特集 2015年8月26日

標高2000メートルの盲腸県境と危険すぎる県境

これを見に行った
これを見に行った
へんなかたちの県境に行く。という趣味を続けている。

今まで、細長くくびれているところや、田んぼや住宅地の中にぽつんと取り残された飛び地などを巡ってきた。

そんな奇妙な形の県境業界でラスボス級の県境といわれる、福島県の盲腸県境に行ってきた。

で、死にかけました。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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県境マニアの憧れ「福島県の盲腸県境」

福島県と山形県、新潟県の三県境のあたりを地図で見て頂きたい。
なんでこんなにほそくなってんの?
なんでこんなにほそくなってんの?
福島県が、新潟県と山形県の間に細長く続いているのが見みえると思う。三国茶屋のあたりから飯豊山(いいでさん)の山頂を経て御西茶屋までが福島県の領土だ。

こういった細長い県境をぼくは勝手に「盲腸県境」と呼んでいる。

県境ではなく、市境ではあるけれど大阪市にも似たような所があり、すでにライターの大山さんが記事で紹介している。

このような盲腸境界は全国にいくつかあるのだけど、県境でこれだけの規模のものはちょっと珍しい。

「これだけ幅が狭いと、片足づつ山形県と新潟県において、福島をひとまたぎできるかもね、アハハ」なんて冗談はよく言うのだが、標高2000メートル近い山にわざわざ行ってそんな冗談をほんとに実行するひとはいない。

ただ、そんなことするやついないだろうなーと思うと、逆に行ってやってみたくなる。というか、むしろ県境マニアとして、どうしてもやりたい。

というわけで、僭越ながら私めが実際に行って写真を撮影して参りました。それでは、ごらんください。
飯豊山の盲腸県境にきたぞ!
飯豊山の盲腸県境にきたぞ!
そう、これ、これがやりたかったんです。

見ての通り、福島をひとまたぎである。この瞬間、ぼくは何県にいるのかはっきりしないということだ。
もし、このガニマタ状態で万引きしたら(たとえ話ですよ!)グリコ・森永事件みたいな広域重要指定事件になる可能性がある。か、どうかはわからないけれど、つまりそういうことである。

そもそも、ここから110番に電話したらどこの何県警につながるのか、とても気になるのだが、そういうことはしてはいけないことなのでやらない。

どこが県境なのか、目印がない

こんな感じで細長い県境が続く
こんな感じで細長い県境が続く
この盲腸県境、インターネットなどの情報では「幅が1メートルたらず」などと、いかにも見てきたかのようなことを書いているところもあるが、実際に現地へ赴くと目印が一切ない。

上の写真は、2万5千分の1の地図で確認しながらウィキペディアの「幅91センチメートル(3尺)」という記述を頼りに県境を塗り分けてみた。

ちなみに地図はこんな感じだ。
幅91センチじゃないよねどうみても
幅91センチじゃないよねどうみても
地図で見ると、どうみても幅50メートルはある。しかし、これは地図でよくあるデフォルメした描き方で本当の幅ではない。

おそらく幅91センチだと、県境の点線より細くなってしまうので、わかりやすく幅を広げて描いているのであろう。

ここにたどり着くまでの話をきいてほしい

というわけで、細長い県境もみた、県境もまたいだ。やりたいことは終わった。

ここで記事を終わらせてもよいのだけれど、寿司の刺し身だけ食べてシャリをすてるみたいな、そんな贅沢なことはできない。

福島県をまたぐまでが、とんでもなく大変だったのだ。
磐越西線・山都駅に向かいます
磐越西線・山都駅に向かいます
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うっかり死んだりしないようにガイドの人を頼んだ

盲腸県境に行くためには、なによりもまず飯豊山に登山しなければいけない。しかし、飯豊山は登山経験値中級以上が登る山だ。素人がフラフラ登ったりすると確実に死ぬ。

ぼく自身の登山経験は、中学生の時の遠足で登った大山、そして一昨年コックの格好で登った大楠山。それぐらいしかない。
こういうふざけた登山しかしたことない
こういうふざけた登山しかしたことない
しかも、ここ1、2年は家にこもって仕事をすることが多いので、体が鈍っている上に体重もおどろくほど重くなっている。はっきり言って飯豊山に登りきれるのか、無事に帰ってこれるのか自信無い。

県境の上でふざけるために登るものの、ふざけて登ると死ぬのでふざけて登ってはいけない。トートロジー登山である。

東京から電車を乗り継ぎ、磐越西線山都駅から飯豊山麓の民宿まで向い、そこで一泊し、翌朝、ガイドの平野さんと合流した。
飯豊山ガイドの平野さん
飯豊山ガイドの平野さん
そう、ふざけた理由で登山するのに、死ぬのはいやなのでガイドの人についてきてもらうようにお願いしたのだ。

背に腹は代えられない。

平野さんは普段、農業をしているのだが、こうやって初心者の登山のガイドなどをうけおい、年に何十回も飯豊山に登山するという。

50代後半ぐらいに見えたが、年齢を聞くと67歳だという。
今回の登山を仕切っていただいた酒井さん
今回の登山を仕切っていただいた酒井さん
今回の登山は、会社員の酒井さんがすべて段取りしてくださったので、ぼくは純粋に山に登って帰ってこれるかというところだけを心配すればよかった。

