おばあさん方に、しびれる
リデアルに掲載された女性の写真はどれも街頭で撮ったもの。みなさん一般の女性である。街行くところをお願いして撮らせてもらったのだそうだ。
原宿あたりによく素人の若い男女に声をかけてスナップを撮っているファッション雑誌のクルーらしき人々を見かけることがあるが、それと一緒である。
写真はすべてリデアルより
ブログには大きな写真や別アングルの写真も
これがもう、とにかくしびれる。
服に着られるという言葉があるが、その隙が微塵もない。服ってこんなにも確実に中の人の力で制圧できるものなのか。
ファッションがメインだから歳をとることについてのメッセージも説教ぬきでじわじわ伝わってくる。
撮影時のエピソードやインタビューもある
絶対みたほうがいいです
実をいうと、私はいまだに歳をとるのがちょっと怖い。加齢とは無条件で受け入れるものではなく「折り合いをつける」ものであると思っているところがどこかにある。
自信がないのだ。
リデアルに掲載されているのはみなさん30代の私にとっては人生の大先輩ともいえる60代~80代の女性。
彼女たちの堂々たるファッションにふれ、だから急にパッカーンと「歳をとるのが楽しみになりましたー!」などいいだすほど単純なことではないが、ブログの更新を追うたびにほんのちょっとそういう気持ちになったところがあった。
というわけで、日曜日、撮影現場の銀座へやってきた
運営は20代の男女お2人が
それにしても、スタイリッシュでエッジィな見知らぬ、しかも年長の女性に声をかけインタビューをしながら撮影させてらもう。かなりハードルの高い作業を街頭でこなさなければ成立しないコンテンツである。
どんな猛者が作っているのか。
読めばMASAさんとMARIさんというお2人が運営しているようだ。連絡をとってみると、仕事のかたわらこのブログを制作しているらしい。
スナップも仕事の合間をぬって週末に銀座を中心に行っているという。
左から、リデアル運営のMARIさん、MASAさん
このプロジェクトの発案者(言いだしっぺ、とご本人はいっていた)であり撮影を担当するのがMASAさん。撮影のお願いをしたりその後のやりとりをしつつ、写真のレタッチをするのがMARIさん。
会ってみると猛者というには笑顔がすてきすぎるお2人だった。
「普段は2人ともアパレルとは関係のない業種のサラリーマンで、リデアルは趣味です」という。
インターネットには古来から自らの趣味をしっかりとしたコンテンツにして公開するという文化が脈々とあるだろう。団地やダムやガスタンクや自動販売機などなど、天才コレクターがたくさんいる。
それを思えば「趣味です」といわれても驚くものではないかもしれないが、しかし、これ完全な趣味なのか(やっぱり驚いた)!
iPhone5S、5cが発売されたばかりで銀座のAppleストアには貸し出された大きな黒い日傘を持った人たちで行列が
今あるものをずらしたものを作りたかった
それにしても、なぜ、60歳以上、なのだろう。2人とも、若い人たちのファッションスナップの経験は一切ないそうだ。
シニアのファッションスナップというとニューヨークの「Advanced Style」が有名だが、直接的に影響を受けたわけでもないらしい(サイトの運営をするうえで初めて知ったそうだ)。
「既にあるものをズラす、というのが好きなんだと思います。若い人のファッションスナップはある、でも60歳以上となるとあまりないから。やったら見てくれる人はたくさんいるだろうって、ニーズもあると思っていました」(MASAさん)
急に亡くなった、高級百貨店で長年スーツの職人をしていたご自身のおばあさんへのリスペクトの気持ちも大きいかったそう。
世に「おばあちゃんっ子」は数居れど、そのおばあちゃんっ子力をここまで目に見える形で発揮したのは彼らがはじめてなんじゃないか。
銀座の歩行者天国には「撮影」をしている人が本当にいっぱいいるのですな。テレビクルーが2組、ラジオなのかな? 録音機材を持っている人も
ブログがスタートしたのは今年2013年の3月。まだ1年経っていない段階だが国内はもちろん台湾で紹介されたのをきっかけに海外からのリアクションも増えているそうだ。書籍化のオファーも相次いでいるらしい。
