宮城は松島に伝わる伝統的なハゼ釣り
ジュズコ釣りはハゼ(マハゼ)の名産地である宮城県松島湾に伝わる伝統漁法だ。詳しくは後述するが、普通の釣りよりも手返しよくたくさんのマハゼを釣ることができるらしい。また、針が無いために水中の岩やゴミに仕掛けが引っかかりにくいというメリットもあるのだとか。
針を使わない釣りと聞いて是が非でも取材してみたいと思ったのだが、残念ながら東北へ出向く時間がどうしても作れなかった。
僕は九州在住なのだが、南方住まいにとって東北地方は与那国島や台湾並みに遠い地なのだ。
というわけで、急遽こんなものを購入。
いろいろな釣りのハウツーを紹介する雑誌「週刊日本の魚釣り」
「週刊日本の魚釣り」。定期購読しながらバインダーにまとめていくと、最終的に百科事典みたいになるアノ手の雑誌だ。最先端のゲームフィッシングからいぶし銀の伝統漁法、果ては「誰がこんな魚狙うんだよ…」といったどマイナーな釣りまで、日本全国津々浦々の多種多様な魚釣りのハウツーが網羅されている。実は僕も「どマイナー」専門でいくつか記事を書かせていただいたことがあったりする。
もちろんジュズコ釣りの解説も。
この雑誌のバックナンバーにジュズコ釣りの解説が掲載されていたのだ。実際に松島湾の数珠子釣り保存会に取材して執筆されているので、内容は非常に詳細。本記事を通じて数珠子釣りに興味を持った方はぜひ、この号だけでも取り寄せてみるといいだろう。
もちろん、本場で名人たちの業前を見るに越したことはないのだが、時には妥協も必要。今回はこの解説記事を頼りに自分で勝手に実践し、本当に針無しで魚を釣ることができるのかを確かめてみようと思う。
イソメ(ゴカイ)で「数珠」を作る??
この釣りでは餌として青イソメというゴカイの一種を使う。これを何匹もタコ糸や化繊の紐にたくし上げるように通し、束ねて捩って、イソメの塊を作ってやる。これが数珠のようにボコボコしていることから、数珠子釣りという名がついたようだ。
ハゼは顎の力が強い上に、やたら食い意地が張っている。そのため、この数珠子に食いつき口いっぱいに頬張ると、そのまま吐き出すことなく(吐き出せずに?)釣り上げられてしまうというのだ。マジかよ。
雑誌の解説を頼りに仕掛けを作る。詳しく知りたい人はバックナンバーを注文しよう!Amazonでも買えるよ!
普通の釣りが針を魚に引っ掛けてホールドするのに対し、こちらは魚に仕掛けをグリップしてもらう釣りだということだ。理屈を聞くと、なんとなくいけそうな気もしてくるが、本当にそんなことができるのか。半信半疑にならざるを得ない。
数珠子の作り方をごく簡潔に。まず、たっぷりの青イソメとタコ糸を用意。今回は大ぶりの縫い針を使うが、本来はステンレス線を加工して専用のイソメ通しを作るそうだ。
とはいえ、とにもかくにもここは実践あるのみだ。解説を読みながら必死に数珠子を作るが、なかなかどうして手間がかかる。「釣り針に餌を刺す」だけなら数秒でできてしまうのに。針が無くなると、それはそれで大変なのね。
しかし、こんなモノで本当に魚が釣れるのか。ただの虫団子にしか見えないのだが。
二本のタコ糸にイソメを数匹ずつたくし上げてよりあわせると
しかも、本来はステンレス線を加工してイソメをタコ糸に通す道具を作るところから始めるべきなのだが、今回は楽をしようとして大きな縫い針を流用。素人のくせに横着をしたせいで、数珠子の出来栄えも誌面のものと比べると明らかに粗くなってしまった。
とりあえず数珠子が完成。いざ作ってみると、頭からお尻まで綺麗にイソメを通す作業がなかなか難しく、形がいびつになってしまった。本来、松島湾の漁師さんが使用する数珠子はもっとふんだんにイソメを使うので、これよりもう少し大きくなる。
使い物になるのかどうか、それすらも素人目にはわからない。
まあいいや。兎にも角にも釣り場へ行かなければ釣れるものも釣れない。とりあえず実戦投入してみて、どうしても釣れなかったら作り直そう。
釣れそうで釣れない!