そこは大変助かったのだが、やはり登山が近づくにつれ、面白い県境が見られる。という期待ときつい山登りがある。という不安が交互に胸に迫ってくる。

いきなり山場を迎える

登山ルートの選定はすべて平野さんにお願いしたのだが、平野さんは、一般的な登山ルートとは違い、尾根までの距離が短いルートで登るという。

同じ高さまで登る場合、距離が短い。ということは、坂道がキツイ。ということでもある。

んーできれば、時間かかっても坂道が緩いほうがいいなーと思いつつ、いや、でもガイドの人が言うんだからこれでいいのだ! 納得しろ俺。と心のなかでかってに自分を鼓舞し続ける。なんなんだこの状況。
この程度の坂道でもはっきり言ってキツイ先が思いやられる
この程度の坂道でもはっきり言ってキツイ先が思いやられる
いきなり沢を渡るとか難易度高くないですか!
いきなり沢を渡るとか難易度高くないですか!
案の定坂道がきつい!
案の定坂道がきつい!
いきなり、けっこう大きい沢をロープを伝いながら渡るとか、ほぼ垂直の登山道を登るといったかなりきつい登山道を1時間ぐらい登る。
目がチカチカしてきた
目がチカチカしてきた
いきなりトップギアみたいな状態で1時間も動いたので軽い酸欠状態で目がチカチカしてきた。白いキラキラしたものが目の先に見えるようなきがするのだ。

目がチカチカしてるからかどうかわからないけれど、山はきれいだなということは分かった。
ほら、きれい。鳥の鳴き声がこだまする。
ほら、きれい。鳥の鳴き声がこだまする。

危険すぎる県境で死にかける

坂道のキツイ登山ルートで尾根まで出ると、今度は尾根伝いに登ったりおりたりしながら最初の山小屋を目指す。
三国岳に向かう
三国岳に向かう
最初の山小屋までは、剣ヶ峰。という岩がゴロゴロした岩場が待っている。
下山の時に撮った剣ヶ峰
下山の時に撮った剣ヶ峰
剣ヶ峰、写真を見て頂いたらわかると思うけど、バランスを崩したら谷底に転落して即死亡である。
手や足が少しでも滑ると死ぬ
手や足が少しでも滑ると死ぬ
しかも、鎖を伝ってよじ登らなければならない箇所がいくつかある。

登山のベテランであれば鼻で笑うかも知れないが、登山ほぼ初心者のぼくにとっては死ぬほど怖かった。死ななかったけど。

さらに怖いのかうれしいのかよくわからないのは、この剣が峰が、ちょうど福島県と山形県の県境だということである。
日本一危険な県境
日本一危険な県境
県境って本当は海の上とか山の尾根に引かれたところが多いので、日本全国にある県境の大半はこんな感じなのかもしれない……なんてことは、岩場をよじ登っているときは露ほども考えなかった。

剣ヶ峰を超えると、三国茶屋である。
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盲腸県境スタートです

1644メートルの三国岳は、新潟、福島、山形の県境が落ち合う盲腸県境のスタート地点でもある。ちょうどそこに山小屋があるのだ。
やっと一息つける
やっと一息つける
不安をかきたてる新聞の切り抜き
不安をかきたてる新聞の切り抜き
三国小屋には、不安をあおる新聞の切り抜きが貼ってある。

もちろん、これは注意喚起のためだとはおもうけれど、さっき死ぬ思いで歩いてきた剣ヶ峰でこんなに事故が起こっているのだと知ると股間ががキューっとなるとともに、明日またもう一回あそこ通って下山しなきゃいけないんだよなと思い至り、改めてヒーッとなるのであった。

縦走して飯豊山本山に向かう

ここからは幅1メートル足らずの登山道をつたって、飯豊山本山に向かう。
おそらく、三国小屋から先が幅91センチの県境と思われる
おそらく、三国小屋から先が幅91センチの県境と思われる
万年雪が至るところに残っている
万年雪が至るところに残っている
『Geographica(ジオグラフィカ)』というアプリを使って歩いた場所をマッピングしていたのだが、ちゃんと盲腸県境の上をたどるように歩いているのがわかって面白い
Geographica(ジオグラフィカ)』というアプリを使って歩いた場所をマッピングしていたのだが、ちゃんと盲腸県境の上をたどるように歩いているのがわかって面白い
正直、尾根の縦走をなめてた。最初に山を登るより、勾配はそんなにないだろうから楽だろうと。しかし、そんなことはない。
少し登ったと思うとすぐ下ってまた登る。その繰り返し。「山頂を目指す」という目的があるのに、下らなければいけないもどかしさ。

さっき登った分はチャラになっちゃうという心理的負担は大きい。
雲がかかっている先が飯豊山山頂だ
雲がかかっている先が飯豊山山頂だ

なぜ盲腸県境なのか?

