ダンボールひと箱あります
気づいたらパンフレットが家にダンボール一箱あった。
ものすごく古本屋のにおいがする箱
半年の間にこれほど買ってしまったのだ。「気づいたら」と書いたが、週に1回は古本屋に行っているのでこれぐらいになるのも納得である。
うん、まあ本棚の上においたパンフレットが徐々に増えているなとは思っていた。古本屋からうちに移動していつの間にかうちが古本屋になるのかもしれない。
これは500円ぐらいで買った昔の東京オリンピックの絵葉書
速報と書いてあるが、なかは絵はがきである。むかしは速報を絵はがきにしたのだろうか。気に入ったのは代々木公園のなかに立つ選手村の宿舎である。
代々木公園に選手村があったという話は聞いたことがあったが実際に宿舎が並んでいるようすははじめて見た。
ちゃんとした資料の他に、その他で袋詰になって売られているものもあった。
20枚ぐらい入ったパックで売られている
中身はなんてことはない観光パンフレットと、もしかしたらゴミではないのかと思うような紙類である。
まずはゴミかも…と思ったものから
粉石けんの袋
当時の風俗を表す資料として貴重な気もするし、ただのゴミという気がする。ただ、左下にちぎって開けた痕跡があり、数十年前の知らない人がこうやって使ったのかと思うとなかなか感慨深い。
缶詰のラベル
これはかなりゴミである。この缶詰がラベルをはがしてとっておくぐらい美味かったのかもしれない。しかし、誰かが保管しておいたとしても、その人の奥さんやお母さんによく捨てられずにいたものだと思う。保護動物のようである。
そう思うと価値があるように思えるゴミである。僕が捨てるわけにはいかない。などと妙な使命感を覚えてしまうがたぶん錯覚だ。
どちらもガワだけ
左は旧満州の首都の写真、の袋である。すごく見たいが袋だけ。
右は新幹線が岡山まで通ったときのきっぷのケース。僕もこういうの捨てられないのだが、知らない人が捨てられずにとっておいたものまで保管することになった。
パンフレットの文体
ゴミも味わい深いが今回注目したいのはパンフレットである。パンフレットをダンボール一箱ぶん読んだところ以下の特徴があった。
・自信満々
・海外の著名な景勝地に例える
・一文が長い
・「ございます」「であります」という丁寧な口語体
・最後は小唄
たとえばこの摩周グランドホテルというホテルの案内パンフレット。
書き出しから立派である。
(写真だと字が小さくて読みにくいと思うのでいいところだけキャプションに書いてあります)
摩周湖を見逃すことは雄大な大自然の阿寒国立公園の価値の80%を失うようなものです。 (中略)若々しい白樺林や老樹の枝に天狗のひげもかくやと思われるサルオガセが垂れている様は全く深山幽谷の感がします
「深山幽谷」は山岡士郎の父親ではなく、人が踏み入れられないような奥深い土地のことだそうだ(Wikipedia情報)。不老不死の仙人が住むと言われている場所らしい。
そんなものにたとえられたらぐっと興味がわく。昭和初期のSFのようである。
ちなみに弟子屈町はいまどんな観光案内をしているのかと思ってサイトを見たら恋するフォーチュンクッキーを踊っていた。
そして観光パンフレットの最後は必ず歌である。円い真白なまんまる月が秘めたあの娘の胸に咲くハアー
躍進大札幌
札幌市のパンフレットもかっこよかった。
試ろみに高所に登つて眼下に展開する大札幌市の姿を見て下さい。 (中略) 工業地帯は絶えまなく煙を吐き、人々は、はつらつとして活動し、区画整然とした広幅な道路を疾走する車々々。 皆様の眼に映ずるこれらの情景こそ限りなき意欲に燃えて進展を求めてやまぬ北の都、躍進大札幌の全貌であります。