というわけで、地元ではマハゼ釣りの好ポイントとして有名なとある河口へやってきた。
今日はここで数珠子釣りにチャレンジするのだ。
本来、数珠子釣りは小舟の上から行うもの。たが、今回は波止の縁を船べりに見立てて岸から挑戦させていただく。竿からぶら下げた仕掛けを真下に落とす点は一緒なのだし、なんとかなるだろう。
もともと、数珠子釣りは小さな舟を海に浮かべて行う漁法。岸から試す時点で既に邪道なのだが、そこは大目に見てほしい。
とりあえず、マハゼが間違いなくいることを確認する目的で、釣り針を使った一般的な仕掛けで試し釣りをしてみることに。餌はもちろん、数珠子に使ったものと同じ青イソメ。
あ、釣り針使うとこんな簡単に釣れるんだ。
仕掛けを放り込んで五分と経たないうちに、竿先がカンカンと叩かれる。リールを巻くと、十数センチほどのマハゼが針を咥えて水面から飛び出した。おお、もう釣れた。
よし。ポイント選びは間違っていないな。
というわけで、さっそく数珠子仕掛けを投入。
釣り糸の先にオモリを結び、さらにそこから吹き流すように数珠子を垂らす。実にシンプルな仕掛け。これでハゼの闊歩する水底を小突くのだ。すると、動くものが大好きなハゼは辛抱たまらず数珠子に食いつくというわけだ。
実際、すぐにマハゼらしき反応はあった。しかし、問題はここから。慌てて勢いよく引っ張ると、びっくりするのかすぐに数珠子を吐き出してしまう。かと言って、時間をかけすぎてもやはり逃げられる。
いくら意地の張ったハゼとは言え、あまり大きな違和感を覚えると餌を放棄して逃げてしまうのだ。違和感を与えずに、かつ一息に水面から抜き上げる絶妙な力加減が必要らしい。
カニなら簡単に釣れた。でもザリガニも針無しの仕掛けで釣れるので、これはそう不思議でもない。
また、技術的な面だけが問題というわけでもなさそうだ。
どうも、このポイントにいるマハゼのサイズと数珠子の大きさのバランスが合っていない気がする。
ここで釣れるマハゼはせいぜい15センチ程度。20センチもあればかなりの大物扱いである。しかし、ハゼの数珠子釣り発祥の地にして、現在も実用的な漁法として行われている松島湾は30センチを超えるような特大ハゼの宝庫。数もサイズも常識外れであることで知られている。猟師さんにとっては20センチ超えなんてちっとも珍しくないだろう。15センチ級なんて眼中にすら無いのでは。
ハゼも30センチ近い大型固体はこの迫力(写真は有明海のハゼクチという種類のハゼ)。たしかに、このサイズなら数珠子も楽々くわえられるし、顎の力も強かろう。
そんな夢のような海で、高値のつく特大ハゼだけを厳選して、かつ手返しよく大量に釣っていくために考案されたのがこの数珠子釣りなのだ。ならば、大型のいないこの海で試すとしたら、かなり数珠子のサイズを落とさなければならないのではないか。
試しに数珠をほぐして細くし、ハゼが咥えこみやすくしてやる。
水中に落としてチョンチョンと動かしていると、コツコツっとハゼが食いつく感触。しゃがんだ姿勢からスッとひざを伸ばして立ち上がり、まっすぐに仕掛けを抜き上げると…!
釣れたぜー!針なしで魚がー!
