特集 2015年5月26日

佐渡島は寺院や霊場もおもしろい

想像以上に凄かった、佐渡島の寺院や霊場
想像以上に凄かった、佐渡島の寺院や霊場
佐渡島と聞くと、やはり金山やトキを思い浮かべる方が多いのではないだろうか。

かくいう私もそのようなイメージで佐渡島を訪れたのだが、なんとなく寄ってみた寺院や霊場が凄かったので紹介したい。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

前の記事:二級河川の水源地めぐり

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なにはともあれ鉱山も面白い

もちろん、佐渡の代名詞ともいえる金山は凄いものだ。佐渡に来たら、とりあえず押さえておいて損はない。

佐渡にはいくつかの金銀山が存在するが、最もメジャーなものは佐渡島西部に位置する相川鉱山だ。
江戸時代からの採掘抗である「宗大夫間歩」
江戸時代からの採掘抗である「宗大夫間歩」
展示されている人形が妙にリアルで変な声がでた(開坑の儀式らしい)
展示されている人形が妙にリアルで変な声がでた(開坑の儀式らしい)
徳川家康の家臣、大久保長安によって開発された相川鉱山は、平成元年(1989年)まで採掘されていた。

鉱山の周囲には昭和13年(1938年)前後に築かれた施設も数多く残っており、それらもなかなか興味深い。
坑道に降りるエレベータ「大立竪坑櫓」
坑道に降りるエレベータ「大立竪坑櫓」
鉱石を処理する工場群。右背後は江戸時代の露頭掘り跡である「道遊の割戸」
鉱石を処理する工場群。右背後は江戸時代の露頭掘り跡である「道遊の割戸」
海に近い相川の市街地には選鉱所の廃墟がある
海に近い相川の市街地には選鉱所の廃墟がある
この選鉱所に関しては、以前当サイトライターの玉置さんがレポートされていたので、詳しくはこちらをご覧ください(→参考記事「佐渡のギリシャっぽい巨大廃墟」)。

また鉱山採掘に関係する施設以外にも、金山のお膝元であった相川の町には趣のあるスポットが多々ある。
煉瓦塀の奥には、かつて時報を伝えていた鐘楼が残る
煉瓦塀の奥には、かつて時報を伝えていた鐘楼が残る
個人的に凄く興味深かった旧相川拘置所
個人的に凄く興味深かった旧相川拘置所
鉄格子の奥には監房が並ぶ
鉄格子の奥には監房が並ぶ
うーん、いかにもといった独房だ。鉄扉や窓枠も雰囲気出てる
うーん、いかにもといった独房だ。鉄扉や窓枠も雰囲気出てる
一方、相川から少し北にいったところにある吹上海岸には、鉱石を砕く石臼の石材を切り出していた石切場が存在する。

海に面した岩場をよじ登りながら、採石の痕跡を探して回るのも楽しかった。
人為的にえぐられた箇所が多い吹上海岸の岩場
人為的にえぐられた箇所が多い吹上海岸の岩場
所々にクサビの跡などが見られる。これを探すのが楽しいのだ
所々にクサビの跡などが見られる。これを探すのが楽しいのだ
佐渡のシェラーグボルテン、挟まった岩がなんとなく有難味ある
佐渡のシェラーグボルテン、挟まった岩がなんとなく有難味ある
という感じで、まずは佐渡の華といえる相川鉱山やその周辺の見どころについて述べさせていただいた。これらだけでも十分楽しめてしまうのだが、しかし佐渡の見どころは鉱山に関するものばかりではない。

とりあえず地図に描いてあったという理由で寄ってみた寺院によって、私は佐渡の奥深さを思い知らされたのだ。
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佐渡島の南部に鎮座する「蓮華峰寺」

佐渡島の南の玄関、小木港から少し山に入ったところに蓮華峰寺という寺院が存在する。

山の谷間に広がるその境内には、室町時代から江戸時代にかけて建てられた古い建物が密集しているのだ。
江戸時代後期の仁王門をくぐると――
江戸時代後期の仁王門をくぐると――
室町時代中期に築かれた巨大な金堂がどどーんとお目見え
室町時代中期に築かれた巨大な金堂がどどーんとお目見え
失礼を承知でいうが、ぶっちゃけ佐渡にこんな立派なお堂が存在することにびっくりした。

