特集 2017年3月8日

青森県田舎館村「田んぼアート」の超絶進化がすごすぎる

15年でこの進化
15年でこの進化
石の上にも三年とか、雨垂れ石を穿つみたいなことわざはよく知っている。知っているけれど、実際にこういうことなんだよっていう例はあんまり見たことが無い。

最初はバカにされつつも、地道に続けて行くうちに、いつのまにか誰にもまねできないような高みにのぼってしまったことなんて、この世にあるのだろうか。

青森県にありました。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

前の記事:都営地下鉄路線図の大江戸線を丸く表現したひと

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田舎館村の田んぼアート

青森の、とくに津軽の人はでかいものが好きだ。木造駅の土偶や立佞武多なんかのでかさをみるとそう思うし、もちろん、田舎館村(いなかだてむら)の田んぼアートも、宇宙から見えるぐらいでかい。
田んぼアートは、ぼくも何度か記事にもしている(「青森でかいものめぐり」)が、ご存知ない方にざっくり説明すると、毎年、青森県の田舎館村が、村役場の裏にある田んぼに、色付きの稲を、ひとつの絵になるように植えて田んぼに巨大な絵を描くというイベントである。
2011年の田んぼアート
2011年の田んぼアート
先日、田舎館村の村役場を訪問する機会があり、田んぼアートの話をうかがうことができた。
田舎館村役場。天守閣みたいなのは田んぼアート観賞用の展望台
田舎館村役場。天守閣みたいなのは田んぼアート観賞用の展望台
田舎館村の浅利高年さん
田舎館村の浅利高年さん
取材に応じてくださったのは、田んぼアート担当の浅利高年さん。

もともと米のPRのためだった

いまや津軽地方を代表するほどの観光地となった感のある田んぼアートだが、もともとなんのために行われるようになったのか?
「もともとは、お米のPRだったんです」

――PRですか。

「そうです、つがるおとめという品種がありまして、そのPRに、田植えや稲刈りの体験イベントをやってたんですが、そのさいに、ただ植えるだけじゃ面白くないので、ちょうど稲の品種も三種類、色も三種類あるし、簡単な絵をかけば面白いんじゃないかと考えついた職員がいまして、実行してみたんです」

その時の、田んぼアートがこちらだ。
1993~2001年の田んぼアート。すべてはこれからはじまった
1993~2001年の田んぼアート。すべてはこれからはじまった
上の写真は1993年から2001年までの田んぼアートだ。そして昨年、2016年の田んぼアートはこちら。
2016年の田んぼアート、全く別物だ!
2016年の田んぼアート、全く別物だ!
1993年の簡素すぎる岩木山にくらべて2016年の真田丸の美麗さがすごい。大阪城の細かさや真田昌幸の表情など、そのクオリティに天と地の差がありすぎるのがわかる。
見てくださいこの細かさ
見てくださいこの細かさ
――昔と見比べると、今の田んぼアートめちゃくちゃすごいですね。これはどうやって作ってるんですか?

「まず、元になる絵のデザインをお願いしているのは、山本さんという村内在住で県立養護学校の美術の先生にお願いしてます。山本先生はコンピューター上で絵を作成してくださってます、こういう感じですね」
2013年の元のデータ
2013年の元のデータ
――これ、絵が歪んでるのは展望台の位置から眺めるときれいに見えるように計算されてるんですね。
たしかに目線を下げると、ちゃんとみえる!
たしかに目線を下げると、ちゃんとみえる!
で、こうなる
で、こうなる
「山本先生の絵を、今度は村内に在住の元測量会社にお勤めの方に渡して、座標点を計算してもらいます。絵の作成に2週間、座標点の計算に2週間ぐらいですかね」

――もうこれは、プロジェクトとして工程管理が必要な感じですね。

「山本先生は学校の先生ですので、年度末などが忙しくて、絵ができるのが、ゴールデンウィーク前後になるんです。そこから座標の計算、測量という感じですすめます」

――測量……完全に土木工事ですね。

「計算した座標に基づいて測量して、苗を植えるための目印の茅の杭を差し込んでいくんです、これが設計図ですね」
設計図
設計図
――この設計図に沿って、杭を打っていく?
「はい、役場の職員が1週間ほどかけて杭を打っていきます」

――これ総出でですか?
「半分……30人ぐらいの職員に手伝ってもらって1週間ほどですね。だから、外から連絡があっても、担当者がいま田んぼに行ってていないとか、そういうこともたまにありますよ」

