コラボ企画 2015年1月13日

職人がこだわりぬくと800万円が安く感じられます

腕に巻くレベルじゃない。
腕に巻くレベルじゃない。
1000万円あったら何に使おう。

車、ローン返済、貯金、毛皮。

いろいろ選択肢はあると思いますが、正解といえるものの一つを見つけました。

時計です。本当に。
行く先々で「うちの会社にはいないタイプだよね」と言われるが、本人はそんなこともないと思っている。愛知県出身。むかない安藤。(動画インタビュー)

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1000万円あったら何に使おうか

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編集部安藤:こんにちは。
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ライター地主:こんにちは。なんですか今日は。
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コミックシーモアが抽選で1000万円くれるらしいので、今回はその使い道について考えることにしました。ちょっと協力してください。
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お金から一番縁遠い感じの僕たちが、ですか。
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今の状態を言ってるんじゃありません。いきなり当たっても困るので今のうちから考えておいても損はないでしょう。可能性は平等ですから。
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わかりました。で、1000万円っていくらですか。
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いい質問です。たとえば僕らがよく使う100円ショップだと、税金とか細かいこと考えずにざっと換算して10万アイテム分買える額です。
迷うことなく「全部くれ」と言える額ということ。
迷うことなく「全部くれ」と言える額ということ。
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憧れのショップオーナーになれるわけですね。
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何をもってオーナーと言えるのかわかりませんが、だいたいそういうことだと思います。地主くんなら何が欲しいですか。
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リアルに今ほしいカメラがセットで40万円くらいするんですが。
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安いね!僕もさっき、前からほしかったライカのカメラを見てきたんですが、一番高いやつでも100万円でした。たいしたことないですね。
たいしたことない。
たいしたことない。
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いままでまったく手が出なかったのにお金があると一気に見え方が変わりますね。こういうのをうまく表したことわざがあったと思うんですが。
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とらぬ狸の、ってやつでしょう。それは当たらなかった人のやっかみなので今はいいです。駅にある自動改札が1000万円くらいらしいので、僕はあれを玄関に設置したいです。
これを玄関に。
これを玄関に。
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そういうのでいいんですね。いま調べたら神社の鳥居が1本100万円くらいらしいので10本買って家の前に建てます。
このくらいの規模にはなる。
このくらいの規模にはなる。
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いいね!でも5本くらい建てたところで後悔するパターンだと思うよそれ。
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自動改札もトラックで運ばれてきた時点で後悔すると思いますよ。
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時給1000円で1万人を1時間雇うっていうのはどうですかね。ハーメルンみたいに1万人を引き連れて歩きたい。
たぶん5時のニュースくらいにはなるはず。
たぶん5時のニュースくらいにはなるはず。
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自己顕示欲を満たす上では、僕はここに広告を出したいです。
ここ。
ここ。
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おれのポスターをここに。
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1000万あったらできますね。
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1000万円あると夢が広がります。
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でしょう。でもここまで話してみて、僕らにはやはりなんというか現実というかお金の価値みたいなものが見えていないのではないかと思いました。

ここで1000万円の使い道について、ひとつの正解を発表したいと思います。ちょっとついてきてください。
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美味しい物でも食べられるんですか。

正解を知る前にまず応募しないと当たらない。

そして正解を知ってしまったからには応募しないわけにはいかない。

いったん広告です

正解は都内マンションの一室に

都内のとあるマンションの一室にやってきた。ここで我々を出迎えてくれたお二人を紹介したい。

独立時計師の浅岡肇さんと由紀精密社長の大坪正人さんだ。

独立時計師 浅岡肇さん。
独立時計師 浅岡肇さん。
株式会社由紀精密 代表取締役社長 大坪正人さん。
株式会社由紀精密 代表取締役社長 大坪正人さん。
いきなりちゃんとした人たちが出てきて驚いただろう。

