天然ガスが吹き出る田んぼ
茂原市の七渡(ななわたり)という集落にやってきた。
ここで、七渡地区のガス田について詳しい方に助っ人をお願いした。茂原市七渡地域紹介の
ウェブサイトを運営されておられる大塚さんだ。
大塚さんは、ぼくの突然の連絡にもかかわらず、快く案内を承諾してくださった。
七渡周辺のガス田を案内してくださった大塚さん
地元に住む大塚さんにお話しをうかがった。
──この辺りでは、田んぼや沼にガスが湧いてるところが見られると聞いたんですが……。
「はい、湧いてるんですが……最近少なくなってきていて……ちょっと見に行ってみましょうか」
──ガスってどれぐらいむかしから利用されてたんですか?
「ガスが出てること自体はむかしからよく知られてたらしんですけど、千葉の方に土気駅ってありますよね?
あそこは土からガスが出るから「土気(とけ)」という地名がついたと言われているぐらいなので。燃料として使われ始めたのは明治になってからでしょうね」
そんな話を聞きながら案内された田んぼではすでに稲の収穫も終わり、水が干上がった状態なので、ガスが出ているところを見つけられなかった。しかし……。
あ、コポコポ泡が出てる!
「あ、ここガス出てますよ!」
言われた場所を見てみると、確かに泡が出ている!
わかりにくいけど泡が出る様子
──わ、すごい、これチャッカマンで火つけたら爆発しますか?
「いやー、それはないですね。ガスが拡散しちゃってて火がつくほどではないとおもいますけど、危ないからやめてくださいね」
ガス泡を見つけた興奮で思わず小学生みたいな質問をしてしまったが、茂原周辺では田植えの時期や、雨が降ったあとなどにこのように地面からガスが吹き出ている場所が見られるらしい。
この辺りで出るガスはほぼすべてがメタンガスなので、空気より軽く、屋外であれば地表に出た瞬間空気に混ざってしまい、雲散霧消してしまうが、可燃性ガスなので火を近づけたりすると危ないことには変わりない。
最近、ガスの出が悪くなった
大塚さんは自家用ガス田が庭先にあるお宅に案内してくださった。
ほぼ自作のガスタンク
案内されたお宅にはドラム缶ぐらいの大きさのタンクを備えたガス井戸があった。まさに自家用のマイガス田だ。お話しをこのお宅のご主人に伺った。
──これがマイガス田ですか……今、ガスってどれぐらいでてるんですか?
「いやー、さっぱり出なくなっちゃったんだよ、去年の6月ぐらいからほぼ出なくなっちゃった」
──どうしてですか?
「去年、家のすぐそばでね、ガス会社がガス掘り始めてからパタリとでなくなっちゃった。それが直接の原因だとは思うけど……ただねえ、一昨年の震災あったでしょう、あの地震の前から『どうもガスの出が悪いなー』って話はしてたのよ」
──あ、兆候があったんですね
「そう。で、震災後の房総沖の結構大きい地震があってからどんどん出が悪くなって、で、去年の6月ぐらいかな? すぐ近くでガス掘り始めてほぼでなくなっちゃった」
業務用の「天然ガス井」これがガスが出なくなった原因か?
──去年まで出てたんですか……。
「今でもね、一日に20分ぐらいでることは出るんだけど……出ない時もあるし、使えるほど出ないんですよ、出が悪くなってからは夜、風呂に入る時も外でガスが溜まるまでずーっと待ってて、溜まったら急いで風呂場に走って行って沸かして入ったりして大変だったんだから」
今、一歩遅かった。
ちなみに、大塚さんにお借りしたガスが出てた頃の写真がこちらだ。
ガスを含んだ海水が噴き出している(2009年)
ガス田からガスが吹き出していたころは、20秒間隔で間断なくガスが吹き出しており、吹き上げる水の高さは5メートルにも達したらしい。
天然ガスがいっぱい出てた頃の話は、ほとんど出なくなってしまった今聞くと、バブル絶頂期の無駄遣い話を聞くようなうら寂しさがある。
ガス代はタダだが維持費もけっこうする
地面から吹き出したガスを大量に含んだ海水は、鹹水(かんすい)とよばれる。鹹水は熱を持っているためいったんタンクに貯め、ガスと海水を分離させて、別のタンクで冷してから家の中に引いて燃料として使っていた。
左のタンクで鹹水とガスを分離させ、ガスだけを右のタンクに貯めて冷してから燃料として使う
ガスタンクのしくみは簡単で、風呂場で湯船に洗面器を逆さまに沈めてオナラをためる時の要領でガスだけを集めるのだ。(例えが下品ですみません)
──ガス井戸は自分で掘られたんですか?
