屋久島は全体的にワイルドだ
屋久島は、海岸から内陸に向かってストーンと山が立つ島である。特に島の中央にそびえる標高1936メートルの宮之浦岳は、島にありながら九州最高峰となっている。
これらの山々に海からの湿った風がぶつかって上昇気流となり、雲を生み出して雨となる。「ひと月に雨が35日降る」などといわれるのはそのためだ。
この豊富な水が豊かな自然をはぐくみ、屋久島をワイルド極まりない島へと仕立て上げたのである。
沿岸部から山がどーんとそびえる屋久島
ちょっと内陸に入るだけで、このような苔むした光景や――
このような巨木といった、剥き出しの野生が迫りくる
屋久島の中心集落は港がある北部の宮之浦、あるいはトレッキングの拠点となる東部の安房であるが、南部もまた見どころが多くて面白い。
私が特に心惹かれたのが、屋久島南部にそびえる「モッチョム岳」だ。モッチョム! と思わず声に出したくなる素敵な語感であるが、地元では古くより崇敬を集めてきた信仰の山らしい。
確かに、なんとなくモッチョムってカンジがする山容である
モッチョムの麓にある「トローキの滝」は、海に直接落ちる珍しい滝だ
こちらは有名、モッチョムの東に位置する千尋(せんぴろ)の滝
千尋の滝からは、モッチョムへの登山道が伸びていた
最初はモッチョムに登ろうなどという気は毛の先ほどもなかったが、この登山道を発見すると、たちまちモッチョムに登ってみたいという欲求が湧き起こってきた。
案内板に導かれるまま、なんの気なしに登山道へと足を踏み入れてみたのだが、これがとんでもなく険しい山道で死ぬ思いをした。
登山道っていうか、もはや崖上りなんですが……
モッチョム岳は海からそびえる断崖絶壁の山である。全身の筋肉を使って登る必要があるのだ。少し進んだだけで息が切れ、体がきしむ。
結局のところ、45分ほど登ってもまだまだ先が見えず、「あ、こりゃ、無理だ」と判断してあえなく敗退。命からがら引き返すこととなった。
後から調べてみると、なんでも「モッチョムに登ることができれば屋久島のすべての山を登ることができる」といわれているほど、厳しいコースだったようである。
残念ながら踏破することができなかったモッチョム。私の中で、今後も神秘の山としてあり続けることだろう。
縄文杉への道もワイルドだ
屋久島最大の見どころは、樹齢7200年といわれる縄文杉である。屋久島に数ある巨木の中でも、縄文杉は幹周り16.1メートルと日本最大級の杉である。
ぜひとも見てみたいところではあるが、そこまでの道のりは決して楽なものではなく、登山口から往復約20キロメートル、約8~10時間のトレッキングとなる。
私は原付(リトルカブ)を走らせ、登山道を目指したが……。
なんと、一般車両通行禁止であった
縄文杉への登山道に至る約4キロメートルの区間は、バスかタクシーでしか通行が許されていなかった。
しかも、バスが運航しているのは朝の5時から6時までと、極めて早い時間のみである(私が到着したのは7時半で、最終便が出た後だった)。
おそらくはバス代が入場料代わりということなのだろう。また出発の時間を限定することによって、遭難などのリスクを減らそうという思惑なのかもしれない。
さてはて、どうしたものかと途方に暮れていると、詰所にいたおじさんに「バイクはここに置いていけば良いよ。登山道まで下り坂4キロだし、なぁに、大丈夫、大丈夫」と謎の激励を受け、車両通行禁止区間を歩いていくこととなった。
結局、登山口まで一時間歩いた
登山道の前半はトロッコの軌道を歩く
樹脂の多くて腐りにくい屋久杉は材木として重宝され、江戸時代から切り出されていた。伐採は戦後まで続き、このトロッコ軌道は大正時代に敷設されたものである。
縄文杉までのトレッキングの前半は、この軌道をひたすら歩くのだ。
剥き出しの岩盤ゴツゴツ、ワイルドなトンネルを抜ける
岩肌を流れ落ちる水しぶきを浴びながら進む
なかなかハードコアな雰囲気はあるものの、道自体は平坦でらくらくーと思いきや、その途中には思わぬ難所が待ち構えていた。
手すりのない橋を渡らなければならないのだ
下を見ると、恐怖に足がカクカクである
このトロッコ軌道には、落ちたらケガが済まないような橋が数ヶ所存在する。
しかも、一歩足を踏み出す度に橋がたわんで揺れるのだ。板張りも滑りそうでおっかないし、踏み抜いてしまいそうな怖さもある。
高所恐怖症の人はちょっと渡れないカンジの、極めてワイルドな橋である。