浅岡さんの肩書でお分かりかと思うが、1000万円あったら買うものの正解の一つ、それは時計である。しかもただの時計ではない、浅岡さんが組み立てたこちらの時計である。
これ。
これ。
いきなり金額を明かすと、これ800万円する。
はっ!
はっ!
800万円である。

どうしてそんなことになっているのか、これから説明するのでこころして聞いてほしい。

世界に数人だけです

世界に「独立時計師」と呼ばれる人が数人だけいるという。そもそもそういう「師」があること自体知らなかったわけだけれど、数人と言われるとその貴重さがわかるだろう。彼らは独自の設計にもとづいて歯車一枚から時計を作り上げる。

そのうちの一人が浅岡さんなのである。浅岡さんは独学で時計作りを勉強し、「トゥールビヨン」という複雑な機構を持つこの時計を2011年に作り上げた。
この部分が「トゥールビヨン」と呼ばれる機構。
この部分が「トゥールビヨン」と呼ばれる機構。
トゥールビヨンというのは時計の狂いをできるだけ抑える仕組みである。

時計は正確な方がいい

と言ってしまうと今の電波時計が最強、ってなるのだけれど、実は200年くらい前から電池を使わずにバネと歯車だけで正確な時を刻む時計が開発されていた。それがトゥールビヨンである。どうだ、なんだかわからないけど欲しくなってきただろう。

機械式時計は内部でゼンマイが振り子を動かしているのだけれど、時計の置かれた向きによって部品への重力の受け方が違うため、どうしても狂いが出てしまうのだ。そこでゼンマイと振り子からなるユニット自体を1分間に1回転の速さで回転させることで、重力の影響を平均化しようという機構、それがトゥールビヨンである。
ユニットを1分間に1回転させることで重力の影響を平均化する仕組みが「トゥールビヨン」。
ユニットを1分間に1回転させることで重力の影響を平均化する仕組みが「トゥールビヨン」。

浅岡:トゥールビヨンについていえば800万円とか1000万円っていうのはけっして高い値段じゃないんです。これはもう単なる機械というよりも、その裏にあるストーリーの価値でもあるので。

今回見せてもらった時計は浅岡さんが設計し、大坪さんの工場で超精度で部品を加工し、この工房で浅岡さんが組み立てている。部品を作るための工具からとくべつに作っているので、完成までにそれはもうものすごい時間がかかるのだ。世の中に現存するのはまだ1本のみである。

浅岡さんの話を聞いて知識をつけていくたび、徐々に800万円が安く感じてくるからぜひともみなさんにもその瞬間を体感してほしい。

他にも浅岡さんが作った時計が次々出てくる。
他にも浅岡さんが作った時計が次々出てくる。
もともとデザイナーとして活躍していた浅岡さんが時計作りをはじめたきっかけはなんだったのか。

浅岡:大量生産、大量消費の流れと真逆のことをやってみたかったんです。まあ時計が好きだった、っていうのが一番ですけどね。あとはほぼ情熱のみです。

部品加工を担当した大坪さんはいう。

大坪:浅岡さんは簡単に言うけど、個人レベルでここまでやる人はまずいないですよ。切削とか加工のレベルも並はずれていますから。3Dソフトで設計をしてコンピューター制御された切削機械で加工している個人なんていないでしょう。

いない。ちなみに大坪さんには以前本気で作ったコマを取材させてもらったことがある。いわば超精密加工界(そういう界があるのか知らないけど)の巨匠が手を組んだ形なのだ。
いま机に乗っている時計だけで都内に一戸建てが買えます。
いま机に乗っている時計だけで都内に一戸建てが買えます。
そこまでこだわるモチベーションはどこからくるのか。

浅岡:まず物を作る前にコンピューターグラフィックスで完成形を作ったんです。そして協力してくれる人に見せた。出来上がりのイメージがいいとみんなそこに向かって手伝ってくれるんですよ。なにより自分がそれを現実のものにしようと頑張れるじゃないですか。
信じられないだろう、これCGなんだぜ。
信じられないだろう、これCGなんだぜ。
こうしてトゥールビヨンを搭載した時計が現代に一つ生まれた。浅岡さんがこの時計を完成させていく過程は細かくフェイスブックで公開されているので気になる人は見てほしい。