数珠子を咥えたまま宙を舞うマハゼの姿が、ハッキリとスローモーションで見えた。
釣られたマハゼは足下の地面に落ちると、その拍子に数珠子を離してしまった。ようやく釣れた貴重な一匹。メモリアルな一匹。ここで逃げられてはたまらないと野良猫のように飛び掛かり、手のひらをかぶせて押さえ込む
無事確保し、ようやく安心。そして感激。
釣り針が無くても、本当に魚って釣れるんだな。
でも釣り針使って再開してみたら、瞬く間にこの釣果。はっきり言って、普通の釣り場では普通の釣り方が遥かに効率的。
結局、この一匹がこの日最初で最後の獲物になってしまった。頑張り続ければまだ一匹か二匹は釣れただろうが、僕はもうすっかり満足してしまった。燃え尽きたのだ。
とはいえ、獲物がこれだけではさすがに寂しい。てんぷらを楽しめるくらいは釣って帰ろうと釣り針を使った普通の仕掛けに戻して釣りを再開したところ、ものの二十分で5匹が釣れてしまった。
なんだこの落差。針使った方がずっと効率的じゃん。
それもそのはず。何度も言うが、この数珠子釣りは「バカデカいハゼが超入れ食い!!」というかなり特殊なケースでしか真価を発揮しないのだ。
「いちいち針外してる時間もったいないわー。餌を刺し直す時間ももったいないわー。釣れすぎて餌代もバカにならんわー。」といううらやましい状況。
数珠子をガッポリ頬張れて、しっかりグリップできるような大ハゼがいれば、この仕掛けでもわりと釣り上げやすくなるのだ。
ハゼのように小さな魚ほど、口に掛かった針を外すのは大変。もたもたしていると魚を弱らせたり、釣れる時合を逃したりしてしまう。
そして、釣りをしたことがある人ならわかると思うが、ハゼのような小魚の口から針を外して、また餌を刺し直すという作業は意外と時間がかかる。といってもせいぜい数分程度なのだが、入れ食いの状況下ならこの数分間のロスが数匹分の獲物のロスと同義となる。
その点、数珠子仕掛けなら、釣り上げたハゼは水上に上げてしまえば勝手に仕掛けを吐き出してくれる。たこ糸を通した餌は簡単にはちぎれないので、餌を交換する必要もない。釣れれば釣れるほど、餌代が浮くのだ。
カエシが無く、すぐに口から外れる疑似餌針を使うカツオの一本釣りと同じ理屈と言える。
しかも、この数珠子釣りは魚に針傷が一切つかないので魚が弱りにくく、活かしたまま出荷することができる。ややもすると時代遅れと思われがちな伝統漁法だが、こういう他に無い実用的なメリットがあるからこそ、現代においても根強く受け継がれているのだろう。
釣れたマハゼはてんぷらにして。ちょっと揚げすぎたけど美味い。ただし、数珠子で釣ったのは一番上に盛った一匹だけ。
マハゼ以外の魚も釣れるのでは
ところで、数珠子でマハゼを釣ろうとがんばっているとチチブの幼魚など、小さなハゼ類がちらほら釣れてきた。
どさくさにまぎれて小型のハゼも釣れた。マハゼしか釣れないわけではないのだな。
ひょっとすると、ハゼの類なら他の種にも応用できるのかもしれない。ちょっと数珠子釣りの可能性を探ってみよう。
ハゼ類の多い近所の小川へ。
今回はマハゼの他にウロハゼやヨシノボリ、ドンコなどいろいろなハゼが住んでいる小川へやってきた。彼らも数珠子釣りで釣れるに違いないと踏んだのだ。
ただ、ここは海にこそ近いものの流れる水はほぼ純淡水。なので、ここに棲む魚は海の生物であるゴカイなどはあまり好きではないかもしれない。
暗くなると、水底にちらほらとハゼたちの姿が
ということで、ここでは応用編としてミミズを使って数珠子を作る。魚に合わせて餌を変えていくのも、きっと釣りをする上では重要な工夫だろう。
ということで、ここでは応用編としてミミズを使って数珠子を作る。魚に合わせて餌を変えていくのも、きっと釣りをする上では重要な工夫だろう。
ではさっそく、実験の結果を動画で見ていただこう。片手でカメラ、片手で釣り竿を操作しつつ撮ったものなので若干見苦しいが。
とても水深が浅く、しかも澄んでいるので魚がどこにいるか、いつ数珠子に食いついたかが手に取るようにわかる。マハゼの苦戦がウソのように簡単に釣ることができた。
しかも、今回は釣り上げる瞬間を映像に収めることにもかろうじて成功。釣り針なしで魚が釣れると言う事実への動かぬ証拠ができた。動画だけど。
ドンコを中心に、数種類のハゼが釣れた。
ところで、釣れたハゼたちは意外なほど鋭い歯を持っていた。
ドンコの歯。ハゼの仲間の顎には意外と鋭い歯がたくさん生えている。これが数珠子の芯となっている繊維に食い込むのかも?