需要ありとのもくろみ、当たりまくりである。
歩行者天国ではかわった動物を散歩させている人がいるとわっと人だかりができて撮影会がはじまったり。独特の空気
おばあちゃんっ子偏差値の高さが異常
おばあちゃんっ子といえばその偏差値の異常な高さに驚かされたのがMARIさんだ。
この日はじめてお会いしたのだが、「はじめてじゃないみたい!」という、なごやかな空気を作る力がすごい。
街頭でのスナップ活動をするようになって、最初は2人それぞれに街行く方に撮影をお願いする声かけをしていたという。
だが、MASAさんが急にぬっと現れると「みんな、明らかに驚いていましたね…」(MARIさん)という。確かに若くて背のあるパーマ頭の男子が急に登場したら年長の方々は驚くだろう。
そこから声かけは主にMARIさんが担当することになったそうだ。
撮影をお願いする際に見せるという作品集
にこやかに声をかけて、ときには粘って撮影の交渉をする。承諾をもらって撮影をする間も横から声をかけてなごませる。
さらにおばあちゃん子力が爆発するのはこの後である。
「掲載のご連絡はお手紙が多いですね。ご迷惑でないという方には電話で」メールを使えるという方にはメールをするそうだが、基本は手紙。そこまでは想像していなかった。
「趣味」とはいえ、挨拶用にサイトロゴの入った名刺も常備
さらに「週末に銀座に来る機会があったらご連絡くださいってお願いしてるんです。やりとりも続けるようにしています」と。
文通するのだ。
リデアルでは同じ方がその後数回にわたって登場するということも多い。読者モデルならぬ文通モデルである。
子どもの英語サークルらしい一団が英語圏の方かなという人をつかまえてはインタビューしたりもしていた。なんかいいな、銀座
1ヶ月に数人声をかけて、撮影できるのは2~3割
そもそも、街で声をかけて断られることが多いのじゃないかと思っていたがまったくその通りだった。撮影させてもらえるのは2~3割だという。
「私なんかが…」と恐縮されたり、驚いてさーっと通り過ぎていってしまったり。これは世代問わずだと思うが、顔が映った写真をインターネットに掲載させてもらうというのはやはりハードルが高い。
もともと声をかける母数もかなり少ないという。
声をかける条件については「服がおしゃれなだけじゃなくて……うーん、びびびときたら、としかいえないのですよね」(MARIさん)だそう。
一緒にいても片っ端から声をかけるのではなく、数少ない天才を待つ、という感じが伝わってきた。
基本的にじっと待つ。銀座にはよく来るようになったものの道にいるだけなので一向に街に詳しくならないそう。「昔GHQがあった場所とか、都電が通ってた場所とかは教えていただいて詳しくなりました」(MARIさん)なるほど……。
たとえば、着物を着ていれば、サングラスをしていれば、ショートヘアなら、イッセイミヤケのプリーツの服を着ていればおしゃれ風おばあさんに見えるのではとも思ったのだがそうでもないのか。
結果、1ヶ月に1人でも2人でも新しい方が撮影できたらいい方、だそうだ。
ゲリラらしきモデルさんとカメラマンさんが一瞬座って撮影して去っていった
「紘さん」からの電話
そうして3時間は待っただろうか。松屋の前に大道芸が来て「あの大道芸の人、6年くらい前は池袋にいたんですよね。そのときから一切芸が変っていなくて逆にすごい」なんて雑談が始まったころ、MARIさんの携帯に電話がきた。「紘さんだ」
以前撮影してからやりとり(文通!)をしていた方が銀座に来ているということで連絡をくれたらしい。
紘さん……偶然にも私がリデアルで一番気になっていた、この方である。
リデアルより。もうかっこいいとしかいえない
こわくないのか
はずしを効かせながらも隙のない装い、きゅっとまとめられた髪につるの色が赤いサングラス。スポーティーなのに若者には絶対に着こなせないスタイリングである。
天才だ。とにかくかっこいい。
憧れまじりに写真を拝見するだけで十分に満足していたのだが、お会いできるとは。というか、恐れながら言うと、怖くないのだろうか、この御仁。
電話で居場所を確認……
あなたは…!
