国道未開通区間に挟まれた「遠山郷」
遠山郷は南アルプスの西側、遠山川に沿って広がる谷間の土地である。
谷筋に沿って国道152号線が南北を貫いているのだが、その南端と北端にあたる青崩峠と地蔵峠はあまりに険しい地形ゆえに道路を作る事ができず、未開通区間となっている。
それだけ山深い、大変な場所だという事だ。
この未開通区間については、先月「
国道152号線の未開通区間を歩いた」という記事を書かせて頂いたので、ご参照ください。
というワケで、今回は青崩峠を迂回する兵越峠を越えて、遠山郷に入るところからスタート。
国道125号線よりしっかりした林道の「兵越峠」
ちなみにこの兵越峠では、毎年10月の第4日曜日に「峠の国盗り綱引き合戦」というイベントが行われている。
その名の通り、静岡県の「遠州軍」と長野県の「信州軍」が綱引きをし、勝った側に国境が1メートル移動するというものだ。
静岡側が三連勝中のようだ
この国境は行政上の県境ではないという断り書き
この兵越峠の県境は、登り坂の途中に位置している。当然ながら、坂道の下へと引っ張る「遠州軍」の方が有利なワケで、連勝中なのも納得である。
まぁ、これ以上国境が静岡側に寄るのもなんだし、今年はきっと「信州軍」が勝つだろう。
峠を下りていくと、唐突な能面が出迎えてくれた
国道とはいえ車のすれ違いが困難な箇所もちらほら
のんびりとした雰囲気の良いところである
高い所に家が建つ集落もちょくちょく見られるようになってきた
木造校舎が面白い
とまぁ、下栗に向かって原付をトロトロ走らせていたのだが、その途中の木沢という集落の前後で、このような看板を数多く見かけた。
「木造校舎が面白い」……だそうだ
手書きの看板で過剰に木造校舎を推しており、少々うさんくささが漂う感じである。
そのうさんくささが逆に気になって立ち寄ってみたら(原付は速度が出ない分、気になるモノがあったらすぐに停車して見に行けるのが良い)、これが本当に面白くて意外な収穫だった。
ほぉ、これはこれは
あまりに味のある旧木沢小学校
なんとも素敵なたたずまいの校舎である。調べてみると、昭和7年に建てられたものだという。戦前にまで遡る、貴重な木造校舎だ。
こげ茶色の下見板張りが美しい
白塗りの玄関ポーチがアクセントになっている
張り紙によると、見学は自由だが協力費という形で100円お願いします、とのこと。
玄関を入ったところにあるビンに入れてくれとあったので、私は玄関の横にあった壺に100円を入れたのだが(その壺にも100円玉がたくさん入っていた)、どうやら正しくは玄関奥にあるビンだったようだ。
玄関に入って、一瞬で心を鷲掴みにされた
実に美しい建物である
この木沢小学校は平成3年に休校となり、平成12年の3月に廃校となったそうだ。現在は様々な写真や民芸品などを展示した、ちょっとした史料館として活用されているようである。
展示物が多くて少々雑多な感じだが、古い建物の割には非常にキレイに維持されており、丁寧に管理されているという印象である。
レトロなストーブに乗るヤカンまでレトロ
職員室は現役時から時間が止まった感じだ
保健室もまたしかり。淡いグリーンの色使いが可愛らしい
保健室を入って左には人体模型があり、ひと気のない校舎の中でこれを見た時は、あまりにびっくりして思わず悲鳴を上げてしまった。
人体模型に驚くとはまたベタな反応ではあるが、やっぱり怖いものである。
改めて、立派な建物である
ここでCMの撮影が行われたらしく、撮影時の状態が残されていた
図書室には……
猫がいた。この学校に住み着いているそうだ
私が校舎を散策していると、どこからともなく軽トラックがやってきて、おじいさんが入ってきた。どうやらこの校舎を管理をされている方らしい。
私が挨拶をすると、図書室に招いてコーヒーを御馳走してくださり、この学校について色々詳しく教えて頂いた。