この時計、年間何本くらい作るものなのだろう。

浅岡:これとは別の時計ですが去年は3本、その前の年は1本しか作れていないですね。なにしろこの1本に時間かけすぎたから。

こだわりぬくと時計作りというのはこうなるのだ。浅岡さんが大切そうにネジを巻くと、トゥールビヨンはコチコチと気持ちのいい音をたてはじめた。機械なのに、まるで生きているみたいである。
手に取ると時計が意志を持っているのがわかる。
手に取ると時計が意志を持っているのがわかる。
地主くんは無謀にも欲しがっていたけど僕は怖くて欲しいとは言えなかった。
地主くんは無謀にも欲しがっていたけど僕は怖くて欲しいとは言えなかった。
どうだろう、少しずつ800万円が安く感じられてきたのではないか。

次のページで浅岡さんに直接時計の作り方について聞いているのだけれど、それを読むと800万円がいかにリーズナブルであるかわかると思います。

800万円がむしろ安く感じられる、浅岡さんの時計作りに対するこだわりとは。

マンガ好きも時計好きも必見です。

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部品一つ一つの精度が半端ない

そもそもこういう精度の高い時計をマンションの一室で作ることができるものなのか。工業製品と聞くと厳重に管理された製造ラインが淡々と動いている中から出てくるイメージがあるのだけれど。
これは大坪さんが自社である由紀精密で加工したリューズ(時計の時間を合わせる時に引っ張る部分)。周囲が溝だけでなくギザギザに加工されているため「さわり心地がいい」のだとか。
これは大坪さんが自社である由紀精密で加工したリューズ(時計の時間を合わせる時に引っ張る部分)。周囲が溝だけでなくギザギザに加工されているため「さわり心地がいい」のだとか。

ネジ一つから違う

実は僕は以前から大坪さんが1000万円くらいの時計の部品を作っている、と聞いていて、ネジ1本でもいいから3000円くらいで売ってくれとお願いしたことがある。これ、あの時計の中に入ってるネジ!って自慢できるかと思ったのだ。その時は「そういうものじゃないので」と断られた。

浅岡:ネジ一つとっても、1本ずつ手で作ってますからね。チタンから削り出して、頭の部分を鏡面仕上げしている。細かい部品だと顕微鏡見ながら回転旋盤で削るんです。一番細い軸で100ミクロンあるかないか、そういうレベルの物ですから。
最も重要な軸の一つ。ボールペンの先と比較してこのサイズである。いったいどうやって作ったのか、想像もできない。
最も重要な軸の一つ。ボールペンの先と比較してこのサイズである。いったいどうやって作ったのか、想像もできない。

この時計はそうやってこだわりぬいて作られた140くらいの部品たちが集まって出来ていたのだ。

浅岡:ギアの軸受をベアリングにしたのもこれが最初だと思います。これもやってみたかったから、ってだけですけどね。結果的に一般的なルビーの軸受よりも精度が出せたと思っています。

この極小のボールベアリングが製品に使われたのもおそらくこの時計が初めてなのだとか。
この極小のボールベアリングが製品に使われたのもおそらくこの時計が初めてなのだとか。
素人考えだとボールベアリングよりもルビーの方が高価だと思うだろう。この世界では違うのだ。こだわりとか思想が物の価値まで逆転させる。
これが顕微鏡で覗きながら材料を削るマシン。ふつうにカウンターに置かれていた。一緒に置かれた栄養ドリンクが作業の過酷さを物語る。
これが顕微鏡で覗きながら材料を削るマシン。ふつうにカウンターに置かれていた。一緒に置かれた栄養ドリンクが作業の過酷さを物語る。
浅岡さんはここで一日何時間くらい時計を作っているんでしょう。

