犬を飼うと自治体への登録と狂犬病の予防接種が必要となり、それらを済ませると犬の首輪に付ける鑑札、注射済み証と一緒に門票が渡される。(自治体によって詳細は異なります)
越後湯沢のシンプルで力強い「犬」。秋田犬がいそうだ。
かわいい丸ゴシックを使いつつも媚びないクールさ。スコッチ・テリアとかかな。
堂々たる「犬」の字が書かれたシンプルなものが多いが、自治体によってデザインは様々、最近では犬のイラストを使ったりしているところもあるようだ。
なぜか分電盤?のところについていた。
年ごとに色が変わり、長年犬を飼っている家ではその連貼りが、景観に豊かな彩りを加えているのをしばしば目にする。
色とりどりの犬が整然と並ぶ様はまさに壮観。
1995年の狂犬病予防法の一部改正により、犬の登録が年1回から生涯1回となってからは、門票を今までのようなシールではなく、耐久性の高い、アルミのプレートタイプにしたりする自治体もあるようだ。
いい書体だ。犬はこうでなきゃと思う。
あの燦然と並んだ犬シールも近い将来、失われてしまうおもむきのひとつかもしれないのだ。
なんということだ。
私は激怒した。必ず、この犬シールを今のうちに覗かねばならぬと決意した。私には政治がわからぬ。
私は、会社員である。羊と遊んで暮らして来た。けれども犬のシールに対しては、人一倍に敏感であった。
自らの表現のつたなさのあまり、思わず「走れメロス」の文体を借りてしまったが(別におこっていません)、とにかく「犬」はどこに貼られているのか調べることにした。
ターゲットは世田谷
それにしても東京は広い。効率よく調べるには当然、犬を飼っている家が多い場所に行くべきだ。
東京都福祉保険局のホームページによれば、23区内で犬の登録頭数が一番多いのは世田谷区の35,550頭 、うわあ多い。2位の練馬区(29,702頭)に6,000頭近い差をつけている。なんかそれだけで興奮してきた。
※参照:平成24年度 犬の登録頭数・狂犬病予防注射頭数(東京都内市区町村別)東京都福祉保険局ホームページ
いやちょっと待て。世田谷広いし人多いからじゃないのどうなのと煩悶したので、犬を飼っている世帯が多いと思われる一戸建て住宅の数との関係を調べてみた。
東京都の統計データを参考に一戸建ての数を犬の登録数で割り、犬密度(勝手に命名)を算出する。
数値が低いほうが犬密度が濃い事になる。中央区や港区の数値はちょっとなあ。ペットOKマンションが多いのか?
世田谷は3.2。つまりおよそ3.2軒に1軒が犬を飼っているということになる。当然ペット飼育可能なマンションで飼っていたり、1世帯で何頭も飼っていたりするようなケースもあるだろうからあくまでも目安だ。
※参照:東京都統計年鑑 平成23年/3建設・住居/3-3地域、住宅の種類、所有関係、建て方、構造別住宅数(平成10~20年) 東京都総務局統計部ホームページ
数値的には世田谷を上回っている区もあるが、駅の数やアクセスの利便性、なんといっても犬の絶対数に魅かれやはり世田谷区に決定した。
いざ世田谷(写真は祖師ケ谷大蔵)
採集は手書きで
さあやるぞとテンションは上がったものの、門扉はまだしも、人の家の玄関に何度もカメラを向ける度胸を持ち合わせていない。Googleストリートビューみたいなカメラ付きの車を買うか、もういっそストリートビューで探すかとまで思ったが、解決法は身近なところにあった。
べつやくさんの記事「
ネコを記録しよう」で作られたネコメモと林さん作成の「ハトメモ」
街で見かけたネコやハトの模様がスムーズに記録できるフォーマットのメモ帳である。そうだ、メモればよいのだ。
「よし、これパクろう!!」
ひらめいた!みたいな感じで気持ちよくひどい事を叫んでさっそく犬シールメモ帳を作る。
玄関の図版をプリントして作成。
左側の玄関の図に位置を記録し、右に詳細をメモ(形、色、一緒に貼ってあるシールなど)
クオリティまではパクれなかった…
門扉やその他の場所で見つけた場合は右の空欄にメモする。
気分は今和次郎(気分だけ)
ちなみに今和次郎とはその豊かな観察眼と精細なスケッチで昭和の都市生活の様子を採集記録した「考現学」の創始者である。興味のある方は検索してみてほしい。
クオリティは到底今和次郎たりえなかった(下手)…
