特集 2013年10月31日

埼玉発!世界最古の自転車が船っぽい

どうかというほどの笑顔での試乗となりました
どうかというほどの笑顔での試乗となりました
歴史的に古い自転車というと、イメージとしてうかぶのはヨーロッパだろう。前輪がやたらに大きい自転車にシルクハットの紳士がまたがっているあの感じだ。

そんなイメージをやぶり「これぞ最古の自転車!」と名のりを上げている乗り物がある。

復元したものに乗せてもらってきた。形は、船であった。
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。Web制作をしたり小さなバーで主に生ビールを出したりしていたが、流れ流れてデイリーポータルZの編集部員に。趣味はEDMとFX。(動画インタビュー)

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またがらない最古の自転車

自転車の起源については今もなお新資料の発見や研究がなされているようだ。

前後の二輪車にまたがる乗り物という意味のものでいうと「1817年にドイツのカール・フォン・ドライスによって発明された木製の乗り物」がはじめてという説が主流とWikipediaにはあった。

今回ご紹介する乗り物には「またがる」という概念は適用されていない。しかしペダルを踏む力で自走するという意味において「自転車」だということができ、最古の自転車だと認める声も高いそうなのだ。

その名も「陸船車」である。
ざん!
ざん!

船……?

おめでたくあつらえられた紅白幕も目を引き、なにしろただ事ではないぞというインパクトある乗り物だということは間違いない。

ただ見た目の圧倒的な船っぽさに加え名前も陸船車。これ……船じゃないか。

自転車というので行ってみたら船だった。なんだこの冗談のようで目は笑っていない感じの話は。

いやいやでもこれが船ではないのだ自転車なのだ。
なかを見るとなにやらみっしり詰まっている
なかを見るとなにやらみっしり詰まっている

埼玉県の博物館におじゃましております

話がこんがらがってきたので順を追って説明したい。

今回訪れたのは大宮にある「埼玉県立歴史と民俗の博物館」。その名のとおり埼玉県の歴史と民俗にまつわる施設であり、館内では資料が保管、展示されている。
大きくてかっこいい上にとても気持ちのよい建物
大きくてかっこいい上にとても気持ちのよい建物
不勉強ながら何も知らずに口笛吹いて小石けりけりやってきたら大変に立派でかっこいい建物でのけぞった。聞けば前川國男の作だそうだ。

1971年に前身である埼玉県立博物館として建てられ複数の芸術賞も受賞したことで有名な建物なのだった。あばば。
中もかっこいい!
中もかっこいい!

展示物の血中埼玉濃度の高さがすごい

こちらの博物館のメインはやはり10部屋からなる常設展示だろう。

見学させていただいたら、今回の本筋には関係がないにもかかわらずどうしても紹介せずにはいられない濃さであった。

というのも、展示されているのが太古の時代から現代にいたるまでの「埼玉県人」の暮らしぶりなのだ。

丁寧なつくりかつ子どもでも楽しんで学べるようなキャッチーさ、そして豊富な所蔵資料でもって押し寄せてくる。埼玉が。

濃いというのはその血中埼玉濃度である。
埼玉の縄文土器
埼玉の縄文土器
埼玉目線でたっぷりと語られる武士の世
埼玉目線でたっぷりと語られる武士の世
土器を作る埼玉県人、戦国時代を生き抜く埼玉県人、水利と舟運でお江戸をささえる埼玉県人、地場産業を花開かせる埼玉県人、高度経済成長する埼玉県人。

埼玉が地元の私だが、このたび初めて埼玉がゲシュタルト崩壊である。

埼玉県の歴史の保存がミッションの博物館なのだから埼玉めじろ押しになるのは当然ではあるのだが、その“当然”を目の当たりにしても人は新鮮な気持ちで突っ込めるのだということを知った。

「また埼玉か!」と。
渋沢栄一、荻野吟子とならび埼玉三偉人とされているという塙保己一も大プッシュ
渋沢栄一、荻野吟子とならび埼玉三偉人とされているという塙保己一も大プッシュ
東京オリンピックの聖火台。埼玉関係ない? と思ったら川口市の親子の作。川口…さては鋳物だな
東京オリンピックの聖火台。埼玉関係ない? と思ったら川口市の親子の作。川口…さては鋳物だな
じわじわと埼玉に攻め寄られて「そんなに埼玉埼玉いわれても…」と後ずさってしまう感じ、おもしろいので埼玉県に当事者意識のない方にこそぜひおすすめしたい。

