とりあえず会場の下見をしよう
私が参加させてもらったハローブックスというのは、「本となかよくなる」をテーマにしたイベントで、佐渡島のすっごい山奥にある廃校を利用して行われる。
出演者は島外の方がほとんどで、絵本作家、イラストレーター、写真家、音楽家などが、海を渡って佐渡の廃校までやってきて、展示やワークショップをおこなうのだ。
大人たちが本気を出して楽しむ豪華な文化祭。今回のメインゲストは平野レミさんで、前回は谷川俊太郎さんだった。
前回のハローブックスの一コマ。詩人の谷川俊太郎さん、写真家の川島小鳥さんの公開打ち合わせ。
去年はイベントの取材で訪れたのだが(
こちらの記事)、今年は縁あってラーメン作りのワークショップをやらせていただくことになった。そこに私が出演者として参加していいのかしらという気もしたのだが、やりたいのでやらしてもらおう。
イベントは9月20日、21日の二日間。己の経験不足を補うにはやはり下準備が大切だろうということで、まず7月に実行委員の方々と会場の下見へやってきた。
ここがイベント会場となる旧川茂小学校。
ちなみにイベント出演を誘われたのは、5月に来島したときに実行委員長とラーメンを作って遊んでいた時なので、今年は都合3度も佐渡島に渡ることになる。
佐渡好きなので、こりゃラッキー。まあ佐渡に来る理由を作るために引き受けたというところもあるのだが。
これは昨年来たときにアマエビとアサリのダシで作った俺の佐渡ラーメン。旅先でのラーメン作りが趣味です。
家庭科室を自由に使えるという喜び
会場はほんの数年前まで使われていた小学校。でも今はまったく使われていない小学校。
とうぜん誰もいないので、夏休み中に忘れ物をとりにきたような、独特の静けさに包まれていた。
この時が止まった非日常空間を、まずは大掃除するところから準備して、年に一度の大イベントを行うのだ。
学生時代は文化祭といったものに消極的なタイプだったのだが、だいぶ大人になって、そしてデイリーポータルZでライターを初めて、だんだんとこういうことが楽しく思えるようになってきた。
廃校といってもまだまだ新しい鉄筋コンクリート3階建て。備品はほとんどそのまま残っている。
私がおこなうワークショップは、みんなでラーメンを作って食べようというものなので、必然的に場所は家庭科室となった。
義務教育期間中はほんの数回しか利用する機会がなかった憧れの場所を、好きに使って良いという一生に一度の贅沢。ただのカラオケ好きがライブハウスでワンマンやっちゃうようなものかもしれない。
小学生の頃に調理実習で「ホウレン草の油炒め」とか「茹で玉子」を作ったあの家庭科室を好きに使えるなんて!最高の居抜き物件!
備品を確認するとお皿やボールなどがちゃんと使える状態で残っていたので、持ち込む道具は最低限ですみそうだ。
ただし廃校なのでガスの火が使えず、当日はカセットコンロも使用禁止とのこと。火力の弱い卓上IHコンロでがんばるしかない。
学校の家庭科室というよりは、なぜか公民館の調理室っぽい備品類。
どことなくラーメン作りにも通じそうな目標が張ってあった。麺だから伸びちゃダメだけどね。
佐渡産の小麦粉を使いたい
さあ会場の確認が終わったら、次はラーメンの材料探しだ。テーマは「佐渡島再発見ラーメン」とでもしてみようか。
ワークショップでは麺を茹でるところからではなく、麺を作るところからになるので、やってきたのは製麺所ではなく麦畑。
地域おこし協力隊という制度で働いている知人の中村さんから、佐渡で小麦を栽培している方を紹介してもらったのだ。
佐渡市石花で小麦を育てている本間信明さん。
米作りが盛んな佐渡島では、小麦の栽培はほとんどされていないのだが、本間さんは減反政策でお米の作れない休耕田を利用して、4年前から栽培を始めたそうだ。
麦の品種は「ゆめかおり」という強力粉なので、ラーメン作りにはぴったりである。
海の見える高台という最高のロケーション。
ここでは10月初めに植えて6月中旬に収穫するため、私が訪れた7月はなにも植えられていなかったが、ここで育った麦ならきっとうまいはず。
小麦の育て方は無農薬の有機肥料。最初は育つかどうかもわからず試しにとやってみたそうだが、だんだんと収穫する麦の粒も大きくなってきたそうだ。
収穫時期の小麦(
地域おこし協力隊のブログより)。約500キロの実がなったけれど、収穫前にスズメが100キロ食べてしまったとか。
収穫した小麦。これを砕いてふるいにかけると小麦粉になる。
佐渡島内にはお米の精米所はたくさんあっても小麦の製粉所はまったくないので、本間さんご自身が用意した製粉機を使って粉にしている。
まだ小麦粉の販売先は開拓中で、今は小麦粉やパンを配って認知度を高め、島内の人に佐渡産小麦粉の存在をアピールしている段階とのこと。欲しい方はご連絡を。
佐渡で小麦粉が採れることは島民でも知らない人が多いので、これを使わない手はないだろう。
これぞ地粉。自家製粉のため少し茶色くて粒子が粗い小麦粉だが、そこを長所として製麺してみよう。
小麦粉を少しいただいたので、さっそく製麺してみました。
ふすまの混ざった粉は蕎麦のような風味があり、和風ダシのラーメンに合いそうな麺ができた。
小麦粉を紹介してくれた中村さん、ありがとう!