――宮沢賢治みたいですね「下ノ畑ニ居リマス」っていう……。
まずは測量
まずは測量
苗を植える場所の目印にする茅の杭を差し込んでいく
苗を植える場所の目印にする茅の杭を差し込んでいく
うっすら絵が見える
うっすら絵が見える
杭に色の目印をつける
杭に色の目印をつける
――1週間で杭を打ち終わったら、今度は田植え?
「そうです、毎年5月末から6月の最初の日曜日に田植えイベントをやるんです、ただ、イベント前日に、農家のご婦人方に細かいところの田植えは事前にやっていただきます、プロの手植えです」

――苗は等間隔に植えていくんですか?
「ご婦人方がおっしゃるには、これはぬり絵と同じで、色の境目のところは密度を濃く植えると見栄えがよいらしいですね」

――植え方ひとつとってもノウハウがあるのか。
プロによる手植え
プロによる手植え
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きっかけはテレビ番組の企画

――1993年にスタートして、2001年までの9年間は、岩木山の簡単な絵だったんですよね。これは測量でやってるわけではないですよね。
「はい、このころは縄を山の形に張って、それに沿って苗を植えてました」
1993年−2001年「岩木山」。測量じゃなく、縄で絵を描いていた
1993年−2001年「岩木山」。測量じゃなく、縄で絵を描いていた
ピンと張った縄にそって苗を植えていく。もしかしたらナスカの地上絵の描き方に近いかもしれない。
――で、絵が2002年から進化し始めるわけですけど、そのきっかけは?

「10周年というのもあって、ちょうどNHK-BSのテレビ番組で、村人1000人でなにかやってみるという企画がありまして、そこで田んぼに絵を描いたのがきっかけですね」
2002年「岩木山と月」
2002年「岩木山と月」
――これはまだパースはついてないですね。
「ついてないです。これはたしかマス目に区切って植えていった記憶があります」

――これ見物人けっこう来たんじゃないですか?
「いや、そんなにこなかったです。テレビで放映といってもBSですし、そのころはまだ展望台もお金を頂いたりはしてなかったですね」

――これも山本先生がデザインされたんですか?
「いえ、これは当時小学生だった子供の絵です。で、たまたまですけど、この絵を描いた子が今は役場に就職して働いてます」

――え、すごい。昔絵を描いた田んぼアート、いまは作る方に?
「いや、田んぼアート担当ではないです、今水道課で電話してますけど。……で、翌年2003年がモナリザですね。」
2003年「モナリザ」ぐっと複雑になった
2003年「モナリザ」ぐっと複雑になった
――いままでの岩木山とか稲の絵からガラッと作風が変わっていきなり「モナリザ」というのが不思議ですね。

「11年目の新たなチャレンジという意味で、世界的な名画にあやかって、村も世界に羽ばたきたい……という意図があったかどうかはわかりませんが、有名な絵を再現しようと……予算の関係で田んぼの面積は縮小されたんですが」
――でも、絵画を再現したことによってなにかこう気持ちに火がついたんじゃないですか?
「そうなんです。とくにこのモナリザ、しもぶくれになってしまったという反省点がありまして、来年からは改善しようと、そういう意識がでてきたんです」

――あ、PDCAがまわりはじめた。
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うっかり本番に使われた「モナリザ」

「この年から、美術の山本先生が絵を描いてくださってるんですが、山本先生が、当時の職員と親戚で、顔合わせて飲んでるときに、田んぼに絵を描くという話があって、なんか良い題材ないかと、で、山本先生はこういうのはどう? って、その場でササッとモナリザの絵を描いたんですね、で、そのササッと描いた絵がそのまま田んぼアートになっちゃった」

――あー、だから手の指が三本しかなかったりするのか。

「山本先生は、それがそのまま田んぼアートになるとは思ってなかった。そうならそうと言ってくれればもっとちゃんとしたの描いたのに……ということだったんです」

――下書きのつもりが本番になっちゃった。

「で、山本先生が、じゃあ、次からは遠近法というものがあるから、それをつかって描きましょう、ということになったのが2004年ですね」
2004年「羅睺羅の柵と山神妃の柵」
2004年「羅睺羅の柵と山神妃の柵」
――棟方志功ですね。

「この年から測量をして作ってます、一応このころも遠近法を使って描いてるんですが、まだすこし寝かせたような感じはありますね」

遠近法を導入したとはいえ、まだ完全とはいえない見栄えだったが。これ以降の作品を順番に見ていくと、山本先生の遠近法の技術がだんだん完璧になっているのがみてとれる。
2005年「写楽と歌麿」
2005年「写楽と歌麿」
2006年「風神雷神図」
2006年「風神雷神図」
――2005年とか2006年ごろのを見てみると、右側に「思いやる心」とか「大切ない・の・ち」ってありますけど、これはなんですか?

