特集 2017年11月29日

期間限定!渡ってきたばかりの地味なカモ「エクリプス」を見る

同じカモです。(エクリプス(左)の撮影:白井 剛)
同じカモです。(エクリプス(左)の撮影:白井 剛)
秋、日本に渡ってきたばかりのカモ達の見所は「地味さ」だ。「茶色いですねえ」「地味ですねえ」「見分けにくいですねえ」しぶみに彩られたバードウォッチングを体験した。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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「エクリプス」とは

秋雨のしとしと落ちる東京の浜離宮恩賜庭園。連日の悪天候に業を煮やしてバードウォッチングを強行した。
絵に描いたような悪天候
絵に描いたような悪天候
ナビゲートは夏にアオサギの取材を共にしたアオサギ博士の白井 剛さんである。
富士急行の電車フォトコンテストに応募した写真が卓上カレンダーに採用されるという実績も持つ。
富士急行の電車フォトコンテストに応募した写真が卓上カレンダーに採用されるという実績も持つ。
白井さんは専門のアオサギの他にも都市鳥を観察する講座をいくつか実施している。中でもマニアックなのが今回の「渡ってきたばかりのカモを見分けよう!カモのエクリプス観察講座」。
渡ってきたばかりのカモがどうかしたのか。「エクリプス」なんていう概念みたいなものが観察できるのか。
「カモは一部をのぞいてオスとメスの体の模様が違っていて、オスの方が派手ですよね」
--そうですね。
ホシハジロ。手前がオス、派手だし目の赤さがやばい。
ホシハジロ。手前がオス、派手だし目の赤さがやばい。
「ただ、シベリアなどで繁殖を終えて冬を越すために日本に渡ってきた時はオスもメスのように地味な色をしています。この状態をエクリプスといいます」
--エクリプス、切れ味鋭くてかっこいいけど地味なんですね。
「カーナビでそんな名前のがありましたね......」
富士通テンのやつですね.....。.
ちなみに2人とも車は所有していない。
ちなみに2人とも車は所有していない。
「一番わかりやすいのがマガモです」
--マガモというと顔が緑の……
カルガモとならぶ「THEカモ」、アヒルの原種でもある。
カルガモとならぶ「THEカモ」、アヒルの原種でもある。
「そう、マガモのオスは首から上の羽がきれいな緑色をしていますが、エクリプスの時は地味でメスと見分けがつきにくくなっています」
上がエクリプスのオス。マガモ感が一掃されている。(撮影:白井 剛)
上がエクリプスのオス。マガモ感が一掃されている。(撮影:白井 剛)
--ほんとだ!清々しいくらい地味だ!しかしなんでまたいちいち地味になるんですか?

「繁殖の時はメスにアピールするために派手(生殖羽)になりますが、繁殖が終わるころ、羽が生えかわる時に一時的に飛べなくなるので目立たないように保護色になると言われています」
地味な状態で渡って来て、派手な羽(生殖羽)に生えかわっていく。
地味な状態で渡って来て、派手な羽(生殖羽)に生えかわっていく。
カモ界屈指のイケメン。オナガガモも……。
カモ界屈指のイケメン。オナガガモも……。
エクリプスの時は地味(撮影:白井 剛)
エクリプスの時は地味(撮影:白井 剛)
なるほど、で、あえてその地味なカモを見ようじゃないかという講座なんですね。
「はい、渡って来た最初のうちは何だかわかんなくて面白いかなあと。種類にもよりますがだいたい冬までに生殖羽と呼ばれる派手な羽に生えかわってしまうのでレア度も高いんですよ」
--微妙なお宝度ですね……。
鮮やかに色づきはじめた木々を尻目に地味なカモ探し。
鮮やかに色づきはじめた木々を尻目に地味なカモ探し。
わずかな期間、単館上映しているしぶい映画を見に行くような感じだろうか。学生の頃、中野のミニシアターのモーニングショーで「知られざる縄文漆(うるし)の世界」とか見たなあ。地味だったなあ。
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エクリプさないのもいる