おばあちゃんからトビウオの焼き干しを買う
さて次はダシ選び。ラーメンのダシといえば豚骨、鶏ガラ、鰹節などが使われるが、佐渡らしいものといえばなんだろう。
ブリ、ベニズワイガニ、アマエビなどの海鮮系がキャッチーだが、値段が高いしナマモノは扱いが難しいそうだ。
何かよいものはないかなとスーパーを覗いてみたら、トビウオが安く売られていた。
なんと6匹で100円!トビウオに限らず佐渡は魚が安くて新鮮なのよ。
そういえば佐渡ではトビウオがたくさん捕れるため、これを焼き干しにしたものでダシをとる食文化があるというのを聞いたことがある。アゴダシというやつだ。
焼き干し作りはとても手間が掛かるので、買うとなるとなかなかの高級品。生のトビウオを買えば安いとはいえ、さすがに自分で大量の焼き干しを作るのは無理。
どこかで安く手に入らないですかねー、なんて滞在先のおかあさんと話していたら、庭先から突然おばあさんがやってきた。
「トビウオの焼き干し、買わないかい?」
なんとこのおばあさん、佐渡の相川地区から自宅で作ったトビウオの焼き干しを担いで売りにきたそうだ。
なんだこのジャストタイミングっぷりは。値段もかなり安かったので、ありがたく大量購入させていただいた。
居合わせた滞在先のおかあさんに聞いたところ、このおばあさんは別に知り合いとかではないそうで、家に焼き干しの行商が来たのも初めてだったとか。
なんなんだ、佐渡。
カラッカラに乾いているので、3年位は余裕で持つそうです。
塩は海から作られる
スープのダシはトビウオに決定。次は調味料をどうしようかと思っていたら、今度は海岸で大釜を煮ているおじいさんと出会った。
何をしているのかと聞いてみれば、海水を煮詰めて塩を作っているそうだ。佐渡、いろんな人がいるな。
ハローブックス実行委員長のお知り合いで仙人と呼ばれている方でした。
一番安い鶏胸肉にこの塩をちょっと付けて焼いたという豪快な焼き鳥をもらったのだが、これが実に味わい深い。
よし、俺も海水を煮て塩を作ってやろうかと一瞬考えたが、今回はその用意と時間がなかったので、佐渡産海洋深層水で作った市販の塩を買うことにした。
でもそのうち絶対つくってやる。
佐渡には日本の過去と未来が共存していると誰かがいっていたのを思い出した。
こんな感じで佐渡をグルグルと回り、何度かの試作を重ねて、イベントで提供するラーメンを考える。
完成度と量産性のバランスが難しいですね。
これは試作品のムール貝とモズクの佐渡バター醤油ラーメン。超うまいけど作るのが大変なのでボツ。
そして本番の日がやってきた
そんなこんなでハローブックスの本番前日にまた来島。大掃除やらセッティングやら試作やらシミュレーションやら、てんやわんやで作業をこなし、どうにかこうにか当日を迎えた。
ちなみにスープの材料が足りなくて最寄りのスーパーまで車で買いにいったら、往復1時間も掛かってしまった。
ここはそんな場所なのである。
みんな当日もギリギリまで準備に追われていました。もちろん私もだ。
このメガネが入場チケットだそうです。
廃校の家庭科室を借りて、時代遅れの道具である家庭用製麺機を使ったワークショップをおこなうという製麺マニアのロマンが実現。こりゃ感慨深い。
ハローブックスは本のイベント。この「趣味の製麺」という同人誌がここに至るきっかけとなった。気になる方は
こちらをチェック!(宣伝)
これが「佐渡再発見ラーメン」だ
ワークショップで作るラーメンの麺は、佐渡産ゆめちから100%の生地を参加者に渡して、家庭用製麺機という機械をくるくる回して作ってもらう。
