特集 2017年10月27日

圧と執念のすごい「りぼん」同人誌

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知人が少女漫画誌「りぼん」の同人誌を作ったという。SNS等でそのことは知っていたものの、しばらく見せてもらう機会がなかった。ただ、共通の知人から漏れ聞こえてくる評判が「圧がすごい」「執念がすごい」とかそんなのばっかりなのである。少女漫画をテーマにした同人誌の評判とは到底思えない。気になったので、ついに見せてもらいに行ってきた。
インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

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「圧がすごい」

本を手にとってパラパラめくった瞬間に、その評判に納得した。

みなさん、ここから先を読み進める前に、まず各自、自分が考える少女漫画の同人誌をイメージしてほしい。
…できた?じゃあ次の写真を見てください。
圧!
圧!
さっきの見開きにくらべると余白があるが、しかし字の小ささ!!
さっきの見開きにくらべると余白があるが、しかし字の小ささ!!
思ってたのと違う。

たかが幅640ピクセルの写真ではこの圧迫感が十分に伝わらないのが残念である。実際の本で見てみると、視界いっぱいをおおう小さな文字、文字、文字。むしろVRゴーグルで体験してほしいコンテンツである。

ただ、文字の多さはみなさんにビジュアルで圧を感じていただくための、単なる記事のツカミでしかない。それ以上に異常なのは情報量なのだ。目次の下に載ってる先生の近況傑作選(7年分から抜粋)、連載マンガの登場キャラクター106人の生まれ年年表(掲載開始時の年齢から算出)、りぼん作家のあだ名インデックスなど、なんていうか「膨大な資料からまとめ上げてる」ページが多すぎて、執念とか怨念の域なのだ。それが86ページある。圧であり、厚でもある。「薄い本」の定義を超えている。

知人にこんなマニアがいたなんて

この本を作ったのは「れもん&スカッシュ」という二人組で、その一人(れもん担当)が当サイトライターの さくらいみか さんである。
よく鬼の格好で出てきます
よく鬼の格好で出てきます
人間のときの姿(手に持っているのが問題の本)
人間のときの姿(手に持っているのが問題の本)
以前にはりぼんの組み立てふろくの設計者インタビューに行っていたり、りぼん好きであることは知っていた。でもこんなに気合の入ったファンだとは知らなかったのだ。今回はさくらいさんの自宅にお邪魔して、同人誌の話やりぼんの話を聞いた。(インタビュアーは編集部 石川、古賀)

――この本、評判どうですか?

さくらい:「執念がすごい」とか「夢でうなされる」とか…。あと「読んでも読んでも読み終わらない」。

――僕もさくらいさんがこんな異常な本を作ったっていうのにびっくりして。

さくらい:誰に見せても「本当にりぼん好きなんだねー」みたいな感じで温かく迎えてもらえないんですよ。「ウワッ…!」って

――(古賀)わたしコミケで売り子やってたんだけど、みんな何気なく手に取って見て「ハッ!!」て感じだもん。

さくらい:思わずすぐ閉じる(笑)

さくらいさんは小3から24歳までずっとりぼんを買い続けていて、この本はそのうち80~90年代のりぼんについての研究本である。蔵書を見せてもらった。
パカッパカッと戸棚をあけていくと
パカッパカッと戸棚をあけていくと
そびえたつ、りぼんタワーがあった。
そびえたつ、りぼんタワーがあった。
隣にさらにもういっこ塔が
隣にさらにもういっこ塔が
さくらい:本棚をりぼんのサイズに合ったのにしたかったんですけど、なくて。むりやり入れちゃってますね

「りぼんのサイズに合った本棚」。コレクションは棚に整理して格納していくものだと思っていたが、棚のほうをコレクションに合わせるという手もあるのだ。

ここには200冊くらいのりぼんがあって、90年代の号はだいたい網羅されている。さくらいさんが一番好きなのはそのちょっと前の80年代後半あたり。ときめきトゥナイトの1~2部の頃だ。それ以外の号は実家にさらにあるらしい。
しかしさくらいさんの真価は、コレクターとしてではないように思う。物より知識。マニアとしてのほうだ。「愛」と言い換えてもいい。

読者投稿コーナーがすごかった

――単行本は集めてないんですか?

