特集 2014年3月13日

教室机の引き出し「ノアのハコー」という文化

夏休み前の最終登校日、私たちは「ノア」の上にあさがおの鉢植えや上履きを乗せて下校した
夏休み前の最終登校日、私たちは「ノア」の上にあさがおの鉢植えや上履きを乗せて下校した
7月になると、夏休みに入る小学生が学校から大量の荷物をえっちらおっちら持ち帰るのをよく見かける。夏の風物詩である。

私が育った近所では、小学生たちは青いお盆のようなものに荷物を乗せて下校した。

青いお盆。

そう、それこそが教室机用の引き出し、「ノアのハコー」である。
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。Web制作をしたり小さなバーで主に生ビールを出したりしていたが、流れ流れてデイリーポータルZの編集部員に。趣味はEDMとFX。(動画インタビュー)

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> 個人サイト まばたきをする体 Twitter @eatmorecakes

全国的に使われているけど、知らない人は知らない

これを読んでいる方のなかに、「ノア」もしくは「ハコー」と呼ばれる学校用の引き出しをご存じの方はどれくらいいるだろう。

知っている人にとっては強烈すぎるほど当たり前なものかもしれないが、知らない人には見たことも聞いたこともない物なのではないか。
これが、ノア社の学校用引き出し「ハコー」!
これが、ノア社の学校用引き出し「ハコー」!
これ、教室机の中に収納しひき出して道具箱として使うものである。中には定規にもなる仕切りがあり、小学生だった私は片方に教科書やノート、もう片方に文具を収納していた。
このように一気に教室机の家具度がパワーアップする
このように一気に教室机の家具度がパワーアップする
仕切りが定規になっていたことはすっかり忘れていて、久しぶりに見て「うわ~~っ」っと歓声を上げてしまった
仕切りが定規になっていたことはすっかり忘れていて、久しぶりに見て「うわ~~っ」っと歓声を上げてしまった

カルチャーショックとしての「ノア」

私は小学校5年生の夏に引っ越しをしているのだが、引っ越す前の小学校ではこんな引き出し見たことなかった。

それまでの学校では机に入れていたのは厚手のボール紙でできた箱であり単純に「お道具箱」と呼んでいた。児童がそれぞれ任意で用意したもので統一感もゼロであった。

それが、新環境では同級生たちは一様にこのプラスチック製の引き出しを「ノア」と呼んで親しみ使っているのだ。

なんだ、あれは。

そう思った。昔の人が急に未来に連れてこられた状態だ。ノアという呼ばれ方もどこか謎めいている。

引っ越しという、急激に異文化に放り込まれるあの感じをリアルに感じさせてくれたのもこのノアだったかもしれない。
こんな引き出し、おら、見たことねえだ…! スゲエ……! みたいに(言い方はこんな田舎っぺ大将風ではないにしろ)思った
こんな引き出し、おら、見たことねえだ…! スゲエ……! みたいに(言い方はこんな田舎っぺ大将風ではないにしろ)思った

「知っている」と「知らない」が局地的

最近ふとこのノアの存在を思い出したのだが、ざっと聞いてまわってみるとどうやら出身県を問わず使っていたという人はいるようである。

ローカルなグッズなのかと思っていたがそうではないようだ。しかし、まったく知らないという人も多い。

知っている人は「うわっ! 懐かしい! 覚えてる覚えてる!!」と強烈に反応してくれるのだが、同じ県の出身でも知らない人もいて「え? ノア? ハコー? 何?」というポカーンのリアクションなのである。

全国的ながら局地的。この、地域にとらわれないにもかかわらずのローカル感は学校グッズならではなのではないか。
うおお、裏の模様、こうだったこうだった(この商品に思い出の無い方にはポカーンな写真が続いており申し訳ありません。でも、とまらないんです許して!)
うおお、裏の模様、こうだったこうだった(この商品に思い出の無い方にはポカーンな写真が続いており申し訳ありません。でも、とまらないんです許して!)

「ノア」は社名で商品名は「ハコー」だった

懐かしさに任せて調べていくと、私達が商品名として呼んでいた「ノア」はメーカーの社名で商品名は「ハコー」だった(聞き取り調査では小学校時代から「ハコー」と呼んでいたという人も多かった、ということで、以下本商品については「ハコー」と記述します)。

メーカーの所在地は埼玉県の日高市。あれ、私が引っ越した先の例の小学校の近くだ。

実は全国的に使われていた! と判明した直後に、しかしメーカーはすぐ近所とは。なにか縁を感じずにはいられない。

あのハコーという文化は何だったのかもうちょっと理解を深めたいと、思い切って取材依頼をした。
こ、ここ?!
こ、ここ?!

