特集 2014年10月16日

本場の木彫りの熊2014

木彫りの熊には作家性ありまくりだった
木彫りの熊には作家性ありまくりだった
北海道八雲町、ここがおみやげとして有名な木彫り熊の発祥の地だ。

そのことはちょうどウェブマスター林さんが10年前に記事にしているが(こちら)、ぼくもたまたま行く機会に恵まれ、しかも今年その資料館がリニューアルされたようなので行ってきた。

そして本場、八雲の木彫り熊は今どうなっているのか。
1986年埼玉生まれ、埼玉育ち。大学ではコミュニケーション論を学ぶ。しかし社会に出るためのコミュニケーション力は養えず悲しむ。インドに行ったことがある。NHKのドラマに出たことがある(エキストラで)。

前の記事:藤原さんのルーツ、藤原京に行く

> 個人サイト Twitter

展示の半分は撮影許可が必要

木彫りの熊といえばブラウン管のテレビの上に乗っかっているイメージだ。しかし今やテレビは液晶、木彫り熊の居場所はない。

そんな中いろいろな木彫りの熊が見られるのは貴重な体験だ。

そして、ここが八雲町木彫り熊資料館。八雲町の郷土資料館と併設されていて、規模としては資料館というより「資料室」の方が近いかもしれない。

が、ここ以外にそんな場所もないと思われる。
当たり前のように看板も木彫りであることを確認
当たり前のように看板も木彫りであることを確認
入り口で職員の方に話を聞くと、木彫り熊資料館の展示の半分はある会社の持ち物だという。それで撮影には許可が必要なのだそう。

さっそくその会社に電話する。
「撮影には許可が必要だとお伺いしたのですが…」
「撮影には許可が必要だとお伺いしたのですが…」
「永久? 掲載は永久ですね…」
「永久? 掲載は永久ですね…」
「ええ、はい…あ、許可が降りるとしたら一週間後ですか…」
「ええ、はい…あ、許可が降りるとしたら一週間後ですか…」
「残念ですが今回はスケジュールがあわず…はい…失礼致します…」
「残念ですが今回はスケジュールがあわず…はい…失礼致します…」
半分の資料は撮影できないことになりました。

ところで資料館の入り口のところは野生動物の剥製が飾られていた。撮影依頼の電話するだけで絵になる。

さすが北海道である。

アバンギャルドな木彫り熊

それはさておき資料館の部屋に入ってみよう。最初に眼に入ってくるのはコレである。

衝撃的。木彫りの熊というか、ただの朽ちた木の塊にしか見えない。
なんだこれは
なんだこれは
下の方を見ると辛うじて熊の手だったのかな?と思える箇所が残っているものの、本来どんな形だったかが、ぼんやりとしか想像できない。

これは一体何なのか。本当に木彫り熊なのか。説明書きがされていた。それによると…。
・柴崎重行と根本勲の若いころの合作。
・長万部の工藤病院の前(屋外)で数十年間風に晒されて放置されていた。
・柴崎木彫鑑賞会の浅尾がこれを見て、このままにしてしまったら朽ちてしまうと考え、譲ってもらえないかと願い出た。
・所有者の工藤先生は、「私もこの作品は好きで大事にしていたのですが、私よりも大切にしてくれそうなので差し上げましょう」と快諾した
ということらしい。「好きで大事にしていたなら、なぜ数十年屋外に放置した」という気持ちをぐっと飲み込み、その物体を眺める。
辛うじて熊の面影がある。心の目で見よ
辛うじて熊の面影がある。心の目で見よ
面彫りで抽象的に表現された熊が、風雨に朽ちることで妙な木のディテールが出てしまっているのに圧倒される。

他の木彫り熊は工芸の枠に収まると感じるが、こればかりはアウトサイダー・アートと言ってもいいかもしれない。(それかただのアウトサイダーか。)アバンギャルドすぎる。

すっかり木彫り熊の世界に引き込まれてしまった。いろいろ見てみよう。
▽デイリーポータルZトップへ つぎへ>

デイリーポータルZを

 

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ

↓↓↓ここからまたトップページです↓↓↓