「工業地帯は絶えまなく煙を吐き」がいいことなのだ。公害が問題になるまで工業地帯はポジティブに語られるものだったと聞く。
「こころみに…見てください」という語りかけ、自分たちが住む街を「躍進大札幌」と呼ぶ堂々とした態度に圧倒される。ちょっとタクシーの運転手と話しているような気分にもなる。
川下りは竜
京都の保津川下りのパンフレットもテンション高い。
奇岩怪岩を洗う碧水は、瀬となり渊(淵)となり、或いは激流に飛沫吹雪の花が散り、深淵、亦潜竜を思はしむる等、約2時間に亘って船で下るのでございます。
竜である。きっとこの竜はパズルで倒れたりしない。名所をあらわすときに天狗だの竜だのずいぶんかっこいいものを持ってくる。
ちなみにこの一文は前から続いていて、全部つなげるとこうなる(全部読まなくていいです)。
源を遠く北桑田郡の深い渓間より発しまして、丹波平野を横切り、亀岡付近から雄壮な渓谷急流と変化してこれより断崖絶壁の間を、名勝嵐山に至るまで蜿々16キロ、奇岩怪岩を洗う碧水は、瀬となり渊(淵)となり、或いは激流に飛沫吹雪の花が散り、深淵、亦潜竜を思はしむる等、約2時間に亘って船で下るのでございます。
長い。
先生に怒られそうな長さである。しかしどのパンフレットも一文が長いのだ。
長い文章がクールだった時代なのだろうか。
蜿々は「えんえん」と読んで、ヘビのようにうねうねと続いているものだそうだ。わんわんで検索してしまったよ。
80年前もポエムだった
さて、観光ではなく、宅地の案内のパンフレットも由緒正しいのだ。1930年代に作られたと思われる浦和のパンフレット。浦和が新興住宅地だったのだ。
都の騒音を離れたこの街を中心として春は一面新緑に包まれ、殊に田島ヶ原の桜草もよく、夏は四辺緑林と化し、秋は武蔵野の情緒も深くすすきの原もそこここに冬は秩父や富岳の雪嶺を遠くに望み、四時のながめは保健衛生の上からも東都郊外最適の住宅地として自然の楽天地であります。
「情緒も深くすすきの原もそこここに」という七五調が詩歌のようで優雅だ。
当サイトでも大山さんがマンションのチラシに書いてあるコピーがポエムのようであると指摘していた(
「高級マンション広告コピー「マンションポエム」を分析する」)が、これもポエムといえばポエムである。
「四時のながめは」は「しじ」と読んで四季を指す言葉だそうだ。そうか、浦和は16時がいいのかと思ってしまった。
そして最後はやっぱり小唄である。宅地でも小唄。ポエムだ。
浦和小唄なのにいきなり乙女心から始めるロマンス
文士みたいな格好をして郊外を歩きたい
空の旅で新婚旅行
やや時代が下って、1960年代の全日空の新婚旅行の案内。
空のハネムーン!
晴れわたった空から見る山や河のパノラマ、あつい雲の上に広がる青空、歩いて渡れそうな雲海、夕日に輝く海、(中略)、そのうえ、全日空のバイカウント、フレンドシップ、コンベア440は全て気密装備・エアコンディショニングが完備した”空のサロン”と定評のデラックス機です。
バイカウント、フレンドシップ、コンベア440というのは当時の全日空の機材である。それについて「気密装置・エアコンディショニングが完備した」とある。
気密装置がないと空気が薄くなってしまうわけで、アピールするところがそこかと先人に突っ込みたい気分でもある。
箱根を見て死ね
箱根温泉案内はかなりテンションが上がっている。
雲オレンヂに映ゆる南欧の諺にVedi Napoli e Poi mouri(ナポリを見て死ね)という句があります。
私たちの箱根にもVedi Hakone e Poi mouriといふ日が近づいて居るのではないでせうか… Bella Hakone!(美しき箱根よ!)