浅岡:集中して作業できるのはせいぜい10時間くらいですかね。もちろん作業自体はもっと長いけど、やっぱり細かい作業だから。

この細かい作業を10時間である。いまこの部分のテープ起こしをしながら背筋が伸びた。
このくらいの部材を削っていってネジとか作っています。神は細部に宿る。
このくらいの部材を削っていってネジとか作っています。神は細部に宿る。
こちらは工作室。
こちらは工作室。

フライス盤が夢だった

しかしこうした設備は時計を作るためにそろえたのだろうか。

浅岡:僕は中学くらいの時から、フライス盤を持つことが夢だったんです。

下の写真で浅岡さんが操作している機会がフライス盤と呼ばれるマシンである。材料を固定して思い通りに削ることができる機械。中学からの夢を叶えたのだ。
このレベルの機械が家にあること自体わからない。
このレベルの機械が家にあること自体わからない。
それにしてもコンピューターグラフィックスで思い描いていた夢の時計が形になってしまった今、これを作り続けていくのにモチベーションは維持できるのだろうか。

浅岡:正直1本目ほど熱中しないよね。だって面倒くさいんだもん、本当に。本当に面倒くさい。

これほど実感のこもった「面倒くさい」も久しぶりに聞いた。
時計職人とはいえ浅岡さんは一時計好きなのでふつうに市販のも買う。これは最近買ったというカシオの時計。「ずっと欲しかったやつ」と。
時計職人とはいえ浅岡さんは一時計好きなのでふつうに市販のも買う。これは最近買ったというカシオの時計。「ずっと欲しかったやつ」と。
浅岡:よく物を作る前に市場調査ってするでしょう、どんなものが望まれてるかって調べるために。でも、たとえば何食べたいですか、って聞いてハンバーグ、寿司、ステーキ、って出てきたらそれをミックスさせてハンバーグステーキ寿司みたいなのを作ろうとしてしまうんです。それが今の日本。それ、本当に美味いの?と。

そうじゃなくて時計にとっての理想をぜんぶ、わがままを全部通したんです。そうしたら800万円になったってこと。妥協しなかった結果がこれなんです。

この時計には何年にもわたる日に10時間以上の精密作業と妥協のないこだわり、作り手の情熱がすべて注ぎ込まれているのだ。そう考えると安い!800万円安い!

800万円を腕に巻く

浅岡さんと大坪さんと2時間ほどじっくり話しこませてもらい十分打ち解けたところでこのトゥールビヨンを腕につけさせてもらえないかお願いしてみた。

浅岡:いいですよ

いいんすか!
まずは地主くんから。見ている方がひやひやする。
まずは地主くんから。見ている方がひやひやする。
「!!!!!!!」
「!!!!!!!」

浅岡さんのトゥールビヨンはほどよい重さでぴったりと腕に寄り添い、コチコチと気持ちのいい音をならしていた。時計を見ると針は18時半をすこしすぎたところだった。僕の時計も同じ時間を指していたが、まったく意味合いの違う情報に思えた。

高い物が良い物ということではけっしてないが、良いものを作ろうというこだわりを爆発させて形にしてしまった浅岡さんたちに会うと、それが800万円でも安いと思えるように思えてくるからおもしろい。物の価値ってなんなんだろうなと思いました。


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どうでしたか、トゥールビヨン。
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つけていて気持ちよかったです。自分の物のように腕にフィットしましたから。いつか買います。
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1000万当たったらおれもあれ買います。
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正解が出てよかったです。

皮算用しようぜ!

機械式時計は200年前に作られた物が現役で使われていたりする世界らしく、まさに「孫の代」まで使えるのだという。そう考えると1000万円の使い道としては正しい選択肢の一つだと思うんです。
僕もつけさせてもらいました。下に手を添えたくなる。
僕もつけさせてもらいました。下に手を添えたくなる。


浅岡肇さんのサイト
Hajime Asaoka
大坪さんの会社
株式会社由紀精密

1000万円財布にあるぞ!という人はそれ握りしめて浅岡さんのところへ。そうでない人は下のリンクからいますぐ応募、それ応募!

当たったらご一報ください。

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