地味な2人が歩き出すと雨足は強まり、いっそう景色に彩度がなくなってきた。
この日は白井さんも私も空の色と同化するような灰色の服を着ていた。エクリプス人間である。
この日は白井さんも私も空の色と同化するような灰色の服を着ていた。エクリプス人間である。
いつもはカモでごったがえす潮入りの池も閑散としている。
ホシハジロがぷかぷか浮いていた。
ホシハジロがぷかぷか浮いていた。
こんな日でもカルガモは結構いてうれしい。
こんな日でもカルガモは結構いてうれしい。
--そういえばカルガモは年中見かけるけど見た目が変わらないですよね。
「カルガモは換羽してもエクリプスにはならず、常に地味です。オスとメスの違いもわかりにくいです」
--どこで見分けるんですか?
「尾羽を上下で挟んでいるように見える羽、上尾筒と下尾筒というんですけど、そこの色の濃さの違いです。わかりやすく言うとお尻のほうの色ですね。薄いのがメス、濃いのがオス」
池で寝ていたペア。下がオス、上がメス。
池で寝ていたペア。下がオス、上がメス。
--濃淡かー、微妙ですね。
絶世の美女に育ったかぐや姫は求婚してくる男に蓮菜の玉の枝を持ってこいとか無理難題をふっかけたが、私がかぐや姫だったら「飛び立つカルガモからオスだけ3羽捕まえてみ」とか言うだろう。

カルガモの近くにはなんだかバランスの悪いカモがいた。
すごく虫の居所がわるそうな表情。
すごく虫の居所がわるそうな表情。
「クチバシの大きなやつですか?あれはハシビロガモです」

炉端焼きでも乗せそうなでかいクチバシがチャームポイントで、比較的長い期間エクリプス、つまり地味な状態が楽しめるカモだ。
「かなり生えかわってきていますが(サブエクリプスともいう)、生殖羽になるともっと頭は緑になってお腹の部分の茶色もより鮮やかになります」
別日に撮影。エクリプスの頭は黒っぽく体の色は地味。メス(手前)はさらに地味。
別日に撮影。エクリプスの頭は黒っぽく体の色は地味。メス(手前)はさらに地味。
生殖羽になると全体的に派手になる。
生殖羽になると全体的に派手になる。
それにしても目つきが悪いカモだ。小さい頃、野球のボールを庭に入れてしまうと忿怒の表情で「次にやったらボールに穴開けるからな!」と怒鳴るおっさんがいて皆から恐れられていたが、そのおっさんににらまれた時の感触が蘇るほどだ。

浜離宮とカモ

浜離宮には江戸時代の後半に作られた「鴨場(かもば)」という施設がある。
「元溜り」というでかい池に飛来したカモを、飼い馴らしたアヒルを使って細い堀「引堀」に誘導し、鷹やでかい網で捕らえるという猟が江戸から明治にかけて行われていた。
元溜りから引堀に鴨をおびきだし両側の小土手から捕らえる。
元溜りから引堀に鴨をおびきだし両側の小土手から捕らえる。
「小覗」ここに備え付けられている木の板を鳴らすとアヒルが引堀にやってきて鴨がついてくる。
「小覗」ここに備え付けられている木の板を鳴らすとアヒルが引堀にやってきて鴨がついてくる。
「小覗」ここに備え付けられている木の板を鳴らすとアヒルが引堀にやってきて鴨がついてくる。

