カレーうどんの量が多かった
私が食べ切れなかったという店は、丸の内線のちょこっと出っ張っている部分の終着駅である方南町の、「御利益」という縁起の良さそうな名前のうどん屋さんだ。
外観はごく普通のうどん屋さんなのだが、ここのうどんが普通じゃなかった。
店名や暖簾は無く、シンプルに「うどん」とだけ書かれている。
ここでいいのかなとよく見てみたら、ポストに小さく店名が書かれていた。
なんだか御利益がありそうな名前だなと(そのままだが)、軽い気持ちで食べに行ったのだが、そこのうどんの量が極端に多かったのだ。
私が頼んだのはカレーうどんである。富士そばとかはなまるうどんのカレーうどんなら、軽く2杯は食べられる胃の容積を持っているが、この店は明らかに普通の店の3倍くらいはボリューミー。しかもカレーうどんなのにデフォルトで天麩羅が乗っていた。
多い。
別にラーメン二郎にインスパイアされた訳でもないだろうが、盛りがなんだかおかしい。
人間に対するうどんの比率は、あの時と一緒だ。家族でいったくるまやラーメンで、普通サイズを頼んで持て余してしまった幼き日の記憶がよみがえった。
そんな訳で、二郎は以前に食べ切った私だが、ここのカレーうどんは少し残してしまったのである。
「御利益」という店で食べ物を残すというのは縁起が悪い。これは2013年のうちに払拭しなくてはと年末に再訪したのが、今回の話である。
次こそは完食してやる。
大盛りの店ではなく、あくまでこだわりの店
この日は朝飯を控えて、事前に胃薬を飲むなどして、万全の体調で挑んだのはもちろんのことだが、それでも残してしまう心配があったので、元気な胃袋を持った若者に同行していただいた。
よく当サイトで食べ歩きの記事を書いている、ライターの地主さんだ。彼なら仮に私が食べ切れなくても、きっと代わりに平らげてくれるだろう。
これで2014年をすっきりとした気分で迎えることができるはずだ。
カメラが湯気で曇った。
若い胃袋。
さてここで気を付けなくてはいけない点が、この店の雰囲気と、出てくるうどんの量のギャップだ。
店の雰囲気から察すると、おいしいけれど量が足りなくて大盛りを頼めばよかったと後悔する系にしか思えない。蕎麦屋やうどん屋にありがち。
しかも店内に掲げられた看板には、吟味した材料を使った自家製のうどんであり、お子様から御年輩の方までの健康食・美容食と書かれている。こういう店は盛りが絶対少ない。
値段は600円からと普通。
これは量が少ないフラグだろう。
出された水は「雲峰の霊泉」らしい。確かにうまい。
店内に掲げられたサインはプロゴルファーの青木功のみ。大食いタレントが来た気配は皆無。
やはり大盛りが売りの店ではなく、味が売りの店だとしか思えない。
でも、多いのだ。
やっぱり多かったカレーうどん
この店の雰囲気に騙されてはいけない。騙すつもりはないだろうけれど。ここは量が多いのだ。
当然カレーうどんを注文する気で来たのだが、メニューを見ていたらあの量を胃袋が思いだしてしまった。
そこでリベンジの夢は20代の地主さんに託して、30代後半の私は玉子とじうどんという、いかにも軽そうなやつを頼むことにした。
二回連続で残したら、きっと先祖に怒られる。
うどんの茹であがりを待つ店主。
カウンター越しにカレーうどんが作られる様子を見させていただいたのだが、茹であがったたっぷりのうどんに、とろみの強いカレー汁をかけ、そこに天かすを大量に乗せていた。
私が食べ切れなかった原因はこれだ。
カレーうどんにカロリーの塊をトッピング。
うどんに天かすを乗っけるとタヌキうどんだが、カレーうどんに天かすを乗っけるのはなんというのだろう。タヌカレーうどんか。
さらにそこに天麩羅が2つパイルダーオン。今日はナスとサツマイモだ。
これがこの店のカレーうどんなのである。
写真だと伝わりにくいが、丼もでかい。
高さのあるカレーうどん。
やはり自分で頼まなくてよかった。カレーうどんという大地にそびえ立つ、天かすと天麩羅の山脈。カレーうどん界のビッグマウンテン。
私はこの山の途中で遭難したのだ。
このボリュームに驚きを隠せなかった地主さんだったが、一口食べると「これって本気で美味しいやつじゃないですか!」と、また驚いた。
こうやって見ると、やっぱり多いな。
そう、おいしいのだ。たっぷりの天かすとカレー汁をまとったうどんがクセになる味。
厳選した材料を使っていると看板に書くだけあって、穏やかなコシのうどんも、和風ダシの効いたカレーも、薄い衣の揚げたての天麩羅も、すべてのレベルが高い。
普通は食材に対するこだわりに反比例するボリュームだが、この店ではなぜか正比例しているのである。
丼いっぱいに麺が入っている。カレーうどんというか、天麩羅カレーうどんうどんうどんうどん。
玉子とじうどんはさっぱりしているけれど多い
量が多いのはもちろんカレーうどんだけではなく、どのうどんを頼んでも多い。
私が頼んだ玉子とじうどんだが、仕上げに溶き卵を上から流したタイプかと想像していたら、結構なサイズの和風カニ玉が、うどんの上に鎮座していた。
カニ玉&カニカマ。
フワフワとした卵の中には、カニの身とタマネギがたっぷり。
シイタケの厚みに素材に対するこだわりを感じる。
そしてうどんの量が多い。
こちらは天かすで武装したカレーうどんとは違い、看板にある「さっぱりとした、あきのこない薄味」の通り、昆布を効かせた上品なだし汁で勝負している。