こうして世田谷の「犬」を追いかける日々がはじまった。
あるときは千歳烏山。
あるときは千歳烏山。
またある時は桜新町。
傘もささずに宮の坂(ふってない)
世田谷ひろいな…
犬の足跡発見、近いぞ!犬じゃなくて犬シールが。
他のシールも気になりだした。
暗くなっても見えるぎりぎりまでねばる。
きれいなイルミが点灯しだすと心が折れてくる
そろそろ限界か。
思いのほか犬がいない
調査中、犬の散歩をしている人は思いのほか見かけず、
むしろパブリックスペースも私有地も関係なく駆け回るネコを目にする機会が多い。
ある「犬」をメモっていたら下にネコが。
そのネコ。
塀越しに目があった(このあとパンチをしてきた)
しかしさすがは23区随一の犬特区。犬にかかわるサインも豊富だ。
「引き綱」というのかあのひもは。
つながない犬がすごく自由を謳歌してて胸がきゅっとなる。
古びていけばいくほど…
犬がサイズアップしていく気がする。
退色したサインが残像のよう。
赤いバージョンはじめてみた!
ど根性ガエル工法だろうか。
で、こんなのまで犬だ。
貼り位置はしぼられて来た
本題の犬シールだが、記録していくとそのほとんどが以下のスポットにつけられている事がわかる。
■ 玄関
ドアの隅っこや左右にはめられたガラス部分に貼られているのをよく見かける。他の場所より貼る面が広く取れるためか、時おり息を飲むすごい多連貼りが出現する。
ガラスの部分っていうのはこんな感じ(色は後で塗りました)
一軒だけ、強気のセンター(ドアの真ん中)犬があった
9枚!多い!メモもテンションが高い。
ISN(犬・赤十字・NHK)が織りなす華麗なるコンポジション。NHKのワンポイントが効いている
■ 門扉
主に右上や左上の角に貼付けてある。警備会社のステッカーや「猛犬注意」などとのコラボが多く、境界感を感じる。
結界のように張り巡らされた犬&猛犬バリア。意表をついてマルチーズとかだったらいいのに。
ドッグとNHKがオンザSECOM。官民犬一体となった強固な防犯体勢を感じさせる。
連貼りも門扉で見るとどことなく結界じみて見える。
■ ポスト
意外にポストに貼ってるの多いなあ。玄関や門扉よりも形状がまちまちで様々な貼り方やコラボが楽しめるスポットだった。
「ごんぎつね」の兵十を思い出した。(冒頭のうなぎを捕っている場面で顔の横に円いはぎの葉がほくろのようについていたと描写されているところ)
“蓋”というせまいスペースにぎっしりと密集!!なんというかテントウムシの集団冬眠を見つけた気分になった。
どちらもわかりにくいキャプションでもうしわけない。
シロアリ防除施行とのコラボ。
■ インターホン
前述の3つにはおよばないがインターホン回りもひとつの犬貼りスポットとして確立されていた。ここまで読んでくれた方は薄々勘付いているかもしれないが左のドアのフォーマットあまり役に立っていない。
おなじみシール三羽ガラス(犬、赤十字、NHK)がフラットに並ぶ現代的(なにが)な布陣。
気軽にホンは押させない。押し売り・セールスお断りと共にがっちり脇を固める。
■ その他
今回の調査ではこれら以外のスポットは2カ所のみだった。もっといろいろなところに貼ってあるかと思ったのだが。見逃していただけかもしれない。
ものすごくわかりにくいが、ガレージの格子タイプのシャッターの裏の壁。
■ 犬以外
犬ではないステッカーも数多く出現し、「犬」との素敵なコラボレーションをみせてくれた。赤十字やNHK等の定番?以外にもいろいろ貼られているのだな日本の家屋。ちなみにNHKのシールは現在では廃止されている。
なぜか川崎市と書かれた水道局のシールが。またここがすごい県境で川崎が食い込んできてるんじゃないのかと思ったが違った。
条例により排水設備を新設・変更をする届けを出した際に貼られるものらしい。検索したらこのメモよりもっと曲線ベースのデザインだった。
シールというよりプレート。東京ガスの旧ロゴらしい。
全然シールじゃないのだが、看板の大きさに驚いて近くの公園で真剣にメモした。どんだけ猛犬なのだ。ケルベロスでも飼っているのか。
■そして集計へ
こうして諸星大二郎の原画展とかに行きながらも土日を調査に費やす日々を送り、採集する事148軒。
まあまあ多い!
