ポイ捨ては断然いかん。しかし、「捨て」の要素をのぞいてポイだけ連れて歩くと、なかなかにポジティブなモティベーションを生むことがわかった。よし、ポイまでは許そう。そしてどんなに場所をとってもこのポイと生きてゆこうと心に誓ったのだった。
やたら個性があるサイン
里山や河川、道路や遊歩道の花壇など、ちょっと目を離すと空き缶やタバコ、家電、死体を投棄しがちなロケーションで、様々なサインが警告を発している。
さわやかな表情でおっかない犬直撃。反撃がこわくないのか。
森の仲間達が怒っている。
すばらしいゴミ書体。「ゴミ」を表現する上でびん・かんってわかりやすいんだな。
缶に夢中
特に空き缶のポイ捨て禁止は見どころが多い。ポイントは「缶」である。
平面的な缶がいい。今すぐ印象派に影響を与えそうな。
コココーラ!
ついには顔面が表出。
レイトン教授かと思った。
相模原市もレイトン系
付喪神(つくもがみ)と呼ばれる観念がある。長い年月を経て古くなった道具などを寄り代として、神や霊が宿るというものだ。よりによって空き缶に宿ってしまった神が、甘くておいしい液を提供してくれた缶にたいしてポイと仇をなす愚かな人類を叱咤している。
関節がはずれそうなほど指の股をめいっぱい広げて突き出された手。ポイ捨てが天地の五気(寒・暑・燥・湿・風)を乱し、世界を破滅に導くという警告である。
悲痛。下のくずゴミのため息が秀逸。
むしろ手に引き寄せられているかのよう。
トーマス!トーマスじゃないのか。
缶がでかいのはいい
何より愛着があるのが次に挙げるタイプ。とにかく缶がでかい。空に浮かんだり大地にめり込んだりしている大きな空き缶は肥大化して空洞化した現代文明のメタファーに違いない(うそ)。
そしてボディには「CAN」、かってコーラやポカリやバヤリースだったものも中身が抜ければ皆同じCANとなる。なにか死生観の本質をずばっとつかれたというか払い小手されたような気持ちになる。
そしてボディには「CAN」、かってコーラやポカリやバヤリースだったものも中身が抜ければ皆同じCANとなる。なにか死生観の本質をずばっとつかれたというか払い小手されたような気持ちになる。
ひしゃげてもはや四角い。
小金井市。でかいCAN、そして鳥、完璧だ。
藤沢市。小金井市と同様にCANと鳥。コピーまで一緒だ。こういうフォーマットがあるのだろうか。
鎌倉市も藤沢と同バージョンがあった。
ピンぼけですいません。花と虹、そして入道雲も頻出する。
「KAN」というのもあった。背景は空と雲、ポイの概念を超越した飛距離。
このでかい缶をリアルにしたらポイ捨てにさらに臨場感が加わるのではないだろうか。
そしてできたのがこれだ。
そしてできたのがこれだ。
メッセージもきつめに。板橋区なのは私が住んでいるからです。
秋の大空に映えるでかい缶。これはフォトショップなどの画像ソフトを使って合成したものではない。
でかい缶を
放り投げて…
パシャリと撮影。
キャッチ!
せっかく作ったCANが成層圏をこえてディスカバリー号に変化してしまわないように、もっというと投げた私が猿に退化しないように気をつけながら投げて投げて投げまくった。
いい感じの写真が撮れるまで繰り返す。あほくさいけどなんか楽しい。
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でかい缶は作れる
でかい缶の写真を撮るにはでかい缶を作る事だ(名言っぽく)これはヘボコン出場の実績を持つ私にとって相当な決意だ。決意した事でなにか成し遂げた気になってしばらく何もせずカポーティの小説を読んだりしていたくらいだ。
そしていつしか追いつめられ、悩んだあげく材料を揃えた。
そしていつしか追いつめられ、悩んだあげく材料を揃えた。
ステンレス板とエアパッキン、ペンキなど。ペンキはじめて買った。
「ドラム缶買ってきて塗りゃいいかー」と思ったが前述のような投げ撮り(勝手に命名)による撮影には重すぎるのと、どうもあの胴体のちょこんと盛り上がってる部分が缶ぽく見えないのが気にくわなかった。
ハンズをぶらつきながらてきとうに決めた、ステンレス板を筒状に丸め上下に蓋をするという工法で製作開始。
ハンズをぶらつきながらてきとうに決めた、ステンレス板を筒状に丸め上下に蓋をするという工法で製作開始。
プライマーで下地処理したステンレスに赤ペンキを塗る。これが死ぬ程楽しい。
マスキングしながらCANを。
なんかいれたくていれたラインを書く。
深夜に黙々とステンレスを塗り、乾かし、また塗る。直径20cm×高さ60cmの無用感をまとった物体が徐々に組み上がってくる。
息抜きにつけたテレビでは京都大学の霊長類研究所が早老症のニホンザルを発見、その細胞からiPS細胞の作製が試みられ、老化の仕組みの解明が期待されているといったニュースが流れていた。
すごい、日本すごい。大丈夫だ。一人くらい家ででかい缶を作っていても全然大丈夫だ。やったー。
息抜きにつけたテレビでは京都大学の霊長類研究所が早老症のニホンザルを発見、その細胞からiPS細胞の作製が試みられ、老化の仕組みの解明が期待されているといったニュースが流れていた。
すごい、日本すごい。大丈夫だ。一人くらい家ででかい缶を作っていても全然大丈夫だ。やったー。
塗装完了!