さくらい:一応あるけど雑誌のほうが好きですね。単行本だと修正されてる部分があったりとか、雑誌は先生のコメントがページの端についてたりとか。

特定の作品が好きなのではなく、雑誌総体としてのりぼんがすきなのだ。アイドル用語で言うと「箱推し」。

さくらい:(単行本では読めないものとして)読者投稿のコーナーも年代によって違って面白いです。特に文通募集コーナーの個人情報のダダもれ具合がすごくて。
モザイク部分にはガッツリ住所と本名、年齢が書いてある。この子は小6
モザイク部分にはガッツリ住所と本名、年齢が書いてある。この子は小6
――そういうページがあるわけじゃなくて、マンガのページの下にいちいちあるんだ!1冊あたりすごい数ありますよね

さくらい:めちゃめちゃありますよ。80年代の最初ごろだと、小学生と20代の大人が混在しててさらにカオスです。「結婚したけど生活が苦しいですとか」。

今のりぼんは子供向けのイメージがあるけど、80年代序盤にターゲット層の切り替えをしており、70年代は大学生くらいの大人も読むような雑誌だったらしい。その名残が「生活が苦しいです」。

ちなみにこの文通コーナーは、87年の8月号に「お名前の載った方に、不幸の手紙をゼッタイに出さないで!」の警告が載り、突然幕を閉じた。(同人誌には誌面の写真もある)
この子は小6。「(おかえししません)」のカッコ書きが味わい。
この子は小6。「(おかえししません)」のカッコ書きが味わい。
他にも読者参加コーナーとしては80年代前半にミス・りぼん的なコンテスト(スマイルメイツコンテスト)も。入賞者がみんなでグアムに行き、そのお土産(Tシャツや、木彫りの栓抜き(!)など)が読者プレゼントにされるという謎展開もあったという。

こういう感じで、りぼんを特定の作品や時期だけでなく、時代まで横断して調べつくしている。そこが「執念」といわれるゆえんである。
ちなみに本誌以外にもりぼん関連の本はすぐ買ってしまうとか。右上に小さく、りぼん60周年の見出しが。
ちなみに本誌以外にもりぼん関連の本はすぐ買ってしまうとか。右上に小さく、りぼん60周年の見出しが。

アンケートが2日で1000回答

同人誌の話に戻ろう。一応コンセプトとしては「80s~90sりぼん研究本」なのだ。なのに最初のコーナーからやっぱり年代を突き破ってくる。
このページ。68年生まれから91年生まれまで、各世代に聞いた「りぼんで最も人気があったマンガ」のグラフ。
このページ。68年生まれから91年生まれまで、各世代に聞いた「りぼんで最も人気があったマンガ」のグラフ。
グラフが太いところは人数が多い。周りにあるのはそれにまつわる思い出話。りぼん23年間の人気作品を俯瞰できる冒頭12ページだ。いちど人気の落ち着いた作品がアニメ化で盛り返したりと、時系列で人気が見られるのも興味深い。

――これどうやって集めたんですか?

さくらい:アンケート作ってTwitterとかで募集したら、2日で1000件超えてしまって……。やばい!と思ってすぐ締め切りました。

「りぼんファン」の層の厚さを思い知るエピソード。
アンケートの内容は人気作品のほか、ふろくの思い出、読者ページの思い出などだ。

――印象に残った回答はあります?

