特集 2016年10月26日

野付半島でサケ漁体験

北の海にはすごいのが入ってる!ドササーッ!
北の海にはすごいのが入ってる!ドササーッ!
近年、秋になると遡上するサケを見に北海道を訪れていたが、ついに遡上する前のサケ漁を見る機会にめぐまれた。わーい、やったーとしか言い様がない。
1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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幸せは足元に

私のすぐ近くにサケ人脈が存在したのを知ったのは今年の春。
カルト記事「ドライヤーがかっこいい!」でお世話になった美容院「アミー」で美容師の高山さんから床屋政談もほどほどに発せられた言葉がきっかけである。
人生でただ1回、ドライヤーをかぶった記事です。
人生でただ1回、ドライヤーをかぶった記事です。
「そういえば友達が北海道の野付半島で漁師してるんだよねー。あ、後ろ髪こんな感じでいいですか」
後ろ髪はオッケーです。しかし漁師の話はおだやかでない。詳しく聞かせてください、なんなら散髪やり直します。
こうして紹介を受け、北海道の後ろ髪というよりは寝ぐせのような野付半島までサケ漁を見に行った。

北のゴルフ漁師、登場

野付半島は知床半島と根室半島の中間でオホーツク海に突き出た釣針状の砂嘴(さし)である。
根元までが標津町、そこから先っぽまでが別海町に属する。
地図で見るととにかく細いが、実際は2車線の道路がしっかり走っている。
文京区の路地とかより遥かに雄大。
文京区の路地とかより遥かに雄大。
少し踏み外せば海にどぼん、手を広げておっかなびっくり平均台の上を歩くみたいな細さを想像していたのだが、スケール感覚の乏しさ故の勘違いだった。
トドワラ(立ち枯れたトドマツ)の最果て感がものすごい。
トドワラ(立ち枯れたトドマツ)の最果て感がものすごい。
この野付半島沿岸に船を出し、サケ漁を営んでいるのが小崎豊(こさき ゆたか)さん。半島の向かい、尾岱沼港町に住む代々漁師の家系である。
仕事中のお姿。私より年上なのだがとにかく若々しい。
仕事中のお姿。私より年上なのだがとにかく若々しい。
趣味のゴルフはもはや趣味の域を超越し、ライフワークとなっている。最近の悩みは近くのゴルフ場の閉鎖が決まり、手軽にゴルフをやる場所が無くなる事だった。
しょうがないから自宅を改造してシュミレーターを設置した。どこに出してもはずかしくないゴルフジャンキーだ。
しょうがないから自宅を改造してシュミレーターを設置した。どこに出してもはずかしくないゴルフジャンキーだ。
「どう?1ホールやってく?」
--いや、僕が打ったらどこに飛ぶかわからないんでプロゴルファー祈子(古い)みたいにボールが凶器になりますよ。いきなり根本的な事をお聞きしますが、サケ漁ってどうやるんですか?
「定置網っていう、でかい網を仕掛けておいて、そこに入ってくるサケを捕まえます。野付半島に行ったなら海にブイが浮かんでたでしょ?」
--あーありました、国後島の前あたりに。あれが定置網でしたか。
そう、野付半島の16km向こうには北方領土の国後島があるのだ。
そう、野付半島の16km向こうには北方領土の国後島があるのだ。
網の形はこんな感じ。標津サーモン科学館の展示物より。
網の形はこんな感じ。標津サーモン科学館の展示物より。
一部拡大。サケは網に沿って①?⑤のルートで進み、出られなくなる。
一部拡大。サケは網に沿って①?⑤のルートで進み、出られなくなる。
--なるほど、つまり漁に出るというのはその定置網まで船を出して、網にかかったサケをとるという事ですね。
「そうそう、船を停めて、網をガーってたぐりよせるわけ。網を起こすっていうんだけれども」
網を起こすの図。
網を起こすの図。
--漁期はやっぱり秋なんですよね。
「9月から11月で最盛期は10月あたまくらいかな。6月から9月まではずっと漁の準備をしてるんだよね」
--準備に3ヶ月かかるんですね!
「そう、網の修理とかメンテナンスで。経費だってウン千万(金額聞いたけどびっくり)かかってるから」
--ちなみにサケ以外は何の漁をしてるんですか?
「昔はウニだけど今はホタテだね。稚貝を撒いて、育ててとるんだけど、たしか殻があったかな」
でかい!貝柱はパルテノン神殿くらいあるんじゃないか。
でかい!貝柱はパルテノン神殿くらいあるんじゃないか。