結構いろいろ回った感あったし積み上がったメモを見るとおおっ!となるがよく考えたら区の登録頭数の0.5%にもみたない数値である。ノンアルコールビールよりちょいましといったところだ。
このメモを拠点別にさらに詳細にまとめる。玄関なら玄関のどこに、門扉なら門扉のどこにどれだけ貼られていたのか。せっかくの手書なのでエクセルとか文明の利器をあえて使用せずアナログ作業で進める。
不気味なメモ用紙を使ってさあ、仕分けだ。
ラベルを眺めていると神経症になりそうだがとにかく仕分けだ。
不気味な仕分け完了!
そして一枚ごとに枚数や場所、一緒に貼ってあるシールの状況を記載していく。
写真にタグをつけていくようなものですね
このようなじめじめした作業の結果を手書きでまとめたのがこの図表である。
「犬」貼位置調べ!(クリックで大きな画像が開きます)
■ 玄関、ポスト、門扉は三大門標スポット
今回の結果では門扉の51軒が最多だったが門扉・玄関・ポストの3カ所にかなり分散していた。
個人的にはもっと玄関に集中すると思ったが、特にポストの健闘が光る。
玄関は門扉より7軒程少ないが、枚数でいうと82枚と
門扉を上回っている。1箇所あたりの枚数、もしくは爆発的に目を引く連貼りが多いということであり、犬シールは玄関という刷り込みもそこから来ているのかもしれない。
■門扉は右
場所別に見てみると、玄関は左右に比較的バランス良く分布していた(若干左多し)が、門扉は右上がホットスポットとなっている。
玄関の中央が光るなこうして見ると
玄関に関しては気付けば取手の位置(つまり右開きか左開きか)までメモしていたのだが、特に相関関係は見られなかった。まあ、トレンド的なものとして「犬のプレートどこに貼ったらいいですかねえ」と相談されたら「そうですねー僕の調べたところによると玄関なら左側、門扉なら右上の方が気分です」とか答える事にしよう。あ、なんか答えたくなってきた。
■ コラボシールに場所ごとの特性が
犬の門票の他に貼られていたシール類もまとめた。発見した数量が多かった順に書き出している。玄関ではNHKや水道関係(排水設備届出済証)など、インフラ関係が、門扉やポストでは「猛犬注意」や警備会社、カメラ設置などの防犯関係が多く見られた。
猛犬ってさらっと言うけどすごい言葉だ。それにしても玄関に赤十字シール多いな。赤十字の大草原だな玄関。
やはり公共スペースと私有地の境界である門扉には緊張感がある。最近では家に近寄るとギャンギャン吠えかかってくる犬をあまり見なくなったが、ずっと貼りっぱなしというケースも含めて犬表示はまだ抑止力として一役買っているようだ。
飼っている犬の種類によっても門扉に貼って警告→中・大型犬、玄関→小型の室内犬なんていう傾向があったりするのだろうか。
まだ犬シールはわからない
世界の断片を切り取る意気込みで犬シールを求め歩き回ったが、切り取る事ができたのは世界どころか世田谷の断片だった。また他の地域を巡ってみたらまた新しい発見があるかもしれない。引き続きシールを気にしつつ、犬を飼っている方やその犬の話も聞いてみたいものだ。(猛犬はちょっと)