京都あたりにあってもおかしくないレベルの仏堂に、「あ、これは凄い寺だわ」と確信したのである。
建物のみならず、石段や周囲の雰囲気も素晴らしい弘法堂
建物のみならず、石段や周囲の雰囲気も素晴らしい弘法堂
ユニークな八角形の建物、その名もズバリ八角堂
ユニークな八角形の建物、その名もズバリ八角堂
大胆な意匠の彫刻は、江戸時代の特徴だ
大胆な意匠の彫刻は、江戸時代の特徴だ
妙に見下されている感のある、ニヤケ顔の龍である
妙に見下されている感のある、ニヤケ顔の龍である
こっちはひょうきん……というか、ちょっとおバカっぽい
こっちはひょうきん……というか、ちょっとおバカっぽい
この建物は、随分とシンプルでそっけないな……と思いきや
この建物は、随分とシンプルでそっけないな……と思いきや
その内部には、みっちりと彫刻が施された社殿が二棟
その内部には、みっちりと彫刻が施された社殿が二棟
この絵、うん……いや、なんでもない
この絵、うん……いや、なんでもない
彫刻がおびただしいこの二棟の社殿は「東照宮」と「台徳院御霊屋」、徳川家康と家光を祀る霊廟だ。

各地に残る東照宮はいずれも彫刻や彩色が派手なものが多いが(→参考記事「あっちこっちにある東照宮」)、佐渡の東照宮もまた然りであった。
屋根が巨大な「八祖堂」は――
屋根が巨大な「八祖堂」は――
五段にせり上がる組物がド迫力
五段にせり上がる組物がド迫力
墓地にある「骨堂」は室町時代前期のもので、新潟県最古の建造物!
墓地にある「骨堂」は室町時代前期のもので、新潟県最古の建造物!
数多くの古建築が建ち並ぶ蓮華峰寺はまさにフルコース。境内を一周すればもうお腹一杯の超満足である。

しかも、恐ろしいことにこの寺院、拝観料を取っていないのだ。タダ食いフルコースという太っ腹ぶりである。

京都や奈良の寺院とタメを張れるくらいに見ごたえがあり、しかもここならではといった独自性もある建造物群。必見です。

五重塔と庫裏(くり)が印象的な「妙宣寺」

佐渡の中央に広がる平地の南端に真野という町がある。ここは古代に築かれた国府や国分寺の跡が残る、古代における佐渡の中心地だ。

その真野の町はずれに位置する妙宣寺は、江戸時代の後期に築かれた五重塔がある。
茅葺屋根の仁王門が建つ妙宣寺
茅葺屋根の仁王門が建つ妙宣寺
小ぶりではあるが、立派な五重塔だ
小ぶりではあるが、立派な五重塔だ
建ちの高い五重塔はとにかく落雷によって焼失しやすく、江戸時代以前のものとなると全国でも22基しか存在しない。残っているだけでも貴重な存在なのである。
ドヤ顔で火を噴く龍がかわいい
ドヤ顔で火を噴く龍がかわいい
蟇股(かえるまた)にも龍の意匠が。これは東面だし、東を司る青龍ってことかな
蟇股(かえるまた)にも龍の意匠が。これは東面だし、東を司る青龍ってことかな
この五重塔も良いものだが、個人的には妙宣寺は庫裏があまりにも立派で驚いた。
こちらは妙宣寺の本堂。その横にそびえるのが――
こちらは妙宣寺の本堂。その横にそびえるのが――
僧侶の住居・台所である庫裏である
僧侶の住居・台所である庫裏である
巨大な屋根、幾重にも交差する柱と梁――圧倒的な存在感だ
巨大な屋根、幾重にも交差する柱と梁――圧倒的な存在感だ
本堂も立派なものであるが、それを上回るほどの迫力を持つ庫裏である。なんでも、その大黒柱は佐渡一なのだという。

江戸時代末期、文久2年(1862年)に建てられたものだそうだが、これだけ巨大な庫裏は滅多にないだろう。

佐渡の寺社建築は、どこも悉くユニークで興味が尽きない。
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異様な雰囲気を放つ宿根木の「岩屋さん」

佐渡島の南端近くには宿根木(しゅくねぎ)という集落が存在する。

宿根木は海運に関わる人々が住んでいた集落であり、今でも船大工の技術によって建てられた古い町並みが残されている。
船の古材を利用した板張りの家屋が連なる
船の古材を利用した板張りの家屋が連なる
中には三角形の敷地に建てられた家も。船大工の技術、パネェ
中には三角形の敷地に建てられた家も。船大工の技術、パネェ
この宿根木集落の近くに、「岩屋さん」と呼ばれる洞窟が存在するのだ。

