特集 2017年12月21日

サケの産卵マニアックス

絶好の産卵ビュー!
絶好の産卵ビュー!
11月の標津サーモン科学館ではサケの産卵が近くなると館内に予報が鳴り響く。的中率は90%超。「来館者にもっと正確な産卵予報を届けたい」やりすぎ感満載のホスピタリティに命をかけるプロの熱意が晩秋の道東を熱くしていた。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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いきなり産卵予報に遭遇

この秋も北海道は標津のサーモン科学館を訪れた。遡上するサケをつぶさに観察してきたが、ついにサケライフ最大のイベント、産卵に立ち会う時が来た。
大ごと具合が伝わりますか。
大ごと具合が伝わりますか。
川で生まれ、海へ出たサケ(シロザケ)は3年~5年ほどかけて60~70cmに成長し、産卵のために産まれた川に戻ってくる。そこでオスとメスのラブゲームを繰り広げ(ちゃんと言うと産卵行動)卵を産み、一生を終える。ここではその産卵の瞬間を見る事ができるのだ。
タッチプールの魚が素早い。アンタッチャブルだ。
タッチプールの魚が素早い。アンタッチャブルだ。
館内はいきなり緊張が走っていた。
「もうすぐ産みそうなんですよ」
大小の石や砂利が敷き詰められ、2つに仕切られた水槽でそれぞれオスとメスのサケが寄り添い泳いでいる。
真ん中の仕切りを境に左右2室のスイートルームが用意されている。
真ん中の仕切りを境に左右2室のスイートルームが用意されている。
サケの遡上を観察するための魚道水槽は11月になると自然の産卵環境を再現した個室タイプに改造され、オス・メスのペアが投入される。
手前がメス、奥のいかついのがオス。
手前がメス、奥のいかついのがオス。
このペアの恋が成就すればめでたく産卵となるのだが、その瞬間がいきなり近づいているのだという。
「産卵が近づきましたら、館内放送を致します」
「産卵が近づきましたら、館内放送を致します」
「西尾さん、予報流そうか」
市村館長のシンプルな指示を受けた副館長の西尾さんが事務所へ走る。館内には静かな抑揚で「サケの産卵予報」アナウンスが流れ出した。
「ただいま、館内の魚道水槽におきまして、シロザケの産卵行動が進行しております。このあと1時間以内に産卵する可能性が高い状態になっております」
「産卵予報を流す水族館は全国でもうちだけだと思いますよ」
いや、そりゃそうでしょう。

水槽前にはギャラリーが集まり、固唾をのんで産卵の瞬間を今か今かと待っている。
メスは尾びれで川底を掘って卵を産む産室を作る。
メスは尾びれで川底を掘って卵を産む産室を作る。
予報から20分ほどして、メスのサケが自分で掘っていた穴に口を半開きにして沈みはじめた。
「はい、産卵です!産卵になります!」
「はい、産卵です!産卵になります!」
館長の呼びかけで皆水槽に釘付けになる。口を開けたメスの横にオスが並び同じように口を開け、小刻みに体を震わせる。

「まずメスが口を開きます。それを合図にオスが横に並んで同じく口を開けます。そうしてはじめてメスが卵を産みます」
「今、メスが産んだ卵にオスが精子をかけています」
「今、メスが産んだ卵にオスが精子をかけています」
6~7秒ほどで事をすませ、2尾は泳ぎだす。
卵を産んだ場所を埋める。
卵を産んだ場所を埋める。
子孫を残すために命を燃やした共同作業の感動を打ち消すように市村館長がサケ婚のリアリズムを語る。
「サケの夫婦は一生添い遂げると思っている方が多いですが、実は違います。メスは 1腹の卵を3回から5回にわけて産卵し、 そのたびにペアが変わります。 1回産んだ後、2時間は産卵しません。そうなると、オスはそのメスに魅力を感じなくなるので他のメスを求めてさっさといなくなります」
今言いますか。予言どおりオスはこの後そっけなくなる。サケに文春砲は通用しない。
今言いますか。予言どおりオスはこの後そっけなくなる。サケに文春砲は通用しない。
いきなり産卵の瞬間に出くわした。市村館長にもっと産卵のいろいろや的中率90%以上という予報の秘訣を教えてもらおう。
「じゃあこの資料で説明しますねー」って情報量多いな!
「じゃあこの資料で説明しますねー」って情報量多いな!
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ラブは勝ち取るもの

