おれ、裸婦像やってみたかった
きっかけは自分で企画したお芝居だった。チラシを作ることになったのだ。
イラストとかじゃなくて本気の彫像でいったらかっこいいな、舟越桂みたいな……と考えたところで裸婦像作りが思い浮かんだ。
そういえばおれ、やってみたかったんだ裸婦像。絵画とかゴルフとかじゃなくて一線越えたかっこよさがあるだろう。でもやる理由がなくて結局やらなかったんだ。
就職を機にあきらめたプロ野球……かつての高校球児と同じように今おれの前に裸婦像がやってきた!
十字に木を組んで骨組み。なくてもいいだろうけど
紙を巻いてボリュームをだす。この上からダンボールを貼ってく
裸婦像作りはシブい趣味である
しかしおれは今、裸婦像を作っている。フフフン。やはりこれちょっとかっこいいんじゃないだろうか。
たとえばだ、家族でデパートでたまたまやってた展覧会にて数十万円の絵を見ているとしよう。会場の人は声をかけてくる。
「この絵は芸術性の高い方が好まれますねえ。お父さま、何かやってらっしゃるんじゃないですか?」
「うむ、裸婦像です。裸婦像作りです」
なんてかっこいいんだろう。こんな人ならガムを噛んで2秒後に味がなくなったと言い出しそうだ。大人っぽさがケタ違いだ。
「すごい! 彫刻ですか、もしかして銅像!?」
「いえ、ダンボールです。ダンボールで裸婦像です」
ここでどーしてそーなっちゃったのかなーって感じがしてる人、いると思う。それでもおれはなんかいける気がしてる。絵が下手でも描ききればサマになるように。ダンボールも各パーツをちゃんと入れればきっとうまくいく。
おれは今、裸婦に対して前向きだ。こんな気持ちはじめてだ。さあダンボールを貼り付けて、庶民から脱却しよう。
初日終了。裸婦やめてエヴァンゲリオン作りにしようかな…
二日目、ボリュームをふやした。裸婦の正解がわからない
女性の体を作るということ
ダンボールを貼っていく。モデルはいない。具体性が増すと恥ずかしくなるのでできるだけ想像でやることにした。
肩幅はこれくらいか。いかり肩だっけなで肩だっけ。肩甲骨って男女差あったっけ。
ダンボールを貼りながら女性の体の正解を探してるのだ。いけないことをしているような気持ちになる。未だ経験したことのないようなものすごい時間である。
「……アー!」
そして女性の記憶がよみがえっては何度も叫ぶ。後悔とはずかしさと懺悔の念がすごい。今、手元に宗教のパンフレットがあったら3つくらい入信していたし、怪しい快眠ふとんなら18枚くらい買っていただろう。
「……ウーマン・リブ!!」
何回かに一回はどうでもいいことを叫ぶ。これはせめて女性に何か恩返しをしたくて叫んだことだと思われる。
実家ですることないなと思って裸婦像ごと帰省した。紙製なので軽い裸婦像だ
ご先祖さまが帰ってきている実家で裸婦像作り
実家で裸婦像
裸婦像作りは終わらない。帰省先の実家で続きをやることにした。
おりしもお盆真っ只中。深夜裸婦像を作っていると、だれも通ってない玄関灯がついた。少し怖くなったが、これはもしかしたらご先祖さまが帰ってきたのかもしれない、ありがたいことだと思い込むことにした。
だがご先祖さまはダンボールでできた裸婦像を見てなんて思ったのだろう。
ぼくはその頃ご先祖さまもこんなおっぱいしてたのかなと思いながら体を作っていたのだが……
母がお盆の用意をしている……すまんな
そもそも裸婦像は工口いのだろうか
朝起きると母が仏壇でお盆の準備をしている。ヤバい、居間には裸婦像が出しっぱなしだ。実家でこういう状況なんどもあるが、まさかこの歳でふたたび経験するとは。それも裸婦像で、だ。年齢に合ったヤバいブツがあるものだ。
いや、待てよ。そもそも裸婦像は工口いのだろうか? ちがうだろう。立体の再現性において最も難しいからみんな裸婦像を作ってるんじゃないか。検索するとYahoo!知恵袋があった。
参考――【画家】なぜ女性の裸を描くのでしょうか? Yahoo!知恵袋
おめでとうみんな、ベストアンサーに選ばれたのは「工口目的」でした。絵を買う貴族たちには工口が喜ばれたが、ひんしゅくをかうので神様を描いてもらって「神様を工口目線で見るとは不謹慎な!」と工口隠しをしたと。
なんてこった…… それじゃああんまりにもそのまんまじゃないか!