ここから全国へ引き出しが発信されている…!

JR高麗川駅から住宅街を抜けて山を下り川を渡るなどして20分。失礼ながら、社屋を見てまず「えっ、こ、ここ?!」と思ってしまった。

小学校時代「なんとモダンな引き出しか」と黙らされたあのハコーを、しかも全国へ展開させているメーカーの本社社屋が、ここか!

迎えてくださったのはこちら株式会社ノアの代表取締役である野村成良さん。お会いするなり「小さな会社で驚いたでしょう」と私の思いを完全に見透かしてらっしゃった。はいすみません、驚きました…。

取材依頼の対応も野村さんだったため代表取締役みずから! と恐縮していたが「伝票も私が切ってるんですよ。配達もします。小さな会社ですので(笑)」とのことだった。そうだったのか…。
こちら、野村代表取締役に案内していただいた
こちら、野村代表取締役に案内していただいた

パラレルワールドの「あるある」トーク

この日、野村さんにお伺いしたハコーの話はとんでもなく興味深いものだった。

のだが、もしかしたら子ども時代にハコーを使っていなかった方にとっては引き続きポカンとしてしまう内容かもしれない。

そういう場合は、「異世界では常識のこと」と思って読んでいただけると良いのではないか。

あなたの知らない町、パラレルワールドでは常識だった教室机の引き出しのハコーの話の始まりである。
懐かしのノアに囲まれながらお話を伺った(テーブルはノアでいっぱいだったため、お茶はストーブの上に乗せていただいた。いろいろすみません…!)
懐かしのハコーに囲まれながらお話を伺った(テーブルはハコーでいっぱいだったため、お茶はストーブの上に乗せていただいた。いろいろすみません…!)

ノアは人工衛星が元でハコーになった?

さて、まずお話をお伺いして明らかになったのは、なぜ私たちがハコーという商品をノアと呼んでいたかだ。

以下、うかがったお話を青色で書いていきますぞ。

そもそも商品の真ん中に発売当初は「ノア」って書いてあったんだと思うんですよね。会社の名前がノアで、商品名もノアだった時代があったんです。
今は「ハコー」と書いてある。そういえば私が子どものころも「ノア」と呼びながらこの部分には「ハコー」と書いてあった…!
今は「ハコー」と書いてある。そういえば私が子どものころも「ノア」と呼びながらこの部分には「ハコー」と書いてあった…!
だから子どもたちもみんな当時はノアって呼んでいたんだと思うんですよ。

それが、ノアっていう人工衛星が打ちあがったときに(※1978年スタートの極軌道気象衛星のNOAAシリーズか 古賀注)学研さんが文房具の登録商標に「ノア」を登録して。

こっちは田舎モンで登録商標なんてなんだろうってなもんだったものですから、それでノアという商品名が使えなくなっちゃったんです。

会社の名前はノアでそれはそのままでいけますが、商品名を変えなくちゃいけなくなって。それで先代の社長が安直に「ハコー」だ!って。箱だから。


私たちがハコーのことをノアと呼んでいたのは1990年代のはなし。すでに商品名がハコーに変わって10年は経過していたころだ。

それでもノアと呼んでいたということは、そもそもノアという商品名で売られていた事実が語り継がれていたということである。口述伝承だ。
箱だからハコーなのは、そうだろうなと思いながらもやはり脱力せざるを得ない良すぎるネーミング。こういう確度で見ると確かに「箱」としか呼びようがない
箱だからハコーなのは、そうだろうなと思いながらもやはり脱力せざるを得ない良すぎるネーミング。こういう確度で見ると確かに「箱」としか呼びようがない

鳶職人のお父さんが昭和40年代に考えた

ハコーが発売されたのは昭和47年、1972年だそうだ。すでに発売開始から40年以上が経っている。ロングセラー商品なのだ。

もともと学校の机っていうのは100%木で作られていて、ぱかっと天板が開くタイプのものだったんですよね。

それが下がスチールで上に木の天板を乗せる今のタイプのものが昭和40年代後半くらいから普及していったんですよ。

木の机のころは中に入れたものは外へおっこちなかったんですけれども、このスチールのタイプになってから横が空きっぱなしだからぼろぼろ教科書やら文具が落ちちゃうと。

それで学校の先生が、お菓子の化粧箱を2つ持ってきて引き出しの代わりにしましょうって当時私が小学生だったんですが、言われて持っていったんですよね。

でも半年もするとお菓子の箱だと破けちゃうんですよね。それを見たうちの父親が、先代の社長なんですけれども、だったらプラスチックで作ったら普及するんじゃないかって考えたのがうちの会社の始まりで。