――サケの産卵というと遡上した先で適当に場所を見つけて産み散らすイメージを持っている人も多いと思うんですけど、かなり丹念に産卵場所をつくるんですね。

「はい。川に遡上して来たメスはまず産卵する場所を探します。川底が砂利になっていて水の湧いているところがベストです」
鼻を水底に押当てて湧き水を探す。
鼻を水底に押当てて湧き水を探す。
「この探知能力がすごくて、実験の結果、人工的に水を湧かせた水の流れが感知しにくい水槽でも湧いている場所を探知してそこで産むことがわかったんです」
きちんと水が湧いているポイントで産卵している。数百万円の流水探知機なみの精度。
きちんと水が湧いているポイントで産卵している。数百万円の流水探知機なみの精度。
――へー、ていうかちょくちょくマニアックなスライドでてきますね。
メスは1回目の産卵の時にたくさん卵を産むという事を10年かけて検証したデータ、他にもこれでもかというくらい出てくる。
メスは1回目の産卵の時にたくさん卵を産むという事を10年かけて検証したデータ、他にもこれでもかというくらい出てくる。
「私の博士論文に使った実験データです」

――出し惜しみしないな!

「で、理想的な環境は限られているのでメス同士で産卵場所を争って激しい戦いが繰り広げられます。勝って場所を確保したメスは川底を掘って産室を作ります」
すりばち状に穴を堀り、大きな石を下に落として産室を作る。
すりばち状に穴を堀り、大きな石を下に落として産室を作る。
――オスはどうからんでくるんですか?

「産卵をしそうなメスに近づいて求愛行動をします。メスのそばで8の字を書くように泳いだり、体を震わせてメスに産卵をうながしたり」
ブルブルっと震えて産卵を急かす。オスははやく自分をパートナーと認めて産んでもらいたいので必死なのだ。
「その時、オスもメスをめぐって激しくケンカをします。オスが成熟期になると鼻先が伸びて歯が鋭くなるのは他のオスを攻撃するためです」

――なるほど、メスもオスも内輪でもめるんですね。で、この資料の真ん中の一番でかい図の意味がわからないんですが……。
オスが…メスみたいに変化する?
オスが…メスみたいに変化する?
「ケンカに負けたオスは、強いオスに攻撃されないように体の色を変えてメスのふりをするんです」

――ええ?「あ、いや自分メスなんで」って逃げるんですか?

「ただ逃げるのではなく、メスが卵を産む瞬間に素早く割り込みます」
イラスト右下のちっさいのがそう。メスに見せかけて割り込んで精子をかけるというわけのわからないステルス作戦。
イラスト右下のちっさいのがそう。メスに見せかけて割り込んで精子をかけるというわけのわからないステルス作戦。
――せこい!いいのかそれで。

「弱者なりの狡猾な戦略なんですよ」
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戦慄のオスチェンジ

――予報が無事に的中しましたけど、産卵のタイミングを見極めるポイントはあるんですか?

「やはり大きいのはメスの挙動です。穴の掘り方にも段階があって、まずは尾びれで直接泥や小石を飛ばすように掘ります」
動画でどうぞ。体が流れて大きく動く
「だいぶできあがってくると上から尾びれと尻びれであおいで水流で砂や泥を排出するような動きに変わります。我々は”拡張掘り”と呼んでいますが、こうなると産卵が近いです」
拡張堀り。体幹を固定してスイングする。
「ただ、産卵するためにはもうひとつ大きな要素がありますよね」

――ラブだ。

「ラブの成立ですね。特にメスはかなりオスを選り好みします。嫌いなタイプのオスが来たらとにかく嫌がります。ひどい時にはかみついたり、尾びれで砂をかけたりして拒絶します」

――自然の場合はまた他のオスがアプローチしてくるんでしょうけど、この水槽は1対1ですよね。オスが嫌われたらどうするんですか?

「オスチェンジです」

――はい?

「このペアは相性良くないな……西尾さん、チェンジしようか」

館長のシンプルな指示を受けた副館長の西尾さんが網を持って外に走る。
ウワー!
ウワー!
サケミさーん!
サケミさーん!
「あーチェンジかー」「かわいそう」
ギャラリーからため息が漏れる。ガラスに飛び散った水しぶきの跡だけを残して、彼は去っていった。
(他の水槽に移動しています)
「私は…あなたを…愛しています」私にはそう読めた。
「私は…あなたを…愛しています」私にはそう読めた。
そして新しいオスが召還された。かなり立派な体躯だ。
そして新しいオスが召還された。かなり立派な体躯だ。
――お、身体もでかいしかなりのイケメンですね。これは期待できるんじゃないですか?
サケミさん!俺たちの生きた証を未来に残そう!
サケミさん!俺たちの生きた証を未来に残そう!
あれ?
あれ?
――なんか石をかけられてるような気がしますが……。

「かけられてますね……。ちょっと好き嫌いの激しいメスですね」

こいつもダメか……。しばらく水槽を見つめていた館長がゆっくり口を開いた。宇宙戦艦ヤマトの波動砲発射のような緊張感だ。

「西尾さん、チェンジしようか」

もはや条件反射的に副館長の西尾さんが網を持って外に走る。
ご無体なー!
ご無体なー!
ダーリンが来た!
ダーリンが来た!
――たびたびオスが拒絶されましたけどメスがオスを選ぶ基準というか傾向があるんですか?