寝ないで漁に出るのがトレンド(違)

ビールなんかをいただきながらよもや話に花が咲き、気がつくともう夜の12時を回っていた。
--あ、もうこんな時間ですね。明日って何時出発でしたっけ。
「出港が2時だから今から寝て1時半くらいに起きればいいかな」
--ちょっと!あと1時間じゃないですか!
「大丈夫だってそんなの」
甘いマスクのナイスガイとはいえ、相手はやはり漁師町の男だという事を忘れていた。
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さあ、野付の海へ

眠ったような目を閉じただけのような1時間がたちまち過ぎ、いよいよ出港である。
船の名は「第三十八大洋丸」。兄弟舟みたいなのじゃなくてよかった。
船の名は「第三十八大洋丸」。兄弟舟みたいなのじゃなくてよかった。
--いつもこの時間に出港するんですか?
「いや、野付は潮の流れが速いから、潮目なんかを見て出港を早くしたり遅くしたりする。2時の時もあればもっと早く出る時もあるし、逆に朝6時くらいになる事もあります。このへんは標津とかと違うね」
防水具を準備して船室へ。
防水具を準備して船室へ。
船に乗るのは11人。「番屋」と呼ばれる組織で船や網を共有し、水揚げもこのメンバーで分配される。今日は私が乗り込んで「12人いる!」となるわけだ。

船は港を出て野付半島の先に仕掛けてある定置網へと向かう。片道40分程の航行である。
ざっくりしたルート。港を出て半島の外海側を目指す。
googleマップの航空写真に定置網が!
到着まで待機。ドキドキ。
到着まで待機。ドキドキ。
狭い船室にエンジンの振動が響く。波はいたって穏やか、いわゆる凪(なぎ)というやつだ。この時間を利用して気になっていた事を小崎さんに聞いてみた。
--あのー、野付半島って国後島に近いですよね。
経済水域的にはなんていうか、隣り合わせですよね。
「向こうまでは16km、中間点の8kmまでが漁業できる範囲だね」
--向こう(ロシア)の漁船とかとトラブルになったりするんですか?その..侵犯的な…。
「いやあ、今はそういうのは全然ないでしょ。向こう側の方がよくとれてるだろうからこっち側にも来ないしね、まあ昔は(ゴゴゴゴゴゴゴ….)」
やばめな話をエンジン音がかき消すと(そういうことにしておく)、皆が甲板へと出て行った。
誰が何を指示するでもなく、それぞれの持ち場にすっと移動する。
誰が何を指示するでもなく、それぞれの持ち場にすっと移動する。
仁王立ちで仕事に備える。かっこいい。
仁王立ちで仕事に備える。かっこいい。
皆の視線の先には暗い海に向かって網の存在を示す黄色いブイが滑走路の灯火のようにまっすぐに伸びている。この網をこちらにたぐりよせて先端にたむろしているサケをゲットするのだ。
水産資源へと続く北ウィングや!
水産資源へと続く北ウィングや!
船が停止するとロープを回して船体を固定、網の巻き取り準備などが手際良く行われる。
船が停止するとロープを回して船体を固定、網の巻き取り準備などが手際良く行われる。
機械で巻き取りながら皆で網をたぐり寄せる。早すぎず、遅すぎず。
機械で巻き取りながら皆で網をたぐり寄せる。早すぎず、遅すぎず。
魚影がうっすら見えて来た!興奮!
魚影がうっすら見えて来た!興奮!
あとは船にどばどば積むだけなのだが、なんせ体長1m近く、重さは4~5kgにもなるサケを何百匹と船に取り上げるのだ。人の手でいちいちやっていたら瞬く間に椎間板ヘルニアを発症し、労働意欲は減退してしまう。そこで、船の中央に据えられた立派なクレーンが活躍する。
魚を取り出すためのでかいタモ網がクレーンに付けられて…
魚を取り出すためのでかいタモ網がクレーンに付けられて…
サケを迎え入れる儀式のように甲板中央の扉が開かれる。
サケを迎え入れる儀式のように甲板中央の扉が開かれる。
たぐりよせた網をつり下げて、ここからサケをすくい取る。
たぐりよせた網をつり下げて、ここからサケをすくい取る。
クレーンのタモ網が突っ込まれると…..来た!てんこ盛りのサケ!
クレーンのタモ網が突っ込まれると…..来た!てんこ盛りのサケ!
ライトに肢体をきらめかせ、水しぶきを散らせる。もうなんか神々しくさえある
ライトに肢体をきらめかせ、水しぶきを散らせる。もうなんか神々しくさえある
はずれ無しのUFOキャッチャーのように次々と大量のサケが運ばれる臨場感がとにかくすさまじい。一匹一匹がでかい魚ですよ、すごくないですか。魅了されすぎてこのシーンをひたすら集めた動画を作ってしまった。
ずっと見ていたい。
そしてサケは魚倉にたまる(大澤誉志幸みたいな感じで)
そしてサケは魚倉にたまる(大澤誉志幸みたいな感じで)
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海のサケを眺めよう。