そして埼玉以外の全国各地にこういった施設があるのかと思うと胸が熱い。
美しい裏庭の女神像も埼玉を盛り上げる
美しい裏庭の女神像も埼玉を盛り上げる

埼玉がなぜ「最古の自転車」を

自転車のはずが船ときて、続く埼玉シャワーで全てが水に流されそうになりながら踏みとどまってそうだ、今日は自転車なのだ。

埼玉県は1人あたりの自転車保有台数が全国1位。そういったこともあって現在期間限定で特集展示「埼玉じてんしゃ物語」が公開されている。この企画の目玉として件の陸船車が展示されているというわけなのだ。

話題が船の自転車のところへ戻ってきました。
案内してくださった学芸員の佐藤さん
案内してくださった学芸員の佐藤さん
陸船車が発明されたと文献に残るのは1729年(享保14年)。

発明したのは現在の本庄市の本田でからくり作り名人として有名だったという庄田門弥という村役人である。

本庄市。埼玉県だ。なるほどこの博物館が放っておくわけがない。

次ページ、陸船車をいよいよこぎます。

江戸へ行き、京へも行った陸船車

本庄市の人物が発明したからくり、とはいえ本庄市には陸船車についての文献などは残っていないそうだ。いきさつはこうである。

・庄田門弥がからくり作品の一つとして陸船車を作成

・これが評判を呼び時の将軍吉宗(この言い回し一度使ってみたかった!)に上覧されるまでに

・京都のからくり芝居にも類似のからくりが登場

・そんな陸船車の噂を小耳に挟んだ彦根藩士の平石久平次というお侍が図面をゲットし書き残す

・それが戦前にお寺から発見されて存在が明らかに

いろいろあって、ぎりぎり文献に残っていたということが分かる。
彦根藩士、平石久平次の記した陸船車の図面
彦根藩士、平石久平次の記した陸船車の図面
箱
文献を残した平石久平次もこの陸船車を図面から作ってみようしたようなのだが、写真の「箱」の部分がどうなっているかが分からずいきづまったそうだ(しかしその後独自案で完成させたらしい)。

大事な部分の書かれなさっぷりがすごいのだが、研究によってその構造も現代になって明らかになったという。
京都のからくり芝居でからくり人形を乗せて走ったという記録
京都のからくり芝居でからくり人形を乗せて走ったという記録
だいぶ豪華な感じに
だいぶ豪華な感じに

そして現代へ

このようにほとんど偶然のように現代へ伝えられた庄田門弥の陸船車。

復元を手掛けたのは博物館ではなく「本庄まちNET」という本庄市の市民まちづくり活動グループである。

今回の展示には冒頭でご紹介した実物大の模型のほか、2分の1模型、10分の1模型に150分の1模型が展示されていた。

……150分の1模型…いる?!
こちらが2分の1
こちらが2分の1
10分の1
10分の1
150分の1……
150分の1……

元館長の増田さんが作ってくれた

学芸員の佐藤さんの紹介で本庄まちNETの代表、戸谷さんにも電話でお話をうかがうことができた。

それによると、この陸船車の模型作りがスタートしたのは2008年。このために「からくり門弥プロジェクト」をグループ内に立ち上げて活動をすすめたそうだ。

2分の1模型で感触をたしかめつつ、2011年の11月に原寸大模型が完成。4年がかりの事業であった。

なお、150分の1の模型については「本庄市の歴史民俗資料館の元館長の増田さんがそういうの得意で。作ってくれたんですよ」とのこと。

特に必要があって作ったわけじゃなかった……!

しかしそこに大勢が一生懸命手を動かしてプロジェクトを盛り上げているのが伝わってくる。律儀に展示する博物館の愛も感じた。

試乗できるんです

がらがらと展示場所から外へひっぱってくれた
がらがらと展示場所から外へひっぱってくれた
そんな大切な陸船車の原寸大模型であるが、特集展示の会期中には試乗日が設けられている。

この日は試乗日ではなかったのだが特別に乗らせていただけることになった。

からくりで動く自転車。一体どういう動きをするのだろう。

「座って、手前の棒の上の方を持って、歯車のペダルに足をかけて押す。それだけです。気を付けるのは棒の下を持たないこと。歯車が当たって痛いので」

佐藤さんの説明はシンプルだ。
両サイドの棒の、上の方を持つ。下を持つと板が当たってしまうにつき
両サイドの棒の、上の方を持つ。下を持つと板が当たってしまうにつき
水車のような仕組みともいわれるこの乗り物。足で歯車を下に押すことで下の歯車から車輪と回転して前進する。

体の重心を左右に傾けることで後輪を使って進行方向も変えることができるらしい。

まずは佐藤さんにこいでもらってみた。
えっちらおっちら
えっちらおっちら
……かわいい。上の画像では近づいてくる警備員さんもつい笑顔になっている。

自転車というよりもこのかわいらしい動き、見たことがあるぞ。ええと何だっけ。

思い出すべく続いていよいよ私も乗らせていただいた。
もう、楽しい以外のなにものでもない
もう、楽しい以外のなにものでもない
こいでみて一瞬で分かった。そうだ、子どものおもちゃでこういうのある。ペダルカーというやつだ。

自転車ですといわれると「……ほほう」といったところだろうか。確かに船ではないことは分かった。(ちなみに水にうかべるとどうなるかというと「沈みます」とのこと。ですよね!)