これだけの建物なのだから、その維持も相当大変だろう。目下の課題は、この建物をどう活用していくかという事のようである。
校舎から続く体育館。窓が大きく明るい印象
体育館の横には休憩室が設けられていた
ここでは、多少の協力費(たしか2000円だったか)で「朝まで休憩」ができるようだ(旅館組合とのあれこれな事情で、「宿泊」という言葉は使えないらしい)。
私はこの前日、遠山郷から少し離れたキャンプ場に泊まったのだが、この学校の存在を知っていれば間違いなくここで寝ただろう。惜しい事をした。
旅行において、あらかじめ情報を仕入れすぎるとつまらなくなってしまうが、情報が無いは無いでこういうポカをやってしまう。そのバランスが難しいものだ。
いよいよ下栗へ
とまぁ、そんなこんなで遠山郷の中心部である上村まで来た。
私が目指す下栗は、ここから国道152号線を離れ、さらに林道を約8km行ったところにある。
分岐点には立派な案内があり、分かりやすい
こういう急な林道をえっちらほっちら原付で上って行く
途中にあった小さな集落。なかなか良い雰囲気だ
ある程度まで登ると、割と平坦な道路となった
突然視界が開け、開けた斜面と集落が
どうやらここが、下栗のようである
周囲になにもない、斜面にへばりつくようにして広がる下栗集落。これはこれでなかなかインパクトが大きいものの、だがしかし、道路からだと集落の全容が見られないのでスケール感がつかめない。
なんでも集落の一番高い所に駐車場があり、そこから集落を見渡す展望台に行けるとのことで、まずはその展望台を目指すことにした。
かなり広い駐車場。秋には紅葉が美しく、訪れる人も激増するようだ
駐車場から徒歩で展望台に向かう
上り下りこそ少ないが、山道なので足元注意
駐車場からてくてく歩いて約20分、ようやく展望台に到着し、下栗の全容が眼前に広がった。
深い山の中に開けた下栗集落。こうして全体像を眺めてみると、いかにとんでもない場所にあるのかが分かる。なるほど、確かに天空の里だ。
私は以前、徳島県の東祖谷(こちらも日本の秘境と呼ばれている)にある、落合という集落を見に行った事がある(参考記事「
奥祖谷、高低差390mの斜面集落」)。
そちらは集落自体がそこそこの規模であり、また周囲にも集落が多かったのだが、こちらは文字通り、山の中にポツンと孤立して存在する。
今でこそ車道が敷かれて町に出やすくなったものの、車が普及する前は集落内のみで社会が完結する、そんな村だったのではないだろうか。
展望台から戻り、集落内を散策してみる事にした
あまりに斜面が急すぎて、集落の下の方が見えない
よくもまぁ、このような場所を切り拓いたものである
南アルプスを望む事もできる
下から見上げると、その傾斜具合はほぼ壁
水はけが良く、昔はムギ、アワ、ヒエ、現在はイモや茶を栽培しているそうだ
水道が敷かれるまでは、水源から竹筒で水を引いていたという
集落の中心に鎮座する神社は、倉庫みたいな不思議な社殿だ
中には釜戸があり、12月にはそれでお湯を沸かして舞いを踊る、平安、鎌倉時代から続く儀式が執り行われるそうだ
知識を消して、もう一度行ってみたい
とまぁ、下栗を目指して遠山郷を走ったワケだが、途中で立派な木造校舎も見学できたし、下栗も期待通りだったしと、なかなか楽しかった。
下栗の近くには隕石が衝突してできた「御池山クレーター」もあるし(詳しくはライターの工藤さんが書かれた記事「
地球を守れ! 隕石クレーターに行ってきた」をご覧ください)、ちょっと秘境に行ってみたい、そんな気分の時にオススメである。
ちなみに、私は下栗がどのような場所なのかを知って行ったのだが、もし何も知識を持たずに下栗に行ったら、おそらく腰を抜かしていた事だろう。それだけのインパクトがある集落だ。
下栗を訪問する際は、下栗の事を全く知らない同行者を連れて行くのがオススメである。たぶん、ぶったまげるから。
個人宅にも立派な石碑があったり、実に独特な雰囲気の集落だった