平野さんの話によると、江戸時代このあたりはすべて会津藩領だったという。昔、会津の子供達は、14、5歳になると、飯豊山登山をし、御秘所という難所を越えられたら一人前の男と認められたという。

その御秘所がこちらだ。
左右どちらに落ちても死亡する
左右どちらに落ちても死亡する
ここも、剣ヶ峰に勝るとも劣らない怖い岩場である。
しつこいですけど県境
しつこいですけど県境
飯豊山という山と会津は昔から切っても切れない縁があった。

幕末、戊辰戦争で新政府軍に敗北した会津藩を含む福島県は、明治維新後、福島市に県庁が置かれることとなった。ところが、福島市は広大な福島県の領土の中で、東に寄りすぎていた。

そのため、もともと会津藩領だった東蒲原郡が「県庁から遠すぎる」という理由で、新潟県に編入されることとなった。

飯豊山も東蒲原郡と一緒に新潟県へ編入されるはずだったのだが、これに、麓の一ノ木村(現在の喜多方市山都村)が猛反発する。
麓の飯豊山神社
麓の飯豊山神社
飯豊山は古来より山岳信仰の盛んな山で、飯豊山山頂付近には麓の一ノ木村にある飯豊山神社の奥の宮があるためだ。

その後、新潟県の実川村(現在の阿賀町)は、飯豊山は古来より越後の山だとして対立、結局、内務大臣の裁定により、飯豊山神社の参道は福島県の一ノ木村の領土だということになり、紛争はおさまり、細長い県境が残った。という経緯がある。

つまり、この細長い県境はすべて飯豊山神社奥の宮に通じる参道ということになるのだ。
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ついに本山小屋に到着

あの石積みのあたりが山頂だ
あの石積みのあたりが山頂だ
御秘所を超え、尾根をさらに歩くと本山小屋のある山頂に近づいてきた。あともう一息だ、朝5時から登山をはじめ、すでに10時間が経過している。

もう、気力のみで歩いている。RPG風に言うと、HPは5ぐらいで、MPは0である。
あ、あともうすこし……
あ、あともうすこし……
つ、ついた
つ、ついた
信じられないけれど、着いてしまった
信じられないけれど、着いてしまった
信じがたいことに、この、運動不足の登山初心者のおっさんが、飯豊山山頂の本山小屋まできてしまった。

県境を見られた。というものとはちょっと違う満足感があるといえばある……これか、山登りの魅力ってのは……。

ほんの数カ月前まで、ぼくは一生山登りせずに生きていくのかなとおもっていたけれど、なんの因果から標高2000メートルの山に目をチカチカさせながらヒーヒーいいながら登り切ってしまった。

信じられない。
人生で2番目にうまいコーラを飲んだ
人生で2番目にうまいコーラを飲んだ
山小屋では、レトルトのカレーを食べ、夕焼けを眺め、そして寝た。
山の夕焼けもいいな
山の夕焼けもいいな
山小屋は日暮れとともに消灯である
山小屋は日暮れとともに消灯である

翌朝、飯豊山山頂を目指す

翌朝は5時前に目が覚めた。山小屋は雑魚寝なので、小屋の中でおならをするのがはばかれたので外で放出すべく、小屋の外に出た。
あ、太陽だ
あ、太陽だ
外にでると、ちょうどご来光だった。うっかりおならをするのを忘れてしまった。
朝日に映える飯豊山神社
朝日に映える飯豊山神社
さて、ここまできたのだから、山頂までいかなければなるまい。本山小屋から歩いて20分ほどの場所が、飯豊山山頂だ。
平野さんを先頭に山頂に向かう
平野さんを先頭に山頂に向かう
山頂へ向かう道の下に旧参道がある
山頂へ向かう道の下に旧参道がある
平野さんの話によると、本山小屋から山頂まで向かう尾根の道の少し下に、これよりさらに西の神社の奥の院へ通じる参道が昔はあったそうだ。しかし、いまは奥の院が撤去されてしまったので、使う人もいないという。
盲腸県境が、本山小屋周辺ですこし膨らんでいるのは、その旧道と新しい道をのふたつを含んでいるため、すこし幅があるのだという。

そうこうするうちに、山頂にやってきた。
朝焼けに映える山頂の標識
朝焼けに映える山頂の標識
こんな記念写真撮るなんて思ってもみなかった
こんな記念写真撮るなんて思ってもみなかった
なんどもいうけれど、あの登山初心者の、どっちかっていうと、登山なんか一生しないとおもってたぼくがこんな記念写真を撮るというのが信じられない。

ほんと生きてると何が起こるかわからない。

登山は下山

山登り、なにが面白いんだろう。と、そう思ってた。

ただ、こんかい県境にほだされて山にのぼることになったわけだけれど、山頂に到達したときの達成感たるや、これはたしかにハマる人の気もちもわかるかもしれない。とちょっと思った。

県境を見れたのはもちろん面白かった(なんにも標識はなかったけれど)そのうえ、登山の魅力というものにも少しだけ触れることができたような気がする。

しかしながら、下山してその考えは改めた。下山は、登る時よりも筋肉を使うし、膝にも負担がかかるということを身を持って知った。

登山、奥が深すぎる。
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