特集 2015年10月1日

森の中のフランス式階段

これが「フランス式階段工」だ!
これが「フランス式階段工」だ!
長野県の松本市方面に行った。

川沿いの道を車で走っていると、目の前に現れた滝に目が釘付けになった。尋常じゃない雰囲気があったのだ。

詳しく見てみるとそれは滝ではなく、とても珍しい見た目の砂防ダムだった。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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> 個人サイト ダムサイト

ちょっと待った!

その砂防ダムを見つけたのは長野県の松本市の山の中。ライフワークであるダムめぐりの最中、とあるダムに向かう道で、川沿いの小さな集落の中を走っていたところ、正面にしぶきを上げて落ち込む水の流れが見えた。咄嗟に滝かと思って、車のスピードを落としてよく見ると、それは人工的に造られた川の段差のようだった。
おや、滝?
おや、滝?
いや、なんか人工的な落差だ!
いや、なんか人工的な落差だ!
さすがに15年以上、ダムとか川にある人工物を見続けてきただけのことはある。身体の中のアンテナがピピっと反応した。もっとこう、仕事の問題点とかにピピっと反応したい(見つけても基本的に先送りしている)。

ちょっと待った、これはいい物件に違いない!さっそく気になる段差の近くまで行ってじっくり眺めたところ、15年かけてこんな方向に自分をチューニングした成果か、いいものを見つけたのだ。
砂防ダムにつけられた魚道?
砂防ダムにつけられた魚道?
段差の正体は、よく分からないけれど恐らく砂防ダムだった。そしてそのダムの下流側に、人工的にジグザグに曲げられた水路がつけられていた。上流から流れてきた水が、その水路に沿って流れ下りつつ、勢いが良い一部の水が、壁を乗り越えて流れ落ちていた。

おお、これはいい。

いや、風景として、構造物として、砂防ダムとしてこれがいいのかどうかはよく分からない。けれど、こういう役割ありきの構造物に、明らかに人の意思が感じ取れる部分が見えるのはいい。

でもこの砂防ダムがこの1ヶ所だったら、そんなに記憶にも残らず、記事にすることもなかったかも知れない。この真上に橋が架かっていて、そこから何気なく上流を眺めたときにこの記事化が決定した。思わず声が出たのだ。
そこにも飾られた砂防ダムが
そこにも飾られた砂防ダムが
上流の方までずっと続いていた
上流の方までずっと続いていた
その川には、上流の方までずっと砂防ダム(というか床固工というやつかな)が造られていて、それがすべて最初に見つけたのと同じように自然石のようなもので飾られていた。

これはすごい川を見つけてしまった。

砂防事業はライフワークの範囲外とは言え、過去にこのサイトでも何度か記事にしているように(→こちら、→こちら)気にはなっているジャンルである。

とりあえずこの川をさかのぼってみて、この飾られた砂防ダムをすべて見てみようと思った。
石碑があった。魚伊羅津流路工というらしい
石碑があった。魚伊羅津流路工というらしい
すべての段差のスペックが書いてある
すべての段差のスペックが書いてある
橋のたもとに石碑が建っていた。どうやらこの段差を造った記念碑らしい。

それによると、これらは全長765.5mにわたる流路工として昭和48年に完成したらしい。意外と歴史が古かった!ちなみに流路工とは、脆い川底や川岸が川の流れによって削られるのを防ぐために造られた「床固工」という砂防施設の一種と、それらの間を護岸で繋いだ水路のことで、まあいかにも人工的な水路!という感じだけど、こうでもしないと大雨が降ったときに土砂が流れてきて大変なことになる川に造られる。

隣の看板には、この川が「魚伊羅津川」と書かれていた。「うおいらづ」川だろうか。

勝手な解釈をすれば、昔からこの川は急流すぎて土砂も多く、魚がいない川だったのではないかと思う。
川沿いの道は鬱蒼としていた
川沿いの道は鬱蒼としていた
残念ながら途中から入山禁止に
残念ながら途中から入山禁止に
流路工のもっと上流の方も見てみたいと思い、魚伊羅津川沿いの道をさかのぼってみることにした。しかしこの道、周りを大人の背丈ほどある雑草に囲まれ、川はほとんど見えなくなってしまった。

そればかりか、入ってすぐに入山禁止の看板が出てきてしまった。松茸には興味ないけれど、残念ながら引き返すことにした。でも内心少しホッとした。なぜなら荒れた砂利道の急坂で、ところどころ道にゴムのようなもので造られたシートが横切っているのだ。これも予想だけど、これは道の土砂を止めているのではないか。こうでもしないと大雨が降ったときに道の土砂も流れて行ってしまうのではないか。知らない場所でそんな道を進んでいくのは心細すぎる。
黒いゴムの向こうと手前でけっこうな段差ができていた
黒いゴムの向こうと手前でけっこうな段差ができていた
というわけで、せっかく見つけた魚伊羅津川の流路工だけど、あまり詳しく見ることができなかった。けど、そのときに思い出した。