さくらい:たまに「りぼんを割った」っていうエピソードがあるんですよ。姉妹で取りあいになるから、お母さんが割ってくれたとか。

――あんたたち!ビリビリビリ!って(笑)

ほかにも
・投稿コーナーに手紙が載ったのを自慢したら内容がひどくてバカにされた
・りぼんにジャニーズのアイドルが載ったのがきっかけで10年来のジャニオタに
・岡田あーみん先生を崇拝するあまり、「大先生」と呼んで校庭裏で怪しげな儀式をしていた
・単行本化されない作品を切り取って独自の単行本を作っていた
などなど、いいエピソードが満載である。
アンケートの生データ。束の厚さに対して文字の小ささ!
アンケートの生データ。束の厚さに対して文字の小ささ!
このときうっかり1000件集まってしまい、「このデータを何とかしないと…」というプレッシャーが同人誌の重厚化に拍車をかけたらしい。
そもそもこの本、初めてコミケに行ったお二人が、10ページくらいの薄いコピー本を見て「このくらいなら作れるかも」と思って始めたものだとか。それが1000件の重みと、りぼんへの愛と執着で一気に86ページ。

さくらい:あと締切が1週間遅かったら100ページ超えてたと思います。そうならなくてよかった……

60周年を補完したい

きっかけの話が出たところで、もう少し深堀りして聞いていると、さくらいさんのボルテージが一段階上がる瞬間があった。

さくらい:一昨年りぼんの創刊60周年で、この2~3年立て続けにいろんな関連企画があったんです。全部行ったんですけど、時代が偏ってたりしてある一定の年代しか楽しめてなさそうなのにモヤッとして!連載もすごく人気なものだけがピックアップされてて、いろいろ事情があるのは分るんですけど、そのたびに「自分たちならどう企画するか」「もっとこうした方が……」と小姑的にぼやいてました。「ふろくをふりかえる」というふれこみで、期待しつつ行ったらほんのちょっとしか展示されてなかったり…。

――さくらいさん怒ってますね。

さくらい:怒ってはないですよ!!!

――怒ってないんですか。

さくらい:怒ってるというより、偏ってるなーってもやもやしてたっていう。ただ国際マンガミュージアムと明治大学が主催したイベントは、時代も網羅されててすごくよくて。
左は京都国際マンガミュージアム、右が明治大学 米沢嘉博記念図書館でそれぞれ行われた「LOVE♥りぼん♥FUROKU」展。(以前のさくらいさんの記事より</a>)
左は京都国際マンガミュージアム、右が明治大学 米沢嘉博記念図書館でそれぞれ行われた「LOVE♥りぼん♥FUROKU」展。(以前のさくらいさんの記事より
さくらい:ちょうどこの頃同人誌と作ろうかという話が出始めのころで、これに感化された部分もあります。で、今までのイベントで偏ってた分も補完したい!という気分にもなったというか。

本の制作の話を聞くと、「夏休みの可処分時間をすべてつぎ込んだ」「31巻あるマンガを90分で速読してまとめた(ときめきトゥナイト年表)」「(作業に根をつめすぎて)友達とお茶に行ったとき『これが余暇か』と感動してしまった」などハードなエピソードばかり出てくる。きっかけといい、制作姿勢といい、やっぱりこの本は「執念」でできているのだ。
「作業が大変すぎて、あとがきがものすごいネガティブなんです。(さくらい)」。たしかに「目の前で交通事故が起こった」とか「蕁麻疹が出た」とか書いてある
「作業が大変すぎて、あとがきがものすごいネガティブなんです。(さくらい)」。たしかに「目の前で交通事故が起こった」とか「蕁麻疹が出た」とか書いてある

りぼんは男子にとってファミコンソフトなのでは

さて、ここまで記事を書いておいて何だが、僕は男子なのでりぼんのことがよくわからない。さくらいさんの、個々の作品ではなく雑誌を愛する「ハコ愛」も、まあ理屈ではわかるけど実感はできなかったのだ。でもちょっとわかったのがこの会話である。

さくらい:女子のりぼんって、生活に溶け込んでるというか…ふろくのメモ帳を交換したりとか

――(古賀)するする!めっちゃ交換する!