「これは人権啓発の標語ですね。人権啓発の事業を行うと補助金が出るんです。この頃は展望台もまだ有料じゃなくて、募金という形で運営してましたので、収入源としてはかなり貴重でした」

色が増えるにつれ表現力も格段に向上

――ところで、今の田んぼアートと昔のものを見比べると、今のものは色の数は3色ではないですよね?

「増えてます、昔のものは紫の品種、黄色の品種、そしてつがるおとめの緑の3色でしたけれど、いまは7色使ってます、昔のものを見てると、例えばこの赤富士と神奈川沖浪裏ですけど」
2007年「神奈川沖浪裏と赤富士」いまならもっと……ちゃんと作れる
2007年「神奈川沖浪裏と赤富士」いまならもっと……ちゃんと作れる
「今なら、赤い稲があるので、右側の赤富士は、もっと赤くできたし、左の神奈川沖は波の白いところは白い品種があるのでもっと白くできるなって思いますね」

――色のついた稲の品種が増えて、絵自体の表現力もずいぶん向上してるわけだ。ファミコンがスーファミになったような感じですね。

「この2007年の絵はダイナミックで今でも人気があるんです。で、毎年話題になるんです。もう一回リバイバルでやれば、色がきれいになるからって。でも、それだったら、私はモナリザをもう一回写実的にやりたいと思うんですよ」

――落書きをそのまま本番に使っちゃったから。心残りですよね。

「で、翌年、2008年の恵比寿と大黒。この年から白が追加されました」
2008年「恵比寿様と大黒様」
2008年「恵比寿様と大黒様」
――白が入ると、ずいぶん印象が違ってきますね。

完全に立って見えるナポレオン

「さらに次の年、2009年はナポレオンと戦国武将ですね」
2009年「戦国武将とナポレオン」
2009年「戦国武将とナポレオン」
――これはナポレオンが完全に立ち上がってるように見えますね……すごい。

「ナポレオンの方は本当にうまくいって、今まででいちばん浮き上がってるように見えるかなと思ってます」
完全に立ち上がっとりますな
完全に立ち上がっとりますな
「で、翌年の2010年、この年から、左右を一枚の絵とする描き方になるんです」
2010年「弁慶と牛若丸」
2010年「弁慶と牛若丸」
――ナポレオンもすごかったですけど、牛若丸も完全に立ち上がってるように見えますよこれ。しかも、五条大橋の字の細かさ。すごいとしか……。
稲で文字を表現。米粒写経の真逆だ
稲で文字を表現。米粒写経の真逆だ
「この年から、真っ赤な色の稲が採用されたんです。いままで使ってた赤色の稲は、葉っぱや茎なんかは緑色で、出穂(しゅっすい)した穂の部分だけが赤くて、色がきれいにでなかったんですが、この年から葉っぱも茎も赤い稲を使うようになりました。扇子の日の丸の部分なんかに使われてますね」
赤の発色がよくなった
赤の発色がよくなった
――次の年はかぐや姫ですね
2011年「竹取物語」
2011年「竹取物語」
「これ、最初は竹の部分なかったんです、でも村長が『竹取物語』で竹ねば(なければ)だめでしょといい出したんです」

――ははぁ、なるほど。

「でも他の協議会の委員のひとが、かぐや姫が月に帰るところなのに、最初のシーンがあるとストーリーがめちゃくちゃになっちゃうってモメたんです。でも、結果的に物語だはんで(だから)、作り話だから、入れようということになった入れましたね」

――コラージュということですね。
コラージュ技法を駆使した田んぼアート
コラージュ技法を駆使した田んぼアート
竹の光ってるところや竹自身も、よく見ると2色使ってて芸が細かい。