道路に案内が出ていたのでふらっと寄ってみたのだが、そこはなんとも独特な雰囲気の霊場であった。
竹が生い茂る小路を進んでいくと――
竹が生い茂る小路を進んでいくと――
数々の石碑や石仏に囲まれた洞窟が姿を現した
数々の石碑や石仏に囲まれた洞窟が姿を現した
正直、立ち入るのに躊躇しました
正直、立ち入るのに躊躇しました
洞窟の入口には、まるで檻のような柵が設けられており、異様な雰囲気を醸していた。

しかし、この柵はなんなのだろう。扉のようなものはないし、立ち入りを禁じるためのものではないはずだ。神域を示す結界のようなものだろうか。

恐る恐る足を踏み入れると、その内部もまた凄まじい雰囲気が渦を巻いていた。
雛壇状にずらりと並ぶ石仏、奥の見えない暗がりの洞窟、そして……
雛壇状にずらりと並ぶ石仏、奥の見えない暗がりの洞窟、そして……
なぜかたたずむ場違いなキューピー
なぜかたたずむ場違いなキューピー
このキューピーが目に留まったとき、背筋にうすら寒いものが走った。

なに、これ。なんなの、これ。なんでキューピーがここにいるの? ここにキューピーを立たせることになんの意味があるの? 首に巻いてるのはネックレス? 数珠?

意味不明なキューピーの存在感は、まるでB級ホラーのようだ。夜になったら動き出すパターンだろ、これ。
洞窟の奥には囲炉裏があり、ゴザ的なものも用意されている
洞窟の奥には囲炉裏があり、ゴザ的なものも用意されている
ここに籠る行者さんがいるのだろう、きっと
ここに籠る行者さんがいるのだろう、きっと
この洞窟からは中世・近世の陶器や古銭が発見されたそうだ。古くから墓域や信仰の場として、人々に大事にされてきたのだろう。

……でも、キューピーはホント、なんなのだろう。

岩谷山にぽっかり開いた二つの洞窟

最後は、佐渡島の北端近くに位置する岩谷山の洞窟である。こちらも岩屋さんと同様、たまたま看板を見かけたので寄ってみた。
佐渡島北端に位置する大野亀。ちょうどカンゾウという花のシーズンであった
佐渡島北端に位置する大野亀。ちょうどカンゾウという花のシーズンであった
その近く、岩谷口という集落にある洞窟である
その近く、岩谷口という集落にある洞窟である
入口には石仏が奉られており、その奥には――
入口には石仏が奉られており、その奥には――
水をたたえた池がある
水をたたえた池がある
案内板によると、なんでもこの池は「竜眼の池」というそうだ。

かつて目の見えない子竜がおり、その母親が我が子の目玉をこの池で洗っていた。人間の気配を感じた母竜は、息子の目玉を池に落としたまま逃げて行ったという。

だからこの池では、今もなお夜な夜な二つの目玉が青白い光を放ちながら泳ぎ回るという。

……神秘的なんだか、オカルトなんだか、とりあえず手を合わせておこう。
もう一つの洞窟は、かつて弾誓(だんせい)という僧侶が籠っていたそうだ
もう一つの洞窟は、かつて弾誓(だんせい)という僧侶が籠っていたそうだ
この洞窟は、先ほどの「岩屋さん」に続いているという
この洞窟は、先ほどの「岩屋さん」に続いているという
江ノ島の洞窟は富士山の氷穴に続いているという伝説があったりするが、これもその類の話であろう。

でもしかし、佐渡島北端と南端の洞窟が繋がっているという発想は、なんとも夢があって素敵ですな。

底が見えない佐渡の奥深さ

とまぁ、佐渡島は金山やトキだけでなく、寺院や霊場なども凄いものである。他にも有形・無形を問わず文化財が数多く、多種多様な文化がギュッと凝縮された、実に濃厚な島なのだ。

これは、かつて佐渡が流刑地だったことも関係するのだろう。流刑地とはいえ流されてくるのは中央での政争に敗れた上流階級の文化人たち。日蓮宗の開祖である日蓮や、能楽を完成させた世阿弥など、歴史の教科書に載っている人も数多い。

そのような流刑者たちが佐渡島に様々な知識を広め、佐渡の奥深い文化が熟成する土台となったのだろう。
佐渡島東部、岩首という集落には棚田もあるよ
佐渡島東部、岩首という集落には棚田もあるよ
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