「かお、ちっちゃー!」
シャネルの前にいる、ということで足早に向かうと、紘さんはいた。思った以上に小柄でらっしゃる。
(あっ、私いま「ちっちゃ! 背、ちっちゃ! 顔、ちっちゃー!」って思ってる!) とハッとした。完全に芸能人を見たときの感想である。
真ん中が紘さん。歳をかさねた足。だけど、ちゃんと美しい
ドス、きいてなかった
紘さんとMARIさんは「きゃーっ!」という感じで再開。会うのは2度目だというが、その間何回か手紙のやりとりがあったそうだ。さすがペンプレンドといったわきあいあいぶり。
紘さんは声もおだやかで前ページの写真で私ががっつり受け止めてあわあわしていた圧倒的迫力がうそのようである。
声にドスがきいていないという、それだけですでに驚いた。これスケ番に会ったときの驚き方だ。
そして撮影
パワフルは想定内だぞ
紘さんは会うなりリデアルをイギリスに売り込みたいといった話をばばばばばーとMASAさん、MARIさんに話しはじめていた。
ドスは効いていないがこのパワフルさは加減は想像どおりである。いや、若干想像以上か。
そう、お年寄りの女性って紘さんに限らずすごくパワフルな方が多いだろう。
「おばあさん」だと思うとなんとなくゆっくりしたイメージだからか逆にリアルなその世代を見ると普通のテンションでも驚くのかもしれない。
それにしても紘さん、しゃべる、しゃべる。立ちっぱなしで30分以上は楽しいお話をうかがった。ヒノキのシートで作った名刺もいただいた。
そして颯爽と去っていかれた
パワーをもらい、その分ぎゅんぎゅんパワーを吸い取られるような、結果プラマイゼロだけどデトックスを感じるふしぎな時間だった。
ファッションを自分につなぎとめる
この日は私のほかにも読者の方がスナップ現場の見学にきていた。やっぱりみんな「このブログ、どうなってんだろう」と思うのだ。
読者のSさんは、お子さんを持ってから「ファッションがどんどん遠くなっていく感じ」がして「着るって難しいな」と思うようになったそうだ。
「たとえば峰不二子みたいな人ってぜんぜん周りにいないじゃないですか。そういう感覚で、ファッションが遠いこと、他人のことみたいになっていく感じがあった」
確かに、ぼんやりしているとおしゃれは自分から遠のいていく。
寝て、おきて、仕事したり家事をしたり。何も見ない、何も聞かない、意思をもって装わない、「生きてるだけ」の生活になってること、私もすごくある。
それが悪いことではないだろう。ぼんやり生きていけるなんて幸せなことだとも思うけど、でもそういうときに同世代のファッションリーダー達よりもシュッとしたおばあちゃん達を見て気持ちが奮う感じってあるのではないか。
そんなことを話しながら、人間が入れる家型のダンボールを運ぶ人を見やって私達はまたかっこいいおばあさんを待ち始めた
おばあさん、シニア、お年寄り
最初、記事のタイトルについて、「銀座でおしゃれなおばあさんを待つ」で良いかどうか迷った。
「おばあさん」でいいのかな、と。
“シニア”の方がいいだろうか、いや”お年寄り”? うーん。
リデアルでは60歳以上の女性が掲載の対象だ。みなさん写真にはお名前と一緒に年齢も掲載されている。年齢、聞きづらくないですかとMARIさんに聞くと「意外に大丈夫ですよ、“60歳以上の方を掲載しているので”と遠慮して伺うようにしていますけど、気軽にこたえてくださるんです」ということだった。
かわいらしい…
この話を聞いて、ああ、おばあさんと呼んでもいいのかなと思ったのだ。
おばあさんという言葉はネガティブな言葉じゃないだろう。歳をとるとおばあさんになる。当たり前のことである。人の素敵さにかかわるのはそこじゃないはずだ。
この日は日が落ちるぎりぎりまで銀座でおばあさんを待った。新しい方には出会えなかった。
でも私はなんだかうきうきして、その浮かれようといったら松屋の地下でハロウィン用のかざりクッキーを1500円出して買って帰るほどであった。
よし、うちの母と祖母も銀座に投入しよう
週末ごとに待って、きたー! と思った方に声をかけて、撮影させてもらえるのは2~3割。 聞くだけで心の折れる作業である。
でも、手ごたえはとんでもなく大きいのだ。自分よりもずっと年齢の上の方に写真を撮らせてもらえるってそれだけで嬉しいしすごいことだ。
我が家が誇る2大おばあさん、我が母や祖母もリデアルに載らないかな。うん、載るのらないは置いておいて、一緒にでかけたいなと思います。