さくらい:あとふろくの文具を学校持ってきて使ったりとか

――実用品なんだ
実用できるふろく。回覧板
実用できるふろく。回覧板
さくらい:そうなんです。紙袋とか。全員プレゼントも財布だったりとか。生活の中に入ってくる感じがあって

――男子だとコロコロコミックとかジャンプとか、ふろくついてないですもんね

さくらい:ただ読むだけ、みたいな。女子は雑誌自体も貸し借りが多くて、りぼんとなかよし交換したりとか

――あー、男子は貸し借りっていうより全員ジャンプ買ってた気がする。自分で。

さくらい:この前、相方のスカッシュと男子にとってりぼんに相当するものって何だろうって話してて、実はマンガ雑誌じゃなくてファミコンソフトじゃないかなっていう話になって
あみだメモ。あみだくじ内蔵のメモ帳である
あみだメモ。あみだくじ内蔵のメモ帳である
確かにファミコンソフトって、友達と貸し借りするし、ついでに攻略本も流通したりして、コミュニケーションツールとしての側面がマンガ以上にあったように思う。実用性はないので全くイコールというわけではないけど、なんとなくりぼんが、ただのよみもので収まらない感じはわかった。
これは組み立てるとペンケースになる
これは組み立てるとペンケースになる

インターネットはりぼんで学んだ

ところでれもん&スカッシュは2人組だ。相方のスカッシュさんはどんな人なんだろう。そんな質問からさくらいさんのルーツが明らかになった。

さくらい:デザイナーをしてて、今回の同人誌の装丁もお願いしました。ネットで知り合って、17年ぐらいの付き合いです。スカッシュは東京出身で私は島根なので、東京特有の文化・地方特有の文化で分からないことがマンガに登場すると、お互い説明しあって知識を補いあっています。

――ネットで知り合ったっていうのは?

99年とか2000年くらいに岡田あーみんファンサイトっていうのがすごく盛り上がっていて、それでオフ会があったりっていうので会って。当時のネットのオフ会って情報に飢えた人ばかり集まってたから、どのサイトもすごく濃いファンが集う特殊なコミュニティだったように思います。

当時PCのことをあまりわかっていなかったさくらいさんだったが、このファンサイトの掲示板でコピペを覚え、サイト上のチャットでHTMLを教えてもらい、掲示板の荒らし対策でIPアドレスの概念を覚えた。
その後さくらいさんはそこで覚えたコンピューターのスキルを生かしてSEになったので、彼女の今の人生があるのは実質りぼんと、このファンサイトのコミュニティのおかげなのである。
文字が続くのでふろくの写真を。バレンタインまでの予定が勝手に書かれた、スケジュールカレンダー。
文字が続くのでふろくの写真を。バレンタインまでの予定が勝手に書かれた、スケジュールカレンダー。
冒頭でも触れたが、同人誌の中には7年分のりぼんからセレクトした、先生の近況傑作選のコーナーがある。

さくらい:これだけは人の協力を得ていて、ファンサイトの当時にデータベースを作ろうということで、有志で国会図書館にコピーをしに行くという活動をたまにやっていて。そのときの資料が使われないまま残っていたので、使わせてもらいました。

――データベースっていうのは全部載ってるんですか?

さくらい:そうですね。全部載ってます。本誌の目次脇の近況欄を、全部コピーしてまとめてました。

こういうねっとりとした りぼん愛が、昔からさくらいさんの中で醸成され続けていたのだ。それが彼女に濃い友人たちを作り、人生をSEに導いた。そして最終的に60周年イベントが着火剤となり、爆発してしまったのがこの同人誌だったのだ。ある意味、人生の集大成でもある。そりゃ濃いわけだ。

同人誌がきっかけで再会

当時の仲間の何人かはもはや連絡先もわからなくなっていたのだけど、この同人誌で再開することができたらしい。

たまたま手に取った同人誌にオフ会の話が書いてあり、「昔仲良くしてた人に違いない」と気づいて連絡をくれたとのこと。

10冊以上購入して興味ありそうな人に片っ端から配る…と意気込んでくれているという。

さくらいさんの、りぼんに導かれる人生はまだ続いている。
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