※ところで工口い方はお気づきかもしれないが、あんまり工口と書くのも印象がよくないなと思って工業の工に人体の口という漢字で表記している。
一向に見栄えがよくならないので顔にできるだけきれいなダンボールをはりつけていく
目、鼻、口、髪をつけてクレヨンで塗る……おや、なんだろうこれは
これがおれの女性観なのか…
家に戻ってきた。目、鼻、口をつけると一気に仕上がっていく。
目はこんな感じだ、口はいがんでるくらいが愛嬌あっていいんじゃないか、眉毛はええい、フリーダ・カーロくらいつなげてしまえ……できた。大体できた。長い髪をつけたら女性になった。
出来上がって気付く。これっておれの想像で作ったんだよな。そうか、これがおれの思う女性そのものなのだ。おおお……なんてごわごわした質感なんだろう。
そしてこの心のざわつきはなんなんだろう。魂をこめて仏を彫り終えた仏師のそれとは180度ちがうものがやってきている!
保育園から帰ってきて、なんだこれはと近づいてきた娘
この顔のままなんにも言わないというめずらしいリアクションを1分くらいした。一体どういうことなんだ
娘が裸婦像を認識しない
保育園から帰ってきた娘が裸婦像を見つけた。
なにかができていることに対して歓声をあげて駆けよってきたものの、裸婦像を見てなんにも言わない娘。絶句やとまどいともまたちがう、デジカメがフォーカスを認識しないみたいな感じだった。
そんなことってあるのか。あとから見た妻が「こわいこわいこわいこわい!」と声を上げている。女たちよ! ああ、一体おれの女性観はどうなっているんだろう……
「あー! けっこう小さいですね!」カメラマンが来た
撮影してもらうことにした
ともあれ完成を喜ぼう。チラシ作りのためにまずは撮影だ。
お父さん仲間にプロのカメラマンの上岡伸輔さんという人がいて撮影をお願いした。
白と芝生を背景に撮ってこいとチラシのデザイナーから指令がくだっている。とりあえず白背景からやろうと上岡さんは車から機材をおろしはじめた。スタジオとかじゃなくてここでやるのか!
自分とこのマンションの前ならよかろうといきなり駐車場に撮影スタジオを作りはじめた上岡さん。この人形に対してこの大掛かり!
コツとかありますか? 「うーん、人として撮ること」おれの女性観、ついに人になる
人として撮られるおれの裸婦像
上岡さんはプロらしく「怖い」とか「ひどい」とかも言わずに撮るべきものをさっさと撮っていく。白背景、つづいて公園でも。
出来上がりを見るとおれの女性観をよくここまで見事に撮るものだと感心する。よし、今度の父母会は欠席しよう。
上岡さんにこういうの撮るコツってあるの? ときいてみると、人形っぽさをなくして人っぽく撮るようにするとのこと。おれの女性観、ついに人として動き出した。
これがおれの女性観か! こんなに立派に撮られるともうわけがわからないな
純朴な高校生に見せるのはどうだ
しかしそろそろ誰かに褒めてもらいたい。肯定してもらわないと過去の思い出と折り合いがつかない。
誰がいいだろうか。裸の女性に対して一番評価が甘そうなのは純朴な男子高校生ではないだろうか。ちょうど以前そば打ち甲子園で密着取材した利根実業高校の先生から今年も見に来てくれといわれている。
よし、そば打って裸婦像見て帰ってもらおうじゃないか。
そば打ち甲子園は全国数十校が参加しているのだが…
なんと利根実業高校は優勝してしまった! すごい! すごいぞ!