このうどんの量は、「飽きのこない味」に対する、店主のプライドなのだろうか。飽きるものなら飽きてみろ、と。
ちなみにうどんは手打ちではなく機械打ちだが、「機械のほうが難しいんだよ!機械はほったらかすと、ろくなことがない!」とのこと。
地主さんが意外な行動にでた
うどんを餅すすりの名人のようにすすりながら、「これ、食べても全然量が減らないですよ!」と喜ぶ地主さん。おとぎ話か。でも確かにそう感じるのだ。
彼の見事な食べっぷりを見ていたら、なんだかお相撲さんやプロレスラーのタニマチになる人の気持ちが、ちょっとだけわかった気がする。
彼は餅すすりを始めるといいと思う。
がんばれ、俺。
後から来たお客さんにうどんが到着すると、店主から「足りなかったらいってくださいね!」という声が掛かった。どうやら盛りが不安だったらしい。そのお客さんは、すごい勢いで首を横に振っていた。
そして常連さんと思われるお客さんは、「麺、少なめで!」と注文していた。その手があったかと膝を叩いた。
しばらくして、だんだんと無言になりながらも、地主さんがあの油と炭水化物の塊のようなカレーうどんをきれいに食べ切った。若いってすばらしい。
そんな気持ちのいい食べっぷりを見せた彼から、びっくりする発言が飛び出した。
おつカレーうどん。
「え!」
ざわ…ざわ…
彼が追加注文をした時、店内がハッキリとざわついたのがわかった。まさかのおかわりである。君は過ぎたるは及ばざるがごとしということわざを知っているか。若いってそういうことなのか。
その無謀なチャレンジを心配する私に対して、「だっておいしいから。次にいつ来れるかわかんないし!」と、二つ目のスウィーツに手を伸ばしたOLのような返事をする地主さん。
しかし注文してから満腹中枢にようやく指令がやってきたようで、「すみません、少しだけうどんを少なくしてもらっていいですか?」と、弱気なオーダー変更をしていた。
煮込みうどんもやっぱり多かった
地主さんがまさかの追加オーダーをした煮込みうどんだが、これもまたすごかった。
この煮込みうどんの姿を見ることができただけでも、彼が無謀ともいえる注文をした価値があるといえよう。
できあがりと思われた煮込みうどんに、天麩羅を積み出す奥さん。お、奥さん!
煮込みうどんの上に、まさかの天麩羅タワーを建設だ。
最近はラーメン屋などで「全部盛り」という注文方法があるけれど、この店の煮込みうどんは、デフォルトが全部盛り状態だ。
海外で注文したものが予想外だったようなリアクションを見せる地主さん。そりゃ「What is this?」だ。
まさかの天麩羅タワー。かき氷みたいな盛りだ。
これを他の店で再現したら、一体いくらになるのだろう。
揚げたての天麩羅と鉄鍋に入った煮込みうどんというダブルの熱源を、口いっぱいに頬張る地主さん。
すっかり冷えてしまった玉子とじうどんをすする私は、追加オーダーするくらいなら俺のうどんを食べてくれと思わなくもない。
「うま!」だそうです。
どうにか私も胃袋ギリギリのところで、さっぱりとしているけれどボリューミーなーうどんを食べ終わった。やはりカレーうどんにしなくて正解だった。
これで無事に御利益をいただき、晴れて新年を迎えられるというものだ。
スープがおいしいので、苦しくてもついつい飲んでしまう。
あとは地主さんが二杯目のうどんを食べ終わるのを待つだけだが、ここにきて彼の胃袋が急に厳しくなってきたようだ。
誰もが当たり前だろとつっこみたくなる展開である。
満腹を遅れて感じるタイプらしい。
さてどうするのかなとニヤニヤしながら見守っていたら、ようやくカラになった私の丼に、自分の煮込みうどんを入れてきた。そうきたか。
もらった分だけで普通の店の一人前くらいあったここの煮込みうどんは、辛めの赤みそを使ったタイプで、これもまたおいしかった。できれば空腹で食べたかったが。
カップルか。
そんなこんなで、二人掛かりでどうにか完食。注文時に煮込みうどんの量を少なめにしてもらって本当によかった(少なくなってない気もするが)。
お会計の時に、「この店、なんでこんなに多いんですか?」と、ストレートな質問をしてみたところ、「最初はそうでもなかったけれど、だんだんと増えた気がします」との答えが返ってきた。
お客さんにおいしいものをたくさん食べてほしいという店主の思いが、創業から13年の時を経て、このうどんの量へと行きつかせたのだろう。地主さんみたいにおかわりするひとがいるから。
お正月の新日本プロレスの東京ドーム大会が、5時間以上の長丁場だったのと似ている。
ちなみに天麩羅うどんを頼むとこうなる。
冷やしタヌキうどんで軽くすませようとしてもこうくる。
次は肉うどんのうどん少なめにしようと思う
この話を要約すると、カレーうどんが多かったというだけのことなのだが、大食いを売りにした店ではなく、味と顧客満足度を追求した結果のサービスであるところが、なんだか方南町っぽいなと思った。知らないけど。
うどんを運んでくる奥さんが、若干申し訳なさそうだったのは気のせいだろうか。
もちろん無理をしてたくさん食べる必要はないと思うので、もしこの店に行かれる際は、「うどんは半分で」とか、「いっそ三分の一で」とか、己の胃袋に合わせた注文をするといいと思う。これは決して恥ずかしい事ではないはずだ。
御利益
東京都杉並区堀ノ内1-9-2
※ランチのみの営業