--なるほど、行きましょう行きましょう。
「大覗」ここから元溜まりの様子を見る事ができる。
「大覗」ここから元溜まりの様子を見る事ができる。
「全然いませんね……」「そうですね……」
「全然いませんね……」「そうですね……」
遥かむこうにハシビロガモやアオサギが見える。
遥かむこうにハシビロガモやアオサギが見える。
いる時はすごくいるんですが……
いる時の様子。混雑してる!
いる時の様子。混雑してる!
「ここではコガモやヒドリガモがよく見られます。どちらもオスが派手でエクリプスの時には地味になります」
ヒドリガモ。左がオス。
ヒドリガモ。左がオス。
生殖羽により近い状態、頭のクリーム色がもっとくっきりして、背中も灰色になる。
生殖羽により近い状態、頭のクリーム色がもっとくっきりして、背中も灰色になる。
「コガモはかなり地味になります」
オスの顔は赤茶色で目元がグリーン。派手だ。
オスの顔は赤茶色で目元がグリーン。派手だ。
エクリプスの時はまったくもって地味に。
エクリプスの時はまったくもって地味に。
--当たり前の事を聞きますが、地味でわかりにくいですね。
「はい。エクリプスになるとオスメスだけでなく他の種とも見分けがつきにくくなります。あれはなんというカモですか?と聞かれてもじっくり見てからでないと即答できない場合が多いんですよ」
--地味は観察力を養うんですね。
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エクリプスなのかがわかりにくいカモ

カモの群れを求めて海の方に出てみた。

--おお、かなりの大群が海に浮かんでますね!
向こう岸。めっちゃ遠くに……。
向こう岸。めっちゃ遠くに……。
「ホシハジロと……キンクロハジロもいるかな?ていうかずいぶん遠いですね。これで見てみましょう」
望遠鏡にアダプターを付けたスマホを接続。雨が止まない。
望遠鏡にアダプターを付けたスマホを接続。雨が止まない。
カモどもめ、地味なおっさん2人だからとみくびりおって。拡大してやるぜ。
--どうですか、見えますか?

おー、いるいる。
おー、いるいる。
「やはりホシハジロとキンクロハジロですね、わかりにくいけどエクリプスがいますね」
--わかりにくいのは地味だからですか?
「エクリプスの時の違いが微妙なのでわかりにくいです。キンクロハジロの場合はお腹のところの白い羽が濁ったり、メリハリのない羽色になるくらいです」
変化が地味でわかりにくいという切り口もあるのか。
変化が地味でわかりにくいという切り口もあるのか。
後日撮影。生殖羽に変わるとお腹の羽は真っ白になる。再逮捕したくなるくらい目つきが悪い。
後日撮影。生殖羽に変わるとお腹の羽は真っ白になる。再逮捕したくなるくらい目つきが悪い。
チョットだけよん。(ふるい)
チョットだけよん。(ふるい)
記事の最初に登場したホシハジロ。右側の少し色の薄いのがエクリプス。わかりにくい。
記事の最初に登場したホシハジロ。右側の少し色の薄いのがエクリプス。わかりにくい。

カモの群れから地味賛歌が聞こえる

生き延びるために美しい羽から地味なエクリプスへと変身したカモ達を眺めながら、自分がここまで生きながらえてこられたのも、マラソン大会で7位だったり、クラス替えで仲のいい友人と離ればなれになって窓際の席でひっそりとヘミングウェイの短編集を読んでいたり、ひとえに地味だったおかげかもしれないと思った。
これからも地味でいよう、そして「いや、地味っていうか俺、エクリプスだからさ」とかっこよさげに言っていこうと決意を新たにした。
エクリプスという地味な船が就航しないだろうか。
エクリプスという地味な船が就航しないだろうか。

なんせ渡ってきてすぐの状態を見る講座なので開催時期も10月下旬から11月上旬限定というお宝企画、チャンスはまた1年後となってしまうが浜離宮に集まるカモ観察講座は今後も開催される予定。
カモの基礎知識を身につけて来たるべき地味シーズンに備ええよう。

■街ナカの自然観察ガイドの情報はこちら

■白井さんが運営するアオサギ情報サイト[アオサギ-ネット]:http://home.c00.itscom.net/ardea/
結局白が一番派手なんじゃないのとも思った(コサギ)。
結局白が一番派手なんじゃないのとも思った(コサギ)。
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