なぜ渋谷君がローカル線プロレスを企画したのか
2月のある日、山形県長井市に地域おこし協力隊という制度でUターンした大学時代の友人である渋谷君から、「フラワー長井線でプロレスをやりたいんだけど」という相談がきた。
僕はただのプロレスファンなので、協力できることは特にないけど、もし実現したら取材をするよというような返事をした。
正直なところ、関わったらなんだか大変そうだし、常識的に考えて実現するとは思っていなかった。だって列車の中でプロレスはまずいだろう。
でも渋谷君は、本当に実現してしまったのだ。
新幹線が止まる駅であり、フラワー長井線の始発駅である赤湯駅が集合場所。一応東京駅から電車一本で来られる場所ではある。
日本中から集まったコアなプロレスファンに、本日の段取りを案内をする渋谷君。
渋谷君は熱狂的なプロレスファンというわけではない。学生時代に私とIWAジャパンという団体を観に行き、ターザン後藤選手に場外で追いかけられたのが唯一のプロレス観戦だったりする。
実行委員会共同代表を渋谷君とやっている喜早さんという大学の先輩が『みちのくプロレス』という団体と親しく、列車内で開催できたらおもしろいなと考えていて、たまたま渋谷君と会った時に「渋谷君って長井でしょ?フラワー長井線でプロレスできないかな?」と、突然いってきたらしい。
それを瞬間的におもしろいと判断した渋谷君は、「ぜひやりましょう!」と一緒に動き出し、仲間を募って実現させたのだ。
よくもまあ実現したなと思う訳です
列車内でプロレスがおこなわれるのは、もちろん日本では初めて。きっと世界でも初めてだと思われる。
試合をやる側のみちのくプロレスは喜んで協力してくれるかもしれないが、問題は鉄道会社だ。よくそんなあぶなっかしい企画にOKを出したなと感心してしまう。もし僕が担当者だったら、なにかあったら責任がとれないからと断るかもしれない。
二両編成のディーゼル車がのんびりと到着。本当にここでプロレスがおこなわれるのだ。
多数の応募者から抽選で選ばれたラッキーな50人が本日の観客。チケット代は1万円也。
フラワー長井線を運営する山形鉄道は、自治体と民間が共同で運営をする第三セクターなので、長井市も株主となっている。
地域おこし協力隊(自治体の委託職員のような立場)である渋谷君は市役所と繋がりがあったので、市の山形鉄道担当者を通じて山形鉄道に相談してみたところ、「おもしろいねー!」とすぐ企画に乗ってくれたらしい。
長井市は人口の減少が進んでおり、フラワー長井線は赤字路線。きっと市も山形鉄道も何かをしなければといけないと思っていたところで、そこに渋谷君の提案がうまく合致したのだろう。もちろんOKが出てから実現させるまでの方が大変だったのだろうけど。
赤湯駅から長井駅へと移動する約30分の間で試合は行われる。
先頭車両が客席で、こちらは選手の楽屋兼報道陣の待機スペース。
この列車の中でおこなわれる前代未聞のプロレスは、その意外性からヤフーニュースに載るなど大反響を呼んだ。
そして試合当日は観客50人の小さなイベントにもかかわらず、プロレス関係はもちろん、地元のテレビ局や大手新聞社、さらには有名週刊誌など、報道陣が30人以上も来る事態となったのだ。
そしてプロレス列車は走り出した
今回の列車内でおこなわれるプロレスは、通常の試合方式ではなくロイヤルランブルというもので、選手が一定時間ごとに増えていき、最終的には10選手が同時に戦うというもの。ただでさえ狭い列車内なのに!
山形鉄道が示した大前提となるルールは、誰も怪我をしないこと、そして列車を壊さないこと。そのため、網棚に登ったり、吊革にぶら下がったりは禁止。もちろん窓から顔を出したり、停車駅で外に出たりしたら即失格となる。
出発時点で選手は乗っておらず、最初の停車駅で待ち構えていた。この時点で観客も報道陣も大盛り上がり。
3人のレフリーが試合を裁きつつ、お客さんの安全を守る。また万が一に備えてリングドクターも乗車している。運営側ができる限りの安全対策はすべてやっていたように思う。
あとは選手達がこの自由度の少ないルールと狭い列車内で、一体どのような試合をするのかだ。
最初に入場するのは、デビュー以来初となる東北ジュニアヘビー級王座を戴冠したばかりの気仙沼二郎選手!
報道陣は試合をする車両内には入れないので、お客として参加していた友人の大谷順平さんから借りた写真を交えて、熱戦の模様をお伝えします。
一人目の入場なので対戦相手がいないため、とりあえず席に座る気仙沼選手。
続いては東北の英雄、ザ・グレート・サスケ選手!その後も続々と選手が入場していく。
プロレスラーって、実際に近くでみると、その体の厚みに圧倒されますよ。
報道陣は連結部分から交代で覗くようにして取材します。
試合の様子が気になるディアナの井上京子選手(山形県南陽市出身)と、DDTの高木三四郎選手。
写真を送ってくれた友人によると、客席での選手との距離は無いに等しいので、リングサイドならぬリング内で試合を見ているような感じだったそうだ。
なんだこの近さは。
これは客席でみたかったなー!