「いや、専門の人を呼んでね、掘ってもらったんだよ、40年ぐらいまえかな? 700メートルぐらい掘ったんだよ」
業務用などで掘削する場合は地下2000メートルちかくまで掘る場合もあるらしい。2000メートル、2キロメートルかと思うとピンと来ないけど 上に伸ばすとすると筑波山ふたつ分より高い。
──700メートルって、ちょっとした山ぐらいの高さですね
「浅いところからもガス(上ガス)が出ることは出るんだけど、そういうのは量がすくないから集めないと使い物にならないんですよ」
──ちなみに掘削して装置を設置するのに当時いくらぐらいしたんですか?
「40万ぐらいかな、掘削とガスの分離装置ひっくるめて。、このタンクは板金屋につくってもらって、土台は自分でつくったんです。ガス代がタダになると思って、作った当時は一生懸命だったんだよー」
──40万って結構かかる気がしますけど、でも毎月のガス代がタダなんですよね
「そう、去年ガスが出なくなってからプロパンガスに変えたんだけど、毎月6000円ぐらいかかってるからね、一年で72000円ぐらいかな、そう考えれば十分もとは取れてるんだけど、メンテナンスの手間を考えるとねえ……」
ガスを含んだ鹹水は大量の砂も含んでいるので、分離すると砂が残る
自宅で使う分だけしか採掘できない
──隣でガスの採掘が始まってから出なくなったって抗議できないんですか?
「地下のガス資源は、我々は『使わせてもらってる』っていう立場なんですよ、だから庭でとれたガスは自宅で燃料として使う分だけは勝手に採掘して使ってもいいんだけど、それ以外は、売ったり、商売に使ったりしちゃいけないんです」
──採掘権(鉱業権)ってやつですね
「そう、むかしはビニールハウス温めるぐらいなら良かったんだけど、最近はなんか厳しいみたいでねー」
そういうと庭先にある以前使っていたビニールハウスを見せてくださった。
写真中央にあるガスヒーターでビニールハウスを温めていた
このガスコンロで焼き芋をしたりしてたそうだ
むかしは、このあたりの集落のひとは、みんな畑や田んぼにマイガス田を掘って自宅までひいて使っていたらしい。
しかし、近年ガスの出が全体的に悪くなってきているのと、維持管理がけっこう面倒くさいというところから、プロパンガスを使う家庭が増えてきている。
ちらほら見かけるガス井戸
残念ながら、マイガス田のメタンガスを実際に燃料として使ってる様子を見ることはできなかったが、せっかくなので、田んぼの中にあるガス田をいくつか案内してもらった。
こういったマイガス田はいたるところにある
自家用のマイガス田は七渡周辺の集落を歩けばそこかしこに見つかる。ただ、現役で稼働しているかどうかは外からみただけではわからない。
上の写真のガス田は、近くの数世帯が共同で管理している「みんなのガス田」らしい。
ガス井戸から伸びているパイプはあぜ道を通り……
近くの住宅のガスタンクにつながっている
車で道を走っていると、高く持ち上げられたパイプがよく目につく。もちろんこれもガス井戸からガスを自宅に引き込むためのパイプだ。
高く持ち上げられたパイプ
──ガス井戸からの引き込みパイプって高いところを渡してるところが多いように見えますが、どうしてですか?
「あれはパイプを下に這わせると水がたまって詰まっちゃうんですよ、だからいったん高く持ち上げて、ガスだけ先に送るようにわざと高低差つけてるんです」
ただ、邪魔だから上に上げているだけではなかった。
業務用で掘られたガスはどうなるのか?
各地の「天然ガス井」で集められた天然ガスは鹹水とともにいったんガス基地に貯められ、さらに茂原市内の大きな工場に送られる。
「天然ガスかん水」のめずらしいマンホール
駅の近くにでかいガスタンクあった
ガス工場では主に天然ガスのほか、鹹水からヨード(ヨウ素)なども作られている。卵に入っていたり、でんぷんにたらすと紫色になることで有名な元素である。
このヨードの生産量は日本は世界第2位で、そのほとんどが千葉県で生産されている。落花生や梨なんかよりもよっぽどすごい特産品じゃなかろうか?
残念ながら茂原あたりでは天然ガスはあまり出なくなってきつつあるらしい。
またそれ以前に、天然ガスは掘削すると地下水も一緒に掘り出してしまうため、地盤沈下の原因になる。そのため現在は勝手な採掘は厳しく制限されているところが多い。
自宅にガス田があるなんて、ブルネイの富豪みたいでなんかちょっと夢があっていいなあと思ったのだけど、実際行って話を聞いてみるとなかなか厳しい現実がそこにはあった。