警備員の指摘で修正

「この竹取物語の絵、かぐや姫の後ろの女官2人いますけど、片方を描いて、パソコンで左右反転させて2人にしたんですね。でそのまま植えたんですが、展望台の警備をしてた人から、女官の着物の合わせが、片方逆になってるって指摘がありまして」いうことですね。
女官の合わせを修正
女官の合わせを修正
――警備員の人、鋭い!
「確かに逆だったんです。なんで、そこの部分だけ植え替えして修正しました」
いったん植えてしまったものでも、細かい修正は可能らしい。
2012年「悲母観音と不動明王」
2012年「悲母観音と不動明王」
「2012年の悲母観音と不動明王ですね」

すごい。

飲み会の席でササッと描いたモナリザだった頃を思い出してみて欲しい、ただごとではないレベルになってきている。

もちろん、山本先生の絵だけではなく、使う苗の種類や、測量、田植えなどの技術もどんどん上がってきているのだ。
――なんだか、この年からまたさらに一段階レベルアップしたようにみえます。
「そうですね、この年からオレンジ色が追加になってますし、白と黒で影を表現できるようになったんです」
顔の部分影の表現や色使いが格段にきれいに出ている
顔の部分影の表現や色使いが格段にきれいに出ている
――不動明王が、まっすぐなんで、逆に後ろに建ってる小屋がゆがんでるようにも見えます。すごい。
前年の東日本大震災を受けての「悲母観音」だそうです
前年の東日本大震災を受けての「悲母観音」だそうです
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村長のトップ会談で図柄が決定

2013年「花魁とハリウッドスター」
2013年「花魁とハリウッドスター」
――題材が「悲母観音」から2013年は「花魁とハリウッドスター」というのもすごいですね。自由にやってる感があって。

「この花魁は、前年に田んぼアートを見に来られた梅沢富美男さんと村長が面談をしたときに、村長がぜひ来年は花魁に、ということで決まったんです。ですから、花魁のモデルはいちおう梅沢富美男さんです」

――トップ会談で来年の図案が決まったわけですね。

「で、実はこれが過去最高に難しかったんです」

――着物の柄ですよね。やっぱり細かい柄は難しいんだ。
すげえ細かい! これ、全部稲なんだぜ!
すげえ細かい! これ、全部稲なんだぜ!
拡大してみてみると、サイズ感を見失ってしまうが、この花魁、テニスコートぐらいの大きさがあることを念頭に置いて見て欲しい。きれいな柄の絨毯ではない、ぜんぶ稲だ。

モンロー財団から電話が……

「日本の花魁に対して、右は世界のセックスシンボルとして、マリリン・モンロー風の、ハリウッドスターです」

――世界のセックスシンボルですか。

「私共も権利関係がどうなってるのか調べたんです。いちおう題材となった映画「七年目の浮気」の著作権は切れてるので、問題はないとなったんですが、アメリカにモンロー財団というものがあるらしいので、あくまでハリウッドスターということにしたんです」

――なるほど。

「すると、日本でマリリン・モンローの著作権を管理しているという団体から連絡がきたんです」

――えっ!

「あなたたちは、マリリン・モンローを使って田んぼアートをやっているけれど、非常にできが良いので、ぜひ写真をくれと」

――あー、びっくりした。クレームとかじゃなくて、写真をご所望されたんですね。結果良かったですね。
写真を求められるほどの出来栄え
写真を求められるほどの出来栄え
「できとしては確かにすごい、スカートなんかの影の部分は点描なんですよ」

――点描! 写真ぽい影の付け方が開発されたんだ。進化の瞬間を目撃した感じするなあ。

「で、マリリン・モンローはさいしょ足が太かったんです。そのへんはあとで植え替えなんかをして微妙に調整しています」

――あとからの微妙な調整ができるんですね。

「女官の合わせが逆みたいな細かいところは直接田んぼに入って修正できるんですけれど、足なんかの大きな修正は、展望台から指示を出しながら植え替えしたりするんです」

「で、この年から、第二会場での田んぼアートが始まったんです」
第二会場とは、田舎館村の村役場から少し離れた道沿いの、道の駅にある専用の水田のことだ。
2013年・第二会場「七福神とマジンガーZ」(C)永井豪/ダイナミック企画
2013年・第二会場「七福神とマジンガーZ」(C)永井豪/ダイナミック企画
――唐突にマジンガーZが入ってますね。

「これは、全国で田んぼアートを行っている団体が統一して、田んぼアートに使える版権ものを毎年決めて使ってたんですが、田舎館村はこの年からこの第二会場で使うようになったんです。ただ、七福神というのはもう決まっていたので、右側に入れるような形で入れました。七福神を守るマジンガーZですね」

「で、次の年2014年からは、第二会場は版権ものの田んぼアートを行うことになったんです」
2014年・第二会場「ウルトラマン」(C)円谷プロ
2014年・第二会場「ウルトラマン」(C)円谷プロ
――これは、元の絵は向こうが描いてくるんですか?

