「手袋を買いに」っていう絵本ありますよね
たぶん多くの人が一度は読んだことあると思う、新美南吉の「手袋を買いに」という童話。
わが家でもこどもに読んであげようと思って改めて買ってきた。
これは若山憲さんのイラスト
それで子どもに読み聞かせていたら、まず文章がとても素敵だってことに気づいた。こどもの頃は分からなかったんだけど。
「暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやって来ましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮びあがっていました。」
青空文庫「手袋を買いに」より
景色が思い浮かぶようでしょう。これ書いたの、新美南吉が20歳のときだっていうのがほんとに驚き。人格が完成されすぎてる。ついでに言うと「ごんぎつね」を書いたのは17歳だそうだ。「ごん、お前だったのか」のくだりを高校生がね・・。
新美南吉さんは30歳で亡くなりました。
まあそれはいい。後半、母ぎつねが子ぎつねの片方の手を人間の手に変え、こっちの手で帽子屋さんのおじさんに「はくどうか」を渡しなさい、という場面がある。
実際に「はくどうか」を渡すシーンは、それはそれは美しくかかれていて説得力があるんだけど、よく考えたら「はくどうか」がなんだか分からない。こどもに読み聞かせてるのに自分がよく分からないんじゃまずいと思って調べてみた。
「はくどうか」は「白銅貨」だった
インターネットは素晴らしい。答えだけならすぐ出るのだ。白銅貨とは白銅で鋳造した貨幣であり、白銅とは銅を主体としニッケルを含む合金である。ニッケルが多いと銀色に輝くので銀貨の代わりになる。
何を隠そう、いまふつうに使われてる50円硬貨、100円硬貨は白銅貨なのだった。
なんと、これが白銅貨でしたか
南吉さんが格調高く「白銅貨」と書いているので気づかなかったが、まあふつうに100円みたいな硬貨のことなのだった。
でも待てよ。「手袋を買いに」は昭和8年の作。その頃はいまの100円硬貨はなかっただろう。その当時の白銅貨を2枚手に入れて、帽子屋のおじさんのように手のひらで「ちんちん」と鳴らして、木の葉のお金じゃないことを確かめたい・・。そんなことを突然思い立ったのでした。
どうやら「十銭白銅貨」らしい
当時使われていた白銅貨には「五銭白銅貨」と「十銭白銅貨」というものがあるらしい。そば一杯が十銭くらいだったようなので、手袋はそばニ杯分とすれば、子ぎつねが渡したのは「十銭白銅貨」なんじゃないか。
念のため愛知県半田市にある「新美南吉記念館」に電話で確認してみた。ここでいう「白銅貨」が何か、ということくらい定説があるだろうと思ったのだ。でもとくに定説はないらしい。そもそも舞台が日本なのかどうかも分からないし、時代もはっきりしないと。
電話で問い合わせる
「ただし・・」と言って、学芸員の方が教えてくれた。南吉の童話にはお金が出てくることがたびたびある。「落とした一銭銅貨」というそのものずばりのタイトルの童話もあるし、「おじいさんのランプ」という童話には次のようにある。
「巳之助はしばらくその店のまえで十五銭を握りしめながらためらっていたが、やがて決心してつかつかとはいっていった。」
青空文庫「おじいさんのランプ」より
状況が「手袋を買いに」とちょっとだけ似てる。握りしめてるのは五銭白銅貨と十銭白銅貨を一枚ずつだろう。だとすると、「手袋を買いに」も同じように日本の同時代が舞台で、「はくどうか」とは十銭白銅貨のことだ、と考えるのは自然なことなんじゃないかと思った。
「十銭白銅貨」を手に入れた
近所の古銭屋さんに行き、十銭白銅貨がないか尋ねてみた。おじいさんとおばあさんがやっている古いお店だ。
近所の古銭屋さん
「なんで欲しいの?」と聞かれたので「手袋を買いに」という童話があって・・と話したところ、「知らないねえ、その話。」と一蹴されてしまった。「新美南吉の本を読んだお客さんがたまに来るよー」みたいな展開を実はちょっと期待していたんだけど、「いやー知らない。読む暇がない。」と言われてちょっとだけショックだった。
で、とにかく手に入れました。
きらきら
これが十銭白銅貨だ!
うーむ。ついに手にいれました。銀色に輝いております。
計1,600円
帽子屋のおじさんになった気分で、これを手のひらで「ちんちん」と鳴らしてみたい。
それから、子ぎつねが間違って本当の手を出してしまうところもやりたい。せっかくだから。
で、こんなものをつくりました
タワシに紙で肉球を貼り付けた。ちゃんとキツネの手みたいだ。
じゃあこれであの場面をやってみよう。
はくどうかを渡す場面をやってみる
十銭白銅貨をいよいよ手に入れたので、帽子屋のおじさんに習ってちんちんさせてみようと思う。
せっかくなのでその前のシーンから。
夜の雪
「暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやって来ましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮びあがっていました。」
青空文庫「手袋を買いに」より
光の筋が伸びる
『子狐は教えられた通り、トントンと戸を叩きました。
「今晩は」
すると、中では何かことこと音がしていましたがやがて、戸が一寸ほどゴロリとあいて、光の帯が道の白い雪の上に長く伸びました。』
青空文庫「手袋を買いに」より
子狐の手(のつもりのタワシ)
『子狐はその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがった方の手を、ーーお母さまが出しちゃいけないと言ってよく聞かせた方の手をすきまからさしこんでしまいました。
「このお手々にちょうどいい手袋下さい」
すると帽子屋さんは、おやおやと思いました。狐の手です。狐の手が手袋をくれと言うのです。これはきっと木の葉で買いに来たんだなと思いました。』
青空文庫「手袋を買いに」より
ちんちん
『そこで、
「先にお金を下さい」と言いました。子狐はすなおに、握って来た白銅貨を二つ帽子屋さんに渡しました。帽子屋さんはそれを人差指のさきにのっけて、カチ合せて見ると、チンチンとよい音がしましたので、これは木の葉じゃない、ほんとのお金だと思いましたので、棚から子供用の毛糸の手袋をとり出して来て子狐の手に持たせてやりました。』
青空文庫「手袋を買いに」より
手ぶくろ
まあこんな感じだ。
「手袋を買いに」といえば「おててがちんちんする」だと思っていた人も多いと思うけど、白銅貨をちんちんさせる場面もなかなかいいものだ。鳴らしてみると、本当に「ちんちん」といい音がする。どんな音かな、試して見たいなと思う方がいたら、お手元の100円硬貨2枚を鳴らしてみて下さい。それとおんなじ音です。
はくどうかはちんちん鳴った
今まで謎だった白銅貨がおそらくこれだろうという実感が湧いたので、これはこれでうれしい。もし子供に「はくどうかってなに?」と聞かれたら、こういうものだよと教えてあげてください。