優勝してしまったぞ……
「今年のうちは女の子ばかりです」と会場で先生に聞いて、裸婦像のことを言い出せぬまま大会の行方を見守った。
そしてなんと個人、団体、ともに利根実業高校が優勝したのである。先生たちから歓声が上がる。嬉し泣きをする選手もいる。そしてぼくは裸婦像を抱えたままでいる。
裸婦像見せにそば打ち甲子園に行ったら優勝して立ちすくんでいる。人生は時折おかしな表情を見せる。
こんなもの、見せるわけにはいかねえ……
会場ではあちこちで高校生が抱き合って涙ぐむ。こんなにおれの女性観がふさわしくない場所はないな……
こうなったら童貞に近い人を呼ぼう
利根実のみんな、おめでとう。おじさんは大きな荷物を背負ってここを去ります。
翌日「ちょっと裸婦像見てみませんか?」とミニコミ誌『恋と童貞』編集長の小野さんに声をかけた。ぼくの知る限りもっとも童貞に近い人物だ。
「何かわからないけど、興味あります!」
さすがである。こんなに裸婦像に対して前向きな人をおれ以外に初めて見た。
「新宿駅にこんなに人気のない場所があるんですか」と尻込みする小野さんをくぼみに呼んで…
「お金とるんですか!?」あくまでもムードを高めるものなのでと説得してお金を徴収する
「これだいぶやばいやつですよね」周囲をうかがう小野さん。暗がりでお金を払い、いけないことをしてるムードが高まってきた
「うわっ…」見せたのはおれの女性観のスナップ写真である
「これ猟奇的なやつじゃないですか……」なんだと!
童貞に近い人、怖がる
実物だと刺激が強すぎるかもしれんなと思い小野さんに裸婦像の写真を見せた。そのへんで撮ってコンビニでプリントしてきたものだ。
「うわっ、めっちゃ猟奇的なやつだ……犯罪写真みたいな」
自分の女性観を猟奇的といわれているのである。こんな恥ずかしさ経験したことがない。それにそんな嗜好はないはずだが……
「風俗に行ったときのことを思い出しました。おばちゃんが出てきて……怖かった」
しまった。小野さんのあかん部分を掘りおこしてしまった。一応本物も見せておこう。
実物を見せて笑いだす小野さん。だんだん見慣れてきたようだ
そして彼女は女性となった
実物を見た小野さんは「思ったよりも小さい」と笑っていた。写真で慣れたのか安心したようで「顔の作りが細かいですね」など好意的な言葉も出てきた。
小野さん、さわってもいいですよ。
そう声をかけるとうなずいて胸をさわろうとする小野さん。そして手が止まる。
小野「……」
大北「小野さん、どうかしました?」
小野「こんなものでも……胸をさわろうとするとドキドキするものですね」
大北「……小野さん!!」
小野さんがついにおれの女性観を女性として認めてくれたのだ! 娘を嫁にやるのってこういう気分なんだろうか。いや、全くちがうだろうな! でもなんだっていい、とにかく晴々しい気持ちでいっぱいだ。
「こんな人形でも胸をさわるとなるとドキドキしますね…」小野さん、あなたは彼女をはじめて女として見てくれた人です
ビーチに来たらライブをやっていた。担当編集の古賀さんに何したらいいと思うかと聞いたら「海でも見せに行くとか?」人を変態扱いしやがって……
あっ、猟奇的、たしかに。これあれだ。手塚治虫の大人向けマンガに出てくる変態のやつだ。
一応は「海を見せに行く」ということなのだが、不法投棄しにきた人みたいな見た目だ
見ろ、おれの女性観。これが海だ
女性観に海を見せてなんになるというのだろう
しかしこんなものでも海を見せるとなんか泣けてくるな
あれこれ思い返すと「本当にすみませんでした」としか言いようがない
それにしてもものすごいポンコツを作ったものだ
女は女である、これか
一体どういうことだろうか。ガウン羽織ってブランデー片手に裸婦像を作っているはずだったのに。まさか海に来て今までの女性に対して詫びることになるとは。
そしてなんだろうかこれは。たしかサイトに寄稿する際に「ライターが興味をもったことを調べたりするサイトです」と説明を受けたはずだが、なんでこんなことになっているのだろう。
ダンボールでやってしまったからということではないだろう。ここまで心を揺さぶられる趣味があっただろうか。
そうだったのか、裸婦像作り。女、女、女(女性の方は男、男、男)の盛大な思い出しアーまつりだとは。これがふつうの遊びに飽きた貴族たちの遊び……!! 私たちには知らない世界がまだまだある。
その公演のお知らせです。やさしいお仲間が演じてくれることになりました。あの人もあの人も出ます。おもしろくやります。
明日のアー第一回公演『ふたりのアー』
9/18(金)19:30-
9/19(土)14:00-, 18:30-
会場:rope@北品川
前売:2,500円 当日:3,000円
出演: スミマサノリ 松村翔子 トチアキタイヨウ 藤原浩一 土屋遊 森翔太 大北栄人
脚本演出:大北栄人
内容:10本のスケッチ(70分ほど)
予約:https://coubic.com/asunoah/159623