東海道沿いに100年続く伝統の蔵
やってきたのは滋賀県甲賀市にある美冨久酒造。
道を挟んでいかにも酒造という趣の建物が建っています。最寄り駅からは歩いて15分ぐらい。
こちらが蔵の4代目、代表取締役社長の藤居さん。販売開発本部長で商品企画、デザインを担当する村田さん。今回持ってきたネーミング案は、企画を担当する村田さんに見ていただきます。
左が藤居さん。右が村田さん。今日はよろしくお願いします。
百年続く伝統ある蔵です
ネーミング案を見ていただく前に、まずは蔵の基本情報を少し。
来年で創業100年。
美冨久酒造は琵琶湖の南側、東海道沿いの滋賀県甲賀市水口町にあります。この付近は滋賀県内でも酒造りが盛んな地区で、滋賀県内の酒蔵の3分の1ぐらいがこのエリアで酒造りを行っています。
仕込みの最中なので手前の階段から撮影。1シーズンにこのタンクで4、50本ほど仕込みます。
創業は1917年(大正6年)。来年で100年を迎える歴史ある蔵です。年間およそ1300石(1石=180リットル。1升瓶100本)仕込んでいます。
美冨久山廃純米純酔紫霞と美冨久山廃純米酵房三年熟成酒。どちらも米の旨味と力強い酸味が特徴的ないい酒です。
代表銘柄は蔵の名前でもある「美冨久」。美冨久酒造はそのほとんどの酒を山廃仕込みで造っています。
山廃仕込みは「山おろし廃止もと仕込み」の略で、自然の菌を呼び込んで作る、高い技術が必要な昔ながらの製法。仕込みに時間がかかり、旨味が十分に感じられる力強い味わいとなります。
そして、もう1つの銘柄が「三連星」。4代目が立ち上げた新しいブランドです。
三連星で黒地に紫といったら、もうジェットストリームなアレしか思い浮かばない。
蔵人3人を中心に醸す三。種類を純米大吟醸、純米吟醸、純米酒の3種類を中心に出していく三。各種類の中に無濾過生原酒、特別限定、季節のお酒の3タイプを出していく三。100周年を目前に過去三代の蔵元に敬意を表しての三。三がずっと連なり星のごとく輝ける酒を目指してつけられた名前がこの「三連星」。
そのように蔵のホームページには書いてあります。美冨久の力強さと共に、果実を思わせる爽やかさなどもあり、幅広い層に人気のあるいい酒です。
そして、こちらの日本酒はある特定の層にも人気があります。それがこちら。
4代目自ら試飲会会場でアピール。
村田さんや社員の方も。
蔵のイベントでも社員総出で。
飲食店での出張イベントでも。
ガンダムファンです。ファーストガンダム世代の40代男子ならば説明するまでもなく、ジェットストリームアタック。ガイア、オルテガ、マッシュの黒い三連星。そこからガンダムファンにも知られる銘柄となっています。
前掛けもこんなデザイン。出来上がる酒も輝く旨さです。
蔵の人がノリ過ぎで、どこからか怒られやしないかやや心配ですが、そんな伝統の技に培われた確かな味と、若手の勢いが面白い注目の酒造です。
蔵見学もできます
また、美冨久酒造では蔵見学にも対応しています。
売店内部や蔵見学のスペースは蔵人総出で手作りしたそうです。これは使わなくなった酒を絞る古い道具をテーブル代わりにしたもの。
蔵人に案内されて売店横の階段をあがると蔵で使われていた古い道具などが飾られた小部屋に出ます。
桶や甕、打栓器など色々置いてあります。
部屋を抜けて奥へ進むと、仕込みを行っている蔵の二階部分に出ます。
造りの時期なので、ここから先は手の消毒とヘアキャップ着用が必要です。
タンクを見るときは物を落としたりしないよう細心の注意が必要です。
奥には広いスペースもあり、そこで日本酒作りの説明などもしてもらえます。ただし、蔵人の手が空いている時に限ります。訪問の際には必ず一度電話などで確認してください。
どこの蔵でも言えることですが、最近は突然訪れて蔵を見せて欲しいという人がいるそうです。手が空いていれば対応してくれる場合もありますが、家族でやっているような小さな蔵ではそれも難しい。
ここからもタンクを覗く事はできます。
酒蔵は観光施設ではありません。仕事場です。もしあなたのオフィスに突然、仕事に興味があるから中を見せてくれと言ってきた人がいたとしたら、まず断るはずです。それでも蔵の方は快く迎えてくれます。そういう事を踏まえて蔵見学について問い合わせましょう。
また、蔵見学の際には色々なマナーもあります。蔵によって差はありますが、納豆のような強い菌を持った食べ物を食べてきてはいけないとか、香りの強い香水などはつけていてはいけない、風邪など体調の悪い人は不可等色々有ります。事前にそういうことをよく確認してから訪問してください。
100周年記念の特別仕込みの日本酒
それでは、今回ネーミング募集されている日本酒についてです。
美冨久酒造創業100年を記念して作る特別な日本酒で、美冨久にちなんて、32.9%まで精米します(67.1%は磨き落とす。多く磨くとより清んだ味わいになる)。滋賀県産山田錦を全量使用し、伝承山廃仕込みで仕込む純米大吟醸酒です。
予定販売価格1升(1800ml)で15,000円。4合(720ml)7,500円とかなりハイスペックな日本酒となります。
美冨久百年の歴史に名前が刻めるかもしれない。
ネーミング企画の詳細については美冨久酒造のこちらのページに詳しく出ています。こちらのページから応募も可能です。
今のところ、採用された方には商品現物と、内容は未定ですが副賞も出る予定とのこと。また、採用から落ちても蔵人特別賞的なものも考えているそうで、自由な発想の力作、自信作、ひねくれ作を広く募集しているということでした。
それは良かった。持ってきたネーミング案は、全体的にアレでアレな感じなので……
持ってきたネーミング案の一部。あのノリの蔵人なら怒らず聞いてくれるだろう。
どんな感じのものが応募されているのだろうか?