遡上前のサケは今まで川で見て来たものとちがい、体に傷もなく、体の色も銀色に美しくきらめいている(銀毛)。川に近づくにつれ、体色は褐色とムラサキのまだらのような模様(婚姻色)へと変化してゆく。これを「ブナ化」と呼び、ブナ化が進むほど市場ではランクが落ちる。
バリエーションぽい並び。一番右が銀毛に近い。
バリエーションぽい並び。一番右が銀毛に近い。
目が怖くて申し訳ないがこれもかなり銀。左のブナ化が少し進んだもののほうがいわゆるサケっぽさがある。
目が怖くて申し訳ないがこれもかなり銀。左のブナ化が少し進んだもののほうがいわゆるサケっぽさがある。
これが遡上時。本当に同じ魚かと思う程に違う。あいつは都会の色に染まっちまったみたいな感じか(違う)
これが遡上時。本当に同じ魚かと思う程に違う。あいつは都会の色に染まっちまったみたいな感じか(違う)
もちろんがんばって遡上してブナ化したサケも素敵だ。サケ目線ではむしろこっちが勝ち組だよね、って何に気を使っているんだ私は。

10円だったサケ

定置網は3カ所、それぞれの網で左右から魚を取り出すのでこの一連の作業は計6回行われる。
かっこいい操舵室。
かっこいい操舵室。
足元にこぼれたサケ達が飛び上がらんばかりにビチビチ体を振っている様は、素人目には絵に描いたような豊漁に見えるけど、実は今年は過去最高級に不漁らしい。たむ息まじりの小崎さん。
「いや、3年前に過去最低だったんだけど今年はそれ以下のペースだわ」
みんな片手でひょいひょい持ち上げるのでマネして持ってみたが「さわんなボケ、平社員が!」とばかりにすごい力で振りほどかれた。
みんな片手でひょいひょい持ち上げるのでマネして持ってみたが「さわんなボケ、平社員が!」とばかりにすごい力で振りほどかれた。
ただ、今日は今年の中ではとれているらしい。よかった。
「昔はね、とれすぎて網ひとつかふたつ起こしたら一杯になって帰ってきちゃった事もあったけど今はそういうのはないね。」
--一杯って、このでかい魚倉がですか?
「いや、そんなの余裕ではみ出しちゃってるよ、一杯って船が、船そのものが。甲板まで魚だらけになるのよ」
--ブリューゲルの絵みたいに、いや、そんなもんじゃないか。
これがあふれる状態…見てみたい。
これがあふれる状態…見てみたい。
「魚積みすぎて船の吃水ががつんと下がって潜水艦みたいになってね、単価も下がっちゃってオスの値が10円しかつかなかった時もあったよ」
--10円!チロルチョコじゃないですか。