父はそれまでプラスチックの製品なんか作ったことのない人でした。鳶職人で建設関係の会社をやっていてコンクリートのプラントを組み上げる作業をしていました。

それが急に建設関係の会社とは別にプラスチックの引き出しの会社を作っちゃったんです。

ハコーは完全に社長の思いつきです。当時プラスチックの金型を作るなんて何百万もかかったはずなんですよね。今だったら安くできるかもしれませんが。ちょっとした小金があったんでしょうね。

昔はこんな感じで天板が上にぱかっとあいて中に収納ができるシステムだった、それが急に横がガバガバの仕様になったため引き出しが必要になった
昔はこんな感じで天板が上にぱかっとあいて中に収納ができるシステムだった、それが急に横がガバガバの仕様になったため引き出しが必要になった

学校の前でチラシ配って先生に怒られた

文具業界とは全く縁のないところからスタートしていたハコー。出自が思った以上に意外である。発売開始からは売り方も完全な手探りだったようだ。

どうやって学校に売っていいのか分からなかったので最初は学校の前で子どもにチラシを配ったらしいです。チラシを手渡して、封筒つけてここにお金いれて持ってきてねって。露天商みたいな感じで売り出したんですよ。当然学校の先生に怒られますよね。

で、そこから先生にそんな売り方してないで、教育委員会に行くとか、文房具さんに卸したらどうですかとアドバイスされたようです。

壊れないし便利なものだしって先生にも認めてもらったんですね。
学校前で配った当時と概ね変らないチラシは現役配布中!
学校前で配った当時と概ね変らないチラシは現役配布中!

教育委員会にばか受け

迷走から始まったハコーの販売戦略だが、便利さはすぐに認められたようだ。何しろ丈夫だったのもよかった。

発売当時は6年間保証もつけてたんです。1年生から6年生まで使えますって。

壊れないんですよ。とにかく壊れない。中学校に上がって使ってくれている人もいるくらい。今も6年保証やってもいいんですが、文具屋さんに負担かけちゃうんですよね。でも本当に、保証つけなくてもいいくらい壊れないんです。ポリプロピレンで伸縮性もあるので丈夫なんです。
類似品も出回っているらしい
類似品も出回っているらしい
まあプラスチックの箱なんでいくらでも作れますから類似品も出回ってます。後から出回ったほうがデザインなんかは垢抜けていたりね。

でもうちは愚直に丈夫さだけで売っててプラスチックの量はどこよりも多いです。肉厚なんです。

かわいくないって子どもには受けないかもしれませんが、とにかく丈夫。それにプラスチックって100%リサイクルできるものなんです。

丈夫でリサイクル可能って教育委員会さんにはウケますよね。それで続々とまとまった受注をいただくようになったようです。


プラスチックについて「肉厚」という言葉がほめ言葉になる世界がここにはある。
確かに小学校時代使っていても、壊れる気は全くしなかった
確かに小学校時代使っていても、壊れる気は全くしなかった

長野は青、千葉の野田ではオレンジ

私が子どもの頃はノアといえば青でしかなかった。全員が青を使っていて、青以外の色があるとは夢にも思わなかったが、実際はカラーバリエーションもある。

色は最初は青しかありませんでした。でも女の子用に赤も欲しいといわれて作って。でも時代が進むと今度は性差を感じさせちゃいけないってことでオレンジ、緑を追加しまして。昭和55年くらいまでには黄色も入れて5色ありましたかね。

でも今も昔も青が一番出てますね。男女問わず、全員青を使うという決めで注文してくる学校さんが多い。

教育委員会さんが色を指定されるパターンが多いんですよ。長野県はみんな青ですね。埼玉だと川越と入間が青かな。狭山と所沢は緑か。千葉の野田市はみんなオレンジ。オレンジは数が少ないですね。


地域によって色が違うのだ。希少なオレンジを使っていた方はちょっと誇っていいのではないか。
色は地域の教育委員会マターのことが多い!
色は地域の教育委員会マターのことが多い!

