クレープ)を…
タコスに仕上げたものとか!(「anan」提供写真)
ストリートフードの定番のライスペーパーピザを…
贅沢にチーズや具をのせて仕上げたものとか!(「anan」提供写真)
つくった理由は分かったし、すごく胸が高鳴るものだった。が、ところで、どうしてまたこの場所につくったんだろうか。前述の通り、ここはオールド・マーケットと呼ばれ、周辺は古い商店で、あまりキレイとは言えない。「anan」はホーチミン市において十分高級料理店に入る部類にも関わらず。
ピーターさん「ここにはベトナム(サイゴン)の新旧の景色が望めるからです」
私「あ!それは確かに…」
暗く古い建物の向こうには、市内最高層のビルディングが覗く。
ピーターさん「ベトナムのイメージを変えるといいましたが、モダンでありつつも、過去から紡いできた伝統から外れては意味がないと考えています。そのふたつの境界線に沿って進むことにこそ意義がある。そんなコンセプトにピッタリの場所として、私はここを選びました。ちなみに、香港のお店も同じような場所にあります」
ピーターさんの右腕には香港の店名(Chom Chom)が彫られている、「anan」も近々彫るのだとか。 調べてみるとこのお店、観光サイト上でも香港の8000店を超える飲食店で134位だった。上位陣…!
ピーターさん「きっと、このお店も『フランス料理風にアレンジしたベトナム料理です』といった方が多くの人にとって印象は良いでしょう。でも、それだと意味がないのです。あくまで、『モダン風にアレンジしたベトナム料理です』と言ってこそ、意義があるのです」
あ、本当にベトナムは、変わりつづけていくんだなぁ…と思った。かつて、やむを得ず多くの人が国を出て、そうして再び平和になったからこそ、ベトナムにルーツを持ちながらもベトナム人ではない人たちが集まって、今この国を前向きに変えていこうとしている。華僑のいる中国もそうだけど、そういう国は本当に強い。
スカウターがぶっ壊れながらも、世界三大珍味の答え合わせができた
ところで、100ドルバインミーの味について書いてなかった。実は私、初・世界三大珍味だったんですよね!ひとつでも出てきたもんならワーワー騒いじゃうものをみっつともはじめて、しかも一気に食べちゃった。これまでの人生を美食の物差しで測ったら、最高潮の日に違いない。
キャビアの食感って意外にプチッというよりシュン…なんだなぁとか、一粒にホタルイカ五匹相当の濃さとか、フォアグラは美味いけど意外と想像通りの味だなとか、トリュフはマヨネーズソースのはずなのに全て吹っ飛ばすほど爽やかになるんだとか、美味しかったけど、それ以上に積年の答え合わせができたことが感動でした。
100ドルの価値はあったのか?と問われると、三大珍味をはじめて食べた人間に分かりませんと両手を挙げたい。ドラゴンボールで言えば、バインミーの戦闘力が高すぎてスカウターがボン!とぶっ壊れてしまった状態です。でも、これを書いている今もなお、ほかのバインミーとはハッキリ違う、あのバインミーだけの味がありありと思い出せるんですよね。それほど脳が記憶しているって、相当に美味しかったんだろうな~と思います。
味の余韻に浸っている私。
国(文化)のイメージを変えるってカッコイイ
「ラーメンは日本を味わうから高い」と言われたとき、なるほどと納得するとともに、考えたこともなかったなーと思った。食べ物の価値に味や見た目以外のものを見出していなかったつもりだったけど、どこの料理かということは無意識に勘定に入っていた。ベトナムでも、日本食を食べるタイミングは週末や誕生日など特別な日であることが多い。どこの国の人間でも、自国の下駄を履かせてもらったり、逆にハンディを背負っている。
ベトナムをアイデンティティに持つ人が、「ベトナムは下に見られるから」と口にすることは気持ちが良いことではないはずだ。それでいて、さらにそのイメージを変えていこうとがっぷり四つで取り組むことは計り知れないほど大変なことだろう。ピーターさんの話を聞いていて、カッコイイなー自分もこうありたいなーとしみじみと思った。
撮影協力:anan(
Facebookページ)
レシートなんですが、こっちの貨幣は桁数が多いので余計に高く見える。