形を整えてエアキャップを詰める。
微妙におさまらない分を切り落とすのが大変だった。手にこびりついた赤いのは血ではなくペンキです。
上下に蓋をつけて完成!隣は500mlの缶。
なにげに上下の蓋を固定するのが大変だったのだが、ものすごく強力な両面テープでなんとかなった。
こうして乏しい技術の全てを投入してなんとも形容できない達成感と共にでかい缶が完成。あとはこれを抱えて外に飛び出すのみ。
こうして乏しい技術の全てを投入してなんとも形容できない達成感と共にでかい缶が完成。あとはこれを抱えて外に飛び出すのみ。
いい階段だ。缶を置きたくなった。
おお、むだに迫力のある絵が。
看板っぽくしてみた。
これは結婚式の余興です
うまいものを見ると辛口の菊正が欲しくなるように、でかい缶を持つと広いところに行きたくなるのは人として当然の心理だ。近所の公園に行くと休日の午後だというのに人っ子ひとりいなかった。
ぽつりと真ん中に置いてみる。
これだけ広いところに置くとスケール感をいまいち実感できないが、缶蹴りをしてみるとその無闇なでかさが浮き彫りになる。
よいしょっと。
スライディングタックルされそうだな。
枯れ葉に置くと投棄感が出てくる。
ここでよりポイ捨て感を演出した写真が撮りたくなった。
石で角度をつける。
ずしゃあっ、投げたてほやほや。
さらに撮影場所を探して徘徊する。
広場にやってきた。人はまばら。
ランニングをしている中学生に「何してるんですか?」と聞かれた。一瞬、答えにつまったがとっさに編集部の安藤さんに教えてもらったメソッドを思い出した。「結婚式の余興って言っとけばたいがいなんとかなる」
「あ、あれなんですよ。結婚式の余興でね、でかい缶を、ほら、車に缶とか結ぶじゃないですか、オープンカーで、どっかいっちゃう時に、あれをね…」
「ありがとうございましたー」
変に肉づけしてすっかりわけがわからなくなった回答に世界一無難な言葉を吐いて中学生は走り去っていった。
「あ、あれなんですよ。結婚式の余興でね、でかい缶を、ほら、車に缶とか結ぶじゃないですか、オープンカーで、どっかいっちゃう時に、あれをね…」
「ありがとうございましたー」
変に肉づけしてすっかりわけがわからなくなった回答に世界一無難な言葉を吐いて中学生は走り去っていった。
投げてみたり
置いてみたり
転がしてみたり。
ぼこぼこになってきた。でも穴とか開かない、金属すげえ。
缶を投げて高所から撮影すると、さらに臨場感が増す事も判明した。
投げ続けてかなり消耗していたのでいい表情が出ている。
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やはり海へ
こうして界隈ででかい缶とのふれあいを堪能したわけだが私にはもう1カ所、行かねばならない場所があった。
佐渡で発見。ビーチに浮かぶCAN。遠くに見えるウィンドサーフィンや灯台もいい。
ポイ捨てが問題になる行楽地といえば海。両津市で出会ったこの光景を蘇らせるために江ノ島を目指した。
DPZで何回来とるんだ片瀬江ノ島。
ここでも投げる!
おお!なんかいい感じ(マウスオーバーで禁止看板に)
トンビに逆ギレ
さらに江ノ島に来た目的は海だけではない。もうひとつだいじな要素、それは「鳥」だ。
断言するほどのものでもないが缶の周りを飛びまわる鳥達。
お、こっちくるぞ、ほら缶だよでかい缶、ほらすごいだろ。
ああ…トンビに言うのもなんだがけんもほろろだ。
トンビは50m先から1cm足らずの肉片も発見できる非常に優れた視力を持ち、上空から観光客の弁当のおかずやハンバーガー、江ノ島名物シラスボールを狙い、奪い去ってゆく。
そんなトンビがこんなでかい缶を視認できないわけがない。しかし全く興味を示す事なく「なんだあの馬鹿は」とばかりにピーヨローと鳴いてスルーしていく。
なんで?缶がでかいんだよ。おかしくない?あれ?とか思わないの?「なにそのでかい缶」て聞かれたら俺は胸をはって答えるよ「ポイ捨てから捨てを除いた思想実験だよ」って。きっと少し笑ってるよ。だのになんで降りて見にこないの?馬鹿にしてるでしょ。馬鹿はお前だよ!
いくらわめいても何も解決しなかったので無理矢理フレームインさせて妥協した。
そんなトンビがこんなでかい缶を視認できないわけがない。しかし全く興味を示す事なく「なんだあの馬鹿は」とばかりにピーヨローと鳴いてスルーしていく。
なんで?缶がでかいんだよ。おかしくない?あれ?とか思わないの?「なにそのでかい缶」て聞かれたら俺は胸をはって答えるよ「ポイ捨てから捨てを除いた思想実験だよ」って。きっと少し笑ってるよ。だのになんで降りて見にこないの?馬鹿にしてるでしょ。馬鹿はお前だよ!
いくらわめいても何も解決しなかったので無理矢理フレームインさせて妥協した。
向こうにトンビ。隣カラスだった。
これでいいか。
そこうしているうちに時は経過し、もはや夕方。海岸線に向かって落ちて行く夕陽をカップルや家族が手をつないで眺める秋の浜辺でマジック缶アワーをおさえた。
「そのゴミ、自作ですか?」と聞かれた。
「そのゴミ、自作ですか?」と聞かれた。
夕陽をあびるそのゴミ。
すっかり家族の一員です。