サケ以外もいらっしゃい

この網にかかるのはサケだけではない。
ブリやコマイ、カジカ、アンコウ、2mを超すマンボウがかかった時はさすがに記念撮影をしたという。
コンパクトなブリがかかった。
コンパクトなブリがかかった。
今回異様なほど大量に同居した珍客はこちら。
つぶあんの汁粉みたいになってるが、これ全部アカクラゲである。
つぶあんの汁粉みたいになってるが、これ全部アカクラゲである。
甲板が一時ゲルゲル状態に。
甲板が一時ゲルゲル状態に。
いつもはここまで大量にクラゲがかかることはないらしい。
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荷揚げも見せてもらった

6つ目の網を起こした時には空も白みはじめ、漁港まで引き返す。
うそかと思うほどに美しい朝焼け。
うそかと思うほどに美しい朝焼け。
これではいよ、お疲れさんというわけではなく、今度はサケを船から荷揚げする作業が待っている。
野付漁港の建物、ロゴがかわいい。
野付漁港の建物、ロゴがかわいい。
ケースもかわいい。
ケースもかわいい。
船から運びだされたサケはここで仕分け、計量される。
クレーンで魚倉から取り出し、レーンに乗せる。
クレーンで魚倉から取り出し、レーンに乗せる。
少し傾斜がかったレーンをエアホッケーのように次々と滑り下りてくるサケをキャッチして瞬時にオス、メス、そして品質を見分ける。
はやい!なんという目利き!
はやい!なんという目利き!
遡上前でただでさえ見分けにくいのに、この早さで性別を見分けるのは素人(いちおうサーモンマイスター3級だけど…)の私にはかなり困難である。
「腹を触れば卵があるからそれでわかるよ」
なるほど、新しい知見を得た、って私にサケの腹を触診する機会がそんなにあるのか。
仕分けされたサケは計量したあとそれぞれのコンテナに移される。写真はメスのBランク。
仕分けされたサケは計量したあとそれぞれのコンテナに移される。写真はメスのBランク。
オスとメスは前述した体色の状態などからさらにGA(Gは銀)とBランクに分けられる。
みごとオスの「GA」にランクされた皆さん。
みごとオスの「GA」にランクされた皆さん。
残念ながら「B」となった皆さん。
残念ながら「B」となった皆さん。
そしてどちらにも不適合だった方々。ケースに首を突っ込んでいるのが哀しい。
そしてどちらにも不適合だった方々。ケースに首を突っ込んでいるのが哀しい。
仕分けが終わるとカバーをかけて所定の場所へ移動。
仕分けが終わるとカバーをかけて所定の場所へ移動。
時間は6時30分、約4時間半の漁が終了、サケ達は競りにかけられ、出荷されてゆく。漁師たちは帰路につき、次の漁に備える…備えるんですよね?
「いつもはこれからゴルフ行っちゃうんだけど今日は2日寝てないからやめとくわ」
じつに賢明です。って2日寝てないんですか。
今後の豊漁と小崎さんのアルバトロスを祈りながら帰路についた。
大洋丸の甲板ですべってコケそうになっていたオオセグロカモメ。
大洋丸の甲板ですべってコケそうになっていたオオセグロカモメ。

思わぬところで実現した遡上前のサケ見学、泳いで経済水域を越えたくなるほどの(ダメです)エキサイティングな体験だった。
乗組員の方に「あんた漁師になるか?」と聞かれ、たった1日の体験で軽薄にも「はい!なれますかね?」と答えてしまったが「その手つきじゃダメだな」と即座に夢から覚ましていただいた。普通の会社員に戻ってエクセルの網を操り、いただいたサケやコマイを食べよう、私には私の海があるのだ(何か言った気になっておわります)
男前な銀毛をいただきました。
男前な銀毛をいただきました。
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