そういえば、以前とある釣り好きの友人と数珠子釣りについて話していたところ、面白い話を聞くことができた。パプアニューギニアには鋭い無数の歯を持つダツという魚を、数珠子釣りと同様に針を使わずに釣る漁法があるのだそうだ。
ただし、そちらは化学繊維製のロープを細かくほぐして疑似餌にし、食いついてきたダツの歯を絡めとるのだという。数珠子釣りの場合も、仕掛けの芯に使用している紐にハゼの歯を食い込ませることで、釣り上げる確率を高めているのではないかと彼は語っていた。
うーん、シンプルに見えるけど、意外と奥が深い釣りなのかもしれない。
ドンコもてんぷらに。肉厚なハゼ天という感じで、クセも無く美味い。やっぱりちょっと揚げすぎたけど。
ハゼだけじゃない。ウナギも、オオウナギも。
ここまで、数珠子釣りは対ハゼ専用の漁法であるかのように書いてきたが、実を言うとそうでもない。数珠子釣りはウナギにも効果的なのだそうだ。仕掛けの細部はいくらか異なるが、釣り針を使わず、紐を通した餌の塊で魚を釣るという基本的な部分はハゼの場合と変わらない。
今回、川でハゼを探している際にタイミングよく若いウナギに遭遇したので、仕掛けを流用して試してみることにした。つい最近、絶滅危惧種に指定されたために釣り上げることすら後ろめたくなってしまったウナギだが、数珠子釣りなら釣り上げてもほぼ無傷で川に帰せる。というわけで、ここはひとつ気軽に狙わせてもらおう。
気を抜いているタイミングで食いつかれ、一瞬しか撮影することができなかった…。
結果、撮影にモタついているうちに逃げられてしまったが、「これは上手いことやれば確かに釣れるな」と確信。
再挑戦しようかとも思ったが、もう釣れることはわかってしまったのでいまひとつモチベーションが上がらない。そうだ、じゃあ代わりにあの魚を狙ってみよう。
普通のウナギが釣れるなら、こいつもいけるかも?
普通のウナギ(ニホンウナギ)が釣れるなら、南国に棲むオオウナギも釣れるはず。あいつも負けず劣らず意地汚いし、顎強いから。
オオウナギも一度噛みつくとなかなか口を開けてくれない。数珠子釣りには適した性質だが、取り扱いには要注意。
というわけで、沖縄出張の合間を縫ってオオウナギの棲む川へと立ち寄った。
オウナギは沖縄の川なら意外とどこにでもいる。
完成品の写真を撮り忘れたが、今回は刻んだ塩サバを化学繊維の紐に通して数珠子を作った。もうミミズとかイソメでは満足してくれないような大物を狙うのだ。
餌の塩サバは細長く刻んで、皮を丁寧に細かく縫うように紐に通す。ここで手を抜くとポロポロ落っこちてしまい、魚が食いつくたびに作り直しを強いられる。
オオウナギの密集しているポイントへ塩サバ数珠子を放り込むと、すぐに釣り竿がグイグイと引っ張られる。オオウナギが食いついたのだ。
そっと引っ張り返しても餌を離す気配が無い。だましだまし時間をかけて引き寄せてくると、水面で1メートルほどの魚体がのたうち、飛沫を上げる。しかし、いざ水上へ持ち上げると、さすがに違和感を覚えたのか口を離して再び川へと落ちてしまった。
かなり自重のある魚なので、ハゼのように勢い任せに抜き上げる戦法は通用しないらしい。
なんとか釣れたオオウナギ。小ぶりだったが、抜群に嬉しい!
結局、水際ぎりぎりまで降りて竿を出し、水中にセットした大きなタモ網の中へそっと連れ込むという非常にこざかしい作戦を駆使して、ようやく一匹だけ釣ることができた。
ちなみに、この一匹までに要した時間は8時間以上。沖縄滞在中に確保した自由時間のほぼすべて。のべ11匹におよぶオオウナギたちとの駆け引きの末に得られた成果だった。
たぶん、素直に釣り針を使っていれば開始30分以内に一匹は釣れていたはず。そう考えるとどうしようもなく非合理的な釣り方だが、一匹釣れたときの感動は格別。まあ、じれったすぎるからもう二度とやりたくないけど。
効率悪くても、楽しい!
数珠子釣りは一般人が遊漁で行うには効率の悪い釣りだろう。だが、お遊びだからこそ、こういう余裕のある漁法がかえって楽しいのではないか。
個人的には、釣り針で10匹釣るよりも数珠子で1匹釣れた方がより感動できる。特に、リリース前提の釣りの場合も魚に傷をつけずに済むのは少し気持ちがいい。釣り好きの方は一度試してみてはどうだろう。
オオウナギがいけるなら、同じく口が大きくて歯が細かく、にょろにょろしたナマズも釣れるのでは。…と思ったが、すぐに数珠子を吐き出されてしまい失敗。当然ながらどんな魚にも応用できる釣り方というわけではないのだ。