「いえ、これは山本先生が描き起こしたんです。で、円谷プロにチェックしてもらったんですが、まず、ウルトラマンは飛ぶときにこんなに腕を広げないと」

――はー、なるほど。

「もっとこう両腕を顔に近づけた飛び方をすると、でも、それだと顔が隠れちゃうんで、そこは勘弁してもらったんです、その他、模様など細かいところのチェックはいっぱいありましたね」

文字も変わってくる

「ちなみに、2014年の第一会場は『富士山と羽衣伝説』、2015年は『風と共に去りぬ』ですね」
2014年「富士山と羽衣伝説」
2014年「富士山と羽衣伝説」
2015年「風と共に去りぬ」
2015年「風と共に去りぬ」
――もう、最近のものは、文字もゴシックから明朝になってますね。

「米のPRが目的ですから、青天の霹靂をPRしないわけにはいかない。でもこれ発売前だったんで、わからなかった人が多かったみたいで、たしかに何なのかわからないですよね」

――あぁ、たしかに、米の名前っぽくないですよね、青天の霹靂。そういうタイトルの映画? って思いますね。

絵優先!

「この年のスカーレット・オハラ、ちょうど鼻の部分が畦畔(けいはん・田んぼのあぜ道)にどうしてもかかってしまうので、切っちゃったんですよ」
どうしてもあぜ道が邪魔に→あぜ道を切っちゃった
どうしてもあぜ道が邪魔に→あぜ道を切っちゃった
――そんなことしていいんですか……。

「あぜ道を切っちゃったので、もちろん、水が流れ出ちゃう。でも、そこは薄い板を仕切りにして止めて、なんとかしのぎました」

――あくまで絵優先なんですね

「絵優先という話で言えば、ちょっと遡りますけど、2006年は電柱あるんですけど……2007年は」
左2006年、右2007年。電柱とった!
左2006年、右2007年。電柱とった!
――あ! 電柱が無くなってる。

「そう、電柱とっちゃったんです」

――これ、とった部分どうしたんですか?

「たしか、迂回したのかな」

――そのうち道路もとりそうですね

「それはよく言われるんですけど、生活道路なので、ここはとれないんですよ」

真田丸

――そして、2016年、真田丸。
2016年「真田丸より 石田三成と真田昌幸」
2016年「真田丸より 石田三成と真田昌幸」
「これ、何も知らないお客さんに、草刈正雄はよく似てるけど、真田幸村が似てないって言われて……」

――たしかに、昌幸がいたら、もうひとりは幸村だって思いますよね。なんで石田三成がこんなにでかいのか。

「石田三成は、子供が津軽藩に保護されて、後に津軽藩士となって、家系が続いていて、いまでも子孫の方が青森にお住いです。だから大きいんです」

――もうこれ、写真みたいになってますね。

「これは、もとの写真をNHKから提供してもらいまして、それを山本先生に絵に起こしてもらいました、だから、写真といえば写真ですね」

写真のような田んぼアートをみるにつけ、絵の精密さはすでに行き着くところまで行っているのではないか。
もしかしたら、今後、QRコードやARマーカーの形に稲が植えられるようになるかもしれない。

ワクワクしかない。

「へー」から「すげー」へ、進化し続ける

25年ほどまえ、田舎館村でほそぼそと始まった「田んぼアート」は、いまや一年間に34万人が訪れるという人気イベントに成長した。

最初はとても簡素だったものが年を追うごとに洗練され始め、ついには、日本各地で行われている田んぼアートの中では、他の追随を許さないほどのレベルに達してしまっているのが面白い。

今から10年ほど前、田舎館村で、田んぼに稲で絵を書いていると聞いて、田んぼアートの写真をみたときは「へー」ぐらいだったのだが、近年は「すげー」というほかないことになっている。

田んぼアートは、ずーっと変わらない建物や自然などと違って、毎年変わるものなので「一回みたからいいや」というわけにはいかない。
前に見たときよりも、できの良いものになっている可能性があるので、見逃せないのだ。

はたして、今年はどんなものになるのか、いまから楽しみだ。
昨年の田んぼアート移り変わり
昨年の田んぼアート移り変わり
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