山の中にぐいぐい入っていく
やがてトロッコの軌道が終わり、本格的な登山道となった
視界が開けたと思ったら、巨大な切り株がデデーン
中は空洞となっており、祠が祀られている
なんと、切り株の中から水が湧き出しているのだ
これには驚かされた。切り株の大きさも凄いものがあるがが、なによりその中から水が湧き出しているとは。実に不思議な光景だ。
この切り株はウィルソンというアメリカ人の博士によって大正時代に発見されたもので、なんでも豊臣秀吉の命令によって伐採されたものと伝わるそうだ。
さらにワイルドな山道を進む
猿と鹿は相性が良いらしい(猿が落とした枝葉を鹿が食べる)
そうして、ようやくたどり着いた縄文杉
普通の木とは違い、異形な雰囲気を醸していた
出発が出遅れたということもあり、やや早めのペースで歩いた甲斐もあってか、正午には縄文杉に到着することができた。
屋久杉までの距離は長いけれど、モッチョムよりは全然楽な登山道であるし、とにかく樹も岩もいちいちスケールがデカいので、歩いていて楽しかったという感想である。
海っぺりにただずむ「湯泊温泉」
これまで屋久島はワイルドだワイルドだと散々言ってきたが、その極め付けがこれから紹介する二つの温泉である。
私が宿泊地として利用していた屋久島南西部のキャンプ場近くに、「湯泊温泉」という標識がポツンと立っていた。
「ほぉ、温泉があるのか」と入りに行ってみたのだが、そこがなんともシンプルで開放的な温泉だったのだ。
簡素で簡潔な標識である
矢印に従って集落の中を進んで行くと……
ゴツゴツとした岩場の海岸に出た
これが「湯泊温泉」である
湯船の真ん中には背の低い仕切りがあり、向かって右が男湯、左が女湯となっている。……が、女性がこの温泉に入るのはなかなか勇気がいるのではないだろうか。
更衣室などといった気の利いたものは存在せず、岩陰に隠れて服を脱ぐのがせいぜいである。水着の着用も厳禁とのことで、ひと気のない時間を狙って行くのが吉であろう。
少なくとも、朝の時間は独り占めできた
かなりぬるめのお湯なので、のぼせず長時間入れるのが嬉しい
ちなみに入浴料は100円の心づけ
とまぁ、なかなかに堪能させて頂いた。
これで切り上げても良いのだが、しかしこの近くにはもう一箇所、似たような温泉が存在するという。しかも、そちらは満潮時に水没する、干潮時にしか入浴できない温泉だというのだ。
ならば行ってみたくなるというのが人の常であろう。
よりワイルドな「平内海中温泉」
先ほどの湯泊温泉も良かったが、欲を言えば少し奇麗すぎるきらいもある。私としては、もっと野趣味溢れる感じの方が好みなのだ。
……などと思っていたのだが、次に訪れた「平内海中温泉」は、その私の欲求を十分満たしてくれる、なかなか趣深い温泉であった。
案内板からしてひなびた雰囲気が感じられる
各種注意書きに並んで時計が据えられている
干潮前後の五時間のみ入れる温泉とのこと
土足禁止の歩道を進んだ先に――
平内温泉の湯船がぽっかり開いていた
岩場の窪みを加工して作られた湯船である
岩盤の切れ目から、ポコポコとお湯が湧き出しているのだ
湯船から直接海へと温泉は流れていく
波打ち際に存在する二つの湯船。こんなロケーションなだけに、満潮時には海に水没するというのも納得である。
こちらもまた当然のように脱衣所は存在しない。脱いだ服を岩場に引っ掛けて、裸一貫で温泉に浸かる。
あちち、少し熱いお湯である
そして振り向けばこの景色。いやぁ、良い気分ですわ
岩盤から直接湧いていることもあり、先ほどの湯泊温泉よりかなり熱め。
私は熱いお湯があまり得意ではないが、素晴らしいロケーションも相まって、湯船から出たり入ったりを繰り返した。
「屋久島」と「知床」の意外な共通点
実をいうと、私は以前にも今回の「湯泊温泉」や「平内海中温泉」とよく似た温泉を紹介している。知床の「相泊温泉」と「瀬石温泉」である(参考記事「
知床の温泉が熱い!」)。
いずれも海辺に湧き出る温泉であり、また「瀬石温泉」は満潮時には海に水没する、干潮時にしか入れない温泉であるという点も「平内海中温泉」とまったく同じである。
北海道の北の果て「知床」と、九州の南の果て「屋久島」。そのどちらにも同じような温泉が存在する。私はなんとも奇妙な感慨と感動をもって、温泉に浸かることができた。
屋久島にいた間、毎日飲んでた地元の芋焼酎「三岳」。華やかな香りと風味で、マジうまいです