そう言えば松本にはもっと有名な砂防施設の流路工がある!確かそっちは国の重要文化財になっているはず。

というわけで、ダムに行くのはやめて有名な砂防施設を見に行くことにした。
いったん広告です

フランス式階段工へ

いったん山を降り、松本の市街地を抜けておよそ20分、街を挟んで反対側の山の中に入っていく。

こちらは地図にも載っているし、途中の道には案内の看板も出ていた。これだけでも砂防施設界で言えばとんでもないスーパースターである。

細い登りの山道を進んで行くと、いくつか大きな砂防ダムを過ぎて、そのうちこんな場所にたどり着く。
正面は牛伏寺というお寺、砂防施設は右へ
正面は牛伏寺というお寺、砂防施設は右へ
さらに先に進むと駐車場があって、その目の前の川がこんなことになっていた。
こんな美しい流れが砂防施設だなんて
こんな美しい流れが砂防施設だなんて
目の前の急傾斜の川を流れる水は、石積みでできたいくつもの細かい段差を流れ下っていて、その景色はまるで人工的なものとは思えない美しさだった。

これはすごい。どこに出しても恥ずかしくない流路工である。
80cmくらいの小さな段差が続く
80cmくらいの小さな段差が続く
この川は牛伏川と言って、この小さな段差が続く部分は「牛伏川階段工」。この川一帯の砂防工事は、なんと明治18年に始まって完成したのが大正7年という、日本の砂防史の中でも超由緒のあるエリアなのだ。



江戸時代、木造建築のために山の木々は伐採され、また山火事もたびたび発生し、このあたりは一面はげ山になっていたという。もともと地質的に脆かった牛伏川の上流は大雨のたびに土砂崩れが起き、下流に大きな被害を出した。その凄まじさは、信濃川の河口に新潟湾を造っていた明治政府が、湾が土砂で埋まる原因を調査したところ、はるか上流のこの川の影響が大きかった、というほど。

そこで政府は砂防事業に着手し、その計画を土木技師としてヨーロッパに派遣されていた技術者に託した。
牛伏川階段工を造り上げた池田圓男氏
牛伏川階段工を造り上げた池田圓男氏
この階段状の形状は、ヨーロッパで見聞きした砂防施設の中から、フランスにあったものを参考にして造られたため、「フランス式階段工」とも呼ばれている。
1段1段はそれほど高くない
1段1段はそれほど高くない
全長141mでおよそ23mの落差に、19段の階段が造られている。この階段工が造られたのはおよそ100年前、もちろん当時は建設の重機などないのですべて人力だという。この周囲には遊歩道が通っていて下から上まで歩いて見ることができる。階段工のいちばん上まで行ってみたら、そこはいちばん上の砂防ダムでせき止められた土砂が造り出した平地だった。
階段工の上には小さな平地が広がっている
階段工の上には小さな平地が広がっている
この上流も非常に脆い地質で、階段工の先にも山の上の方まで多くの砂防施設がびっしり造られているという。何しろこの川に流れ込んでくる沢からして悪沢、泥沢、日影沢、地獄谷などといった、そうそうたる名前なのだ。
いかにも地質悪そうな名前の沢ばかり
いかにも地質悪そうな名前の沢ばかり
しかし、懸命の砂防工事からおよそ100年経って、当時のはげ山が想像できないほど現在では緑に覆われている。一見しても分からないけど、階段工だけではなく、ここは山全体が人工の景色なのだ。

人の手によって造られた美しい人工の景色、これはぜひ見にいってほしい。
泣く子も黙る重要文化財である
泣く子も黙る重要文化財である
写真だとそうでもないけど実際見るとかなり高くて急角度(真ん中へんに僕がいます)
写真だとそうでもないけど実際見るとかなり高くて急角度(真ん中へんに僕がいます)

やっぱり砂防すごい

防災インフラの中で、ダムは水を貯めて洪水を防ぐ、という分かりやすい役割があるけど、砂防って漠然としてていまいちイメージできないと思っていた。でも実際に現地に行くと、写真や文章では伝わらない迫力というか凄みがあるので、ぜひお近くの砂防施設に出かけてみてください。

魚伊羅津流路工の方も、近くで見られるように整備してほしいなと思う。
階段工の下流では水遊びもできるので夏はいいかも
階段工の下流では水遊びもできるので夏はいいかも
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