そしてラーメンのスープは、あのおばあちゃんから買ったトビウオの焼き干し、佐渡で作られているトビウオだしのめんつゆ、そして焼き干しで作った香味油のジェットストリームトビウオアタックで決めてみた。
これが僕の考える、「佐渡島再発見ラーメン」だ。具がなくてすみません。
味のベースは佐渡産とびうおだしのつゆにしました。
生地にもスープにも使う塩は、佐渡の海洋深層水から作った塩。
焼き干しを米油でじっくりと煮込み、トビウオの香味油を作ってスープに加えた。
スープに入ったガーゼの中には大量の焼き干し。香りづけはネギとショウガ。どうしても味にラーメンらしさが足りなかったので、市販の中華スープも少々加えた。
焼き干しが多すぎて少し魚臭さが出てしまったのだが、そこに佐渡の醤油を多めに入れたら一気に味がまとまった。
生地はこの状態までこちらで作り、一人前ずつ渡して麺にしてもらう。
麺作りといってもハンドルやネジを回すだけなので、きっとチビッコでもできるはず。
ほぼ佐渡島の食材で作った佐渡島再発見ラーメン。ラーメンというよりは中華そばかな。
細麺にして冷たいスープで食べるとまたうまいのよ。
各種調味料や佐渡産の磯ノリ、メカブトロロなどをお好みで。
味見のしすぎで若干塩分の判断ができなくなったところもあるのだが、うまいんじゃないでしょうか。スープの味付けはともかく麺は間違いなくうまい。
問題はこれがワークショップとして成立するかどうかである。
たくさんの人にきていただけました
こんな山奥なので、どれだけの人が集まるのか、何人が参加するのかが読めなかったのだが、イベントは2日間とも大盛況。この家庭科室にもたくさんの人が訪れてくれた。
一度に2~3人しか体験できないという回転率の悪いワークショップながら、優秀な運営スタッフのサポートもあり、どうにかこうにか大きなトラブルもなく無事完走することができた。
ワークショップというかラーメン屋さんごっこですね。
「お湯を沸かすだけだから~」といわれて実行委員長に連れてこられた白いエプロンの伊藤君、2日間ありがとう!
佐渡で小麦が採れるということを、知らない人がやっぱり多かった。
トビウオの焼き干しを懐かしがってくれるご年配の人、知ってはいるけれど食べたことがないという若い人。
キラキラした目で初めて見る製麺機のハンドルを回す子どもたち。
ちょっとお母さんが食べたら、もっと食べたかったのにと泣き出す子どももいた。
椅子が空いてなくて、立って食べる佐渡市長(あとから今のは市長だと聞かされた)。
ラーメン屋さんですかと聞かれて、いやライターですと答えて不思議がられること数十回。
自分で考えて用意したラーメンをお客さんが目の前で食べる。この緊張感は何人目でも慣れないですね。
うまいの?よかった!
プープーテレビでおなじみの宮城マリオさんも来てくれた!
2日目の様子。疲れてくると、だんだんスープの味と髭が濃くなってきますね。
こんな感じで、私としてもラーメン屋店長のセルフワークショップを楽しませていただきました。
平野レミさんのトークライブが自由でおもしろかったです。
宮城さんも感動した「ワタノハスマイル」という展示をしていた犬飼ともさんにインタビューもしたのでよろしければ
こちらをどうぞ。
ラーメン作りのワークショップをやってみないかと誘われて、本のイベントだしさすがに関係なさすぎないかとも思ったんだけれど、お言葉に甘えてやってみて本当によかった。呼んでくれてありがとう。
大人達が集まって自主的にやる秘境の文化祭、おもしろかったです。
ハローブックスのサイトに当日の写真なども掲載されているので、よろしければどうぞ。