まず、持ってきた案を見てもらう前に、既に応募されているものを幾つか見せてもらいました。
「美」「百」は多め。
美冨久の「美」が入っていたり、百年記念の「百」が入っていたり。漢字を使ったものだと、このどちらかの文字を使ったものが多くありました
「百」と書いて「もも」
「百美冨久」と書いて「ももみふく」と読ませるなど、百を別の読み方に変えて何かとつなげた作品もありました。
英語を使った応募もアリ。
文字数、日本語、英語などの制限はないので、英語を使った作品もあります。作品の幅は、日本酒の概念にとらわれずかなり広めです。
漢字だけで構成されたネーミング案
それでは、傾向が分かったところで、デイリーポータルZライター陣から出た案を見てもらいます。
まずはこちら。
山廃純米大吟醸 稟議
ライター大北さんからの案。かたそうなのがいいんじゃないか。会社で酒を贈ったりすることもありそうなので、ウケもいいのではないかという理由だそうです。
さあ、どうでしょう?
言葉を失う村田さん。稟議は通らなそうだ。
村田「稟議ですか・・」
馬場「やはり稟議だとネーミング案として通りづらいですよね。稟議だけに。」
村田「・・・・」
まずい。いきなり激しい変化球を投げてしまった。次はこれでどうだ。
山廃純米大吟醸 記念日
山廃純米大吟醸 百周年
百周年記念そのままに百周年で直球勝負です。さあ、どうでしょう?
この後もこんな案が続きます。
村田「日本酒の名前に漢字2文字とか3文字のものは多いですけどねえ。これをどう使うか。」
さすがにこれは直球過ぎたか。ならばもう少しひねってこれはどうだ。
山廃純米大吟醸 仙地百合(センチュリー)
ライター伊藤さんの案。100年で1世紀。それでセンチュリーなのか。これに乗って私もこちらの案を出してみました。
山廃純米大吟醸 禁愚弾無(キングダム)
禁じる愚かな弾は無しでキングダム。なんとなく、仏血義理(ぶっちぎり)的な力強さを表してみました。これはどうでしょう?