「体が大きくて強いオスというのはありますが、好みは一定ではなくて、体の大きいオスでも嫌われることがあります。免疫をつかさどる遺伝子が影響しているのではないかと日本大学と共同で調査を始めていますがまだ詳しい事は不明です」

愛を育み、産卵するまでにはまだ時間がかかりそうなのであとは若い2人にまかせて、年寄りはイクラでも食いましょう。
なんだろう、この背徳感。
なんだろう、この背徳感。
館内のどこにいても問題ない。産みそうな時は予報が流れるからだ。
チョウザメに噛まれたりしていても大丈夫
チョウザメに噛まれたりしていても大丈夫
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全ては産卵のために

なんだかんだで閉館時間も迫って来た頃、本日2回目の産卵予報MCが鳴り響いた。魚道水槽では完成に近づいた産室の回りをカップルがぐるぐる回っている。
お客さんも集まってきた。
お客さんも集まってきた。
中央のくぼみ部分、産室もかなりできあがっている。
中央のくぼみ部分、産室もかなりできあがっている。
「呼吸が速くなったり、エラからエアー(空気の泡)を出したりといった動きも産卵が近い兆候のひとつです」

いつ産卵してもおかしくない状況だがなかなか踏み切らない。
このまま開館時間を延長、「産むまで開館」するかスタッフ間で協議が行われた17時ちょうど、場の緊張した空気が息切れした間隙をついて突如その瞬間はやってきた。

「産卵です!」
いきなりはじめた!突然すぎて写真を撮り損ねた人が続出。
いきなりはじめた!突然すぎて写真を撮り損ねた人が続出。
ムンクが見たら叫ぶのをやめるんじゃないかというくらい口を大きく開く。
ムンクが見たら叫ぶのをやめるんじゃないかというくらい口を大きく開く。
スタッフをやきもきさせながら閉館時間ぴったりというドラマチックなタイミングで産卵行動はフィナーレを迎えた。

「産卵予報というのはなかなかにスリルとサスペンスが入り混ざった企画で、こちらはきちんと予測してお客様に見せる必要がありますからメスの選定はかなり慎重になります。目つきが鋭くて口の形がオスっぽかったり、体のサイズが妙に小さかったりするのも性格がきつく、オスを選り好みしがちなので要注意です」

市村さんはこの展示のために今まで700尾以上のサケを選定しており、日本でサケのメスを見る目が一番肥えている男といっても過言ではない。しかし、その眼力をもってしても予想を超える所作で翻弄される事もあるという。

「産室を完璧に作っていたので予報を流したらそこで産まずに別の場所を一から掘り始めたのもいました。集まったお客さんの前でひたすら言い訳しなきゃならないので生きた心地がしませんでした」
今回のメスもかなり予想を裏切る動きをみせた。
今回のメスもかなり予想を裏切る動きをみせた。
「突然産卵を始めたので驚いてシャッターボタンと間違えてカメラの電源を切ってしまったけどよかった」という絶妙な感想をゲットしてこの日の産卵行動展示は幕を閉じた。

産卵後のサケはオスもメスも全て死ぬ。ただ子孫を残す為に一切エサを口にせず、傷ついてもひたすら遡上し、産卵をする。

「全てはこの産卵から逆算されています」

市村館長の縁結び指令を遂行した西尾さんの名言だ。

「サケからしてみれば産卵が一生のゴールなのでこのために全ては決まっていくという事になります。ケイジやトキシラズ(※)の肉がうまいのも、ここから逆算して脂がのっているわけなんです。だから我々も、我々の生活に関わりの深いこの魚の一生の最後をできるだけ自然に近い状態で皆さんに見ていただきたいと思っています」

※ケイジ・トキシラズ:共に未成熟の状態で漁獲されるシロザケの呼称。脂ののりが良く美味だが穫れる数が少ないので高値で取り引きされる。
ケイジ・トキシラズ・秋鮭のルイベ食べ比べセット
ケイジ・トキシラズ・秋鮭のルイベ食べ比べセット
料理の写真を添えたら名言ぽくなくなってしまった。不思議だ。

取材協力:標津サーモン科学館
北海道標津郡標津町北1条西6丁目1番1ー1号
※産卵行動の展示は、毎年11月限定
※12月~1月は冬期閉館

TEL 0153-82-1141
http://www.s-salmon.com
展示やイベントの情報はブログをチェック
http://shibetsusalmon.blogspot.jp/
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