昭和60年代に出したA4対応商品が現在主流

私が使っていたのとは別の商品もあった。主流なのも私の頃のものとはすでにちょっと違うらしい。

種類は3種類あります。古賀さんもお使いになっていたのが最初に作った「ニューハコー」。

その次にマグネット付きでスチールの机にくっついて落ちませんよっていう「マグネットエース」っていうのを出しました。
おお、なるほど机にくっつくわけだ。
おお、なるほど机にくっつくわけだ。
ニューハコーに比べて間仕切りの溝も増えた。「でも、真ん中以外で区切る子はあまりいないんじゃないかなあ」と
ニューハコーに比べて間仕切りの溝も増えた。「でも、真ん中以外で区切る子はあまりいないんじゃないかなあ」と
最後に出したのが、といっても昭和60年くらいですが「スーパーハコーワイド」。

世の中B5からA4の流れに変ってきていますよね。それで、A4のノートとかワークブックがならべて入るようにワイドにしたんです。机に入るぎりぎりまで大きくして。

こっちはマグネットじゃなくて下に棒を入れてます。机の内側にたいていある凹み、これどのメーカーの机にもだいたいあるんですよ。ここに引っかかるようにしてます。教科書の重みでひっかかって落ちないんです。今はこれが一番出てますね。
見づらい写真になってしまったが、机の中の手前あたりにはどこのメーカーのものにもくぼみがある!
見づらい写真になってしまったが、机の中の手前あたりにはどこのメーカーのものにもくぼみがある!
最新製品とはいえ昭和60年(1985年)発売とあって、チラシの風情はなかなかにノスタルジック
最新製品とはいえ昭和60年(1985年)発売とあって、チラシの風情はなかなかにノスタルジック

ヤフー知恵袋に洗い方載ってます

ハコーといえば懐かしいのは恒例の夏休みの持ち帰りであろう。持ってかえってみんな自宅で洗うのだ。

洗い方にコツがあるんですよ。鉛筆の黒いすすだのホコリだのなかなか落ちにくいですよね。メラミンのスポンジを使うんです。100均にもあります。っていうのを、ヤフー知恵袋で知りました。

うちの製品のこと誰か何か書いてないかなーって見てみたら、そういうやりとりがあって。勉強になりました。


私が子どものころは必死に消しゴムできれいにしていた気がする(鉛筆のすすが主なよごれのため)。

確か当時はメラミンのスポンジも出始めで高かったのではないか。ハコー洗浄にとっては良い時代である。
と、ここで事務所の向かいにある倉庫も見せていただいた。大量のハコーシリーズが出荷されている!
と、ここで事務所の向かいにある倉庫も見せていただいた。大量のハコーシリーズが出荷されている!

いまも新一年生に向けてばりばり出荷中

チラシなどの古さからしてハコーはもしや過去のものなのか…という不安もあったのだが、むしろ新たな引き合いもある健在ぶりだそうだ。47都道府県中、35の地域へ毎年3万個は出荷があるという。

ハコーは毎年3月から4月のあたままで毎日出荷しますね。今年は特に消費税の増税があって3月中にどうしてもっていうのが多いです。

今日はもうかなりの量がはけちゃってて、ほとんど倉庫にも残っていません。今日またぎっしりトラックが積んでくる予定です。


ハコー文化の後継者は今なお毎年生まれているのだ。みんな、夏休みに持って帰ったらメラミンスポンジで洗うといいらしいぞ!
これくらいのところまでパンパンに製品あったんですが、出荷しちゃって。でもまた納入されて出荷してっていうのが3月末まで続く予定、とのこと。頼もしい!
これくらいのところまでパンパンに製品あったんですが、出荷しちゃって。でもまた納入されて出荷してっていうのが3月末まで続く予定、とのこと。頼もしい!

実はいまや天板取替えがメイン事業

今回おじゃましたハコーのメーカーであるノア社さん、ハコーの販売で縁のできた学校に売り込んだ机の天板修理が大ヒット、現在は天板まわりをメインにすえてのハコー販売との2本柱で営業しているのだという。

天板。机の板だ。あれ、交換できるのか!

って、よく言われます。よそではあまりやっていない、いわゆるニッチビジネスですよね。昭和50年代に学校が荒れた時期に、よく彫刻刀でイニシャル彫ったり、消しゴムを玉にして遊ぶためにゴルフ場みたいにくぼみを作っちゃったりってあったんです。そういうとき机を総とっかえするんじゃなくて天板だけ取り替えると新品同様になってコストも安く済んで都合がいいでしょう。

製品は概ね、天板とハコーです。よく続いていると思います(笑)。


学校机の周辺ビジネス、細かい部分だからこそ大人になっても心にくっきり残るのだと思う。本気で今後ますますのご発展をお祈り申し上げます!
イスの背座面も交換可能
イスの背座面も交換可能


取材のご対応ありがとうございました!
株式会社ノア
http://noah-school.com/
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