こぐ楽しさも大きいが、からくり的なかっこいい仕組みが目の前で動くのが面白い。こいでいると、来館のお客さんたちが自然と集まってきた。
乗りたい! と名乗りをあげたご婦人がそのまま結構遠くまでこいでいった
乗りたい! と名乗りをあげたご婦人がそのまま結構遠くまでこいでいった

時速14キロ出る?!

佐藤さんのこぐ様子を見ても自分でこいでもスピードを楽しむ乗り物ではないように感じたが、文献によると「一時(いっとき)に七里走った」とあるそうだ。

時速14キロである。ママチャリの時速がだいたい10キロくらいだというからずいぶん速い。

佐藤さんに聞くと「うーん。想像するしかないのですが、理想が入っている……のかもしれませんね」ということだった。

博物館の展示品というのでちょっとかまえていた部分があったが、さては「憎めない」キャラでいく感じの乗り物だな。
幕がはずれてはなおしてもらっていた。憎めない!
幕がはずれてはなおしてもらっていた。憎めない!

なんで船っぽいのか

そうそう、初見から疑問だったなぜ船のような形なのかということについても教えていただいた。

発明された当時、乗り物の「ボディ」といえば船、だったそうなのだ。確かに自動車もまだない時代である。

名前のとおり、船を陸に上げて走らせようというものだったのだろう。

それが自転車の始まりかと思うと陸に上がった生物がその後陸上で進化したみたいな話である。

たっぷりみられる埼玉と自転車

そのほかにも特別展には貴重な自転車が
そのほかにも特別展には貴重な自転車が
陸船車だけでなく、特別展には越谷市内の(忘れたころにきっちりやってくる埼玉)廃業した自転車店から見つかった自転車などが展示されていた。

「この自転車、見つけたの従業員の三輪さんって方なんですよ! すごいでしょう。三輪車を三輪さんが」

佐藤さんの鼻息もここ一番の荒さに。ここか。
かと思えばふつうの自転車?
かと思えばふつうの自転車?
さらに展示の最後に「ふつうの自転車」が置いてありどこか現代美術みたいなことになっていたのだが、これ、前かごとランプだけは交換されているものの1955年購入と約60年前の貴重な自転車だった。

状態があまりに良いのでそんなに古いものだとは思わなかった。

山口自転車(現在のアサヒサイクル)というメーカーの女性向けの自転車で、つい先日まで乗られていたというからぐっとくる。
すごく丁寧に乗られていてきれい
すごく丁寧に乗られていてきれい
「年をとって大きな自転車をこぐのがしんどくなったので別の自転車買うからということで寄贈してくれた」そうだ。

なお、山口自転車は工場が川口市にあったとのこと。最後まで埼玉の手をゆるめないのはさすがである。

そりゃ埼玉でツール・ド・フランスやるわ

そのほか明治時代のおぼっちゃまたちのサイクリングの様子や自転車店主催のツーリング大会の模様の新聞記事(終了後店の前で「大福引大会が催された」というのがよかった)などなど陸船車からはなれた部分の展示も堪能し、自転車とともに埼玉を十二分にかみしめた。

展示とは別に埼玉県では10/26にあの「ツール・ド・フランス」のイベントがあった。自転車と埼玉の関係性のいよいよの深さにもおそれいった次第です。

取材協力
埼玉県立歴史と民俗の博物館
陸船車の試乗については特別展「埼玉じてんしゃ物語」のページをご覧になるとよいかと思います!
●本庄まちNET
「埼玉でツール・ド・フランスをやる」と聞いて、え? フランスじゃないのに?! と分からないでいたが本当に開催された! (イベント名は「さいたまクリテリウムbyツールドフランス」)(写真は自転車ファンの家族が嬉しさにむせび泣きながら撮って帰ってきたものです)
「埼玉でツール・ド・フランスをやる」と聞いて、え? フランスじゃないのに?! と分からないでいたが本当に開催された (イベント名は「さいたまクリテリウムbyツールドフランス」)(写真は自転車ファンの夫が嬉しさにむせび泣きながら撮って帰ってきたものです)
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