箱根を見て死ねとまで言って最後はベラ箱根!と絶頂である。
Bellaといってもイタリアンレストランではない。「ないでせうか」の「せう」は天然物の「せう」である。
不思議ちゃんがわざと使う「せう」ではないのだ。
ほかにも海外の著名な土地にたとえているパンフレットは多い。海外旅行が珍しかった時代、例えることで喚起されるロマンや幾ばくかと想像するに難くない。(僕も文体がうつってきた)
熱海はモナコ
鴨川はワイキキ
日本ライン下りとは木曽川のこと(いまでもそう呼ばれている)
秩父は東洋のスイスである
「素朴な環境に誕生したデラックスなセンター」というモダーンなカタカナ使いがまた味わい深い。古いスキーウェアを着た天知茂がコーヒーを飲んでそうな雰囲気である。
真似してみよう!
ここまで昔の文体を見てきたので頭のなかもすっかり格調高くなった。応用してみたい。
カルチャーカルチャー
カルチャーカルチャーは東洋のオアフと云われているお台場の南端に位置し、その頭上には天を突く高さを誇る観覧車がそびえ立ち、西にはガンダム北には自由の女神がそびえ立つ世界でも此処だけの珍奇なるロケイシヨンのもと、爛熟した資本主義が生み出したサブカルチャーで御満足頂けることと存じます。
ガンダムと自由の女神が立ってる場所はよく考えたらかなりレアである。
西武新宿駅のハト
此の鳥の首元のグラデイションは幻夢雷鳥に類する輝きを見せ、足元の爪は肌骨を驚かす鋭さにして、首を前後に振る様は軽妙洒脱な趣きを現して居ます。メトロポリスの住民の足元を快美にすり抜けて歩くそのエスプリは正に快哉(かいさい)を叫ばずにはいられないので御座います。
「快哉と叫ばせずにはいられない」は古い定山渓のパンフレットにあった。
「雄大な眺望は旅行者に十分霊感を味わいさせ、思わず快哉を叫ばぜずにはおきません」
だそうだ。霊感を味わいさせもすごい。
実際には「カイサイ!」ではなくて「うわあ」などと叫ぶのだと思う。
トイレ使用禁止のコンビニ
新宿においては老若誰れでも利用できる公衆トイレが散在し、その利便性は此の地が帝都一のパラダイスと呼ばれる所以を肯(うなず)かしめるに足るものがあります。その為、コンビニエンスストアのトイレに於いては使用を禁ずる箇所もあり、駆け込んだにも関わらず立ち入ることができない失望は言語に絶するものがありましょう。
「肯かしめるに足る」は「うなずかしめるにたる」と読むそうだ。昔の富士五湖の観光パンフレットに書いてあった。青木ヶ原は
「世界の植物園と呼ばれる所以を肯かしめるに足るものがあります」
だそうだ。簡単に言うと「世界の植物園と呼ばれています」だ。
今度から原稿で文字数稼ぎたいときに使おう。「肯かしめるに足るものがある」。
蝶ネクタイ
夏はジャングルを思わせる熱気に溢れ、冬は遠く永久凍土を懐かしむ、衛生的なオフィスにいながら四季それぞれの表情を見せる残業時間においても、我々の洒脱なファッションの妙は一驚に価すると申せましょう。
残業時間は冷えるが永久凍土ほどではない。言い過ぎた。
スーパーで見た白いインスタント麺特集
スーパーマーケットは駅前の一等地にあり、昼夜問はずして活気に溢れ皆様の御気分宜しきアシスタントとしてお買物を一層充足出来るものと存じます、又他では味はえぬ即席麺を陳列し、その雄大さは幻影を見るかの如く壮観であり、まさにスーパーの名に背かない。白い即席麺よ!
「~よ!」で終わるのって海外文学の翻訳みたいでかっこいいですよね。文章の隙間から溢れるロマンよ! デスクに散らかる食べかけのベビースターよ!とか。
また買う
記事にしてしまった。
これいつかネタにするからと自分で言い訳をしてパンフレットを買い集めていたが、記事にしてしまった。
もう買う理由がない。
でも欲しいのでまた理由をつけて記事にしたり、スライドのネタにすると思います!
群馬のパンフレットでこんなのがあったんだけど、赤城山って爆発してたっけ?