可能性は有るようだ。
村田「禁はちょっと。でも、まあもっと何かひねれば何か使えるかもしれないですねえ」
おっ、この路線は脈ありか。いや、近江商人の優しさか。いずれにしろ、日本酒の名前だからといって、漢字数文字のみで構成されるような名前でなくてもいいそうです。
でも、訴えかけるインパクトはある方がいいでしょう。
商標に引っかかりそうなのは避けましょう
続いて出したのがこちら。
山廃純米大吟醸 バレンチノ
山廃純米大吟醸 スーパードライ
こちらはウェブマスターの林さんより。大辛口と書かれた日本酒はあります。
山廃純米大吟醸 お~い酒
ライター伊藤さんからの案。お茶メーカーのアレですね。そのまんまです。
商標にかかるものは除外されます。
馬場「こういう系統のはやはりマズいですよね。」
村田「まあ、応募してもらうのはいいですが、募集のところにも商標等の関係で使用できない場合もあると書いてあるので。」
馬場「ですよねー。」
ネーミング案の募集要項には「商標等の関係で使用できない場合もございます。その場合は除外となりますのでご了承ください。」と書かれています。応募する際には商標に注意しましょう。登録された商標は特許庁のホームページで調べられます。
同様に、日本酒の名前に日本酒と入っているようなものも、色々あって商標的に難しいので避けた方がいいです。どちらも編集部安藤さんの案。
滋賀県だからといって琵琶湖にこだわることはない
続いてはこちらの2つ。
山廃純米大吟醸 大いなる琵琶
山廃純米大吟醸 琵琶の皇帝
どちらもライター伊藤さんの案。滋賀県といえば琵琶湖。広島の日本酒で「夜の帝王」というのもありますし、琵琶の皇帝でもいけそうです。
琵琶湖への想いはそれほど強くないそうです。
村田「いい案ですね。でも、うちの蔵は琵琶湖から離れているし、あまり強くは琵琶湖をおしてはいないんです。」
美冨久酒造のある滋賀県甲賀市は、琵琶湖に接しておらず割と離れているので、琵琶湖への想いは比較的薄いようです。滋賀県の酒ですが、琵琶湖を意識したネーミングでなくてもいいようです。
山廃純米大吟醸 はぐれ杜氏純米派
ライター玉置さんの案。ドラマのタイトルのパロディでしょうか。百周年要素は無いですが、インパクトはあります。
ちょっとネタが古かったか。
村田「ドラマですよね。今の若い人わかるかなあ。」
案としては悪くないようですが、やはり今の時代を取り込んだネーミング案の方がいいようです。ついでに言うと、美冨久酒造の杜氏の方は社員なので、はぐれてはいないでしょう。
もうあの路線で攻めてみよう
色々出したところで、最後はこちらの路線で攻めてみます。
山廃純米大吟醸 百式
ガンダム路線です。
ライターのクリハラタカシさんの案。ガンダムシリーズの中に「百式」という名前のモビルスーツ(ロボット)が出てきます。三連星でガンダムファンに知られているならば、百周年だけに百式でどうだ?
そりゃこの路線多いですよね。
村田「これはもう色々来ていますね。○○百式とか、百年式みたいなのとか。」
おっと、ベタだったか。では、少し変えてこちらはどうだ。
山廃純米大吟醸 あれはいいものだ
こちらもクリハラタカシさんの案。ガンダムの中では様々なキャラクターが放つ名台詞がありまして、こちらもその一つ。マ・クベというキャラクターのセリフです。どういう時に言ったのかは検索すれば直ぐに出てきます。
山廃純米大吟醸 美冨久はあと百年は酒を造れる
そして、これに合わせて私もこんな案を出してみました。同じくマ・クベというキャラクターの言ったセリフ「ジオンはあと10年は戦える」から。
3行はラベルに書くには長すぎか。
村田「いいですが、これだとちょっと名前にするには長すぎますね。」
ネーミング募集では字数の制限はないです。とはいえ、ラベルに書くには限界があるので、あまり長すぎるのは向かないようです。
では、私の出したこんな案も難しいでしょうか?
山廃純米大吟醸 造ったね!親父の親父も造っていたのに!
ガンダムのアムロ・レイのセリフ「殴ったね!親父にもぶたれたことないのに!」より。
村田「名前には難しいけれど、ポスターを作る時のキャッチコピーとかには使えそう。名前になるのは大賞だけですが、他にも賞を考えているんで自由に応募してください。」
使えなさそうな案ばかりですが全部応募案として受け取っていただけました。ありがとうございます。
他にもニュータイプ、創立記念日、百年の解毒、百足、コロニー落とし、刺身、百鬼丸、おつとめ品など、採用される率が極めて低い案を持っていきましたが、ひとまず全部受け取っていただけました。
もしかしたら今回持って行った案から選ばれる・・・だろうか?
日本酒はもっと自由に選んで飲んでみよう
近年、日本酒の蔵は世代交代が進み、若手の蔵人が作る酒造が増えています。その中で、造り方、ラベルデザインや名前、販売方法など、伝統を守りながらも新しい手法を積極的に取り入れている蔵が多く出ています。
そのため、今の日本酒は味の幅が大変広く、様々なタイプのものを気軽に楽しむことが可能です。人気や話題の酒を追いかけるのもそれはそれで楽しいですが、ちょっと冒険してまだ体験したことのないものに挑んでみると、新たな発見があるかもしれません。
選ぶ切っ掛けは名前買い、ジャケ買いで大丈夫。1本買って失敗するのが怖いならば、色々飲める飲食店に行って見たこと聞いたことない銘柄を試してみると面白いです。
とはいえ「山廃純米大吟醸 禁愚弾無」は誰も選ばないだろうなあ。「山廃純米大吟醸 造ったね!親父の親父も造っていたのに!」は、お好きな人なら頼んでくれるだろうか。皆さんも、ネットから応募可能なので、思いついたら応募してみてください。100年の歴史に名が刻めるかもしれません。
せっかく蔵まで行ったので蔵でのみ販売している日本酒買って帰りました。美冨久純米吟醸Gold mifuku。滋賀県名産子持ち鮎の甘露煮と共に。うまかったです。