列車内にあらわれた戦いのワンダーランド
参加選手が増えていくにつれて、試合はどんどんと派手に、そして激しくなっていく。
Ken45°選手が椅子を持って入場!え、椅子?
持ってくるだけだと思ったら、凶器として使っちゃった!
選手が増えてくるにつれて、まさにお祭り状態となる車内。
列車内でチカン行為をおこなう井上選手。今日だけは5カウント以内ならオッケー!
吊革を掴んでしまうと反則負けなので、対戦相手に無理矢理吊革を持たせようとするといった攻防もある。
ところで長井市のある置賜地域は、映画『スウィングガールズ』の舞台となった場所でもある。
あのキャッチフレーズは「ジャズやるべ!」だったが、今日は列車内で「ジャベ(メキシカンプロレスの関節技)やるべ!」なのだ。
列車の長さを最大限に利用した、数珠つなぎの首四の字固め!
山形県出身の井上選手と一緒に手拍子で盛り上がる乗客たち。
おおお、この技は!
列車内でロメロ・スペシャルが見られるとは思わなかった!
最後は井上選手とフジタ“Jr”ハヤト選手という、普通なら絶対あり得ない対戦に!
盛り上がっている様子を、ちょこっとだけ動画でどうぞ。
時間内に決着はつかず、両選手の勝利となった。
狭い列車内で大勢のレスラー達がどんな試合をするのかなと思っていたが、観客の予想を大きく上回る熱戦となったようだ。
とかいって、私はほとんど試合を見られていないのだが、隣の車両にいてもその盛り上がりの凄さはよくわかった。
無事に長井駅に到着しての記念写真。目線がバラバラなのは報道陣がたくさんいるから。
地元のお客さんに向けた特別試合
この日の試合は列車の中だけでなく、到着した長井駅前に用意された特設リングで、地元のお客さんが見守る中、3試合がおこなわれた。
渋谷君は今日までずっとマスコミやお客さんからの問い合わせに追われていて、地域の人へ宣伝する時間が十分にとれず、地元の方がどれだけ来てくれるのか心配だったそうだが、会場にはたくさんのお客さんが待っていてくれた。
踏切をコスチュームのまま移動するレスラー達。
長井駅前には地元の名産品を食べさせてくれる出店が並んだ。
山形の食文化を応援するために流星群に乗ってやってきた馬型宇宙人、バーニック・ナガイ。
地元の多くの仲間が協力しているのがよくわかるイベントだった。
囲み取材を受ける渋谷君。失礼ながら、なんだか笑ってしまった。本人もこんなことになるとは思っていなかっただろう。
長井は水がとてもおいしい土地なので、何を食べてもおいしいんだと渋谷君が力説していたよ。
これは地元で愛されている馬肉ラーメンがそのまま入った馬肉ラーメン肉まん。
バーニック・ナガイとちびっこの連合軍に押しつぶされるのはしたろう選手。
河川敷みたいですが長井駅前。まずはみちのくプロレス勢による6人タッグ。
そして山形県南陽市出身の井上京子選手と若手の田中盟子選手によるシングルマッチ。
メインはザ・グレート・サスケ選手&高木三四郎選手組対気仙沼二郎選手&のはしたろう選手組というプレミアムな試合。
列車内でいろいろと我慢していたうっぷんを晴らす派手な場外乱闘に観客は大喜び。路上プロレスの試合経験が豊富な高木大社長を呼んだことで、一段と豪華な大会になったと思う。
勝利者賞の九野本きゅうりを高木大社長に渡す渋谷君。他にも山盛りの名産品が贈られた。
山形鉄道のえらいひと、英断をしてくれてありがとう!
渋谷君の専門は建築設計やランドスケープデザイン。子供の頃に比べてだいぶ寂れてしまった長井駅をなんとかしたいという想いがあり、このイベントをきっかけに地域の人が長井駅の存在を意識してくれればという狙いがあったようだ。
リング上からのあいさつでは、渋谷君と一緒に実行委員会の代表を務めた喜早さんが、「誰かが楽しませてくれるんじゃない、自分たちで楽しくしていくんだ!」というようなことをいっていた。
このイベントを見た誰かが、じゃあうちらもなにかやってみるかと立ちあがったら、それこそが彼らの本望なのだろう。
左が喜早さん。みなさんお疲れ様でした。
リングの向こうでは、ガラガラの列車がなにごともなかったかのように走っていた。
山形へ向かう新幹線の中で、渋谷君のことを学生時代のように呼び捨てで呼んでいいのか、一応取材相手なのでさん付けにするべきか、間をとって君付けがいいのか、なんてどうでもいいことを考えていたのだが、渋谷君から「タマオキ、久しぶり!」と呼び捨てできたので、こちらも呼び捨てで呼ぶことができた。記事では君付けにしているけど。
渋谷君が喜早さんから列車でプロレスをやらないかと誘われたとき、20年前に私と観戦した試合で味わった観客の一体感を思い出して誘いに乗ったという話を聞いて、やっぱりちょっと嬉しかった。もしかしたらこのイベントが実現したのは、あの日ターザン後藤選手が場外で暴れてくれたからなのかもしれない。